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2015年12月19日 (土)

『日本は本当に戦争をする国になるのか?』戦争をする国にはならないだろうが「戦争をしてもいい国」にはなるだろう。

 池上彰氏の解説は本当に分かりやすい。分かりやすいんだけれども、そんなに分かりやすく解説しちゃっていいの? という気分にもさせられる。

 世の中、もうちょっと複雑なんじゃないだろうか?

Photo『日本は本当に戦争をする国になるのか?』(池上彰著/SB新書/2015年12月15日刊)

 2013年9月10日 オバマ米大統領はシリア問題に関する10日のテレビ演説で、「米国は世界の警察官ではないとの考えに同意する」と述べ、米国の歴代政権が担ってきた世界の安全保障に責任を負う役割は担わない考えを明確にした。

 つまりアメリカは最早世界の紛争すべてに係わるような警察官ではなくて、アメリカの存亡に係わることだけをする、普通の国家になるんだっていうこと。それはアメリカ国内の厭戦気分が増大したということと同時に、アメリカが世界の紛争すべてに係われるような国力も失っているということの表明でもあるのだ。

 ということは、アメリカの同盟国は自分の国は自分で守らなければいけないということと同時に、アメリカの同盟国と同じ同盟に入っている国の紛争にも自国が係わなければいけないということ。つまり、自分の国は憲法で「交戦権は認められてはいない」ので、隣の同盟国で他国と戦闘状態になってもウチの国は知らないよということはできない、ということなのである。それはいずれ自国の自衛権の問題になるからね。

 2013年のオバマ発言でもって、日本も「個別的自衛権」だけじゃなくて「集団的自衛権」にも踏み出すことになることは、予め分かっていたことなのだ。本当はだからこその憲法9条の改正だったんじゃないだろうか。

『2015年夏の国会内外での論戦は、日本の防衛とはどうあるべきか、憲法をどう扱うべきか、私たちが深く考える機会を与えてくれました。
 ただし、その論戦は、集団的自衛権が認められるかどうかという憲法論議と、日本の防衛はどうあるべきかという安全保障論議とが同時に展開されたため、一般の人たちに極めて理解しにくいものとなりました』

 っていう、まさしくその点なんだよなあ。本当は「憲法第9条をどうするか」ということであり、「憲法第9条をどう解釈するか」ってことじゃなかったんだけれどもなあ。

『今回の安保関連法をめぐる議論で一番大きな問題は、関連法に反対の人と賛成の人との間で、まったく議論が嚙み合わなかったという点でしょう』

『賛成の人たちが協調していたのは東アジア情勢の変化です』

『中国や北朝鮮などが日本にとって脅威になっている。それに対応して自衛隊の活動範囲を広げる必要があるのではないか。とりわけアメリカとの関係をさらに緊密化することで、アメリカが日本を助けてくれることになる。だからこの安保関連法は日本への攻撃に対する抑止力になるのだ、という考え方です』

『そもそも「集団的自衛権の行使が憲法の解釈として認められるのか、あるいは違反しているのか」という問題と「日本を取り巻く東アジア情勢が緊迫している。さあ、どうするのか」という問題は、切り離して別々に考えるべき問題です』

『東アジア情勢が変わってきて日本にとって脅威が増している。だからアメリカとの関係をさらに強化しなければいけない、というのであれば、「では憲法を変えましょう」という方向へ話を進めるべきなのです』

『今回、集団的自衛権を認めるめるべきだと言っている人たちの中には、憲法改正はすぐにできそうにないから、それなら解釈を変えてしまおうという、御都合主義的な発想に走った人たちがいたのです』

『憲法学者から批判が出たのは「憲法改正には、まず国民の理解を得たうえで、国民投票を経るなどの手続きを要し、かなりの労力と時間がかかるのは確かだ。しかし、解釈を変えるだけなら、政府の判断だけで憲法を変えてしまうに等しく、民主主義国にあるまじきことである」という点です』

『東アジア情勢が緊迫し、日本にとっての危機が高まっているというのであれば、それを国民に訴え、「憲法改正が必要だ」と粘り強く言うべきだったのに、政府はそういう道を選びませんでした。解釈を変えることで手っ取り早く何とかしてしまおうという焦りが、安倍内閣にはあったのではないかと思われます』

 勿論、今回の安保法案に反対の人たちもいるんだが、問題はそんな人たちにもある。

『一方、「安保法案は憲法違反だ」と言う反対派の人たちも、「では、今の東アジア情勢についてはどうするのか」という議論については、はっきりしません』

『「安保法案は憲法違反である」という前提から出発して、「憲法違反だから憲法を変えよう」と言うのか、それとも「今の憲法を守って集団的自衛権の行使は認めない」とするのか。後者の場合、さらに一歩踏み込んで、日本を取り巻く情勢についてはどうするのか。これまで通りの対応でいいのか、もし対応を変えるとしたら、具体的にどうしたらいいのか。そういったことを、きちんと議論する必要があったのではないでしょうか』

 ふむふむ、村上さんの説法は本当に分かりやすい。

 が、しかし、問題はそこからなのだ。

 結局、自民・公明の与党は「憲法」なんてどうにでも解釈できるものなのだという、「思考停止」状態になってしまって、これからは数で野党を上回れば自分たちは何でもできるという、まさしくファシズム政体と同じ状態になってきている。ただ、ファシズムと違うのは憲法自体はまだ生きているので、そんな独裁主義ではあっても選挙という国民の審判を受け入れなければならないという点である。

『自民党はすでに憲法改正草案を発表し、安倍首相も憲法改正を悲願としていますが、憲法9条の条文を変えなくても、憲法解釈を変えたことでほとんど目的を達してしまいました。解釈変更によって実質的に憲法を変えたのと同じ効果が得られたということです。これを解釈改憲と言います。これだけやればもう十分だということで、憲法改正の動きはむしろ遠ざかるのではないか、という指摘が出ています』

 まあ、そうは言っても「日本が戦争をする国」になるのかは、その時になっては国民の大多数が反対するから難しいだろうが、少なくとも「戦争をしてもいい国」になったのは事実。明治の「大日本国憲法」だって、「戦争をしてもいい国」ではあったけれども「戦争をする国」という規定はなかった。当たり前のことだが、そんなことは国の最高の法規で認める訳はないのだ。

 問題は、その時の最高権力者がどういう判断をするのかということ。

 安倍晋三氏が「今、すぐに戦争をする」という判断をするということは100%あり得ないが、今後の政権担当者がどんな判断をするのかということはわからない。

 本書のタイトル『日本は本当に戦争をする国になるのか?』に対する答えは、イエスであるけれども、それは同時に「日本が世界で普通に発言できる国」になったということでもある。

 問題は為政者がそれを「どう使って」「どういう判断をするのか」ということではないのか。それは当然国民がどう判断するかということだ。

 

『日本は本当に戦争をする国になるのか?』(池上彰著/SB新書/2015年12月15日刊)

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