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2015年12月30日 (水)

『アンジェリカの微笑み』は2010年製作の60年前の映画

 見た動機が不純なんだよなあ、すみません。

Photo 『アンジェリカの微笑み(O Estranho Caso de Angelica)』(監督・脚本:マノエル・ド・オリヴェイラ)

 なにしろ12月24日のブログで名演小劇場に貼ってあったポスターの右下にある、ライカM3を構える男を見て面白そう、と見に来たのだった。

Dsc_00342

Photo_2 ←つまりこの男のこと。映画の主人公なんですけれどもね。

 映画のストーリーは、ある夜、若くして亡くなった富豪の娘の姿を撮影して欲しいと頼まれた主人公イザク(リカルド・トレパ〈監督の孫〉)が、ライカM3にズミクロン50mmを装着して邸宅に赴くと、奥の部屋に寝かされたその娘(ピラール・ロペス・デ・アジャラ)の美しさに魅入られて、撮影しているうちに何故かその死んだはずの娘の目が開いて主人公に向かって微笑むのだ。

 写真を現像・焼き付けた写真を見ても、再びその娘は目を開いて微笑む。その内にベランダに降り立ったその娘と空を飛ぶ……夢をみるのだが、次第にそれが激しくなって来るようなのだ。まあ、娘は既に結婚をしていて、子供を妊娠もしていたらしいから、完全にそれはイザクの横恋慕というか妄想に過ぎないんだけれどもね。

 そんな完全なる妄想にうなされるイザク。それは当然である。何故なら死者と生者の間に恋愛はあってはならないこと。そして死者と恋愛に陥った生者は、必ず非業の死に至るのである。

 まるで落語の「野ざらし」だなと思ったら、さすが公式サイトの若尾文子さんは「牡丹灯篭」や「雨月物語」に例えている。う~ん、確かにその方が美しいでですね。美しい方は、感じ方も美しいんでしょうか。とは言うものの「牡丹灯篭」も「雨月物語」も怪談話であり、やはり死者との愛に陥った主人公は死に至るのであります。

 まあ、洋の東西を問わず、その辺は同じなんですね。日本とヨーロッパで死生観が違うと思っていたのだが、本当は同じだったってのが面白い。

 んが、私が気になったのはそんなところじゃなくて、果たしてこの映画、いつ頃の設定として製作されたんだろうかということ。

 ポスターにある通り、ライカM3で撮影しているという以上は年代設定は1954年以降の時期ということになる。脚本製作は1952年というから、脚本的にはライカ3fかM3で撮影するという設定になっているのだろう。まあ、当時としては最新鋭のカメラだからね。主人公はアマチュア・フォトグラファーだが、自分で現像・焼き付けなども行うカメラ・マニア。だったら、アマチュアでライカM3を持っていてもおかしくはない。

 それはよいのだが、街を走っているクルマをみるとどう見ても、映画が実製作された2010年としか考えられないのだ。えっ? 2010年だったら普通アサインメントの写真撮影は一眼レフでしょう。私だって個人の趣味で撮っている写真だったらライカM3を今でも時たま使うけれども、アサインメントだったら完全にデジイチだもんなあ。まあ、デジタルかアナログかは、その頃はまだ両方存在していた時期なので、どちらでも良いが、基本的には一眼レフである筈。ニコンDかFの「一桁シリーズ」かキャノンの「F一桁」かEOS1Dでしょ。それをライカM3で撮影ってよっぽどのカメラ・オタクか変わり者なんだなあ。

 さらに1950年代のライカで撮影っていうことになり、なおかつ自分で現像するとなると、基本的にはモノクロームの筈なんだが、彼が撮影した写真はすべてカラー。勿論、当時は既にカラーネガフィルムは存在したんだが、まだまだ感度的には厳しい時代で、夜の室内撮影でアベイラブルライトだけの撮影は普通はなかった筈だ。

 おまけにイザクの下宿先で同じ下宿人たちが話しているブラジルの橋梁開発の問題も、2010年のブラジルではあり得ない筈だ。何せ、ワールドカップやオリンピックをやっちゃおうという時代の国ですよ、2010年なら。そんな国のそんな時代に経済状態が良くないので、橋を作るのを辞めるなんてことがある訳はないでしょう。

 つまりはこういうことだったんでしょうね。1952年にシナリオ製作はした。しかし、なかなか、そのシナリオについて製作のGOサインは出なかった、というか製作費を出す会社はいなかった。で、以来60年映画は製作されなかった。なので2010年に脚本製作から60年以上過ぎてしまってからやっと製作にGOがでたのであるが、脚本家兼監督のマノエル・ド・オリヴェイラとしては、そのままオリジナルの脚本のまま、しかし製作費の関係もあるので設定は現代にして作っちゃったんだろう。

 え? でもそれはエンターテインメントの映画作家としてはやっちゃいけない方法論なんじゃないだろうか、とも思うんだけれどども、映画が文化として認められているヨーロッパでは構わないんだろうか?

 マノエル・ド・オリヴェイラ監督は1931年に「ドウロ河」という映画で監督生活をスタートして、その後、2014年に「レステルの老人」という作品を最後に亡くなったんだけれども、それまでに29作品を残している。ちなみに『アンジェリカの微笑み』はその26作品目であります。

 まあ、主人公がユダヤ人であるという点は、オリジナル・シナリオではもっと色濃く描かれていたんだろうし、脚本家マノエル・ド・オリヴェイラとしては、「第二次世界大戦におけるホロコーストの記憶が生々しく残され、ナチス・ドイツの迫害を逃れてポルトガルに移り住んだユダヤ青年である主人公のアイデンティティ」というものに注目していたんだろうな、ということはよくわかる。

 でもさあ、「文化」としてヨーロッパでは映画が見られてるのはよく分かってはいますが、今やヨーロッパだって「スターウォーズ」に観客殺到でしょう。要は、映画に関してはアメリカ(というかハリウッド)に席巻されちゃっているんだから、多少はハリウッド基準に合わせて時代設定なんかはちゃんと今の(2010年の)設定に合わせないといけないんじゃないだろうか。

 まあ、映画自体は面白かったんでいいんだけれども、要は日本にもよくある怪談話ですからね。しかし、映画の作りはもうちょっと考えて「ワールドスタンダード」にした方がいいんじゃないかと、ちょっと余計な言い方かもしれないが、感じたところではあります。

『アンジェリカの微笑み』はBunkamura ル・シネマ2で公開中。順次他劇場でも公開予定。

公式サイトはコチラ

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