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2015年11月 7日 (土)

『損したくないニッポン人』って、著者の高橋さんのことだったのね

 損したくないのは日本人だけでなくて、世界中の人が損はしたくないと考えているんじゃないだろうか。ところがちゃんと皆、損をしている。

 まあ、ゼロサムゲームじゃないけれども、どこかで損をしている人がいるから、別のどこかで得をしているひとがいるって言う訳で、それで世界は安定して動いているのであって、これが世界中の人がすべて損をしたり得をしたりしていたら、最早世界は機能しなくなっている筈である。

 ただし、これは「損」と「得」を経済用語的に考えて見ると、ということなのだ。

Photo 『損したくないニッポン人』(高橋秀実著/講談社現代新書/2015年10月1日刊)

 つまり「損」とか「得」って言うのは、別に経済用語「loss and gain; profit and loss」じゃないってことなんだなあ。

 じゃあ、何なんだ?

『貧乏でも貧乏くさくない人はおり、金持ちでも貧乏くさい人はいる。貧乏と「貧乏くさい」はまったく別物なのだが、私は貧乏で貧乏くさいので最悪らしく、そうなじられるとなおさら損したくなくなってくるのである』

『「損」を「得」の反対の概念として決めつけている。「損」の反対は「得」、「得」の反対は「損」らしいのだが、損しないからといって得とは限らないし、得でないからといって損とも限らない。商売などでも私が損したからといって相手が得したとは限らず、「損」と「得」は表裏の関係でもない』

 ということは、「損」とか「得」って言うのは、別に純粋性を求められる経済用語(学術用語)ではなくて、行ってみれば「気分」の言葉なんだろう。つまり「損した気分」「得した気分」というような使われ方の方がなんかスッキリするのである。

『考えてみれば、得した気分とは、期待していないのに何かを得られた際に味わえるもので、最初から何かを期待して期待どおりにそれを得るなら通常の売買と同じ。むしろ期待を裏切られるリスクを負うだけ損なのではないだろうか』

『もしかすると人はモノを買おうとするからその理由や意義などが欲しくなるのではないだろうか。「これでいいんだ」と納得できる正当性が欲しくなり、その欲求をポイントがすくい上げているのではないだろうか』

『矛盾しているようだが、必要なモノを買う時は、費用対効果を考える。効果に見合う出費なのかと天秤にかける。ところが特に必要でないモノの場合は、効果は漠然とした期待感のようなもので秤にかけられず、むしろ買いたくて買う、買うために買う、という心情になるのだ』

 そういうこと。ところがこの「単なる気分」を経済用語で言いたくなるから問題が起きるのである。

『私は「貧乏だから損したくない」と思っていたが、これを「ショートポジションでリスクヘッジする」と言い換えれば、貧乏くさくない』

 貧乏臭くないけど、こう言ってしまうと、じゃあリスクって何だってことになる。

 市場におけるリスクとは

『・市場リスク(市場要因の変動で損失を被るリスク)
・信用リスク(取引相手の信用状態の悪化などで損失を被るリスク)
・流動性リスク(負債の調達コストの上昇などで損失を被るリスク)
・オペレーショナルリスク(手続き上の問題などで損失を被るリスク)
・戦略リスク(業務戦略の不備などで損失を被るリスク) 』

 というものがあるんだが、じゃあそれは個人の生活におけるリスクと何の関係があるの?

『簡単にいえば、リスクとは、『わからない』ということなんです。損か得かわからない。ですから、金融の世界でリスクといえば変動率のことを指します。株価などでも変動率の大きいものはわからなさも大きいですから、リスクが高いということになるんです』

 と、結局、経済学者だって「リスク」ってのは「何だかわからないもの」という風に結論付けておしまいにしてしまうのであります。まあ、経済学というもの自体が、過去の例を調べ上げてそれでもって結論を出すっていう「後付け」の学問だから、今目の前にあるリスクを分析して、それへの適当な対処法を提案するってことはできるけれども、じゃあ、その提案通りに社会が動くのかって言えば、そんな保証はまったくしません、というのが同時に経済学の立場。

 だから日本人は「市場」ってものを信じなくなっているんだなあ。つまり、市場っていうのは「市場経済」のこと。なので日本人は市場経済に自分の「お金」を提供しようとしない。つまり「経済」を信用していないのだ。

『日本銀行の統計(『資金循環の日米欧比較』2011年)などを見てみると、日本の家計の資産構成は「現金・預金」(つまり日本銀行券)が56%を占めている。アメリカ(14・5%)やユーロエリア(35・4%)に比べて、断トツに高いのである』

 ね。

 なので日本人の投資性向は低いままなのだ。「損」をしたくないから「得」もできないって構造ね。

 しかし、実は日本が資本主義経済をやっている限り、長期投資をしていれば必ず投資額はゲインするのである。長期投資というのは、まあ10年以上の投資っていう意味なんだけれども。じゃあ何故か? それは日本の会社ってのは基本的に「前年比主義」だからなのです。もうちょっと言ってしまえば「前年比プラス主義」だからなのであります。

 つまり、企業の来年度収支目標は基本的には各部署から出てきた来年度収益目標の積み重ね。で、その来年度収益目標が前年度よりも下がってしまっていては、その部門の長は降格を覚悟しているとしか言いようがないのです。なので、企業の来年度収支目標はかならず前年度よりは上がるのである。

 勿論、企業は生き物であるから、ある日「突然死」したり「半身不随」になったりする。まあ、だからそのリスクをヘッジするために分散投資をするんだけれども(こういうところで「リスクヘッジ」を使うんです)、そうやってリスクヘッジをしながら長期投資をしていれば、基本的には「経済は(結果として見れば)右肩上がり」なんだなあ、これが。

『商品とは何か? 価値とは何か? 市場とは何か? という具合にマルクス経済学は現象ではなく、本質を考える。本質から経済現象を批判するというスタンスで、私はそれにハマってしまい、すっかり貧乏になりました』

 って言っている高橋氏だが、マルクス経済学だって別に資本主義に対しては否定的に捉えているわけではない。資本主義の「搾取構造」について批判しており、このままのイギリス経済は資本主義自身によって滅びるだろうということを言ったに過ぎない。

 つまり、その逆を読めば資本主義経済下で多少は「得」する道もあるんですよ。

『損したくないニッポン人』(高橋秀実著/講談社現代新書/2015年10月1日刊)

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