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2015年10月26日 (月)

なんとも不思議な写真集『中平卓馬 サーキュレーション―日付、場所、行為』

 何と言っていいのだろうか、これは「写真集」であって、しかし「写真集」という形での「写真集」ではないのだ。

 一種の、ドキュメンタリーとして見なければいけない「写真集」なんだろうなあ。

Photo 『中平卓馬 サーキュレーション―日付、場所、行為』(中平卓馬著/オシリス/2012年4月20日刊)

 1971年9月24日から11月1日まで開催された第7回パリ青年ビエンナーレへの出品作を収録した本書は、基本的には写真集の体裁をとってはいる。しかし、そこには中平卓馬の第7回パリ青年ビエンナーレへの姿勢というか、考え方が反映されて、それは「作品」としての写真のありようからはかけ離れた、「行為としての写真」とでも呼ぶようなスタンスの作品となっているのだった。

『それは具体的には、パリにぼくが生きている限り、ほかでもないこのパリで写真を撮り、現像し、展示することをぼくに命じた。ぼくの計画、"CIRCULATION-DATE, PLACE, EVENT"は、そのようなモチーフから生まれた。毎日ホテルからパリの町へ出てゆく。テレビを見、新聞や雑誌を見、流れる人々を見、そしてビエンナーレ会場で他の作家の作品を見、そしてそれを見る人々を見る。ぼくはそれらをことごとくフィルムに収録し、それらをその日のうちに現像、引伸ばしを行い、夕方から夜にかけて水洗後のまだぬれている写真を貼りつけ展示する。暗室の確保に手間どってスタートが遅れてしまったが、10月10日から毎日200枚、思わぬトラブルから、仕事着手から数えて一週間で中止するまで、およそ1500枚の写真を与えられた壁面に貼り、さらにフロアや受付のカウンターにまで貼りめぐらした。
 結果としてはぼくの目に入るものすべて、それだけでなく他人がぼくの仕事をしているところを撮った写真まで、要するにぼくが見、かつ見られる関係をすべて写真に定着し、展示することになってしまった』

 ところが、中平は事務局の技術顧問と名のる人物から、写真を少し横にずらすか、はずせと言われた。勿論、中平はそれを拒否する。

『そのころには、写真は与えられたスペース、その下の床一面、さらに事務局の受けつけのカウンターの上、さらに会場を支える幾本かのポールにまで貼りめぐらされていたのだが、それらはいたずらされてひきちぎられたり、ひとりでにはげ落ちたりして、いわば写真が一面に散乱した形になっていたのだが、それが目ざわりだと言うのだ。むろんのこと、ぼくはそれを拒否した。ぼくの“作品”とは毎日写真を撮り、現像し、展示するというこまねずみのような一日一日の行為の全プロセスを含むものであり、あとに残る写真の山は何時から何時にかけてぼくが生きた痕跡であるにすぎないにしても、しかしそれを発表する限り、それはまた同時に他者に向かって開かれていなければならないのは当然である』

 ところが翌日夕方、その日の仕事(写真を撮って、現像して……という)を終えて会場に行って見ると、中平の写真の一部、40枚ほどが引きちぎられていたという。当然、それに抗議した中平は抗議文を書き壁面に貼った。

 しかし、それに対する事務局から手渡された回答文を読み、そこに『きわめて官僚主義的な態度と共産党文化官僚による文化の専有化、それをみずからの手柄に仕立てあげようというもくろみ』を読み取った中平は、その時点でパリ青年ビエンナーレへの参加を取りやめたのだった。

 そんないきさつがこの写真群に写っているのかといえば、別にそういうことではない。ホテルの部屋でカメラを構える中平自身、ホテルの窓からの風景、新聞や雑誌、パリの町の風景、看板、店先、夜の街、展覧会場に展示された作品、友人、森の風景、赤ん坊、大人の男と女、クルマ、写真を展示する中平自身、、中平の展示された写真(日付入り)、散歩する犬と婦人、テレビ、車窓からの風景、野良犬、ビル脇の時計、橋、町行く人びと、自転車、店のウィンドウ、地図、メトロの広告、行先板、壁、町の看板、汚れた道、喫茶店等々パリの街のごく普通の風景が、ランダムに並んでいるだけなのだ。

 それらの写真群はまさしくまだ1971年の当時のいわゆる「中平流」の「アレ・ブレ・ボケ」写真群ではあるが、その一方、まさしくその写真自体で中平卓馬を主張している写真群でもある。まさしく「日付、場所、行為」としか言いようのないものの「循環」であり「流通」である。

 最近のある種「植物図鑑然」とした中平の写真ではなく、昔の「アレ・ブレ・ボケ」の中平写真の集大成のようなものがそこにはある。

 写真は意味ではなく、作品でもなく、まさに「日付」であり「場所」であり、「行為」であるということをそのまま提示したパリ青年ビエンナーレの「作品群」は、中平卓馬全盛期の「写真行為」なのである。

 写真は撮影している最中は「行為」であり「場所」であり、「日付」でしかないが、現像し、焼き付けし、その結果「写真」として完成されたその瞬間から「作品」になってしまう。中平はそんな「作品然」とした写真行為を否定したいのだけれども、でも実際には巖として「作品」になってしまうことを受け入れながらも、どこかでそれに抗って、「日付、場所、行為」でしかない写真行動をとろうとしたのだろう。ひとつの「ドキュメント」として……。

 しかし、それでもなお「作品」になってしまう写真という厄介なものと付き合ってきた写真家、中平卓馬も、この9月に亡くなってしまった。

 中平卓馬と同世代の、荒木経惟、「プロボーク」に拠ってきた高梨豊、森山大道なども中平と同世代の写真家である。最近は森山大道などは大きな写真集や写真自体を作品として販売するビジネスを盛んに行ってきている。なんなんだろう、この変化は? とも思うんだけれども。まあ、作家の「私」としての写真家の生活を考えて見れば、そんな日本における風潮は、写真家(と、その遺族にとってみれば)悪いことではない。

 本当はこれは昔彼ら自身が否定してきた道なのではあるけれども、しかし、写真が「作品」として売買される時代が(日本にも)やっとやってきた最中に、次第に亡くなって行ってしまうのはちょっと悲しい。もっとも、写真は写真家が亡くなっても残されるものなので、それ自体はいいことなんだろけれども、しかし、そうなるとますます写真は「日付、場所、行為」から離れていってしまうなあ。

 こうした状況に対する中平卓馬の考えかたも聞いてみたい。

『中平卓馬 サーキュレーション―日付、場所、行為』(中平卓馬著/オシリス/2012年4月20日刊)

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