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2015年10月13日 (火)

『ヴィヴィアン・マイヤーを探して』彼女は決して写真家ではなかった

 ポイントは、その大量の「セルフポートレイト」なのではないだろうか。なにしろセルフポートレイトだけで1冊写真集が出来てしまうほどなのだ。

 セルフポートレイトといえばリー・フリードランダーが有名だ。しかし、コンポラ写真の一部としてセルフポートレイトを選んだフリードランダーとはちょっとアプローチが異なるのがヴィヴィアン・マイヤーのセルフポートレイトのようだ。

 つまり、彼女のストリートフォトはコンポラ写真ではないもんなあ。

Photo 『ヴィヴィアン・マイヤーを探して』(ジョン・マルーフ、チャーリー・シスケル:監督・脚本・プロデューサー/RAVINE PICTURES. LLC)

「写真家」であれば、彼は写真を撮ることもさることながら、一方でそれを「作品」として公開し、他人に見せることが重要であると考え、いかにして他人に自分の写真を見せることができるかを考えて行動するだろう。それが写真家としての業(なりわい)となるかどうかとは関係なく、そうした行為そのものが彼をして写真家ならしめる証拠なのである。

 ところが15万カット以上の写真を撮りながらも、それを他人に見せるような行いをしてこなかったヴィヴィアン・マイヤーというひとは、やはり自覚的には写真家ではなかったということなのだろう。勿論、それは彼女が乳母という別の生業を持っていたからということではない。そんな「写真家」とは別の生業を持っている「写真家」や「自称写真家」なんて掃いて捨てるほどいる。はっきり言って、私もそんな「自称写真家」の一人ではあるのだ。

 問題はそうしたことではない。シカゴで最初の仕事を見つけた彼女は、暗室として使える専用の浴室を与えられ、そこで15万カットのネガを現像していた。ところが15年以上にわたる最初の家の仕事を終えて、以後は短い単位で、ある家族から別の家族へと転居を繰り返すことになると、その後は、未現像のネガが溜まる一方になり、それは最後にこの映画の製作者、ジョン・マルーフに発見されるまで未現像のままだった。

 さらに、彼女は彼女の身の回りの物、クーポン、チケット、メモ、チラシ、定期券、カード等、新聞など、ありとあらゆるものを捨てずに段ボール箱などに溜めこんでいたばかりでなく、それらの品々にいろいろと書きこんでいた数多くのメモ書き。

 それらのおかげで、映画の製作者は彼女の足跡をある程度は探ることが出来、彼女についての証言を得ることができたわけなのであるが、同時にそれは彼女が如何にして写真と向き合っていたのかと言う有力な資料にもなるのである。

 15万カットのネガと数多くの未現像フィルム、それらの多くに残された「セルフポートレイト」って、「セルフポートレイト」を別の言い方で、つまり「自撮り」と理解すると、なるほど彼女に写真との向き合い方が分かってくるではないか。

 つまり、彼女にとって「写真」とは他の人に自分の「作品」を「発表」するための媒体なのではなくて、自分の生活を記録しておくための媒体、つまり今でいう「セルフログ」としての媒体なのではなかったのではないだろうか。

 15万カット以上の写真があれば、その中には「いい写真」が必ずあるはずだし、そうした「いい写真」ばかりを見れば、「なぜ彼女はそれを発表しなかったのか」という疑問も湧いてくるだろう。しかし、その一方で彼女の写真が、それは他人に見せるためのものではなくて、自分自身の生の記録だと考えれば、それを他人に見せる必要はなくなってくるのではないか。

 15万カット以上の写真のすべてを見て知っているのは、多分世界中でジョン・マルーフしかいない筈である。で、そのジョン・マルーフが15万カット以上の写真の中から「これは人に見せるべきだ」として選んだものだけを発表している筈だから、それしか知らない他の人々は「何故、彼女はそれを発表しなかったのか」という疑問を抱くわけであるけれども、そんなことは初めから彼女の考えにはなかったわけで、単にセルフログとして撮影していたのであれば、別にそれを他人に見せる必要はさらさらなかったわけだ。

 今であれば、そうした「自撮り写真」や街撮り写真をSNSなどで発表する行為も盛んに行われている訳だが、それよりもうちょっと前に生まれたヴィヴィアン・マイヤーの中にはそんな考えはなくて、単に自分の記憶と記録の為に撮っていただけの写真を他人に向かって発表しようなんて気持ちはまったくなかったのではないだろうか。ただただ写真を撮るのが好きだった、だから私は写真を撮る。たったそれだけ。別に人に見せるためじゃないわ、という写真の撮り方があってもいいのである。

 そう考えると、大量のネガや未現像のフィルム、メモ書きされたクーポン、チラシ、チケット等々を、数多くの段ボール箱に入れて住まいが変わる度に持って歩いていたという謎も解けてくる。そうした収集癖の一つが写真で、自分の記憶と記録を収集していたということなのである。つまりヴィヴィアン・マイヤーにとっては、写真は「情報」でもなく、ましてや「表現」でもなく、ただただ自分の記憶と記録の「収集」にすぎなかったということ。

 しかし、それにしても乳母という、決して高給が取れる仕事でもないのに、ローライフレックスやライカなどを手に入れることができるアメリカという国の豊かさというものが、もう一方で感じられるというのが私の感想の一つなのだが、そういう観点からの批評が一つもないというのは何故なのだろうか?

 ローライフレックスだってライカだって、アメリカでも決して安いカメラではない筈であり、決して豊かな生活を送っていた訳ではないヴィヴィアン・マイヤーが、どうやってそれらのカメラを手に入れたのか、私なんかはそちらの方が気になって仕方がなかった。

 まあ、それはこの映画の主題でないのはよく分かってはいますがね……。

『ヴィヴィアン・マイヤーを探して』(ジョン・マルーフ、チャーリー・シスケル:監督・脚本・プロデューサー/RAVINE PICTURES. LLC)アメリカではDVDも出ているようだ。

こちらはヴィヴィアン・マイヤーの写真集。片方はヴィヴィアン・マイヤーのストリートフォトを集めたもの。もう一つは彼女の大量の「セルフポートレイト」を集めたもの。何か、その辺に彼女の「写真」の意味がありそうだ。

『ヴィヴィアン・マイヤーを探して』は渋谷シアター・イメージフォーラム他で順次公開中。

公式サイトはコチラ

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