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2015年10月 5日 (月)

浅草の次は京都『ライカと歩く京都』ネタバレなし……かな?

 昨日は朝から防災訓練やら、親睦会の設立総会やら、管理組合の臨時総会などなど、マンション関連の行事で忙しく、なんかブログの更新は無理? とも思われたのだが、いやいや何とか夕方になって時間がとれたので、こうしてブログの更新をしている訳です。

 で、昨日は私のライカと浅草のブログだったのだが、今日は小山薫堂氏とライカと京都のお話し。浅草とライカは似合うと思っていたのだが、そうか京都も言われてみるとライカに似合う街なのかも知れない。というか、ライカはどんな街でも、それこそ戦場でも、どこでも似合ってしまうカメラなのであった。そう、これはデジカメでは出来ない相談。だって、フルサイズのデジイチなら戦場では似合うけど、フォーサーズやファインダーレスのデジイチは戦場には似合わないもんなあ。逆に、フォーザーズやファインダーレスのデジイチが似合う都会の街にはフルサイズのデジイチはちょっとスペック・オーバーだ。そういえば、戦場でデジカメの充電はどうするんだろう。まあ、銃後にもどればいいのか。

 しかし、知らなかったなあ、「くまモン」の小山薫堂氏が京都の下賀茂茶寮の経営に携わっていたなんて。

Photo 『ライカと歩く京都』(小山薫堂、アレックス・ムートン著/PHP研究所/2015年9月22日)

『「ライカと京都は似ている」
 僕、小山薫堂とアレックス・ムートンはそう考えています』

『ライカも京都も一見、不自由に思われるような「頑なさ」がありますが、一方で時代に迎合しない、長く愛され続けている魅力があるのです』

『「伝統は革新の連続である」という言葉があります。京都がなぜ千年も都であり続け、今もなお輝いているのかといえば、常にいろいろな人や文化が入り、よどむことなく流れてきていたから、ただ伝統を守っているだけではとうに寂れていたと思います』

 じゃあライカはどうなのか?

『ライカは35ミリフィルムのカメラを創り出した企業ですが、その大発明の後、大きな変革は行わずに地道な改良を続けています。
 カメラがアナログからデジタルに変わった時でさえ、下部のフタを開けて、元はフィルムを納めた場所にSDカードを入れたり、同じ場所にシャッタースピードを変えるダイヤルを付けたり、カメラの形そのものは変えませんでした。それは、それまでのデザインと機能に確固たる自信と揺るぎない哲学を持っているからでしょう』

 と小山氏は書くのだが、いやいや実はライカだって迷っていた時期があるのだ。つまり、ミノルタと組んで一眼レフを作っていた時代なんて、実にライカ低迷で、迷いに迷っていた時代なのではなかっただろうか。それがある時、「ライカは写真機なのではない、ライカはブランドなのだ」と気づいて、それからは平気でデジタル化の道を歩み始めたのである(勿論、アナログ・カメラも作っていますけどね)。それも、(今となっては)クラシックなM型ライカのスタイルをまったく変えないで、カメラの中身だけを変えていくという、完璧な「ブランド路線」を突っ走ることになって、ライカは生まれ変わったのである。

 つまり「ライカと京都は似ている」というのは、そんな「ブランド路線」を取っているという点が、ライカと京都の共通点なのではないか。それは逆に常に変わりつつある「東京」という街との比較、常に変わりつつある「日本のカメラ」との比較において際立って見えてくるものなのだ。

 もっとも、そんな日本のカメラも、例えばニコンFなんかはクラシックであると同時に、ブランド化はしてきている。ただし、ニコンはニコンFを再製造はしないだろうけれども……(しちゃったりして、SPみたいに)。

 本書は小山薫堂氏とアレックス・ムートン氏による京都写真が収められている。

『ライカと京都を愛する僕とアレックス。生まれた国も作風も違いますが、1964年生まれの同い年。アレックスはモノクロで、僕はカラーで、京都のまちを歩きながら無心にシャッターを切りました』

 という第2章『小山薫堂とアレックス・ムートンが撮った普段着の京都』に引き続き、第3章ではそんな写真に収められた場所を、今度は文字で『「京都館」館長・小山薫堂がすすめるまち歩きコース』として紹介。

 で、第4章『ライカと京都への憧れを語る小山薫堂×アレックス・ムートン』に続く。

小山薫堂(以下、小山) 僕らの出会いはおよそ十年前だったかな。確かニューヨークのアンティークカメラショップだよね。
アレックス・ムートン(以下、アレックス) そうそう夕方だった。僕はライカの『M3』を首からぶら下げていて、クンドーは『M7』だった。僕がショーケースの中のレンズを見ていて、横を見たら君も同じレンズを見てて、目が合ったんだ。
小山 お互い意気投合してバーに行って盛り上がったね。
アレックス ライカは人と人を結びつけるからね』

小山 「伝統は革新の連続である」という言葉があるけど、まさに京都というまちのシステムがその言葉そのもの。そしてライカも35ミリのフィルムを創った時が最初の大革新だったわけで、その後も革新を繰り返すことによって伝統をつくり上げてきたブランドだと思う。
アレックス 京都とライカはすごく似ている。相性抜群なわけだ。
小山 ライカで京都をどんな気持ちで撮ったの?
アレックス まずはクールにモノクロで撮ろうと思った。そして自分はバトンのような役割だという意識をして撮った。時間と時間の接着剤になるようなつもりと言ったらいいのかな。昨日の風景と明日の風景の間の今日という時間を切り取り、つないでいるという感覚で撮っていた。
小山 さすがフランス人だね、哲学的で詩的なスタンスだなあ。
アレックス そいうクンドーはどんな気持ちで撮ったんだい?
小山 普通、写真を撮るときは、まちや人を撮って、今の人たちに見せるつもりで撮る。でも京都をライカで撮っていると、もっと遠くの時代に、撮った写真を残したいという意識が芽生えた』

 といった会話が続くのであるが……、最後に小山薫堂氏のとんでもない発言が飛び出してきてクリビツテンギョウなのであります。まあ、以前から小山氏のことをよく知っている人なら、不思議なことではないんですがね。

 ところで、小山氏とアレックスの出会った時のライカはM3とM7だったそうだが、現在は二人とも『M9-P』をメインに使っているそうだ。

 って、それが種明かしかいっ!

『ライカと歩く京都』(小山薫堂、アレックス・ムートン著/PHP研究所/2015年9月22日) PHPなので(?)まだ電子化はされていない。

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