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2015年9月 1日 (火)

『地球で生きている』って言っても、そりゃそうだ、というか人間どんな生き方もできるってことですね

 エッセイストとしてもいろいろ出ているヤマザキマリさんの「人生論」である。結構、「人生論」がお好きなようなヤマザキマリさんなのだが、なんか既視感のあるエッセイばかりだなあ。と思って初出一覧を見たら、そうか「Grazia」でエッセイをよく書いていたんだな。

Photo 『地球で生きている ヤマザキマリ流人生論』(ヤマザキマリ著/海竜社/2015年5月15日刊)

 勿論、いろいろなメディアで初出のエッセイをテーマごとにまとめているものである。

 で、テーマは

第一章 私の原点
第二章 女性論
第三章 表現論
第四章 芸術論
第五章 イタリア論

 というテーマ分けなのだが、う~ん、なんかあまりにも整然としていて面白くない。エッセイなんてものは、基本的には書き飛ばしなので、その書き飛ばしたままをランダムに本にした方が面白い。うん、その辺が海竜社という出版社の「お行儀の良さ」というところなんだろうけれども、逆にエッセイの面白さという部分では「ちょっとなあ」になってしまう。

 一番面白いのは、やはり「イタリア論」の前半、つまり、『私の著書『テルマエ・ロマエ』の時代設定について、なぜ紀元130年代なのか、なぜハドリアヌス帝の統治期を選んだのか』という部分である。

『ルシウスという古代ローマの浴場設計技師が日本の風呂文化から全身全霊でくまなく触発を受けるには。古代ローマにおける安泰期。ローマ人の言うところの“Saeculum Aurem(セクルム アウレム)”、「黄金の世紀」が不可欠だった。
 もう一つの理由は、そんなゆとりを生み出す「黄金の世紀」を長期にわたって可能にしたハドリアヌスという皇帝を、主人公を支える大事な人物として描いてみたかったからだろう。私は他とはちょっと毛色の変わったこの皇帝を、自分の絵にして動かしてみたかった』

『ハドリアヌスは千年に渡る古代ローマの版図が最大だった時期に皇帝になった人である。古代ローマをそこまでの規模にした貢献者は前任の皇帝トラヤヌスであり、彼は現在のハンガリーからルーマニアに該当する地域のダキアを戦勝して併合しただけでなく、王を亡くしたナバテア王国も属州アラビア・ペトラエにすかさず併合し、強国パルティアへの遠征においては困難を伴いつつもユーフラテス川沿にまで領地を広げた。トラヤヌスはその間、首都ローマにも浴場や市場など公共建造物などを積極的に建て、市民からも厖大な人気を集めていた』

『しかしこのハドリアヌスという男の複雑さやわかりにくさについて、私は同じように、ダ・ヴィンチやステーブ・ジョブズのような人たちを思い浮かべてしまう。もしハドリアヌスが単なる政治家としての皇帝であったらこういう解釈には至らなかったかもしれないが、この人は皇帝という地位にありながらも実は本人自ら建築家という表現者でもあり、実際2千年近い月日を経た今もなお崩れることなく壮麗な佇まいで今もローマに姿を留めるパンテオンや、ローマ近郊のティヴォリにある広大な敷地の別荘「ヴィッラ・アドリアーナ」といった建築学上の傑作を設計した人でもあるのだ』

『扱いづらくもこれだけ繊細で多彩に生きる事に一生懸命な人物が地球で最も大きかった国の統治者だったと思うだけで、そしてその姿を描くだけで、私の想像力は次から次へとあらゆる妄想を生みだしてくれるのだ』

 なるほどなあ、ハドリアヌス帝ってトラヤヌス帝が古代ローマ帝国を最大版図まで広げた後は、最早それ以上に広げることはせずに、その最大版図のローマ帝国の隅々までを見て歩いたという話があるそうだ。つまり、ハドリアヌス帝って、大帝国の運営者、征服者っていうよりも、どっちかというと「現場主義」の人だったんだろう。帝国全体の運営よりも、現場で何が起きて、何が解決しなければならないのかを気にする人、ということかもしれない。

 まあ、こういう人は帝国運営には向いていないんだけれどもね。

 で、その版図ってどのくらいなのよ、と言えば

20150830_215309 (Wikipedeiaより)

 この大きさですよ。

 これだけの広さの所を、今みたいな交通手段はあるわけでもなし、せいぜい馬に乗って回ったとしても、皇帝在位22年間(在位期間117年~138年)の中でどれほど見て回れたのかはよく分からない。多分、ホンの一部分だけだろう。

 とは言うものの、そうした「現場主義」の人は、帝国全体をどうやって運営していくのかを考える人ではなかっただろうし、その辺は、それぞれの属国、属州、植民地の指導者に任せるしかなかったんだろうな、ということは容易に想像できる。

 で、その分、トラヤノスが作った共同浴場なんかの設計、変更なんかをルシウスに任せたという設定を作りやすかったんだろうな。

 というお話も、結局はヤマザキマリさん14歳の冬、ドイツ、フランスの一人旅をしている時に出会ったイタリア人、マルコ爺さんに説得されて、その後、イタリアに留学することになったことから、すべてが始まっているんだから、人生何があるかは分からない。

 私のその年齢の頃って言えば、バスケットボール・バカから高校生政治運動バカになった状態だったから、取り敢えず、まだ日本国外に出るなんてことは考えていなかった時期だ。

 う~ん、その頃、外国旅行をしていたらなあ、私も今のようにはなっていなかっただろうなあ。今のカミさんともつきあっていなかっただろうし、いまの子どもたちも生まれていなかったということですね。

 まあ、取り敢えずは、人生は何があるか、何が幸いするか、何が不幸の元になるか、なんてことは全然予想できないから、人生は面白いって結論は、当たり前すぎるかな

『地球で生きている ヤマザキマリ流人生論』(ヤマザキマリ著/海竜社/2015年5月15日刊)Kindle版は出ていないようだ……、ていうより電子版なんて出す気のない出版社なんだろうなあ。

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