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« 『文科省 高校生の政治活動 校外では原則容認へ』って、何を今更 | トップページ | 東京ゲームショー2015開幕 »

2015年9月17日 (木)

トプコン通り

 国道17号線(中山道)の本蓮沼と志村坂上の途中で東に折れると「トプコン通り」という道に入ります。

Dsc_00032_2

 別に正式に「トプコン通り」という名前があるわけじゃなくて、通称というか、かなりなカメラオタクの間での通り名というだけのもので、多分、このご近所の人に聞いても「トプコン通り?」って返事が返ってきそうです。

Dsc_00042

 まあ、道をちょっと行くと、右側にトプコンという会社があるってもんですね。

Dsc_00062

 なんでここがカメラオタクと関係があるのかと言えば、昔、この会社はカメラ(も作っていた)メーカーだったんですよ。

 もともと、1932年に服部時計店精工舎(現セイコー)の測量機械部門を母体として「東京光学機械株式会社」という国策会社が作られた。

 戦前はロードという連動距離計付き沈胴式カメラなんかを作っていたんだが、戦後になってプリモフレックスなんていう二眼レフカメラやトプコンホースマンなんていう写真ジャーナリスト向けの中判カメラを作っていた。トプコンホースマンプレス104が発表されたのが1958年なので、その頃から「トプコン」というブランド名を使い始めたわけだ。

 同じころにはレンズシャッター式の一眼レフなんかも作っていたのだが、やがてフォーカルプレンシャッター式の一眼レフを作り始めたのが1957年。そして1963年にはトプコンREスーパーという、世界最初の開放測光TTL一眼レフを発表し、世界中を「あっ」と言わせたのであります。

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 当時はまだニコンもアサヒペンタックスも一眼レフはあったけれども、測光方式は完全マニュアルだったり、ファインダーを通した測光でTTLではなかったり、TTLでも絞り込み測光というファインダーが絞りによって暗くなったりしてしまう方式でありました。

 開放測光とうのは「レンズマウントに絞り設定値の連動機構を備え、カメラボディ側に設定された絞り値を伝達することによって、開放状態での測光値から絞り込んだ状態での値を算出し、適正露出を計算する」というスグレもの。当然、ファインダーを覗いている間は絞りは開放なので、明るいままの被写体を見られて、シャッターの瞬間(つまりファインダーがブラックアウトしている時間)だけ絞り込まれているという状態になるって訳です。

 いまでは一眼レフでは当たり前の装置になっているけれども、当時は皆クリビツテンギョウ理想の一眼レフ・ファインダーだったわけですね。

 1989年には社名もトプコンになるんだが、その前の1981年には一般向けカメラ市場からは撤退してしまうので、「トプコンカメラ」というのはあくまでも東京光学のブランド名というのが、カメラオタクの考え方。

 いまでも「トプコンクラブ」なんていう、トプコンカメラのファン(というよりも完全に「オタク」ですね)の集まりがあるようで、トプコンREスーパーはそれこそ「スーパースター」並みの扱いのようです。

NIKON Df + AF NIKKOR 24-85mm f/2.8-4D IF @Moto Hasunuma Itabashi (c)tsunoken

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