フォト
無料ブログはココログ

Amazonウィジェット

  • Amazonおまかせリンク
  • おすすめウィジェット
  • Kindle

« 『ありのままの私』 | トップページ | 仲秋の名月……そしてスーパームーン »

2015年9月28日 (月)

『「宇宙戦艦ヤマト」を作った男』って、そんなに偉いのかね

『製作スタッフの海外出張にまで愛人を同伴する西崎に対し、大御所の舛田利雄監督は「女を出張先の会議に連れて来るのはやめろ」とたしなめたが、行いがあらたまることはなかった。こんな時に出てくる言葉は、「俺を誰だと思ってるんだ。俺は天下の西崎だ」という捨てゼリフである。相手が誰であろうと、首根っこを押さえられることを西崎は極端に嫌った』

 という、本書の腰巻に収録されている西崎義展の言葉なのだが、『何言ってる。たまたま「ヤマト」でちょっとばかり当てたからって、調子に乗るんじゃないよ。エラソーに』というのが、正直なところの私の感想だ。

Photo_2 『「宇宙戦艦ヤマト」をつくった男 西崎義展の狂気』(牧村康正、山田哲久著/講談社/2015年9月8日刊)

 まあ、それは多分私がいわゆる「ヤマト世代」じゃないからなのだろうけれども、同じくアニメーション映画のプロデュースをしてきた立場からいえば、『たかだか貴方は「ヤマト」しか作っていないじゃないかよ』という気分になるのである。

 作詞家阿久悠が西崎義展の為に東京地裁宛てに出した嘆願書に

『西崎義展氏の成功は『宇宙戦艦ヤマト』という企画の成功であるとともに、日本に於ける『個人プロデューサー』の立場を確立した成功でもありました』

 とあるのは事実だろう。

 それまでの東映動画(現・東映アニメーション)の作品は当然東映あるいは東映動画に所属する社員プロデューサーの作品だし、虫プロの劇場アニメーションだって手塚治虫という強烈なクリエイターがいてこその作品ではあった。そこに映像的にはまったくの素人が企画した作品をテレビで放映し、劇場で配給したのである。

『西崎も角川春樹も山本又一朗も、個人プロデューサーは人非人、つまり、人でなしだね。自分の映画で億単位の損を出しても平気で絶対くさらない。出資者に追いかけられても、そんな奴は馬鹿だと思っている。一発当てれば、金なんかすぐに取り戻せると決めてかかってるんだね。俺は彼らに外見を似せてホラを吹きながらやってきたけれど、本当は真面目。ああいう狂気の人になれない。だから出世できなかったんだな』

 というのは西崎と武蔵高校で同窓であり、「ヤマト」制作のパートナーであって元東映プロデューサー吉田達氏の言葉なんだが、それでも東宝のお公家様然としたプロデューサーや、松竹の典型的なサラリーマン・プロデューサーに比較すると、東映は元々東大出のヤクザみたいな岡田茂氏をトップに頂いていた会社らしく、邦画三社の中では一番ヤクザっぽいプロデューサーが多かったんじゃないか。

 それら邦画三社では基本的には映画の製作資金は社内で調達する。当たっても金は会社が持って行くだけの代わりに、損しても会社が負担してくれる。まあ、それがサラリーマン・プロデューサーのいいところでもあり、弱いところでもあるんだが……。

 そこへいくと、「映画会社以外のプロデューサー」というのは、ちょっとしんどい。つまり、私がいた会社でも、基本的にはその会社が原作権を持っている作品を映像化するわけなので、私がいた会社が3割位の一番大きな出資比率で出資をするわけなのであるが、それ以外の7割くらいは他の会社などから出資を募るわけである。つまり、サラリーマンでありながらある意味独立プロデューサーみたいに他社からの出資を仰いで制作し、そして映画を公開してからは、毎月毎月、その映画の利用収益から出資者に配分を行っていき、出資者の出資分がブレークイーブンに達するまでは、正直、夜も寝られない状況になるのだ。

 その意味では、私も半分は個人プロデューサーみたいに毎月毎月締日が近づくたびに夜も寝られない状態になったりしていたし、西崎や角川や山本と違って「人非人」でない私は、『自分の映画で億単位の損を出しても平気で絶対くさらない。出資者に追いかけられても、そんな奴は馬鹿だと思っている』というほどには居直れなくて、結構苦労した思い出がある。

 とはいうものの、じゃあ前の映画が赤字の内は次の映画の企画はしないのかといえば、別にそんなことはなくて、「前の映画もいずれは黒字に転化する」と、どこか妙な確信というか思い込みでもって次の作品の企画を出しちゃうんですけどね。まあ、その辺少しは私にも「山師」的な部分があったのかも知れない。じゃなかったら『AKIRA』を作った後に、会社の経理から20年以上もほったらかしにされている状況の中で、何本もアニメ・ビデオ・映画の企画制作なんか出来ませんでしたよ。

 まあ、その20数年経ってから、やっと『AKIRA』の最終決算を経理が行ったら、私の会社だけでも1億数千万円の収益が上がった(原作本の売上げは別ですよ)という事実が判明して、私の濡れ衣はなくなったんですけれどもね。まったくふざけた話。

 まあ、それはよいとして。私にとっては西崎義展という存在は、「たいして当たらなかった『宇宙戦艦ヤマト』というテレビ・シリーズを、再編集しただけの製作費ゼロの『劇場版 宇宙戦艦ヤマト』として、ファンクラブを動員して当てた山師」という印象でしかない。

 プロデューサーというのは「クリエイティブが分かるビジネスマン」でなければならない。そこへいくと

『絵コンテがわからない。キャラ表がわからない。色がついて、動いて、音が入らないとわからない人』(白戸武)

 というのではやはりアニメのプロデューサーには向いていなかったんだろうなあ。

『本来、アニメのプロデューサーは下積みを五~六年ほど経験する。アニメーターの原画などを獲りに行ったりし、撮出し(演出家の指示を撮影現場に送る作業)を手伝ったりして基礎を覚えていく。西崎はそんなことを全部すっ飛ばして権限を持った』

 というけれども、そんなことは私たちのような、出版社からアニメーション・プロデューサーになった人間でも同じことである。制作担当としての現場経験はまったくないんだからね。問題は、アニメーション・クリエイターに対するスタンスの問題だろう。「絵コンテがわからない。キャラ表がわからない」なんて奴がアニメ現場にいてはいけないのだ。じゃあどうするのか? それは結局「絵コンテを理解する」「キャラ表を理解する」「レイアウトを理解する」ということでしかない。経験がないと難しいかもしれないが、できないことではない。

 結局、西崎義展はアニメーションをアニメーションとしてではなく、基本的に言ってしまえば、アニメーションは劇場映画を作るための方法論にしか過ぎなかったということなのだろう。

 彼はアニメーションを愛していなかった。単に劇場映画を作りたかった時に、一番身近にあったのがアニメーションだったので、『宇宙戦艦ヤマト』を作った、というだけじゃなかったんだろうか。

 角川春樹や山本又一朗などと同じく、実は映像に対しては素人だったんだよな。彼らにとっては「映画」というものは、表現の手段ではなくて、単なる宣伝媒体のひとつでしかないという共通点がある。つまり「映画が当たる」ということが「社会現象」になって、映画周辺のビジネスが大きくなるって言う具合に。

 ありゃ、それって私がやっていたのと同じビジネス・スキームか。

 じゃあ、そんなに西崎義展をクサしちゃいかんということなんですかねえ。

『「宇宙戦艦ヤマト」をつくった男 西崎義展の狂気』(牧村康正、山田哲久著/講談社/2015年9月8日刊)

« 『ありのままの私』 | トップページ | 仲秋の名月……そしてスーパームーン »

」カテゴリの記事

コメント

以前、終活のブログで小川まどかさんのことを書いていましたが、1996〜1997年に武田漢方便秘薬のコマーシャルでさとうやすえ(佐藤康恵)さんが、ピンクのレオタードを着て、短いスパッツを穿いて、小川まどかさんが、黄色のレオタードを着て、白い長いスパッツを穿いて腹筋をやってらっしゃる、別バージョンのコマーシャルでさとうやすえ(佐藤康恵)さんと小川まどかさんの二人が、赤ちゃんのポーズの体操をしたり、別バージョンのコマーシャルで、さとうやすえ(佐藤康恵)さんと小川まどかさんの二人が並んでお尻歩き体操をしたり、コマーシャルの最後のシーンで「グッドモーニング」と「漢方から試そう」とさとうやすえ(佐藤康恵)さんと小川まどかさんが、セリフを言うコマーシャルの画像(動画、映像、静止画、写真)をお持ちの方は、tsunokenさんでも、このブログ(スレッド、掲示板、ページ)をご覧くださった方でどなた様でも構いませんので、このブログ(掲示板、ページ、スレッド)かyoutubeかニコニコ動画に武田漢方便秘薬のコマーシャルの画像(動画、映像、静止画、写真)を極力、今すぐにでも早く載せて戴けませんか?お願いします

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/549500/62352668

この記事へのトラックバック一覧です: 『「宇宙戦艦ヤマト」を作った男』って、そんなに偉いのかね:

« 『ありのままの私』 | トップページ | 仲秋の名月……そしてスーパームーン »

2017年7月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          

PEN PEN チョートクカメラ日記

自転車フォトグラファー 砂田弓弦

シュクレはお留守番

アローカメラ&我楽多屋

まだ東京で消耗してるの?