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« 『わたしの土地から大地へ』書評カメラオタク・バージョン「サルガドよお前もか」 | トップページ | 保育園義務教育化 »

2015年8月23日 (日)

小金城趾・大谷口歴史公園

 JR常磐線松戸駅と北小金駅の間に展開していたのが「小金城(大谷口城)」という中世からの城だった。

 まあ、中世以降の歴史を見ると、その中心的な流れは中京・近畿の地域にあるので、どうしても関東の城というのは無視されがちなんだが、どっこい、実際には関東にも平氏の流れの武士(っていうか、まだ豪族みたいなもんか)がいて、それなりに城を構えていたんだなあ。

 で、小金城は現在は「大谷口歴史公園」として城域の一部が再現されて残されている。

Dsc_00482

 小金城は平家の流れである千葉氏の家老原家の重臣であった高城氏の居城であったそうだ。と言っても中世の世の中にはまだ「武士」という身分は確立されておらず、まあ、その土地の豪族の一つだったんだろう。

Dsc_00252

 とは言うものの、小高い丘の上に作られた小金城には障子堀とか……

Dsc_00192

 畝堀とかの空堀が作られていたり……

Dsc_00342

 土塁もあって、取り敢えず古利根川、江戸川、印旛沼などの天然の要害にも守られていた、戦のための砦でもあったようだ。「大谷口」という地名もそんな川のほとりというような意味の地名だ。

Dsc_00222

 で、土塁に囲まれたこの場所が本丸だったのだろうか。

 ただし、現在は周囲は完全に住宅地になってしまい、城跡を思わせるようなものはまったくない。

Dsc_00412

 流山鉄道流山線小金城址駅から大谷口歴史公園に至る途中には、大谷口馬屋敷緑地なんていうのもあって、ここも城域であったことがわかる。

Dsc_00062

 小金城の碑の隣にある城域の航空写真を見ると、左上が現在いる小金城趾で、右下がJR常磐線北小金の駅であり、昔の小金城の城域はかなり広かったことがわかる。

 つまり、小金城は単なる戦のための砦ではなくて、高城氏が普段から生活していた居城だったということ。それもかなり広いということは、それなりに高城氏というのも力を持っていた豪族だったんだろう。

Dsc_00282

 で、小金城趾から少し歩くとJR常磐線北小金駅に到着するが、そこは旧水戸街道の小金宿であり……

Dsc_00592

 玉屋という旅籠が残されていたりする。この小金宿はJR常磐線ができる前までは、小金城のすぐ傍まで連なっていたそうだ。まあ、上の城域の写真を見るとそれが分かりますがね。

 まあ、水戸街道が整備されたのは江戸時代に入ってからですけどね。

Dsc_00672

 しかし、知らなかったなあ。マツモトキヨシの1号店が北小金だったなんてね。全然、関係ない話なんだけれども。

Dsc_00612

NIKON Df + AF NIKKOR 24-50mm/F3.3-4.5 @Oyaguchi & Kogane Matsudo (c)tsunoken

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