フォト
無料ブログはココログ

Amazonウィジェット

  • Amazonおまかせリンク
  • おすすめウィジェット
  • Kindle

« 葛西城(址公園と御殿山公園) | トップページ | 叩かれ女の正論 »

2015年8月27日 (木)

『ヒラリー・クリントン 運命の大統領』って、本当にそうだよな

 ヒラリー・クリントンが来年、次期アメリカ大統領になることは、まず、殆ど確定的だろう。民主党は既にヒラリー・クリントンを大統領候補にすることはほぼ内定だし、共和党は未だにドタバタしているうちに、ドナルド・トランプみたいなトンでもない候補者まで出没してしまう騒ぎになってしまってどうなることやら状態だ。

 しかし、1947年生まれのヒラリー・クリントンは来年当選し、大統領に就任する2017年1月には69歳になってしまう。ということなので、来年の大統領選は不退転の覚悟だろう。

Photo 『ヒラリー・クリントン 運命の大統領』(越智道雄著/朝日新書/2015年8月30日刊)

 夫のビル・クリントンが1946年生まれで、大統領に就任したのが1993年なので、その時46歳。アメリカのベビーブーマー最初の大統領なのだ。で、ヒラリーが大統領になると、多分、ベビーブーマー最後の大統領になる可能性が大だ。残念ながら、我が国でアメリカのベビーブーマーにあたる団塊の世代で首相になった人は鳩山由紀夫氏だけっていうのは……、全共闘で社会をぶっ壊した団塊の世代が、その後、自らが壊した社会を再生させようとしていないというのはどういうことなのだろうか。まあ、残念ながら我が団塊の世代にはそんな「社会意識」なんてものはないんだろな。

 ベトナム反戦運動に邁進したベビーブーマーたちから二人の大統領を生みだした(生みだそうとしている)アメリカの方が、まだ健全にも思えてくるから不思議だ。

 しかし、それにしても本書を読むと、まさにヒラリーは大統領になるために、生まれ、育てられてきたようだ。

『ヒラリーの父親ヒュー・ロダムは、第二次世界大戦中に新兵の訓練係軍曹だった』

『ヒューは自分の娘を男の新兵として鍛えた。高校時代ヒラリーがオールAの成績を持って帰っても、この「訓練係」は仁王のような顔をして、「ずいぶんと甘い学校だなあ」とくさしたという。常にハードルを高め続けたこの鍛え方について、ヒラリーは後年「私の性格だから効果があったけど、誰にでもきく手じゃなかったわね」と語った。
 ヒューは偏執的なまでの節約家で、真冬でも夜中には暖房を切った。また彼は、娘をシカゴのスラム街や自分がかつて働いていたペンシルヴェニアの炭鉱の坑道などに連れて行った。これは父親が息子に、人生への恐怖心を植え付けることでサバイバルへの衝動を高めて、一人前の男に育つよう目論む手法のひとつで、それほど珍しいわけではない』

『しかし、息子ならぬ娘を連れていったところがヒューの異常さであり、彼がヒラリーを男と見ていたことの証拠と言えるだろう』

“女性のアイヴィリーグ”のひとつ、マサチューセッツ州のウェルズリー大学に入学したヒラリーは『1年生時点で「学生共和党委員長」になり、次いで高校時代になり損ねた学生自治会長になって、学内食堂でのお祈りを寮の門限の廃止、黒人学生と黒人教員の増員などをめぐる大学側との折衝の陣頭に立つ』のだった。

『優秀な同窓の中にあって学業もそれ以外でも抜きんでていたヒラリーを見て、級友たちは、「私たちの生きている間に女性大統領をこの目で見られるなら、それはヒラリーだわ」と口にした』

 それが実現するのも、もうそれほど先のことではないだろう。

 ヒラリーはウェルズリー大学3年のとき、共和党下院のインターンシップに出されたわけだが、そこで出会ったのが最初の恋人、デーヴィッド・ルパートだったのだが、デーヴィッドには政治的野心がないというのが彼と別れる理由だったというのが面白い。

 一方、イェール大学ロースクールにヒラリーに1年遅れて入ってきたビル・クリントンは、初めから弁護士よりは政治家志望だった。初めからアーカンソー州知事を目指すと公言していたビル。アーカンソーの人口はわずか二百数十万人。そんな超田舎なら州知事も不可能ではない。当然、その経験を踏まえて大統領選に打って出るということも不可能ではないと、ビルやヒラリーが考えていたのかどうかは分からないが、しかし、そうとでも考えなければ、ビルはともかく、ヒラリーの都落ちは理解が出来ないだろう。

『ロースクールを卒業した後の1974年1月、ヒラリーはウォータゲート事件の弾劾調査委員会に加わった。彼女は検察側のデータ担当を引き受け、「ニクスン・テープ」の分析にかかわっており、中央政界への前途は洋々たるものがあった』

 とは言うものの、そこでいう「中央政界」というのはせいぜい上院止まりだろう。むしろ、田舎だろうが州知事の方が大統領に近い、と考えてビルをとったヒラリーの慧眼やいかにというところなのであるな。

 結局、1993年に46歳でアメリカ大統領になったビル・クリントンだが、経済政策においてアメリカ経済の中心を重化学工業からIT・金融に重点を移し、現在に至るまでのアメリカの繁栄と、本来民主党とは相いれない筈の新自由主義経済を成功させた位がせいぜい彼の功績として記憶に残るだけで、むしろモニカ・ルインスキーとのセックス・スキャンダルの方が大方の人の記憶にあるところだろう。

 それ以降は、むしろヒラリーの上院議員としての活躍やら、オバマとの大統領選に敗れた後の国務長官としての活躍の方が目覚ましい。

『ヒラリーは夫の政権で喜々として医療保険制度改革に取り組んだときのように、また上院議員になりたて時代、ひたすら低姿勢で上院の内部に通暁していったように、あるいはまた、遠い昔、ひたむきな猛勉強ゆえに牛乳瓶底眼鏡をかけざるを得なくなったように、敏速に自分を「スーパースタッフ」に切り替え、大統領に仕えた。
「猛勉強少女」の本質は「猛烈長官」へと受け継がれ、在任中112ヵ国を歴訪し、その総飛行距離約100万マイル、これは歴代長官で最長距離となった。「ヴァーチャル時代にこそ、外交の当事者である国務長官本人が相手国に出向くことが不可欠だから」という理由だったが、結果的には恒常的な時差ぼけに悩まされた。手のひらに爪を立てて時差ぼけからさめようとした。すさまじいプロテスタントの労働倫理である』

 勿論、ヒラリー・クリントンが最初のアメリカ合衆国の女性大統領になったからといっても、中国、ロシア、中東などの国々との種々の課題や、大きな格差を抱える国内問題が解決するわけではない。

 しかし、このベビーブーマー世代の(多分)最後の大統領が女性だということは、さすがにベビーブーマーらしい時代の変え方だし、素敵なことではある。

 ただし、日本への要請はこれまでの大統領以上にきつくなるだろうな。まあ、それはアメリカが「世界の警察」の立場を辞めてしまった以上、しょうがないのだけれども。

 それを、今まで以上に日本に要求するのが、多分、ヒラリー・クリントン政権なんだと思う。

『ヒラリー・クリントン 運命の大統領』(越智道雄著/朝日新書/2015年8月30日刊)

« 葛西城(址公園と御殿山公園) | トップページ | 叩かれ女の正論 »

」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/549500/62148862

この記事へのトラックバック一覧です: 『ヒラリー・クリントン 運命の大統領』って、本当にそうだよな:

« 葛西城(址公園と御殿山公園) | トップページ | 叩かれ女の正論 »

2017年12月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            

PEN PEN チョートクカメラ日記

自転車フォトグラファー 砂田弓弦

シュクレはお留守番

アローカメラ&我楽多屋

まだ東京で消耗してるの?