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2015年8月19日 (水)

セバスチャン・サルガドのドキュメンタリーって、どういう意味があるんだろう

 ヴィム・ベンダーズがセバスチャン・サルガドに関して作ったドキュメンタリー映画『セバスチャン・サルガド 地球へのラブレター』が渋谷Bunkamuraル・シネマで公開中だ。

Photo_2 『セバスチャン・サルガド 地球へのラブレター(原題:The Salt of the Earth/地の塩)』(監督:ヴィム・ヴェンダース、ジュリアーノ・リベイロ・サルガド)

 まあ、映画はサルガドの伝記みたいな映画なのでそれはいいとして、シリアス・フォトグラファーに関するドキュメンタリー・フィルムを、そのフォトグラファーの撮影したイメージを使って作るということは、どういうことなんだろうか。

 つまり、その映画の映像に多く出てくるのは、その対象であるはずのフォトグラファーが撮影したイメージ(映像)が数多く出てくるはずだ。つまり、その映画に写される映像は、はたして映像作家のものなのか、あるいはその対象としているフォトグラファーのものなのか、はなはだ怪しくなってくる。

Photo

 勿論、フォトグラファーの映像は、その展覧会や写真集によって編集されるわけで、その編集されたものが、そのフォトグラファーの作品としての意味をなすものになるわけである。つまり、セバスチャン・サルガドで言えば「SAHEL(サヘル)」や「Workers(人間の大地 労働)」や「Genesis(ジェネシス)」などといった(我々にとっては)写真集として提示されるものが、そのフォトグラファーとしての表現であり、作品である。

 つまり、このドキュメンタリー・フィルムはヴィム・ヴェンダースとジュリアーノ・リベイロ・サルガドによって編集された、もう一つのセバスチャン・サルガドの写真集だと考えて見ればいいのか。

Photo_2(c)Sebastiao Salgado

 勿論、サルガドの写真集の傑作と言えば、上にあるような、人々の行いを批判的に捉えた数多くの写真が上げられる。それは、当然シリアス・フォトグラファーとしての矜持であり、しかし、同時に生活の糧でもある。

 それと同時に、当然セバスチャン・サルガドと妻のレリアによって編集された写真集は、その時点々々での基本的なまとまりの中で作られている訳で、その時点でのセバスチャン・サルガドの考え方が表明されたものと考えていいだろう。

 その後、ヴィム・ヴェンダースとジュリアーノ・リベイロ・サルガドによって編集し直されたセバスチャン・サルガドの写真の内容はどうなんだろう。

 それは当然、ヴィム・ヴェンダースとジュリアーノ・リベイロ・サルガドによって俯瞰的に見直されたセバスチャン・サルガドの写真に対する批評的再編の筈である。

 そこで残念なことは、結局、写真集というものは、その写真集を作った時点々々での、フォトグラファーの考え方を見せているものであるのに対して、俯瞰的に見直された写真集の批評的再編は、そうしたその時点々々での批評性は持てずに、そのフォトグラファーの人生的な評価と共にあるということなのだ。つまり、そのフォトグラファーがその写真集を発表した時点々々での問題意識は共有できずに、それらを後に再編した「お行儀の良い」写真集にしかならないということなのだろう。

 従って、ヴィム・ベンダースのセバスチャン・サルガドへ向けたオマージュも、決してオマージュを超えた批評性を持てずに、単なるオマージュに過ぎない映像になってしまっている、ということなのだった。

 勿論、セバスチャン・サルガドへ向けたオマージュが、それであってはいけないということではないが、残念ながらそこにはヴィム・ベンダースならではの視点は欠けてはいないだろうか、ということなのである。

 そこが、ちょっとこのドキュメンタリー・フィルムの残念なところかな。

Photo_3

 ところで、セバスチャン・サルガドと言えば、ライカM4とかM6でのモノクロ撮影が基本なのかと思っていたら、この映画の中でのセバスチャン・サルガドはキャノンEOSでのデジタル撮影の場面しか出てこない。

 んじゃあ、別にモノクロ写真に拘らなくてもいいじゃん、というのが私の発想で、同時にニコンDfでのモノクロ写真に拘っている私と、セバスチャン・サルガドとの違いって何なのだろう、と考えさせられた。

 勿論、フォトグラファーとしてのカメラ・アイ(というかカメラ・センスのあるなし)の違いは分かってはいますがね。しかし、デジタルでもってモノクロ写真を追い求めるってところは同じじゃん、とも思ったりして。

 まあ、それについてはいずれ書きます。

 ヴィム・ヴェンダースの映画『セバスチャン・サルガド 地球へのラブレター』の公式サイトはコチラ

『わたしの土地から大地へ』映画の公開に合わせるようにして出版されたセバスチャン・サルガドの自伝。こちらについては改めて書きます。

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