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2015年8月22日 (土)

『わたしの土地から大地へ』書評カメラオタク・バージョン「サルガドよお前もか」

 8月20日の『私の土地から大地へ』書評シリアス・バージョンから、今日はついに『わたしの土地から大地へ』書評カメラオタク・バージョンへ移行します。

 まあ、セバスチャン・サルガドがカメラマンである以上、こういう読み方をする人もいるってことで……

Photo 『私の土地から大地へ』(セバスチャン・サルガド、イザベル・フランク著/中野勉訳/河出書房新社/2015年7月30日刊)

 元々経済学徒だったセバスチャン・サルガドがカメラを手にしたのは、妻のレリアが建築学科で勉強していて、建物を撮る用にカメラを買う必要があったからなのだった。ジュネーブはヨーロッパのなかでも写真機材が一番安く手に入る街だったそうで、早速、サルガド夫妻も2CVでジュネーブに行った。

『彼女はペンタックスSPⅡと、レンズはタクマー50mmF1.4を買うことにした。わたしたちは写真についてはまるで無知だったんだけれど、たちまちこりゃすばらしいと思った。マントネに戻って、ふたりの最初のイメージを撮った。わたしが説明書を読んで、二日後にはまたジュネーブに行って新しいレンズを24mmと200mm、ふたつ買った。こうして写真がわたしの人生に入ってくることになった。パリに戻ってから、大学都市の部屋に自分用の小さなラボを設置した』

 ふ~ん、自分用のラボを作ってしまう程の気の入れようだったとは、よっぽど写真というメディアが気に入ったということなのだろうな。その後すぐにサルガドは写真のルポを始めるようになるのだ。一眼レフに24mm(28mmでもいいが)、50mm、200mmのレンズの組み合わせは定番だ。ペンタックスSPⅡはねじ込み式のレンズを使ったペンタックスSのシリーズの最終型で、この後はバヨネット式のK型へと進化する。つまりは、森山大道氏が使っていたペンタックスS2の後継機なのであります。つまり、セバスチャン・サルガドは森山大道のフォロワーなのか?

『私が撮ったイメージのなかで、CCFD(カトリック飢餓対策・開発員会:引用者注)がすごく気に入ったのがひとつあった。女性が頭の上に壺を載せて木の横に立っているのを逆光で捉えたものだ。CCFDはこれをポスターに刷って、「大地はみなのもの」キャンペーンの写真にすることにした。そんなわけでわたしの写真はフランス中の教会や会館や、いろんなところのCFDTの集会所にはりだされた。いくらぐらい謝礼を請求したらいいものやらわからなかった。CCFDが額を決めるのを手伝ってくれて、当時としては破格の報酬をもらうことになった。小さいアパルトマンぐらいなら買えるほどの金額だったが、レリアとふたりで、機材に投資したほうがいいねということになった。必要なライカをかたっぱしから買って、高性能の回転式光沢機と、プロ用引き伸ばし機を買った。この辺はいまでも使っている』

 この時代のライカは既にM型に移行しているはずなので、多分、50mm及び望遠系用にM3を、広角系用にM2かMPだろう。よくセバスチャン・サルガドの撮影シーンに出てくる写真ではMPとかM6を構えている写真が多いのだが、そうした機材のひとつだろう。「回転式光沢機」というのがよくわからないが、多分これは露出計のことだろう。「プロ用引き伸ばし機」とはフォコマートのこと。これは現在でも多くの写真家が使っている機材だ。

『わたしの場合、何よりもまず写真機材。カメラ、それから、フィルムを大事に並べておく小型ケースも長いあいだ大事だった』

 とここまではアナログ時代のフォトグラファーの考え方。これがデジタル時代になると一変するんだなあ。

『「GENESIS」をやっている最中に、銀板からデジタルに移った。革命だ』

『9.11が起きて写真家の生活は大きく揺さぶられた。空港にたくさんセキュリティゲートが設置されて、フィルムを持って旅行するのは地獄になった。フィルムは三、四回X線を通すと、グレーの諧調がやられてしまう。ルポを進めていくにつれて、空港での管理体制がどんどん強化されていった。出発の一週間前になると。ジャックとわたしはカリカリしはじめるようになった。わたしは困難な条件のもとで世界の果てまで出かけていって、こういうイメージを持って帰ってくる心づもりなわけだけど、同時に、自分のフィルムがどうしたってダメになることもわかっている。出かけるときはいつも小型ケースにフィルムを六百本詰めて、手荷物にして客室内に自分で持ち込んでいた。検査の係官と何度言い争うはめになったことか』

『キャノンが自社の最上位機種であるEOS-1D Mark Ⅲを貸してくれた。結果はたいへんすぐれたもので、これならいけるということを自分の目で確認した。問題点は、撮った写真のアーカイヴをどうやってハードディスクに保存するかということだった。ほとんど二年かけて、フィリップや、うち〔アマゾナス・イメージズ〕の焼き付け担当のヴァレリー・ユーとオリヴィエ・ジャマン、それからデュポン・ラボといっしょに、あれこれ格闘した。ようやく、デジタルファイルから四×五判の白黒ネガを作るのに成功した。このネガの画質は非常によかった。だからひきつづきデジタルで撮影して銀でプリントした。そんなわけでデジタル画像をどう保存するかという問題は迂回することができた』

『現場にはコンピューターもハードディスクも持っていかない。写真を撮るときはファインダーしか見ない。それまでずっとやってきたのと同じ方法だ。アマゾナスにメモリーカードを持って帰ってくると、コンタクトシートをインクジェット紙に印刷して、それをルーペで眺める。昔とまったく同じ。それからアドリアン・ブイヨンが13×18cmのプルーフプリントをつくる。わたしはフランソワーズ・ピファールとふたりで最初のセレクションをして、ラボとの連絡担当のマルシア・マリアノが調整して、ヴァレリーとオリヴィアが24×30cm判でプリントする。フィルムからデジタルに移っても、支持体しか変わっていないわけだ。わたしの言語は同じ。ただし大きく違うのは、プリントの質が格段によくなってということだ』

 う~ん、ということはアナログからデジタルになったとはいえ、仕事の方法としては、まったくアナログのまんまということですね。単にカメラがアナログからデジタルになっただけで、フィルムの現像という部分がなくなっただけで、最終的にも銀でプリントするんだったら、そいうことだ。

 まあ、それは当然と言えば当然であろう。「写真を撮影する」という行為自体は、アナログであれデジタルであれ、結局は同じ行為である。撮影されている側にはアナログ、デジタルの違いなどない。

 とは言うものの、これを映画『セバスチャン・サルガド 地球へのラブレター』を見ると、ちょっと「えええっ? サルガドよお前もか」となるシーンがあるのだ。

『写真を撮るときはファインダーしか見ない。それまでずっとやってきたのと同じ方法だ』なんてほざいているんだけれども、そこにはデジタル・カメラで撮影した時に、カメラマンなら必ずやる「撮影直後に撮影カットをカメラのモニターで確認する」っていう行為を、セバスチャン・サルガドがやっているシーンがしっかり写っていたりして。

 まあ、やっぱり彼も人の子。撮影直後には自分の撮った写真が気になる訳ですね。この部分だけ、ちゃんと「デジカメ」してるってのが、面白いですね。

『私の土地から大地へ』(セバスチャン・サルガド、イザベル・フランク著/中野勉訳/河出書房新社/2015年7月30日刊)

映画『セバスチャン・サルガド 地球へのラブレター』の公式サイトはコチラ

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