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2015年7月 6日 (月)

『絶歌』への疑問、なぜ「元少年A」なのか

 神戸連続児童殺傷事件の加害者「少年A」が書いた『絶歌』を読んだ。

 全体が二部構成になっていて、第一部が彼の起こした二つの犯罪、つまり1997年3月16日に彩花さん殺害、そして1997年5月24日に淳君を殺害した事件に関すること、第二部が2004年3月10日に少年院から仮退院した日から現在までのことを書いている。

 でも、基本的に自己憐憫ばっかりで、あまり読んでいて気持ちはよくないんだよなあ。

 本書には「元少年A」の事件に対する反省は一言もないんですね。

 要は、この「元少年A」って、医療少年院から退院したんだけれども、結局、多分、入院する前と変わっていないと思うよ。

 もしかすると、更に犯罪を犯すかもしれない。

Photo 『絶歌』(元少年A著/太田出版/2015年6月28日刊)

 本書の第二部「最終居住地(二〇〇四年五月中旬~二〇〇五年一月)」の中で「元少年A」が見たテレビドキュメンタリー「罪の意味 少年A仮退院と被害者華族の7年」の中で、「元少年A」が殺害した淳君のお兄さんがは話した言葉が載っている。

『更生してくれるのは結構なことだと思いますけど、内心はどうして弟はあんな目にあわされたのに、相手側はのうのうと生きられて、まともな生活ができるのかなと思います。もし本当に罪が償えると思っているなら、それは傲慢だと思うし、所詮言い逃れにすぎない』

 そう、その通り、私にはこの「元少年A」は傲慢な奴としか思えない。

 何故、既に32歳になっている「元少年A」が本名ではなく「元少年A」という匿名で本を書くんだろうか? 「被害者のご家族の皆様へ」で『まず、皆様に無断でこのような本を出版することになったことを、深くお詫び申し上げます』と書くのなら、何故、一言被害者家族に事前に相談しなかったんだろうか?

「元少年A」は少年院を出てから、彩花さんの命日3月23日、淳君の命日5月24日に、それぞれの遺族に謝罪の手紙を送ったいるそうだが、じゃあなんでその手紙の中でこの本について触れなかったんだろうか? おかしいじゃないか。

 更におかしいのは、やはり匿名のままの「元少年A」で本を書いたこと。

 結局、匿名のままで本を出すってことは、基本的にその少年法で守られた自分をそのまま生かすってことなのだろう。それはどう考えても傲慢でしょう。本を出す、文章を他人に向けて発表するっていう行為は、自分をさらけ出す行為だ。だったら、そこで自分の正体を他人に向かってすべてさらけ出さなければならない筈だ。それをして初めて文章を他人に発表する資格がある。つまり、よくある匿名ブログみたいなもので本を出しちゃあいけないのであります。勿論、商業的な意味で匿名で本を出すっていう意味はありだが、その場合は誰が読んでもそれは商業的な意味で匿名で出しているというのが見えている訳であり、実は本名(実名)がバレているケースがほとんどである。

 つまり、本を書くって言う行為は、他人を傷つけるかもしれないこともありうるし、書いた本人が気がつかないうちに他人を誹謗中傷することになってしまうことだってある。なので、基本的には本を書くという行為をする人は、自分が「何者」であるかをはっきりさせなければいけない。

 それがなんで、少年法に守られた「元少年A」なんだ。

『この十一年間、沈黙が僕の言葉であり、虚像が僕の実体でした。僕はひたすら声を押しころして生きてきました。それはずべて自業自得であり、それに対して「辛い」「苦しい」などと口にすることは、僕には許されないと思います。でも僕は、とうとうそれに耐えられなくなってしまいました。自分の言葉で、自分の想いを語りたい。自分の生の軌跡を形にして遺したい。朝から晩まで、何をしている時でも、もうそれしか考えられなくなりました。そうしないことには、精神が崩壊しそうでした。自分の過去と対峙し、切り結び、それを書くことが、僕に残された唯一の自己救済であり、たったひとつの「生きる道」でした。僕にはこの本を書く以外に、もう自分の生を掴み取る手段がありませんでした。
 本を書けば、皆様をさらに傷つけ苦しめることになってしまう。それをわかっていながら、どうしても、どうしても書かずにはいられませんでした。あまりにも身勝手すぎると思います。本当に申し訳ありません』

 というのであれば、それこそ本書の刊行を事前に被害者遺族に相談すべきであったということに思いをはせるのだ。当然、そうした中で、「書いてもいいけど本名で書けよ」という要求は当然出てくるはずだ。いつまでも「少年法」を隠れ蓑にして匿名で動くんじゃないよ、という要求も出てくるはずなのだ。

 つまり、この「元少年A」はそんな匿名性の生き方に対して、どこかその住み心地の良さを知ってしまったんじゃないだろうか。特に、この本の後半「第二部」を読むとなんとなくそんな感じがしてくる。

 要は本人が、あの「酒鬼薔薇聖斗」であることがバレそうになると、職を転々とするというまさに第二部で語っているその事実が語っている。本当は、本人が「酒鬼薔薇聖斗」であることを受け入れて、それと同時に「酒鬼薔薇聖斗」として生きていかなければならない、という過酷かもしれないが、そんな過酷な生を受け入れなければ、生きていく価値はないという事実を何故受け入れないのだろうか。

 結局、自己憐憫の書でしかない本書は、それは当然被害者遺族にしてみれば許されるものではないものだろうから、被害者遺族には相談しないで出版をしてしまったんだろう。

 同時に、太田出版もなあ、なんでこんな本を出版しちゃったんだろう。幻冬舎が原稿を読んで、こりゃまずいなあということで出版を取りやめ、太田出版を「元少年A」に紹介したそうだが、その太田出版が簡単に「元少年A」の企画に乗ってしまったっていうのは、まさしく安易。

 太田出版から被害者遺族に連絡を取るという方法もあったはずなのだが、それもやっていないというのは、まさしく怠惰。っていうか、確信犯? っていうか、「元少年A」の身元調査もやっていないんだって……、あきれますね。

 太田出版って、そんな最低な出版社だったんだろうか。

『絶歌』(元少年A著/太田出版/2015年6月28日刊)

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