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2015年7月31日 (金)

『戦後70年 昭和20年という年』という催し

 九段会館(現在は閉館)にある昭和館で、現在『戦後70年 昭和20年(1945)という年 ~空襲、終戦、そして復興~』という展示を開催中だ。

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 昭和20年(1945年)という節目の年を、「Ⅰ 空襲にさらされる日本」「Ⅱ 終戦 8月15日」「Ⅲ 混乱の中からの出発」という三つの側面から、写真、実物資料などを展示しているのだ。

 写真に絞って紹介すると「Ⅰ 空襲にさらされる日本」では、〈徴兵〉で「出征する学徒・静岡県天竜市二俣」、〈学校生活〉で「空襲の被害を受けた泰明国民学校(現・泰明小学校)」「空襲頭巾にもんぺ姿で避難訓練をする国民学校児童」、〈学童疎開〉で「母親に見送られて疎開先に出発する児童」「疎開先で勤労奉仕する学童」、〈勤労動員〉で「警報下の軍需工場で働く女子挺身隊員」「焼け跡で復興奉仕をする勤労動員の男女学徒」「地下の軍需工場で働く女子挺身隊員」、〈物資の欠乏〉では「焼け跡での乾パンの配給・東京」「焼け野原にカボチャの種をまく学徒・東京、日本橋」、〈東京の空襲〉で「3月10日の大空襲で罹災した人々・東京、浅草」「空襲を受け煙が立ち上がる・東京、数寄屋橋」「空襲を受けた吾妻橋付近」、〈全国の空襲被害〉では「ビルだけ残った神戸の国際道路」「海軍の燃料補給基地の爆撃・山口県徳山市(現・周南市)」、〈米軍沖縄上陸〉で「米軍による沖縄上陸」「幼子に缶詰を与える米兵・沖縄県」、〈国民義勇隊〉では「竹槍訓練をする女性たち・鹿児島県曽於郡志布志町(現・志布志市)」「空襲被害の復旧作業をする国民義勇隊の隊員たち・大阪市天王寺区下味原町」、〈広島・長崎原子爆弾の投下〉では「広島市上空の原爆キノコ雲・広島市」「原爆で焼けた立ち木・広島市」「あまりの惨状に涙を拭う・長崎市」「被爆した浦上天主堂・長崎市」。

「Ⅱ 終戦 8月15日」では、〈玉音放送〉で「「玉音放送」を聞く人びと・大阪市北区、曽根崎署前」「「玉音放送」で終戦を知らされた国民・靖国神社」「「玉音放送」を聞く農村家庭の人たち」「涙の皇居前広場」「「玉音放送」を聞く疎開児童」「「玉音放送」を聞く人びと」、〈人々がどのようにとらえたか ~手紙、日記に記された終戦〉では、作文や手紙、日記などの実物資料が沢山展示されており、〈終戦直後の混乱〉では「千葉陸軍戦車学校から没収された武器の積荷」「厚木飛行場に到着したダグラス・マッカーサー」という2点の写真。

「Ⅲ 混乱の中からの出発」では、〈焼け跡でのくらし〉として「炊事は野外の焼け跡で・東京」「終戦後の銀座の街並み」、〈GHQの進駐〉で「馬にのったMPを見る子どもたち・大阪」「子どもにお菓子をあげる水兵・横須賀」、このコーナーでの実物資料として面白いのは昭和20年10月3日発行で360万部を売上げ大ベストセラーになった『日米會話手帳』という本だ。〈授業再開〉では「青空教室」が、〈疎開児童の帰宅〉では「戦争が終わり疎開先から戻る児童たち」が、〈復員・引揚げ〉で「検査を受ける復員兵・長崎県」「朝鮮から復員した旧日本陸軍兵士・鹿児島県加治木市(現・姶良市)」「朝鮮から漁船で博多に着いた日本の民間人」、〈戦災孤児)では「孤児院のバザーで赤ん坊をあやすジーン・バヤオスキー中尉・東京」が、〈闇市〉では「アメヤ横丁・上野」「着物を品定めする米海軍の水兵たち・横浜市」、〈買い出し〉で「超満員の買出し列車」が、〈再生品〉では「放出された軍靴、軍服」、〈宝くじ〉で「第1回宝くじ抽選会・日本橋三越デパート」が、〈娯楽の復活〉では「映画「そよかぜ」のポスターを眺める米兵」「4年ぶりのアメリカ映画上映・日劇」が、〈生活の再建〉では「簡易住宅の展示場・新宿駅前」という写真が展示されている。

 さて、戦後71年目以降に向けてキナ臭くなってきた我が国だが、これまでの70年を、安倍晋三氏はどうやって位置づけるんだろうか。

 勿論、「未来志向」というのは悪いことではない。しかし、だからと言って過去を振り返り、反省すべき点は反省するという姿勢をなくしてはいけないのではないか。

 アメリカが「世界の警察」というスタンスをとれなくなってしまった以上、関係各国が「集団的自衛権」という考え方を持たなければいけないことは事実である。しかし、日本には……

『1.日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2.前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。』

 という日本国憲法第九条が生きている以上は、まずは憲法改正をしなければならないでしょう。「解釈改憲」ってのは、要は「憲法解釈をネジ曲げる」ってことだから、立憲主義の本筋からすれば本来はやってはいけないことなのであります。まあ「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」ってのは、既にネジ曲げられているけどね。

 まず憲法改正からやらないといけないんじゃないか、というのが基本。勿論、一度決めた憲法を改正しちゃいけないなんてのも民主主義に反することなんだから、いくらでも変えていいんです。

 なので、安倍政権は、まず「憲法改正」をまず第一に主張して、で憲法改正になったら、集団的自衛権でも、国の交戦権でもいいから主張すべきなのだ。

 それを姑息な「解釈改憲」なんてことでやっているから、党内外から批判を浴びているのであります。

 ヘタをすると、もう公明党なんかも「集団的自衛権」なんて論議からは離れてしまうかもね。だって、公明党は基本的には「平和政党」として憲法第九条を信奉している党派なんですね。それを支えている創価学会だって、基本的には平和主義が基本の宗教団体だ。70年安保の時は、なんかよく分からない白いヘルメットを被って、反安保運動にに参加していたっていう事実もあるんですよ。

 まあ、正直「なんでこいつらが参加しているの?」ってな疑問を、当時は私たちは持ちましたがね。まあ、でも創価学会の若手信者としては、この国が軍国主義化していくのが怖かったんでしょうね。

 ということなんで、安倍晋三氏はここで、それこそ党内外の「改憲勢力」(それは自民党だけじゃなくて、民主党、公明党、維新の会他諸政党、共産党〈だって、共産党は自衛隊反対ではなかったんですよ、革命が起きればそれは人民の軍隊になるってことで〉まで)を糾合して、「改憲党」のようなものを作って、取り敢えず憲法第九条を改正し、その後、安保法制を整備すればいいのだ。

 多分、それまでの数年はアメリカも待ってくれるでしょう。

 まあ、やっぱり「手順を踏んで」っていうのが、民主主義の基本なんじゃないかな。うん、民主主義ってのは「手続主義」だからね。

 閑話休題

 同時に、2階では『戦後70年写真展 それぞれの終戦』というのが開催されており、こちらは昭和館の外の部分だ。

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『戦後70年 昭和20年(1945)という年 ~空襲、終戦、そして復興~』も『戦後70年写真展 それぞれの終戦』も入場無料。

『戦後70年 昭和20年(1945)という年 ~空襲、終戦、そして復興~』は8月30日まで、『戦後70年写真展 それぞれの終戦』は10月4日まで開催中だ。

 九段会館昭和記念館のサイトはコチラ

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