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2015年7月20日 (月)

『衆 1968夏』団塊批判としてはちょっと物足りない

 堂場瞬一作品と聞いて、「おおっ、警察ものか」と思って読んだら、出てくる警察関係者は元機動隊員の森博夫のみ。つまり、これは1968年生まれの堂場瞬一=麗山市の無所属市議会議員石川正による、元麗山大学全共闘にして石川の大学時代の教師=鹿野道夫に対する、つまりは「氷河期世代」による「団塊世代」への世代論的批判の書というわけなのだな。

1968『衆 1968 夏』(堂場瞬一著/文春文庫/2015年7月10日刊)

 何故、この本を買ったのか? 他でもない、「カバーの写真が良かったから」なのであります。つまりカバー写真にあるのは「コダック・シグネット35 エクター44mm/F3.5付き」なのであります。つまり、これって「マイ・バースデイ(本当はバースイヤー)コダック」1951年製(多分)なのである。「バースデイ・ライカ」という言葉はあるが「バースデイ・コダック」という言葉があるのかどうかは知らない。つまり「自分が生まれた年に製造されたライカ(だから、本当は「バースイヤー・ライカ」)を手に入れることがライカ・ファンの夢」という考え方があるからなのだが、だからと言って「バースデイ・コダック」があるのかは分からないし、型番が分からなければ本当にバースデイなのかは分からないし、ライカの場合が型番が分かれば製造年はすぐにわかるようになっているが、コダックでもそうなのかどうかは分からない。ただし、こうした写真の場合は、多分コダックの資料から持ってきているだろうから、ということになればそれは発売開始した年にカタログ用に撮った写真だろうから、1951年製なのである。

 というのは一種の推理の基本。ということで、やっと推理小説のところに話が戻ってくるのであります。

 お話しは、東京出身の主人公、元革青協麗山支部執行委員にして元麗山大学全共闘初期局次長鹿野道夫が、東京の大学の教授職を定年退職し、麗山大学が新たに設立した地域政治研究所所長として赴任するところから始まる。鹿野の目的はなんだったのか。彼は、1968年の麗山大学闘争の際に、機動隊とのもみ合いの中で亡くなった高校生、石川智英の本当の死因を確かめたいという目的を持って麗山市にやってきたのである。

『結局彼がどうして死んだのかは、未だに分からない。それじゃ、あまりにもひどくないか? その時、間違いなく警察は適当に捜査して、途中で打ち切っている。自分たちの犯罪が表沙汰になるのが怖かったんだよ。あれは警察がやったことなんだ』

 というのが鹿野の考え方。鹿野は市民オンブズマンから無所属の市議になった、鹿野の東京の大学における教え子の石川正に協力を依頼するが断られる。この時に、亡くなった高校生石川智英と同姓であることに気づけばよかったんだけれども、「石川姓」が多い麗山市という感覚だけで、実は石川正は石川智英とは歳の離れた兄弟であるということには気づかない。まあ、この辺も石川正にとっては「団塊の世代の身勝手さ」という受け止め方になるのかも知れない。

 一方、石川正は同じ市議で与党会派に属する板橋から相談を受ける。石川と板橋は同じ麗山南高校の先輩後輩の関係で、板橋が麗山南高校の校内で麻薬の取引が行われているらしい、という情報を石川に入れ、元新聞記者である石川にその調査への協力を依頼するのだ。

 石川がそのドラッグ事件を調べているうちに、その線上に浮かび上がってきた人物が実川という、元革青協の理論面・行動面でのリーダーであり、麗山大事件の後、内ゲバ事件で逮捕され長らく刑務所に服役し、40歳を過ぎて服役してきた後は麗山市で塾講師をしている男だった。「塾講師→麗山南高校生」という繋がりは確かにある。

 ところがこの実川と会った鹿野は実川から意外な事実を知らされる。

『あの高校生を殺したのは、お前だ』

 という実川の言葉。

『俺は、あの高校生もお前も見える位置にいた。だから、お前が石を投げるのも、石が高校生の頭を直撃する場面も、しっかり見ていた。間違いなく、お前が投げた石が彼の頭に当たったんだよ。あの高校生はすぐにその場に倒れて、衝突に巻きこまれた。石が頭に当たらなければ、倒れずに踏ん張って、死ぬようなことはなかっただろうな。俺は何とか石を拾って、逮捕される直前に花壇の中に隠しておいたんだよ。後でそれを回収したんだ』

『新革青協の事件で逮捕されて、服役している間も、ずっと信頼できる人間のところへ預けておいた。もう血の跡は見えなくなってるけど、最近の技術は進んでるからな。あの青年の血液が検出できれば、凶器だという証拠になるだろう。お前の指紋もついてるんじゃないか』

『その石を俺が持っている限り、お前は俺に縛られる。証拠なんだ。黙っていて欲しければ、俺に金を払え。取り敢えず百万だ』

 と鹿野を脅す実川。

 結局、それは石川の行動で失敗に終わり、実川は麗山市から出て行き、鹿野とも一生会わないことを約束される。

 鹿野は大学に辞表を提出し、日本で築き上げた物を全て捨て去り、残りの人生をアメリカで暮らすことにしたという。

 しかし、それはどういうことなのだろうか。

『あまりにも唐突な彼の行動をどう理解していいのか、さっぱり分からない。だはこれは、彼の得意技なのだろうと、皮肉に思った。機動隊との衝突で何人もの逮捕者が出て、人が死んだら、翌日からは運動とはまったく関係ない顔をして、普通の学生に戻る――四十年以上前にやったことを、また繰り返しているだけなのだ』

 とまあ、取り散らかしてそのままトンズラする団塊の世代に対して批判的ではあるのだが、それはまあ、麗山市議会の70歳議員牧田の言うような『勢いだけで突っ走って、結果がどうあろうがそれは気にしないっていうかさ。子どもが玩具で遊んでいるようなもので、遊んでいる間は夢中なんだけど、絶対にそこがちょっと残念。

 もっともっと、団塊の世代の罪深さに入っていかないというのは、やはり団塊の世代とは生まれ年が40年も違うって言うことがあるのかも知れないなあ。

 取り敢えず、我々にしなければいけないことは彼らの(結局は既得権益を守るためでしかない)「シルバー・デモクラシーをぶっ潰す」ということなんだけれども、それはどこまで可能なんだろうか。

『衆 1968 夏』(堂場瞬一著/文春文庫/2015年7月10日刊)

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