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2015年6月21日 (日)

田中長徳写真展「WEIN ZWEI GRAMM LICHT 1973-1980」

 田中長徳写真展「WEIN ZWEI GRAMM LICHT 1973-1980」つまり「ウィーン、2グラムの光 1973-1980」というのが、今回の神田明神脇のギャラリー・バウハウスで開催中の写真展のタイトルだ。

2(c)Chotoku Tanaka

『ある日、ライカM3にズミクロン90ミリで逆光の雲に向け写真を撮った。その日の夕刻に現像してみたら、そのうちの1枚に予期しなかった光のシャワーが写っていたのである。
この光のシャワーというのは、以前から大通りの建物の段違いのスペースの意匠になっていたので気にはなっていたのだが、そういうグラフィックなデザインが実際に自然界に出現したのが妙であった。こういう次第は、ライカのような一眼レフでない35ミリカメラの独壇場である。つまり、ライカは意識でコントロールできないもの、表現上のまったく予期しないものが、そこに写るのだ。その光のシャワーを厚手のハンガリー製の印画紙、フォルテにプリントしたので、その光の質量は、およそ2グラム程度であろう、という推論に達した。
これが「2グラムの光」誕生の縁起である』

 というのが、田中長徳氏の1996年に発行された『ウィーンとライカの日々』(日本カメラ社)80ページに記された原稿であり、そして本書75ページからスタートする第二章「2グラムの光 1976-1980」の扉ページに掲載されている写真が下の写真なのである。

 つまり、これが「2グラムの光」というわけ。

2_2(c)Chotoku Tanaka

 田中長徳氏は夫人・美好さんのウィーン音楽留学に同行して、長徳氏26~33歳という人生の青年期をオーストリアのウィーンという、スロバキア(田中氏が在住していた頃はチェコスロバキアだった)のブラチスラバまですぐの所、つまり西欧(資本主義国)と東欧(共産主義国)に挟まれた微妙な位置にある街で暮らしていた。本書の第一章「記憶の街 1973-1976」と第二章「2グラムの光 1976-1980」が、その頃、ウィーンで大量に撮影された写真の一部なわけであり、本書に含まれていない写真の一部が、今回の写真展の写真なのである。

 本来は「芸術の都」「音楽の都」と呼ばれたウィーン、ハプスブルグ家が13世紀から20世紀初めまで君臨して欧州最大の帝国の首都として、それらの芸術を盛り上げてきたウィーンであるので、本当はそれなりに美しく、明るい街であるはずである。ところが、田中氏が写し撮ったウィーンの姿は、どれもそんな華やかさとは対照的な、どこか陰鬱で、西欧の中心であるにもかかわらず、どこか当時の共産圏の街のようにも見える。

 勿論、カラーの写真ではなく、すべて光の陰影だけのモノクロームであるということも、理由のひとつにはなっているだろう。更に、東ヨーロッパ製の映画用フィルムを使ったということは、当然ISO感度は低いフィルムなので、コントラストの強い写真になることは否めない。つまり、それは田中氏の狙いなのかどうなのかは分からないが、敢えてそんな昔の帝国の残滓をその街に発見しようとして、実はまさしく残滓「だけ」が見えてきたという感じなのである。

 田中氏は、日大芸術学部写真学科を卒業した後、日本デザインセンターに数年勤務して、美好夫人と結婚し、ウィーンに行って、そこで6年半を過ごした。つまり、会社員時代の多少の蓄えはあったにしても、ウィーンという地でそうそう写真家としての仕事があったわけでもなく、しかし、夫人が学校やコンサートに行っている間は何もすることがないので、その間はひたすら街を歩き回って写真を撮るしかない時間を生きてきたのである。

 それは若年にして既に自由人ではあるのだが、一方、若年にしてそのように自由な人間というのは、これまたその自由さ加減を如何に有効に使うかを悩まなければならないという、二律背反の立場に自分を追い込むことになるだろう。

 ひたすら街を徘徊して写真を撮るというのは、今の田中氏の年齢になってしまえば、それは当たり前のこととして、田中氏曰く「徘徊老人と間違えられない為に写真を撮っている」というそのままに、普通の出来事でしかない。しかし、20代後半の若者が、その年齢にして「徘徊老人と間違えられない為に写真を撮っている」という、その姿は、もしかして若くして「世捨て人」なのか、あるいは「無職の腹を空かせた若者が、その口惜しさを忘れるために写真を撮って歩いているのか」といった気分に周囲をさせる。

 まあ、多分そのアンビバレンツがすべて備わった6年半だったんだろう。

 そんな6年半の記録なのである。写し出された写真にはそんなアンビバレンツが横溢している。

 つまり、写真が写し撮るのは、周囲の風景ではなく、写真家の心の中なのである。

田中長徳写真展「WEIN ZWEI GRAMM LICHT 1973-1980」は7月31日まで開催中。

Gallery Bauhausの公式サイトはコチラ

Dsc_00102NIKON Df + Ai NIKKOR 24mm/F2.8 @Kanda (c)tsunoken

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