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« 大田区がウィーンに見えるのかって? そりゃ、無理だよね | トップページ | ニコンカレッジ作品発表 可愛い! エマちゃん »

2015年6月23日 (火)

モノクロで撮ると街が戦場のように見える(?)。駒込が一瞬、サラエボに?

「60年代に、高梨豊さんとのライカ談義で、ライカMDは街が戦場のように映るのではないかというくだりがあった」

 というのは田中長徳氏がよくネタにするお話しである。

 ライカMDで撮るということは、当然、それはトライXなどのモノクロ・フィルムで撮影するということなのだろうから、ためしにライカMDでなくても、街をトライXで撮ったみたいにコントラストをごく強くしてモノクロで撮影してみると……、おお、デジカメでも戦場の如くに殺伐とした風景が写ることを発見した。

 まるで駒込駅前のホテル・メッツが、あたかもボスニア戦争時のサラエボはスナイパー通りにあったホテル・ホリデイ・イン・サラエボの如くに感じられる(?)。

Dsc_00052

 これがボスニア・ヘルツェゴビナ戦争の時の、ホテル・ホリデイ・イン・サラエボの写真。

2

 どうかな……。

 ホテル・メッツ駒込がホリデイ・イン・サラエボなら、こちらのお風呂屋さんはまるでイスラムのモスクのようだ。

Dsc_00082

 この都電の線路や駅なんかも、あたかもユーゴスラビアか東欧の路面電車のようにも思えてくる。

Dsc_00292

 多分、街から「彩り」というものを取り去ってしまう行為が、街が極彩色に彩られていることを当たり前のように感じている普段の自分の感覚から遠いものに連れ去ってしまうからなのだろう。

 それだけ街は極彩色に溢れ、これでもかこれでもかと私たちを責めたてる。

 しかし、よく考えてみると、私が幼い子供のころの東京の街は、現在よりもずっと「色の付いていない」灰色の街だった。極彩色は盛り場としてのメルクマールで、私たちが住む普通の街はモノクロの世界だったのだ。

 それが次第に街には色が溢れ出し、いつしか街は極彩色が当たり前になって来てしまった。いまや我々が住む街も極彩色が溢れていて、それを普通にみている我々がいる。

 そんな街から、たまに「色彩」というものを取り去って、光の陰影だけで見てみると、そこには新たな(というか昔を思い出させるような)光景が発見されてくる。その光景が、たまたま戦争のイメージと重なってくるのかも知れない。

 この70年間、戦争と言う言葉から離れていた東京という街。一方で、横須賀や岩国や沖縄の各地域などは、戦争と表裏一体で繋がっていた街だ。三年前に沖縄に行った時に撮って来た写真はすべてカラーで撮ったんだけれども、そうか、あの写真をモノクロで撮っていればそこには朝鮮戦争やベトナム戦争の影が写っていたのかも知れない。

 街から色彩をすべて外してしまった写真を、沖縄で撮っておくべきだった。

 うん、面白そうだからしばらくは「モノクロ・モード+コントラスト強め」で東京を撮影してみよう。

NIKON Df + Ai NIKKOR 24mm/2.8 モノクロモード+エッジ・レベル9+コントラスト最強 @Komagome & Sugamo (c)tsunoken

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