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2015年6月 4日 (木)

写真は時間のドキュメントである…後戻りはできないのだ

 2013年2月22日のブログ『沢木耕太郎は『キャパの十字架』で何を証明したというのであろうか』で、結びの言葉として、私は『結局、「ジャーナリズムは優れてプロパンダである」という事実がすべてを物語っているのである』と書いた。

 問題は「崩れ落ちる兵士」が本物なのか偽物なのか、偶然撮れた写真なのか、ヤラセなのかということではなく、リチャード・ウィーランが書くように『しかし、結局は、議論に議論を重ね、推測に推測を繰り返したあとでも、キャパの「崩れ落ちる兵士」の写真が偉大で力強い映像であり、戦争で死んでいった共和国軍と、勇敢に前進し打倒されてしまった共和国スペインそのものの、忘れがたい象徴であるという事実は変わらない』という「事実」なのである。

 何故、沢木耕太郎氏はそんなどうでもいいチャチな疑問にこだわったのか、なんとなく本書を読んでみて判ったような気がする。

Photo 『キャパへの追走』(沢木耕太郎著/文藝春秋/2015年5月15日刊)

 沢木氏はリチャード・ウィーランの『キャパ その青春』『キャパ その死』の翻訳者として、ウィーランが先述の文章を書いて「崩れ落ちる兵士」の真贋論争に突然幕を下ろしてしまったことが不満だったんだろうな。それで「文藝春秋」編集部からの執筆依頼に乗じて、考えた。

『ロバート・キャパが撮った有名な写真の「現場」に行き、同じような構図で写真を撮ってみたらどうだろう。そして、そのグラビアページに二枚の写真を並べて載せてもらう。それによって、その「現場」がキャパの時代とどのように変わったのか、あるいは変わらなかったのかが一目瞭然で分かるはずだ』

 とね。そしてあわよくば、キャパが「崩れ落ちる兵士」を撮ったとされるスペインのアンダルシアに行ければ永年の疑問に終止符が打たれるかもしれない、と。

 しかし、それはやはり沢木氏がやはり「文章の人」で「写真の人」ではないという証拠なんじゃないだろうか。本書に収めらっれた「路上の写真家(東京/日本)」から「死への旅(アマウォーク/アメリカ)」までの40点のキャパの有名な写真と沢木氏が撮影した写真は、当然、撮影された時期は60年ほどの違いがあるし、その撮影されたシチュエーションがまったく異なる。

 文章でその地を訪れ、当時を慮って、想像しながら書くことはできても、写真というまさしく一回性のドキュメンタリーを再現することはまず不可能だし、それは無駄なことでしかない。1954年の東京駅でキャパに撮られた少年と、2010年の東京駅にいた「撮り鉄」少年(「路上の写真家」)のどこがダブルイメージになるのであろうか。

 1932年にコペンハーゲンで亡命中に演説をするレオン・トロツキーと、2013年にメキシコ・シティーのトロツキーの墓を訪れて撮った沢木氏の写真(「そこに革命家がいた(コペンハーゲン/デンマーク」)のどこに何を見つけるのか。

 その他、「旗の消えた街(ザールブリュッケン/ドイツ)」「高架橋のある風景(パリ/フランス)」「丘の上の十字架群(ヴェルダン/フランス)」「中央駅から(バルセロナ/スペイン)」「カサ・デ・カンポ(マドリード/スペイン)」「地下鉄の構内で(マドリード・スペイン)」「瓦礫の中の子供たち(マドリード/スペイン)」「ゲルダの死(アンダルシア/スペイン)」「奇妙な友情(テルエル/スペイン)」「橋を撮る(テルエル/スペイン)」「満月に照らされて(テルエル/スペイン)」「走る女、走らない女(バルセロナ/スペイン)」「黒い瞳の少女(バルセロナ/スペイン)」「澄み切った絶望(タラゴナ/スペイン)」「あなたたちを忘れない(バルセロナ/スペイン)」「その姿勢の中に(漢口/中国)」「最後の一枚(メキシコ・シティ/メキシコ)」「屋根のない教会(ロンドン/イギリス)」「静かで、確かな生活(ロンドン/イギリス)」「パパ・ヘミングウェイ(サン・ヴァリー/アメリカ)」「あしながおじさん(ロンドン/イギリス)」「雨のパレルモ(パレルモ/イタリア)」「血と虹と(ノルマンディ/フランス)」「聖母子像(シャルトル/フランス)」「ふたたびのパリ(パリ/フランス)」「広場の銃声(パリ/フランス)」「虚しい死(ライプツィッヒ/ドイツ)」「墓地に降る雪(ロザンゼルス・アメリカ)」「ピカソのいた浜辺(ゴルフ・ジュアン/フランス)」「マティスの棒(ニース/フランス)」「学校としてのカフェ(パリ/フランス)」「夜の街で(熱海/日本)」「二枚のポートレート(静岡/日本)」「白い顔の少女(大阪/日本)」「舞妓ではなかったけれど(京都/日本)」「嘆きの女、それから(ナムディン/ベトナム)」「死への旅(アマウォーク/アメリカ)」の40枚のキャパの写真と沢木氏の写真には何らの共通性もないし、そこに何かを見つけるというのは唯一沢木氏だけがなしうる問題であり、その二枚づつの写真を対比して、何を私たちが見つけ得るというのであろうか。

 まあ、「二枚のポートレート(静岡/日本)」と「死への旅(アマウォーク/アメリカ)」だけは、沢木氏の写真に添えられているのがキャパが撮影した写真ではないから、ちょっと別の感慨がある。「二枚のポートレート」に収められた、静岡の金原真八というアマチュア・カメラマンが撮影したキャパのポートレイトは、見事に普段着のキャパを捉えられているし、「死への旅」におけるリスル・スタイナーの写真には、これまた貴重なキャパの母親ユリア(キャパの撮った写真にもユリアの写真は見られない)が捉えられている。

 それ以外の38枚の写真を見て何を感じるかというのは、多分、沢木氏だけの一人称的な感慨でしかないし、沢木氏だけが感じたものが書かれてあるのだけれども、それはあくまでも沢木氏の内部にある「キャパと私」の表出かもしれないが、それが私たちのところまで届くものかどうかを判断する材料はない。少なくとも、私たちにとってはそれら沢木氏がキャパのアングルに似せて、キャパが撮った現場写真であっても、単なる現代スナップにしか見えないのだ。それは私の感受性が薄いからなのだろうか、あるいは沢木氏の思い入れのみが強いのだろうか。

 どうも、沢木氏はこのキャパを追う旅の中で、例の「崩れ落ちる兵士」が撮影されたのは巷間いわれているようなセロ・ムリアーノではなくエスペホという場所ではないかという確信に至ったのだろうか、いやそれは、それはまた別の『キャパの十字架』の為の取材の時に見つけた場所のような気がしてきた。

 いずれにせよ、本書におけるキャパの道程を追った旅の中で、沢木氏は何を発見したのだろうか。

 多分、それは「写真というものは、その場所を撮ったものではあるが、それ以上に大事なことは、その時代を撮ったものである」ということではないだろうか。そのために、その旅の中では場所を特定できずに、再度、スペインへの取材行が必要になった、と考えれば、『キャパの十字架』は『キャパへの追走』とはまったく別の著書であるということが分かってくる。

 結局、文章家としての沢木氏の予想とは遥かに異なって、60年の時間の偉大さが分かって来ただろうし、現在から60年前を追想することなんかできはしない、ということが分かったんじゃないだろうか。

 写真は時間のドキュメントなんだから、それは初めから分かっていたことなんだけれどもなあ。

『キャパへの追走』(沢木耕太郎/文藝春秋社/2015年5月15日刊)

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