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2015年6月15日 (月)

童貞か処女なのかなんて、どうでもいいことなんだけれどもなあ

 困ったなあ、更新しないって言った日曜日のアクセスが増えちゃった。

 まあ、それへの問題解決はちょっと先延ばしして、始めます。

 戦前から戦後までの童貞言説の流れはこのようになるそうだ。

『一八八五年に福沢諭吉が「品行論」を著して、文明開化の視点から男子の品行を問題化した。その約一〇年後には巌本善治が「男子の貞操」で教育的な見地から男性も貞操を守るべし、と説いている』

『一九世紀末~一九二〇年代にかけては、「通俗性欲学」の台頭にともなって、医学的言説が、花柳病予防の見地から男性の性的放縦をいましめた』

『教育的にも医学的にも正当化された「男子の貞操」を、法で規制しようとしたのが、平塚らいてうである。一九一九年~二〇年に「花柳病男子結婚制限法」と「花柳病男子拒婚同盟」を企画した』

『童貞を美徳とする論は、一九六〇年半ばの雑誌メディアの盛り上がりのなかで陰りを見せ始まる。この時代「処女は減り、童貞増える」事態が問題化されたが、その背後には、自分は性経験がないのに女性が性経験をつんでゆくことへの、童貞男性の不安が垣間見える』

『一九七二年には、はっきりした形で童貞は「カッコ悪い」という当事者の発言が登場する』

『一九八〇年代に入ると、童貞言説の四つのパターンが決定的になる。
 つまり、クロウトとの童貞喪失を見くだす「シロウト童貞」言説、二〇歳すぎの童貞をバカにする「やらはた」言説、童貞をマザコンや包茎・インポとむすびつける病理化言説、童貞は「見てわかる」とする言説である』

『そのような言説が定着していったことへの反動として、九〇年代には童貞=恥論への疑いが登場してくる。しかし、八〇年代的な価値観が崩壊するには、いたっていない』

 ということだそうだ。

Photo 『日本の童貞』(澁谷知美著/河出文庫/2015年6月20日刊)

 まあ、別に童貞か童貞じゃないかなんてことは気にはならないけれども、まあ、やっぱり早めに童貞にはオサラバしちゃった方がいいんじゃないってこと。取り敢えず、人生の中で一度は経験することなんだし、経験したからといって別にどうということもない、ということに気づくのも実際に経験してみて初めてわかることなんだし、ということはなるべく早めに経験しちゃった方が、後の人生がラクになる、ってことですかね。

 私自身の経験で言えば、童貞喪失はソープランド(私のころはまだトルコ風呂だった)でありました。で、ヤッてみての感想は「何だ、どうってことないじゃん」というものだった。童貞喪失前と後では何がどう変わったかと言えば……、何にも変わらなかった、なのでありました。そりゃそうだよね。女性みたいに「処女膜」なんてものがあるわけでもない男の場合、童貞喪失前と喪失後で何が変わったのかと言えば、それは単に「経験したか、していないか」という自分の経験だけのものであって、肉体的な変化がある訳ではないし、精神的にもたいした進歩がある訳でもない。まあ、すでにオナニーなんかで精通はしているわけで、別に変わっていることなんかない。

 トルコ風呂でも、別に「ぼく初めてだから」なんてことも言わずに、普通にマット洗いなんかをしてもらって勃起して、スケベ椅子にも座っておチンチンをいじってもらって勃起して、普通に最初は騎乗位で、次に正常位で挿入して発射しただけだった。あの頃は結構生出しだったかな。トルコ嬢も私が童貞だったかどうだったかは分からなかった筈(? 実はわかっていたりして。それはそれでトルコ嬢の優しさですね)。

 その後は、普通にシロウト女性とのセックスも経験し、クロウト女性とのセックスも経験し、ごく普通に結婚した私なので、特に特別な経験をしてきたわけではない。ので、まあ、そんなに「童貞論」について書き垂れる訳でもないのありますが、というか、だからというか「童貞論」ってのがよくわからない。

 なので、1956年創立の「日本チェリーボーイ倶楽部」とか、1982年の「早稲田大学童貞同盟・性風俗浄化刷新特別委員会」とか、1991年の「童貞五〇人委員会」ってのが、訳が分からない。一九九九年には「全国童貞連合」ってのもできたそうだが、それも訳がわからない。

 なんで、そんなに童貞が自分たちの団体を作らなければならないの? 所詮、「童貞か、童貞じゃないか」なんてことは個人の問題であって、社会的に自分たちの存在を示さなければいけないような問題ではないだろう。

 先述の「早稲田大学童貞同盟・性風俗浄化刷新特別委員会」の規約文を見ると、「童貞を破った者にはリンチ」とか、女性嫌悪(ミソジニー)が濃厚とか、同性愛嫌悪(ホモフォビア)丸出しであるとか、まあ、ガキですね。そんなの小学生レベルの女性嫌悪でしかないわけで、そんな小学生レベルの発想しか今の早稲田大学生ってできないのかなあ、とも思うんですね。まあ、言ってみれば頭脳明晰でお利口さんな早稲田大学生のお遊び(?)ってことでしかないですね。澁谷さんもそんな早大生のお遊びにあまりマトモには付き合わない方がいいでしょう。

 だって、コイツら18~20歳位の、男の人生の中で一番ヤリたくてヤリやくてしょうがない年代の男たちなのだ。つまり、そんな「早稲田大学童貞同盟」なんてものを作ってそこに入会したって、好きな女の子ができて、その子とヤれるってことになったりしたり、別にソープランドでもいいからそこに行けるお金を手にしたりしたら、途端にそんな組織から抜けちゃうんでありますな。

 とにかく、高校生とか大学生の時期ってのは、男の人生の中で一番リビドーが出まくっている時期なんだから、とにかく女っていえば「性欲の対象」としてしか見ていないんだなあ。言ってみれば、男の人生の中で一番野獣的なっていうか、女を女という別の人生の存在じゃなくて、単に自分の性の相手としてとしてしか値踏みしていないという時期で、なおかつそのレベルも相当下がって、とにかくヤらせてくれる女がいれば全部OKみたいな、人生最低の時期なのだ。

 まあ、だからこそそんな人生最低の時期に、最初のセックスの相手を間違えるんじゃないよ、っていう意味で「男子の貞操」論なんてものを持ち出したんだろうけれども、結局、男ってものは間違えるんだよなあ。「男子の貞操」なんてことを持ち出した時点で、「男子には貞操観念がない」ってことを証明したようなものだし、童貞観がどうやらこうやら言っている時点で、実は既に男はどうやって童貞を捨てるのかしか考えていない動物なんですね。

 まあ、別に「日本の男の童貞言説」がどうあろうが、結局、男と女はカップルになるわけであるし、別れてまた別のカップルを作るかもしれないし、まあ、所詮、人間の男と女も、動物の雄と雌なんですね。

 人間以外の動物は「童貞か、童貞じゃないか」なんて気にしないよ。

 だから、人間もそれでいいじゃん。所詮、哺乳類の雄と雌なんだからさ。

『日本の童貞』(澁谷知美著/河出文庫/2015年6月20日刊)

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コメント

> とにかく、高校生とか大学生の時期ってのは、男の人生の中で一番リビドーが出まくっている時期なん>だから、とにかく女っていえば「性欲の対象」としてし>か見ていないんだなあ

これは十代男子に限らず、全年齢の男のみならず女にも当てはまることなんですけどね。
そういった当たり前の現実から目を背けようとする人が多すぎる。

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