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« 『21世紀の自由論』は直接民主制を推奨なんだろうか | トップページ | 「おくの細道」旅立ちの地を巡って② »

2015年6月18日 (木)

「おくの細道」旅立ちの地を巡って①

 以前、北千住(千住宿)から栃木県の小山市まで、週末に数日かけて歩いたことがある「おくの細道」ルートだが、そういえばそもそもの出発点の深川から千住までを歩いたことがないことに気が付いたので、先日行ってきた。

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 元々、芭蕉庵のあったところは今は「芭蕉稲荷神社」になっている。

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 で、芭蕉は元禄二年春、旅立ちの準備を進めて芭蕉庵を引き払って、芭蕉庵があったところから少し隅田川を下ったところにある「採茶庵(さいとあん)」から、曾良と旅を始めたわけだ。

 旅立ちに際して詠んだ句

「草の戸も 住み替はる代ぞ 雛の家」

Dsc_00052

 芭蕉と曾良は採茶庵から舟で千住大橋まで登ったのだから、出だしはこの仙台堀だったはずだ。

Dsc_00062_2

 仙台堀から隅田川に出るには、現在はこの清洲橋の辺りからになるのであるが、当然、芭蕉の時代には清洲橋はなかった。清洲橋ができたのは関東大震災の復興事業で昭和3年だった。

Dsc_00172

 で、芭蕉の時代には隅田川にはこの両国橋と千住大橋だけが架かっていたのであるから、かなり川からの眺めは今とは異なっていたはずだ。

Dsc_00562

 芭蕉の時代の両国橋は今よりは少し川下のほうにあったそうで、その場所が「旧両国橋・広小路跡」という碑になっている。

Dsc_00662

 現在の両国橋。

 さて、両国橋から上流は明日のブログで書きます。

 ちなみに、芭蕉は舟で隅田川登りをしたそうだが、私は隅田川左岸・右岸の川沿いの道を歩いて行きました。現在、隅田川の下流方面は川沿いに遊歩道ができていて、歩いて行けるのであります。

NIKON DF + Ai AF NIKKOR 24-50mm.F3.3-4.5 & Ai NIKKOR 50mm/F1.4 @Sumidagawa River (c)tsunoken

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