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2015年6月 9日 (火)

問題は「人工知能」とか言うレベルのことじゃなくてさ

 人工知能(Artifical Intelligence)と言えば、古くは『2011年 宇宙の旅』のHAL9000だし、現在では『チャッピー』なんだけれども、それらはSFの世界のこと。

 実際に、現在のAIってどうなっているんだろうか。

Photo 『人工知能は人間を超えるか ディープラーニングの先にあるもの』(松尾豊著/角川Epub選書/2015年3月10日刊)

 というか、AIという発想そのものが、どこから来ているんだろうか。

『人間の思考が、もし何らかの「計算」なのだとしたら、それをコンピュータで実現できないわけがない。このことは特段、飛躍した論理ではなく、序章でも少し触れたアラン・チューリング氏という有名な科学者は、計算可能なことは、すべてコンピュータで実現できることを示した。「チューリングマシン」という概念である。すごく長いテープと、それに書き込む装置、読み出す装置さえあれば、すべてのプログラムは実行可能だというのである』

 まあ、それがAIに関する最初の考え方なんだけれども、まあ、でもチューリング氏の頃のマシンは、結局、電気(電子ですらない!)計算機の域を出るものではなかったし、理論的にはAIに繋がる考え方なんだったけれども、あくまでも概念でしかなかった。1940年代にノイマン型コンピュータが実現して、それまでは「電子計算機」でしかなかったものが、「電子頭脳」というアイザック・アシモフのSF用語が一般化し、それが人工知能(AI)として評価されるようになった訳なのである。

 ところで、AIについては、これまでに三つのブームがあったそうだ。

『第1次AIブームは1950年代後半~1960年代。コンピュータで「推論・探索」することで特定の問題を解く研究が進んだ。しかし、いわゆる「トイ・プロブレム」(おもちゃの問題)は解けても、複雑な現実の問題は解けないことが明らかになった結果、ブームは急速に冷め、1970年代には人工知能研究は冬の時代を迎えた』

『第2次ブームは1980年代であり、コンピュータに「知識」を入れると賢くなるというアプローチが全盛を迎え、エキスパートシステムと呼ばれる実用的なシステムがたくさんつくられた。しかし、知識を記述、管理することの大変さが明らかになってくると、1995年ごろにはふたたびAIは冬の時代に突入してしまう』

 あれ? 1995年って言えば、Windows95が出て、まさしくこれからインターネットの時代だったはずなんだけれどもなあ。

『1990年代半ばの検索エンジンの誕生以降、インターネットが爆発的に普及し、2000年代に入ると、ウェブの広がりとともに大量のデータを用いた「機械学習」が静かに広がってきた。そして現在、AI研究は3回目のブームに差しかかっている』

 ということで、現在その第3次AIブームの中で、2011年、IBMが開発した人工知能「ワトソン」が、アメリカのクイズ番組で人間のチャンピオンを破って優勝したり、元将棋名人で永世棋聖の故米長邦雄氏が、コンピュータ将棋のプログラム「ボンクラーズ」に敗れて、その後「将棋電王戦」と呼ばれているプロ将棋士とコンピュータの戦いが行われているが、毎年、コンピュータの方が強くなっている、なんてことがあったりしているわけであるな。

『人口知能の60年に及ぶ研究で、いくつもの難問にぶつかってきたが、それらは「特徴表現の獲得」という問題に集約できること。そして、その問題がディープラーニングという特徴表現学習の方法によって、一部、解かれつつあること。特徴表現学習の研究が進めば、いままでの人工知能の研究結果とあわせて、高い認識能力や予測能力、行動能力、概念獲得能力、言語能力を持つ知能が実現する可能性があること。そのことは、大きな産業的インパクトも与えるであろうこと。知能と生命は別の話であり、人工知能が暴走し人類を脅かすような未来は来ないこと。それより、軍事応用や産業上の独占などの方が脅威であること。そして、日本には、技術と人材の土台があり、勝てるチャンスがあること』

 などと、我が国にとってはいいことのように見えるのであるが、しかし、AIの普及によって「人間の仕事のやり方」は必ず変わるものだし、現在だって、既に「コンピュータを使う人/コンピュータに使われる人」という人たちの間の格差は確実に広がっている。

 現在、「スマホ(タブレットも含む)しか持っていない/パソコンを持っていない」若い人たちが増えているそうだ。スマートフォンやタブレット端末は情報のインプットには極めて優良な端末ではある。しかし、一方で情報のアウトプットには、殆ど向いていない端末なのではないか。で、結局、こういう人たちが、これまでと同じように、支配され続ける人たちになってしまうんだろうなあ。

「Web 2.0」という言葉がもてはやされ、これからは、これまでのように「情報の送り手/消費者」がそれまでの立場を乗り越えて行き交う時代。「情報の発信者」が同時に「情報の受信者」であるし、これまで「情報の受信者」でしかなかった一般の消費者が同時に「情報の発信者」にもなりうる時代がやってきた、と喜んでいたのもつかの間。結局「情報の発信者/情報の消費者」という関係は、その発信者側が少し変わっただけで、元通りの「発信者→消費者」の関係は固定されたままになってしまった。

『読者のみなさんには、それぞれの仕事や生活の中で、人口知能をどのように活かしていけばよいか、活かすことができるのか、ぜひ考えてみてほしい。人工知能によって、この社会がどうよくなるのか、どうすれば日本が輝きを取り戻すのか。考えてほしい。そして、人工知能の現状と可能性を正しく理解した上で、ぜひ人工知能を活用してほしい』

 という、人工知能研究者の願いは分からないではないが、結局、人工知能もそれを使って社会を動かしていく人たちと、それに使われて社会に動かされてしまう人たちを生みだすだけだろう。

 現在、公職選挙法を改正して18歳から選挙権を与えることが検討されているようだが、まあ、その年頃の人たちを見ていると、まさしく「スマホ依存症」みたいな人たちばっかりで、多分、世の中を動かす中心にはならないでしょう。というよりも、「情報の消費者」然として、結局は現状追認しつつ、文句ばっかり言う人しかいなくなってしまうのではないでしょうか。

 本当は、その年代の人たちこそが「現状にNON」を突き付けて、選挙でもそうした行動を起こしてほしかったんだけれども、それは難しいかな。

 かといって、現状を変えるつもりのない団塊の世代はもうどうしようもない醜態をさらしているだけだし、もう日本はどうにもならないんですかね。

 って、いけね。AIの話ではなくなってしまった。

『人工知能は人間を超えるか ディープラーニングの先にあるもの』(松尾豊著/角川Epub選書/2015年3月10日刊)

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