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2015年6月19日 (金)

「おくの細道」旅立ちの地を巡って②

 今日は隅田川を両国橋から上流へ向かって歩いて行きます。

 隅田川には1693年に新大橋、1774年に吾妻橋ができて多少は川の両岸の行き来はよくなったのですが。芭蕉の時代にはまだ両国橋と千住大橋しかなくて、あとは渡船だけの行き来。

 白髭橋(1914年建設)を越えて上流の方に行くと、川は左へ大きく迂回(上流から見ると大きく右へ迂回)して、それまで川面の道からも見えていた東京スカイツリーが見えなくなる。

Dsc_00392_2

 隅田川も芭蕉の時代には土手もなかっただろうし、川面にはこんな葦が沢山生えていただろう、なんてことを想像しながら上流方面へ。

Dsc_00472

 河口より11kmという標識が見えると、東京メトロ日比谷線、つくばエキスプレス、JR常磐線の鉄橋をくぐって……。

Dsc_00492

 千住大橋に到着。ここからは河原の遊歩道はなくなって、コンクリートの堤防だけの川面になります。

Dsc_00552

 で、千住大橋の北詰脇の公園から河原に降りると、「千住大橋際御上り場」というのがあって、昔徳川将軍などが鷹狩りなんかに行く時に、舟を使って隅田川登りをしてここから上陸した場所という説明書きがある。

Dsc_00672

 多分、芭蕉たちもここで上陸し日光街道を北上したんだろうな。

Dsc_00662_2

 河原から橋詰に上がって見ると「奥の細道 矢立初めの地」という碑が立っている。

「行く春や 鳥啼魚の 目は泪」

Dsc_00602

 ところが、この千住大橋際の「矢立初めの地」以外にも「矢立初めの地」があったのだ。

Dsc_00582

 それが国道4号線を挟んで反対側、足立市場の正門脇、それこそ千住宿の入り口にある「千住宿 奥の細道」というモニュメントで、そこにも芭蕉がいて、先の「矢立の初め」の句が飾ってあるのだ。

 まあ、芭蕉も舟を降りてすぐに矢立初めをしたと考えるより、千住宿のどこかで一休みして矢立初めをしたと考えるのならば、こちらの方が本来の「矢立初めの地」なのかも知れないが、まあ、そんな細かいことはどうでもよろしい。

 取り敢えず、千住大橋で芭蕉は舟を降りて、あとはとにかく徒歩で「おくの細道」を辿ったのであります。

NIKON Df + Ai AF NIKKOR 24-50mm/F3.3-4.5 & Ai NIKKOR 50mm/F1.4 @Sumidagawa River & Kita Senju  (c)tsunoken

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