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2015年5月29日 (金)

大塚明夫(バトー)よりは大塚周夫(ヴァン・バスカーク)なんだよなあ

 大塚明夫氏の声は「攻殻機動隊」のバトー役で、主人公・草薙素子を愛するが故に、その口からは決して「愛」という言葉を発しない、悲しい「愛」、あるいはそれこそが「究極の愛」ではないかと思わせる、常に草薙素子の心象を語り続ける、あの「渋い声」として知られるが、多分、私の大塚明夫氏との出会いはその「攻殻機動隊」だったはずだ。

 で、実はその大塚明夫氏のお父上、大塚周夫氏との出会いの方が、私のにとってはむしろ新たな出会いだったのであります。

Photo 『声優魂』(大塚明夫著/星海社新書/2015年3月25日刊)

 1984年、名古屋支社から本社の映像出版事業本部というところに配属となった私は、まさしく公開を目前に控えた劇場アニメーション映画「SF新世紀レンズマン」制作進行の最後の追い込み状態に放り込まれたのだった。

 といっても、多分このブログの読者は「SF新世紀レンズマン」は知らないだろうから、少しだけ解説をします。

 劇場アニメーション映画「SF新世紀レンズマン」は、1977年からの「STAR WARS : A New Hope」、「STAR WARS : The Empire Strike Back」、「STAR WARS : Return of Jedi」の大ヒットを見て、講談社が企画して、電通が代理店となりトミー(当時は「タカラトミー」ではなかった)と組んでメディアミックスを狙って作った映画だったんですが、見事にコケて、その後のテレビ・アニメシリーズ「GALACTIC PATROL レンズマン」(ABC)もあえなく2クールでダウンしたので、講談社の人ですらその存在を知らないSF作品なのでした。

 しかし、その原作エドワード・エルマー・Doc・スミスの「LENSMAN」シリーズは、スペースオペラの古典としてSFファンなら知らない人はいないという位、あまりにも有名な作品。実は、あの「STAR WARS」シリーズも、この「LENSMAN」シリーズからいろいろなヒントを得ていて、例えば「フォース」とか「ジェダイの騎士」何かの設定はまんま「レンズマン」なのであります。

 で、その「レンズマン」シリーズにはオランダ系ヴァレリア人(?)のピーター・ヴァン・バスカークという、高等数学をこなす能力が不足していたため、レンズマン候補生から脱落したが、実は白兵戦の達人で、主人公キンボール・キニスンの親友がいました。この毛むくじゃらのバスカークも、多分「STAR WARS」シリーズのチューバッカのモデルじゃないかと思うんだが、このバスカークの声を当てていたのが大塚周夫氏なのでありました(って、なんて回りっくどい説明なんだ)。

 アニメーションの仕事は、その時初めてだったのでその劇場アニメーション映画「SF新世紀レンズマン」のアフレコ(「アフターレコーディング」というのは日本での造語で、本当は「ポストレコーディング」というのがアメリカでの正しい言い方)が、実は私の人生初の「アフレコ体験」だった訳です。で、この「映像に最後に命を吹き込む」アニメのアフレコというものに立ち会った私は、「声優」という仕事が如何に大切で、そしてみんな見事にその仕事をキチンとこなしていて、まさしく「命を吹き込む」という作業を淡々と行っている様に、結構、感動したのでありました。

 本来「アフレコ」という作業は、昔、同時録音ということができなかった時代のトーキー映画の製作方法で、撮影してきたフィルムを見ながら、その映画に出演している俳優がスタジオで音声を収録する作業のことでした。実は、今でもアメリカではポストレコーディングで製作することが多いそうだが、いずれにせよ、それは「声だけの俳優=声優」の仕事ではなく、「顔出し俳優」の仕事なわけです。

 今でも、スタジオジブリの作品などで俳優が声の出演をすることに対する批判が若干あるようですが、実はそれはおかしいのであって、別に「声だけの仕事」をすることは声優だけの仕事ではなくて、別に俳優がやったっていいのであります。

 つまり、本書で大塚明夫氏が言いたいのはそこの部分なのではないか。

 声優がまるでアイドルみたいにちやほやされて、表舞台に出ている様を見て、「それはちょっと違うんじゃないの?」と言っているように聞こえるのである。まあ、別に大塚明夫氏は声優がアイドルになっちゃいけないと言っているわけではない。声優が表舞台に出てはいけないと言っているわけでもない。大塚明夫氏だって、声優(俳優)を目指した一部の理由の中には「俳優になってちやほやされたい」ということはあったろう。

 ただし、声優という仕事は、実はもっともっと地味なところからスタートして、一生そのまま地味な存在で終わることが多い仕事なんだ、ということを自覚しながら生きていかなければならないのだ、ということを言いたいんじゃないだろうか。

『当たり前の話ですが、役者だのミュージシャンだのを目指そうという人間は、普通の人たちより絶対に強い自己顕示欲や承認欲求を持っています。その欲求を満たそうという意欲が、芸能のような「その人自身が商品」といえるような世界へ駆り立てるわけです。
 満たされない承認欲求を抱えながら頑張るのは大変苦しい。そして普通、苦しいことを我慢して努力すれば、たとえ承認が少なかったとしてもその分のお金はもらえますが、ここは違います。苦しい上にお金ももらえず、誰にも褒めてももらえない。酷い言い方ですが、そういうものです。
 ですから。皆さんが想像しているほど、声優業というのは「自己承認欲求の満たされる」仕事ではないと思うのです。ここまで書いてきた通り、下積み時代は厳しいものです。一人で鍛錬し、オーディションを受け、現場であがき、どんな低評価も甘んじて受けねばなりません。その間に「ちやほやしてくれるファン」がつくわけでもない。金ももらえずまっとうな社会人としてもみなされない。おまけに、何が起きても誰のせいにもできません。
 こうした状況で、果たして自己承認欲求など満たされるものでしょうか? 個人的には甚だ疑問です』

 じゃあ、なんで大塚明夫氏はこれまで声優(俳優)を続け、これからも声優(俳優)を続けて行くのだろうか。

『ゴールには決して着かないのに、ここじゃないところに行かなきゃいけないとばかり常に移動している。決して安寧の地はない。目的地を踏むことはない。
 何を成し遂げようと、どんなに出演作を重ねようと、「はい完成」とはならないのが役者の人生です。私にもゴールは見えません。
 でも――いや、だからこそ面白いじゃないか。
 私はそう思っているのですが、あなたはどうですか?』

 って、それって人の人生じゃないか。

 人生にゴールはない、ってことですよね。

 ゴールがないから、常に、「今が面白い」のであります。

 私もそう……

『声優魂』(大塚明夫著/星海社新書/2015年3月25日刊)相変わらず、星海社は電子書籍に一生懸命じゃないなあ。講談社の子会社なのにそれでいいのかな?

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