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2015年5月23日 (土)

霊岸島と霊巌寺

 前々から気になっていたことんなんだけれども、東京駅や大手町からちょっと行った先にある中央区新川にある「霊岸島」という場所と、そことは全然違う場所にある「霊巌寺」が実は同じ出自なんだということ。

 元々、霊岸島は幕府によって霊巌という坊さんに下賜されたのが元になって、埋め立ての後、霊巌寺が建立されたのが霊岸島とい名前の元になったという。

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 霊岸島は、新川という江戸時代に作られた運河の街で、今ではオフィス街で昔の遺構なんてものはまるで残っていない。

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 まあ、順番に江東区へ向かって歩いていくと佐久間象山の塾が「あった場所」とか…

Dsc_00212

 渋沢栄一宅跡とか…

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 滝沢馬琴誕生の地跡なんてものがあるのだが、現在にまで残っているのは、渋沢栄一宅跡にある渋澤シティプレイス位なものか。あとは、実は何も残っていなくて、碑文だけ。

Dsc_00302

 んで歩いてくると、深川まできてしまう。

Dsc_00342

 で、その深川にあるのが霊巌寺なんだよなあ。全然、霊岸島と違うじゃん、と思ってみたのだが…

Dsc_00362

 明暦三年(1657年)、江戸の大半を焼失した明暦の大火により霊巌寺も延焼し、境内や周辺で一万人近くの避難民が犠牲になったために、元治元年(1658年)に徳川幕府の防火対策でもって、現在地に移転したというだけのことだったようだ。

Dsc_00462

 まあ、なんだなそれほどの意味があって中央区新川から江東区清澄に移ってきた訳ではないのだな。

 それはそれでいいけど、それでも松平定信の墓とか、今治藩主松平家などの大大名の墓なんかがある訳で、それなりに昔はブイブイ言わせていた坊主の寺なんだろう。

 ということで、あまり面白くもない結論でゴメン。

NIKON Df + AF NIKKOR 24-50mm/F3.3-4.5 @Shinnkawa Chuo & Kiyosumi Kouto (c)tsunoken


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