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2015年5月31日 (日)

シャーロット・ケイト・フォックスのヌードしか売りはなかったのかしら

『週刊現代』5月9・16日号『<スクープ袋とじカラー>独占! NHK朝ドラ『マッサン』のエリーが「全裸ヘアヌード」を初公開 見えなかったらお代はお返しします』という惹句に思わず『週刊現代』を購読。

 なんだ、DVDのパブかと思ったものの、アマゾンに行ってポチッしちまったじゃないか。

 という映画『誘惑のジェラシー』が一昨日来たので早速拝見。

Photo 『誘惑のジェラシー』(脚本・監督:チェイス・スミス/発売元:スピリッツ/2015年5月29日)

 まあ「ヘアヌード」と言っても、そんな言葉があるのは日本だけで、アメリカに行ってしまえばヌードと言えばヘアヌードは当たり前なのであります。シャーロット・ケイト・フォックスのヌード・シーンは、映画の頭の方で舞台になったジョージア州のシャイローという田舎町がどういう町かを語るシーンのみなのでありました。

20150530_112842(c)2015 Chase Smith

 アル中のビッグ・ハロルド牧師は町中の女の子とセックスしてしまうようなイカれた牧師なんだが、そんな牧師が当然この町の「新入り」のシャーロット・ケイト・フォックスともヤッちゃうんだろうな、というシーンであります。

 物語はそんなビッグ・ハロルドの息子、CJとクリスチャン、そして二人の幼馴染のジョージア(エラ・バーディン)の話。

 ジョージアは長じて二人の兄弟両方を愛し、セックスする関係になる。兄のCJは町の高校のアメフト選手として町の人気者であったりするんだが、結局、兄弟との三角関係にケリをつけるため、弟のクリスチャンはニューヨークに行き、ジョージアはハリウッドへ行き、大して売れない女優になる。CJだけは町に残って、自動車の修理工となり、その後、その修理工場を町長で保安官のマイクから買い取って、マイクの息子のリーヴァイを工員として雇っている。

 ジョージアが町に帰ってきた。CJはちょっと地味なフェイスという女の子と付き合っていて、フェイスとしてはジョージアの帰還が気になって仕方がない。フェイスはCJが以前から好きだったけれども、CJとクリスチャンの両方とも手に入れたかったジョージアの帰還が災いの元になってしまう。

 たまたまか、あるいはジョージアが呼び寄せたのか、クリスチャンも町に帰って来たのだが、それと同時にジョージアのハリウッドでのルームメイト、グレース(シャーロット・ケイト・フォックス)もこれに絡んできて、話は「CJ、クリスチャン、ジョージア、フェイス、グレース」の五つ巴の複雑な関係になってくる。映画の中で唯一マトモ(そうに見える)のがジョージアの母親代わりのマギーおばさん。ただし、そのマギーおばさんが経営しているバーですら、地下では売春宿をやっているという訳のわからなさ。

 で、その売春宿のシーンが冒頭の「シャーロット・ケイト・フォックスのヘアヌード・シーン」という訳。まあ、なんでここでグレースが春を売らなければならないのか、というのが論理的にまったくわからないんだけれどもね。

 しかし、この映画『誘惑のジェラシー』という邦題のセンスのなさにもまいってしまうが、原題も「BURIED CAIN (葬られたカイン)」という、聖書の「カインとアベル」のエピソードから持ってきたはずなんだけれども、どこが「カインとアベル」なのかまったくわからない。

「カインとアベル」の話は、一般的には「兄弟間の心の葛藤、兄弟・姉妹間で抱く競争心や嫉妬心」のことを言うとされる「カインコンプレックス」の話なのだ。つまり、本来ならCJとクリスチャンの間に、本来なら「ジョージアを巡る葛藤」があって、そして「ジョージアの取り合いからCJがクリスチャンを殺してしまう」というのだったら、まさしくカインとアベルのエピソードのまんまなのだが、どうもそうではない。

 ジョージアとしてはCJ、クリスチャンとの関係に終止符を打ち、CJにするかクリスチャンにするか決めるための帰還だった。しかし、結局、クリスチャンはグレースを選んでしまい、CJもフェイスを選んでしまうようなので、もう自分の恋は諦めようとしたその時、ジョージアはフェイスとのやり取りの最中に橋から落ちて死んでしまう。

 で、マギーおばさんも、これで一件落着とばかり店をしめてどこかにいなくなっちゃうという、なんかとってつけたような結末だなあ。

 クレジットを見ると、脚本・監督がチェイス・スミス、撮影・編集がチェイス・スミスとエドワード・ボス、助監督がエドワード・ボス、機材がキャノンという、まあ、言ってみればアメリカ式超低予算映画の典型なんだけれども、だとしたら一番お金のかからない「脚本」でもうちょっと頑張らなければいけなかったのではないだろうか。

 まあ、こうした低予算映画がメジャーの配給網に乗ることはないだろうし、だからこの映画が日本で公開されるはずもなく、たまたま、シャーロット・ケイト・フォックスが日本でブレイクした話を聞いたので、日本に売り込んだらDVD化されることが出来た、っていう話なんだろうけれども。

 話の軸はCJ、クリスチャン兄弟とジョージアの三角関係なんだから、その辺をもっと濃密に描くことで話はいくらでも面白くなるはずである。CJとクリスチャンの葛藤をキチンと描くことで、最後のジョージアの死というものの意味が浮かび上がってくるはずなのだ。その葛藤が描かれていないために、ジョージアの死という重大な問題が、あまり重大な問題とならずに、とってつけたような映画の結末ということになってしまっている。

 その辺をもっとキチンと描くことができれば、日本でも興行収入を上げられる作品になったのだがなあ。

 勿体ない。

『誘惑のジェラシー』(脚本・監督:チェイス・スミス/発売元:スピリッツ/2015年5月29日)

 ところで、基本毎日更新というのがこのブログのモットーで5年半続けてきたのですが、最近ちょっとくたびれてしまって……。この6月からは毎週日曜日はブログをお休みにいたします。

 と、言いながら書いてしまうこともあるかもしれませんので、一応チェックだけはしてね。

 ということで、宜しくお願いいたします。

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