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2015年5月

2015年5月31日 (日)

2週間ぶりのパレスサイクリング

 先週はツァー・オブ・ジャパン東京ステージの観戦だったので自転車には乗らず、2週間ぶりのライドでした。

R11981382

 距離42.56km、平均時速19.6km/h、最高速度34.9km/h、総走行時間2時間55分31秒、実走行時間2時間9分49秒。

 距離が42.56kmということは、パレスサイクリング・コースを10周くらい走ったことになる。ちょっと飽きますね。

 まあ、久々のライドではこんなものでしょう。

 100km足が出来るのはいつごろになるのでしょうかね。

シャーロット・ケイト・フォックスのヌードしか売りはなかったのかしら

『週刊現代』5月9・16日号『<スクープ袋とじカラー>独占! NHK朝ドラ『マッサン』のエリーが「全裸ヘアヌード」を初公開 見えなかったらお代はお返しします』という惹句に思わず『週刊現代』を購読。

 なんだ、DVDのパブかと思ったものの、アマゾンに行ってポチッしちまったじゃないか。

 という映画『誘惑のジェラシー』が一昨日来たので早速拝見。

Photo 『誘惑のジェラシー』(脚本・監督:チェイス・スミス/発売元:スピリッツ/2015年5月29日)

 まあ「ヘアヌード」と言っても、そんな言葉があるのは日本だけで、アメリカに行ってしまえばヌードと言えばヘアヌードは当たり前なのであります。シャーロット・ケイト・フォックスのヌード・シーンは、映画の頭の方で舞台になったジョージア州のシャイローという田舎町がどういう町かを語るシーンのみなのでありました。

20150530_112842(c)2015 Chase Smith

 アル中のビッグ・ハロルド牧師は町中の女の子とセックスしてしまうようなイカれた牧師なんだが、そんな牧師が当然この町の「新入り」のシャーロット・ケイト・フォックスともヤッちゃうんだろうな、というシーンであります。

 物語はそんなビッグ・ハロルドの息子、CJとクリスチャン、そして二人の幼馴染のジョージア(エラ・バーディン)の話。

 ジョージアは長じて二人の兄弟両方を愛し、セックスする関係になる。兄のCJは町の高校のアメフト選手として町の人気者であったりするんだが、結局、兄弟との三角関係にケリをつけるため、弟のクリスチャンはニューヨークに行き、ジョージアはハリウッドへ行き、大して売れない女優になる。CJだけは町に残って、自動車の修理工となり、その後、その修理工場を町長で保安官のマイクから買い取って、マイクの息子のリーヴァイを工員として雇っている。

 ジョージアが町に帰ってきた。CJはちょっと地味なフェイスという女の子と付き合っていて、フェイスとしてはジョージアの帰還が気になって仕方がない。フェイスはCJが以前から好きだったけれども、CJとクリスチャンの両方とも手に入れたかったジョージアの帰還が災いの元になってしまう。

 たまたまか、あるいはジョージアが呼び寄せたのか、クリスチャンも町に帰って来たのだが、それと同時にジョージアのハリウッドでのルームメイト、グレース(シャーロット・ケイト・フォックス)もこれに絡んできて、話は「CJ、クリスチャン、ジョージア、フェイス、グレース」の五つ巴の複雑な関係になってくる。映画の中で唯一マトモ(そうに見える)のがジョージアの母親代わりのマギーおばさん。ただし、そのマギーおばさんが経営しているバーですら、地下では売春宿をやっているという訳のわからなさ。

 で、その売春宿のシーンが冒頭の「シャーロット・ケイト・フォックスのヘアヌード・シーン」という訳。まあ、なんでここでグレースが春を売らなければならないのか、というのが論理的にまったくわからないんだけれどもね。

 しかし、この映画『誘惑のジェラシー』という邦題のセンスのなさにもまいってしまうが、原題も「BURIED CAIN (葬られたカイン)」という、聖書の「カインとアベル」のエピソードから持ってきたはずなんだけれども、どこが「カインとアベル」なのかまったくわからない。

「カインとアベル」の話は、一般的には「兄弟間の心の葛藤、兄弟・姉妹間で抱く競争心や嫉妬心」のことを言うとされる「カインコンプレックス」の話なのだ。つまり、本来ならCJとクリスチャンの間に、本来なら「ジョージアを巡る葛藤」があって、そして「ジョージアの取り合いからCJがクリスチャンを殺してしまう」というのだったら、まさしくカインとアベルのエピソードのまんまなのだが、どうもそうではない。

 ジョージアとしてはCJ、クリスチャンとの関係に終止符を打ち、CJにするかクリスチャンにするか決めるための帰還だった。しかし、結局、クリスチャンはグレースを選んでしまい、CJもフェイスを選んでしまうようなので、もう自分の恋は諦めようとしたその時、ジョージアはフェイスとのやり取りの最中に橋から落ちて死んでしまう。

 で、マギーおばさんも、これで一件落着とばかり店をしめてどこかにいなくなっちゃうという、なんかとってつけたような結末だなあ。

 クレジットを見ると、脚本・監督がチェイス・スミス、撮影・編集がチェイス・スミスとエドワード・ボス、助監督がエドワード・ボス、機材がキャノンという、まあ、言ってみればアメリカ式超低予算映画の典型なんだけれども、だとしたら一番お金のかからない「脚本」でもうちょっと頑張らなければいけなかったのではないだろうか。

 まあ、こうした低予算映画がメジャーの配給網に乗ることはないだろうし、だからこの映画が日本で公開されるはずもなく、たまたま、シャーロット・ケイト・フォックスが日本でブレイクした話を聞いたので、日本に売り込んだらDVD化されることが出来た、っていう話なんだろうけれども。

 話の軸はCJ、クリスチャン兄弟とジョージアの三角関係なんだから、その辺をもっと濃密に描くことで話はいくらでも面白くなるはずである。CJとクリスチャンの葛藤をキチンと描くことで、最後のジョージアの死というものの意味が浮かび上がってくるはずなのだ。その葛藤が描かれていないために、ジョージアの死という重大な問題が、あまり重大な問題とならずに、とってつけたような映画の結末ということになってしまっている。

 その辺をもっとキチンと描くことができれば、日本でも興行収入を上げられる作品になったのだがなあ。

 勿体ない。

『誘惑のジェラシー』(脚本・監督:チェイス・スミス/発売元:スピリッツ/2015年5月29日)

 ところで、基本毎日更新というのがこのブログのモットーで5年半続けてきたのですが、最近ちょっとくたびれてしまって……。この6月からは毎週日曜日はブログをお休みにいたします。

 と、言いながら書いてしまうこともあるかもしれませんので、一応チェックだけはしてね。

 ということで、宜しくお願いいたします。

2015年5月30日 (土)

『こんな漫画家になりたくなかった』かもしれないが、それが生きる道だったんだから仕方がない

「コモエスタ」と言えば「赤坂」でしょ、知らないよ「神楽坂」なんて、って私も思っていた。

「風俗体験取材漫画家」って言われても、それが何を意味するのか、まあ字面で判断するしかない訳で、それはまあ「風俗体験取材漫画」って言うものがあるんだ、という程度。

「日刊ゲンダイ」なんかの風俗記事と言えば、基本は漫画じゃなくて活字記事。そういう風俗漫画雑誌っていうものがあるんだ、ということをこの本で初めて知ったような訳ですねぇ。

Photo 『こんな漫画家になりたくなかった 風俗体験取材28年間の苦悩』(コモエスタ神楽坂著/コア新書/2015年4月17日刊)

『今現在(2015年)、週刊漫画誌は10誌、月刊誌、季刊誌、増刊など定期的に漫画掲載されている商業雑誌は250誌程度(だそうだ)。バイトもせず、漫画(イラスト・カット)だけを描いて生活している漫画家は大雑把に1万人。無料漫画アプリの台頭で漫画家の価値観が一変するかもしれないが……。
 その中でもサラリーマン並に生活できるのは、毎年2冊以上の単行本が発売されて10万部以上の売り上げがある漫画家か、一人で毎月100ページ以上描いている漫画家ぐらい。
 出版不況の現在では、1万人のうち4パーセント、400人程度がサラリーマン並、またはそれ以上の生活をしているそうだ。
 残りの9600人は、とりあえずバイトもせず漫画家と名乗り、1日中机に向かい漫画を描いているが、その暮らし「極貧」なり。
 まさに、頑張って頑張って人並みの貧乏』

 という漫画家業界の実態を本の冒頭に書いているが、実際はまさしくそんなとおり。

 ちなみに、コモエスタ神楽坂氏は『1959年、愛知県生まれ。ギャグ漫画家になるために上京し、22歳で少年誌デビュー。その後、青年誌で新連載を繰り返したのち、風俗体験取材漫画家に転身。業界28年目の大ベテランで、実に1,000人以上の風俗嬢を取材している。現在も『まんがシャワー』(一水社)で連載を持ち、風俗誌やスポーツ紙だけでなく、電子書籍、ウェブサイトなどのニューメディアでも活躍中。過去に別のペンネームで3冊の書籍を執筆している。 https://twitter.com/shimennsoka』 って言うんだから、まあ上から400人じゃないにしても、残りの9600人の中ではかなり上の方に位置していることだけは確か。

『第六章 漫画家の先輩Y氏』に書かれた「漫画ものしり博士Y氏」の話。

『すでにY氏は、アシスタントを本業としていて、この先も絶対に独立する意思はないと断言していた。
 オレがどうしても「漫画家」にこだわり続けていたのに対し、Y氏にとって「漫画家」は他人事、漫画はあくまでも職業。
「たまたま、アシスタントに就職したけど漫画家になる気はないね」
 オリジナル作品は、一度も描いたことがないそうだ。
「漫画なんて儲からないよ、漫画家なんてやめろ、やめと」
 これがY氏の口癖。
 18歳で超有名漫画家のアシスタントになり、オレと出会ったころには、すでに漫画業界10年以上の大ベテラン。漫画業界の裏話にものすごく精通していた。
 毎週のように大手出版社の編集者たちが、Y氏の勤める先生の仕事場にやってきては、徹夜続きの先生やアシスタントが寝ないように、漫画家たちが興味を持ちそうな門外不出のここだけの話、出版業界の裏話を喋りまくったそうだ』

 で、このY氏、アシスタントで月給40万の高給取り、ボーナスありで社会保障もしっかりしているそうだ。確かに、そんなサラリーマン並に収入があって、身分も保たれているのなら『漫画家になる気はないね』となるのも分からないではない。う~ん、確かにそれはそれで(その時には)いい判断だろう。しかし、そのY氏もコモエスタ神楽坂氏と出会った時が35歳、コモエスタ神楽坂氏が27歳。現在、コモエスタ神楽坂氏は55歳なら、Y氏は63歳。果たして、63歳になってサラリーマン並に昇給しているだろうか、業界に漫画家アシスタントとして名前は売れているだろうか。いやいや、まだアシスタントをやっていたとしても月給40万円は変わらないだろうし、多分、既にアシスタントはクビになっているだろう。じゃあ、独立して漫画家になっているということは、ご自分の過去の言動から言っても無理だろう。

 そんなアシスタント氏がその後まで漫画業界で生きていくことなんてあり得ない。オリジナル作品を一度も発表したことないアシスタント氏が、独立した漫画家として認められることはないだろうし、既に漫画家ですらないのだ。

 結局、こんな先のことを考えない極楽とんぼみたいなアシスタント氏がいるおかげで、売れっ子漫画家さんは生活できるし、アシスタント氏に自分が追い落とされることはないという安心感で仕事ができるっていうわけなんですね。

 まさしく、『頑張って頑張って人並みの貧乏』でいても、自分のペンネーム「コモエスタ神楽坂」で勝負しているコモエスタ神楽坂氏の方が、キチンと漫画業界で名前を残すことができるだろうな。

 まあ、「名前を残す」ということが「生活が豊かになる」という言葉とは同義語ではないけれどもね。

 そこが残念!

『こんな漫画家になりたくなかった』のは事実だろうが、「こんな漫画家」にしかなれなかったのも事実。一方、「こんな漫画家にはなりたくなかった」ということすら言えずに、道半ばで漫画家への道を諦めて行く人の多さを考えれば、まだまだ「漫画家でいる」ことが実現したというだけでもめっけもんかもしれない。

 まあ、なかなか、人生って捨てたもんでもないっていうことですかね。

『こんな漫画家になりたくなかった 風俗体験取材28年間の苦悩』(コモエスタ神楽坂著/コア新書/2015年4月17日刊)

2015年5月29日 (金)

大塚明夫(バトー)よりは大塚周夫(ヴァン・バスカーク)なんだよなあ

 大塚明夫氏の声は「攻殻機動隊」のバトー役で、主人公・草薙素子を愛するが故に、その口からは決して「愛」という言葉を発しない、悲しい「愛」、あるいはそれこそが「究極の愛」ではないかと思わせる、常に草薙素子の心象を語り続ける、あの「渋い声」として知られるが、多分、私の大塚明夫氏との出会いはその「攻殻機動隊」だったはずだ。

 で、実はその大塚明夫氏のお父上、大塚周夫氏との出会いの方が、私のにとってはむしろ新たな出会いだったのであります。

Photo 『声優魂』(大塚明夫著/星海社新書/2015年3月25日刊)

 1984年、名古屋支社から本社の映像出版事業本部というところに配属となった私は、まさしく公開を目前に控えた劇場アニメーション映画「SF新世紀レンズマン」制作進行の最後の追い込み状態に放り込まれたのだった。

 といっても、多分このブログの読者は「SF新世紀レンズマン」は知らないだろうから、少しだけ解説をします。

 劇場アニメーション映画「SF新世紀レンズマン」は、1977年からの「STAR WARS : A New Hope」、「STAR WARS : The Empire Strike Back」、「STAR WARS : Return of Jedi」の大ヒットを見て、講談社が企画して、電通が代理店となりトミー(当時は「タカラトミー」ではなかった)と組んでメディアミックスを狙って作った映画だったんですが、見事にコケて、その後のテレビ・アニメシリーズ「GALACTIC PATROL レンズマン」(ABC)もあえなく2クールでダウンしたので、講談社の人ですらその存在を知らないSF作品なのでした。

 しかし、その原作エドワード・エルマー・Doc・スミスの「LENSMAN」シリーズは、スペースオペラの古典としてSFファンなら知らない人はいないという位、あまりにも有名な作品。実は、あの「STAR WARS」シリーズも、この「LENSMAN」シリーズからいろいろなヒントを得ていて、例えば「フォース」とか「ジェダイの騎士」何かの設定はまんま「レンズマン」なのであります。

 で、その「レンズマン」シリーズにはオランダ系ヴァレリア人(?)のピーター・ヴァン・バスカークという、高等数学をこなす能力が不足していたため、レンズマン候補生から脱落したが、実は白兵戦の達人で、主人公キンボール・キニスンの親友がいました。この毛むくじゃらのバスカークも、多分「STAR WARS」シリーズのチューバッカのモデルじゃないかと思うんだが、このバスカークの声を当てていたのが大塚周夫氏なのでありました(って、なんて回りっくどい説明なんだ)。

 アニメーションの仕事は、その時初めてだったのでその劇場アニメーション映画「SF新世紀レンズマン」のアフレコ(「アフターレコーディング」というのは日本での造語で、本当は「ポストレコーディング」というのがアメリカでの正しい言い方)が、実は私の人生初の「アフレコ体験」だった訳です。で、この「映像に最後に命を吹き込む」アニメのアフレコというものに立ち会った私は、「声優」という仕事が如何に大切で、そしてみんな見事にその仕事をキチンとこなしていて、まさしく「命を吹き込む」という作業を淡々と行っている様に、結構、感動したのでありました。

 本来「アフレコ」という作業は、昔、同時録音ということができなかった時代のトーキー映画の製作方法で、撮影してきたフィルムを見ながら、その映画に出演している俳優がスタジオで音声を収録する作業のことでした。実は、今でもアメリカではポストレコーディングで製作することが多いそうだが、いずれにせよ、それは「声だけの俳優=声優」の仕事ではなく、「顔出し俳優」の仕事なわけです。

 今でも、スタジオジブリの作品などで俳優が声の出演をすることに対する批判が若干あるようですが、実はそれはおかしいのであって、別に「声だけの仕事」をすることは声優だけの仕事ではなくて、別に俳優がやったっていいのであります。

 つまり、本書で大塚明夫氏が言いたいのはそこの部分なのではないか。

 声優がまるでアイドルみたいにちやほやされて、表舞台に出ている様を見て、「それはちょっと違うんじゃないの?」と言っているように聞こえるのである。まあ、別に大塚明夫氏は声優がアイドルになっちゃいけないと言っているわけではない。声優が表舞台に出てはいけないと言っているわけでもない。大塚明夫氏だって、声優(俳優)を目指した一部の理由の中には「俳優になってちやほやされたい」ということはあったろう。

 ただし、声優という仕事は、実はもっともっと地味なところからスタートして、一生そのまま地味な存在で終わることが多い仕事なんだ、ということを自覚しながら生きていかなければならないのだ、ということを言いたいんじゃないだろうか。

『当たり前の話ですが、役者だのミュージシャンだのを目指そうという人間は、普通の人たちより絶対に強い自己顕示欲や承認欲求を持っています。その欲求を満たそうという意欲が、芸能のような「その人自身が商品」といえるような世界へ駆り立てるわけです。
 満たされない承認欲求を抱えながら頑張るのは大変苦しい。そして普通、苦しいことを我慢して努力すれば、たとえ承認が少なかったとしてもその分のお金はもらえますが、ここは違います。苦しい上にお金ももらえず、誰にも褒めてももらえない。酷い言い方ですが、そういうものです。
 ですから。皆さんが想像しているほど、声優業というのは「自己承認欲求の満たされる」仕事ではないと思うのです。ここまで書いてきた通り、下積み時代は厳しいものです。一人で鍛錬し、オーディションを受け、現場であがき、どんな低評価も甘んじて受けねばなりません。その間に「ちやほやしてくれるファン」がつくわけでもない。金ももらえずまっとうな社会人としてもみなされない。おまけに、何が起きても誰のせいにもできません。
 こうした状況で、果たして自己承認欲求など満たされるものでしょうか? 個人的には甚だ疑問です』

 じゃあ、なんで大塚明夫氏はこれまで声優(俳優)を続け、これからも声優(俳優)を続けて行くのだろうか。

『ゴールには決して着かないのに、ここじゃないところに行かなきゃいけないとばかり常に移動している。決して安寧の地はない。目的地を踏むことはない。
 何を成し遂げようと、どんなに出演作を重ねようと、「はい完成」とはならないのが役者の人生です。私にもゴールは見えません。
 でも――いや、だからこそ面白いじゃないか。
 私はそう思っているのですが、あなたはどうですか?』

 って、それって人の人生じゃないか。

 人生にゴールはない、ってことですよね。

 ゴールがないから、常に、「今が面白い」のであります。

 私もそう……

『声優魂』(大塚明夫著/星海社新書/2015年3月25日刊)相変わらず、星海社は電子書籍に一生懸命じゃないなあ。講談社の子会社なのにそれでいいのかな?

2015年5月28日 (木)

一度、ギリシャをデフォルトさせてみればいい

『ぼくは二十歳だった。それがひとの一生でいちばん美しい年齢だなどとだれにも言わせまい──。』(篠田浩一郎訳/晶文社刊)で始まる有名な小説『アデンアラビア』を書いたポール・ニザンが、実はエマニュエル・トッドのお祖父さんだったなんて知らなかった。

 だからどうだ、ということを言われても困ってしまうが、しかし、西欧文明の荒れ果てた様を見て嫌になり、はるかアジアを夢見てアデン(イエメン)に旅立った祖父ポール・ニザンと同じような立ち位置にいるエマニュエル・トッドを見ると、どこか祖父と同じことを繰り返すのが、一族というものなのだなあ、とも感じさせるのであります。

Photo 『「ドイツ帝国」が世界を破滅させる 日本人への警告』(エマニュエル・トッド著/堀茂樹訳/文春新書/2015年5月20日刊)

 今年の2月6日、プーチン・ロシア大統領、メルケル・ドイツ首相、オランド・フランス大統領がウクライナ問題を巡って三者会談を開いたというニュースは、やはりロシアはヨーロッパの一部であり、そのヨーロッパの盟主であるドイツとフランスがロシアを説得にかかったのか、と思っていたら、実はそうじゃなくて、単にそれはフランス・オランド大統領がドイツ・メルケル首相の茶坊主だということを示しただけだったのか。

 ということは、本書で言う「ヨーロッパ」はEU加盟国であって、つまりロシアはヨーロッパではなく、西欧社会は今は、ロシア、EU、アメリカ(アングロサクソン)という三つの軸に分かれており、その内のアメリカの凋落が実はウクライナ問題の底にはあって、それはロシアVS.ヨーロッパという単純な対立構図ではなくて、ヨーロッパ内部のドイツを頂点とする階層構造が、その基底部分にはあるということなのだった。

『最近のドイツのパワーは、かつて共産主義だった国々の住民を資本主義の中の労働力とすることによって形成された。これはおそらくドイツ人自身も十分に自覚していないことで、その点に、もしかすると彼らの真の脆さがあるのかもしれない。
 つまり、ドイツ経済のダイナミズムは単にドイツのものではないということだ。ライン川の向こうの我らが隣人たちの成功は、部分的に、かつての共産圏諸国がたいへん教育熱心だったという事実に由来している。共産圏諸国が崩壊後に残したのは、時代遅れになった産業システムだけではなく、教育レベルの高い住民たちでもあったのだ。
 戦前のヨーロッパにおけるポーランドの教育状況と、それよりはるかに良好な今日のそれを比べると、ポーランドが現在の経済的な好調さの一部を共産主義に負っていること、さらにおそらく、皮肉きわまりないことにロシアに負っていることを認めざるを得まい。我々は将来、ドイツ的な管理がポーランドをどのような状態にするかを見る機会があるだろう。
 いずれにせよ、ドイツはロシアに取って代わって東ヨーロッパを支配する国となったのであり、そのことから力を得るのに成功した。
 ロシアはかつて、人民民主主義諸国を支配することによって却って弱体化したのであった。軍事的なコストを経済的な利益によって埋め合わせることができなかったからだ。アメリカのおかげで、ドイツにとって、軍事的支配のコストはゼロに近い』

 というエマニュエル・トッドの分析は正しいだろう。

 と同時に、これは日本の状況にも近いとも言えるのではないか。

 第二次世界大戦後、力を示してきたソ連に対抗するため、アメリカは日本を極東における対共産圏包囲網の砦とするため様々な支援を行ってきた。同時に(ここがドイツと違うところだが)日本には元々教育レベルの高い国民がいて、その労働力を元に、朝鮮戦争を期に経済復興を成し遂げ、その後も高度経済成長を成功させ、なおかつ日米安保条約に守られた日本は軍事費用のコストもゼロに近かった。

 日独の違いは、その経済的な再スタートが第二次世界大戦直後から始まった日本と、ソ連の支配が終わった1990年代までに至らなければならなかったドイツという、その間40年の差があったということ。勿論、東西冷戦時代のドイツにもアメリカの援助は大変なものがあって、そのおかげで第二次世界大戦後の西ドイツも経済的な発展はそれなりに大きかったのであるが、やはり大きな転換点は1989年「ベルリンの壁崩壊」だったのだろう。

 1958年に成立したEECは、その後1967年のEC、1992年のEUと発展してきて、それはアメリカに対抗してヨーロッパの主権を取り戻そうという政治的な結合だった。それまでのEUの中心はフランスだった。で、そのフランスが提案した欧州共通通貨「ユーロ」が欧州世界の緩やかな繋がりを壊してしまったのだった。

「為替」というものは、国と国の経済状態の違いを万全ではないが(というか万全なシステムなどというものはない!)緩やかに調整するきわめてすぐれたシステムなのだ。しかし、そんな国ごとの緩やかな経済調整システムは共通通貨によって破壊され、その結果、ヨーロッパは原始的で暴力的な経済戦争に巻き込まれてしまっている。

『ヨーロッパという空間の中でドイツの経済的スーパーパワーを検討すれば、それが、半製品の生産拠点をユーロ圏外の東ヨーロッパへと移転するといった利己主義的な経済政策を手段として形成されていることが発見されます。
 ドイツではここ数年、賃金が据え置かれたり、引き下げられています。ドイツの社会文化には権威主義的なメカニズムがあって、国民が相対的な低賃金を甘受するので、ドイツの政府と経済界はその面を活用し、ユーロ圏の各国への輸出を政治的に優先したのです。ベルリンが最大の貿易黒字を実現しているのはユーロ圏内においてです』 

 結果、現在のEUは完全にドイツの支配下におかれ、特にギリシャ、イタリア、スペイン、ポルトガルなどの、民主主義的伝統の脆弱なラテン国家は、それこそ国家の成立要件までドイツに握られてしまい、いまやギリシャはデフォルトの危機に陥っている。

 こうしたドイツの振る舞いに対して"NON"を突きつけられるのは、ドイツに対する永遠のライバル国であるフランスであるはずなんだけれども、そのフランスは徹底した階級国家。フランスの国家の根幹はすべてエリート階級が抑えている。そのエリートたちは、元々共通通貨を提案した保守的な人たちであるし、そんな人たちがドイツに対して批判的に動くことは絶対にない、とうのがエマニュエル・トッドの主張だ。

 まあ、エマニュエル・トッド自身もそんなエリートのひとりなんだけれどもね。じゃあどうすりゃいいの? 

 エマニュエル・トッドは「あなたがフランス大統領に選ばれたと仮定して、主要政策を四つあげてみてください」との質問に対して、次の四つの政策を上げている。

『①欧州の保護主義再編成について、ドイツ相手にタフな対話を始める。
②主要銀行を国有化させる。
③政府債務のデフォルトを準備する。
④国民教育省統括下の学校制度に新たに10万のポストをつくる。』

 というのだが、どれも難しそうだ。③のデフォルトだけは、今やギリシャが準備しているようだが、その結果どんなことが起きるのかは、まだ誰も分からない。

 そうギリシャのデフォルトはヨーロッパのみならず、今や世界最大の注目課題だ。

 意外と、何も起こらなかったりして……、ということになると、それは逆にドイツの政治的経済的失態になるのではないだろうか。

 だとしたら、一度ギリシャをデフォルトさせてみればいいじゃないか。

 っていう言い方は無責任かなあ。

『「ドイツ帝国」が世界を破滅させる 日本人への警告』(エマニュエル・トッド著/堀茂樹訳/文春新書/2015年5月20日刊)

2015年5月27日 (水)

ヤマダ電機の変身、それは一強体制の変化か?

 1位・ヤマダ電機 1兆7014億円、2位・ビックカメラ 8053億円、3位・エディオン 6851億円、4位・ケーズホールディングス 6374億円、5位・ヨドバシカメラ 6371億円、6位・上新電機 3659億円、7位・ノジマ 1999億円。

 上記の数字は家電量販店上位7位までの2013年の売上げです(決算期は会社ごとに異なる)。まさにビッグワンであるヤマダ電機は日本では断然トップ。世界でもアメリカのベスト・バイに次ぐ世界第2位の地位を示しています。そのヤマダ電機の異変を伝えたのは5月24日(日)付の日経新聞のスクープ。

『ヤマダ、40店一斉閉鎖 月内、都市部にシフト 家電量販の転機に』という見出しの記事。

『家電量販店のヤマダ電機は5月末までに全国約40店を一斉閉鎖する。消費増税の影響や顧客をひきつける商品の不在などで販売が苦戦する中、低収益の地方店の整理を急ぐ。年内をめどにJR東京駅の八重洲口に戦略店を開業するなど出店は都市部にシフトする。約40店に及ぶ閉鎖を一気に進めるのは異例だ。店舗拡大が原動力だった家電量販店の戦略が転換期を迎えている』

 と書かれ、翌5月25日(月)にはヤマダ電機自身が月内までに37店を閉める(既に1店閉店)ことを発表。

Dsc_00052 JR京葉線潮見駅そばのテックランドNew江東塩見店には「閉店セール」ののぼりが並んでいました。

Dsc_00092 店内を見ても、そこここに「閉店セール」ののぼり。

 商品棚には通常のヤマダ電機価格からさらにディスカウントした展示品限りの札が並んでおり、それを目当てのお客さんで、通常ならウィークディにこれほどの客は来ないだろうという感じで来店客が来ています。

Dsc_00262

 ヤマダ電機がそれまでの店舗展開から変わってきたのが、2007年7月13日に開店させた「LABI池袋」ではないでしょうか。「LABI」というのは、ヤマダ電機がカメラ系家電量販店が立地する都心部ターミナル駅前に出店するにあたり新たに立ち上げた都市型大規模店舗。最初は大阪の「LABI1なんば」その3号店として立ち上げたのが「LABI池袋」だったんですが、まさしくカメラ系家電量販店のトップ、ビックカメラ池袋本店のすぐ隣に作ったんですねえ。意気込みやよし。

 その後、2008年7月11日には、それまで群馬県前橋市に置いていた本社を新幹線が止まる高崎駅前に持ってきて、「LABI1高崎」を、本社併設の自社ビルとして新築し出店。

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 そして、遂に2009年10月30日に三越池袋店跡に「LABI1日本総本店池袋」をオープンと止まることを知らないヤマダ電機という印象を我々に植え付けさせたのでした。

 そして、その年2010年3月の決算では遂に売上げ2兆円を超えるという快挙を成したのですが……。実は、その後が良くなかった。

 売り上げが伸びている間は、多少収益性が悪くても売り上げの伸びでもってカバーできるんですね。株主に対しても、「今は売り上げを伸ばすとき、収益性はこれから改善できるんだから」と説得ができるのだけれども、その後は売り上げの伸びは低調となり、必然的に収益性も悪化してきました。

 そりゃそうだ。それまでは出展費用もあまりかからないし人件費も低い地方都市の郊外で展開してきたヤマダ電機、新規店を出せば出すだけ売り上げも伸び、同時に収益性も良くなって来たわけです。ところが、出店費用が莫大にかかる大都市駅前大規模店舗では、まずスタートアップで費用がかさみ、ランニングコストでも費用がかさみ、いやでもスタートアップ費用の回収には時間がかかる訳ですね。それは当然。だからこそ、ビックカメラやヨドバシカメラという、大都市駅前大規模店舗で営業ししてきたカメラ系家電量販店は、下手な郊外型店舗は避けてきたわけなのです。

 いってみれば、これはヤマダ電機が郊外型店舗構成から、都市型店舗構成に変えるきっかけなのか、あるいは都市型と郊外型のハイブリッド型展開を目指しているのか、はたしてそのどちらを狙っているのかが試されている訳なのですね。

 証券市場は浅薄、株主はお気楽なもので、今回のヤマダ電機の措置は、ヤマダ電機の(多くは)郊外型店舗の低収益店舗を整理して、高収益型に変えていくものと見て、株価は年初来高値となっています。そうはいっても、全国に約700の直営店を抱えるヤマダ電機のすべてのリストラはなかなか大変そうです。

 ここまで大展開してきてしまった業態の変化と言うのは、なまなかなことでは可能ではありません。

 むしろ、私はこの変化がヤマダ電機の「終わりの始まり」のような気がするんですけれどもね。

 特に、ヤマダ電機で仕事をしている従業員のことが気になります。今回リストラした店の従業員は、周辺の店への異動などをおこなって解雇はしないといっていますが、正社員はまだしも、パートやアルバイトは「その店では従来と同じように通うことはできない」といって辞める人は多いのではないでしょうか。勿論、この場合は建前上は自己都合だから解雇には当たらないけれども、実際には勤めていた店がなくなっちゃうんだから、自己都合じゃなくて会社の都合ですよね。

 まあ、こうやって自分の身を削りながら、実際的な解雇を行ってしまうというのも、企業のあり方のひとつなんですけれどもね。

 大丈夫かな、ヤマダ電機。って言っても私はビックカメラのファンなんで気になりませんけど。、というか以前からビックカメラのポイントを持っているので、いまさらヤマダ電機のポイントは持ちたくないっていうか、やっぱりビックカメラは元々カメラ屋さんなので、今でもアナログ・カメラへの愛が(多少は)残っている、っていうのがいいんだけれどもね。

NIKON Df + AF NIKKOR 24-50mm/F3.3-4.5 @Shiomi & Ikebukuro (c)tsunoken

2015年5月26日 (火)

埼玉県さいたま市「浦和」の悲劇(?)

 埼玉県の県庁所在地はさいたま市浦和区にあります。

 JR京浜東北線・高崎線。宇都宮線・湘南新宿ラインの浦和駅の東口がそちらの出口なのです。

Dsc_00062

 浦和駅東口を歩いていると……

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 あ、これはまったくテーマとは関係がありません。たまたま、脇道の入り口を撮影していたら、可愛い女の子がポーズを取ってくれたので撮っただけ。いいですね、こんな娘は。

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 で、浦和駅からほんのちょっとだけ東に進めば。

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 埼玉県庁があるし、更に国道17号線をこれまたほんのちょっとだけ北上すれば、さいたま市役所もあります。つまり、浦和が埼玉の中心だってこと。

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 ところが、いってみれば埼玉県の政治的中心は浦和なんだけれども、浦和駅を降りてみると、あまり埼玉県の中心というイメージよりは、なんか大宮に押されてしまって、埼玉第二の都市ってな感じなんですよね。

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 サッカーだって浦和レッズに対して、大宮はJ2のアルディージャでしょ。浦和の方がずっと上なんですけれどもねぇ。

 問題は、県庁所在地としての浦和の考え方なのかもしれない。

『当初、埼玉県庁は埼玉郡岩槻町(現在のさいたま市岩槻区)に置かれる予定であったが、県庁としての業務を行える建築物がなかったため、北足立郡浦和宿の旧浦和県庁舎が使われた。1876年(明治9年)に現在の埼玉県が成立し1890年(明治23年)9月25日に勅令により浦和町が県庁所在地となった』という記述がWikipediaにありますが、なるほどね。

 つまり、明治政府としては氷川神社もある大宮は徳川の影響も強く残されているところなので、それを避け、大田道灌が築城したと言われる岩槻城を県庁にしようと思ったけれども、それはならず、でも大宮にだけはしたくなかった明治政府としては大宮に近く、でも大宮宿の次に大きかった浦和宿に県庁を持ってきた、ということなんだろう。

 ところが、ここにきて明治時代に力をつけた「鉄道輸送」というテーマが来てしまうんだなあ。

 当初は大宮駅を作ることを考えていなかった鉄道省に大宮市は猛烈に働きかけるんですね。で、結局、大宮は(現在の)JR東日本の要衝となり、街は商業都市として発展したというわけですね。

 その間、浦和は何をしていたんでしょうか。

 政治の中心は浦和なんだから、大宮何するものぞ、ということだったんでしょうか。今や、浦和の地盤沈下は見え見えだっていうのにね。

 政治都市=浦和vs.商業都市=大宮、っていう構図は、現代においては完全に後者の勝ちっていう構図は見えているんだけれども、それでも浦和市民はやせ我慢するのかな。

 全国的にも珍しい「新幹線が止まらない県庁所在地」(まあ、JR東日本ではお隣の前橋市もそうだけどね)、はこれからどうするんだろう。

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 そうか、旧中山道が浦和にも走っているんだ。これまで自転車で走っていたのは国道17号線ばっかりだった。今度はこちらを走ってみようかな。

NIKON Df + AF NIKKOR 24-50mm/F3.3-4.5 @Urawa, Saitama (c)tsunoken

2015年5月25日 (月)

ツアー・オブ・ジャパン終了! イラン・チームは何故強い?

 ジロ・ディタリアはまだまだ続いており、個人タイムトライアルで再びコンタドールがマリアローザを着用することになった。このまま、何も問題がなければコンタドール総合優勝という予想が出てくるところだが、まだまだ全21ステージ中、14ステージを消化しただけのジロ・ディタリア。未だ、結果を予想するのは早すぎるだろう。

 で、一方のツァー・オブ・ジャパンという、東の果てで行われていた小さなツァーレースなんだが……。

 今年から1ステージが増えて全7ステージとなったツアー・オブ・ジャパンの最終ステージ、東京ステージが昨日行われた。

 毎年、日比谷シティのスタート風景を撮影してから、山手線・東京モノレールを乗り継いでメイン・ステージの大井埠頭に行くのだが、今年はセレモニー的なスタートは行かずに、最初から大井埠頭で待ち構えることにした。

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 大井の周回3周目あたりから逃げ集団が形成し始める。

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 勿論、グリーンジャージ(総合トップ)を擁するタリーズ・ペトロケミカル(イラン)は逃げに乗らずに、しっかりとプロトン(メイン集団)のトップをキープ。

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 と、逃げ集団に……

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 なんと、東大出身のインカレ優勝者で、今年からブリジストン・アンカーに復帰した……

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 西薗良太がいるではないか。基本的に平坦コースの第7ステージは集団ゴールになることが多いので、逃げ集団に入るのはあまり得策とも言えないのだが、何か「ヤル気」を見せる西薗だなあ。

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 相変わらず、タリーズ・ペトロケミカルはプロトンの前を抑えてキープ走法。と言っても、時速40km~50kmでレースは動いているんだから、かなり速いスピード。

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 で、残り2周となって逃げ集団は吸収されて、大集団が出来てくるという、いつもの東京ステージらしい光景になってきた。

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 で、遂にフィニッシュ!

 大集団のゴールを制したのは、ニッコロ・ボニファッツィオ(イタリア/ランプレ・メリダ)。

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 個人総合優勝は、ミサマル・ポルセイエディゴラコール(イラン/タリーズ・ペトロケミカル)。昨年に続き、2度目のツァー・オブ・ジャパン制覇であります。日本人の個人最高順位は増田成幸(宇都宮ブリッツェン)の16位(4分27秒遅れ)。

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 個人総合ポイント賞はヴァレリオ・コンティ(イタリア/ランプレ・メリダ)。個人総合山岳賞はラヒム・エマミ(イラン/ピシュガマイン・ジャイアント)。新人賞はイリア・コシェボイ(ベラルーシ/ランプレ・メリダ)。

 うーん、ランプレ強し。

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 そしてチーム賞はピシュガマイン・ジャイアント。2位にブリジストン・アンカーが入っている。しかし、ここでも4位に入ったのがランプレ・メリダなんだから、基本的にイラン・チームとランプレの強さが目立ったツァー・オブ・ジャパンだったというのが結論だ。

 ランプレが強いのは元々世界最高ランクのチームだったんだから分からないでもないが、こと、ツァー・オブ・ジャパンに限ってイラン・チームが強いのは何故なんだろう。何か、特別なトレーニング方法があるのだろうか。それとも文化的な何かがあるのかな。

NIKON Df + SIGMA DG 150-500mm/F5.6-6.3 APO HSM + APO TELE CONVERTER 2x EX DG @Ohi Wharf (c)tsunoken

2015年5月24日 (日)

『電子書籍だけではない kindle fire 活用法』って言っても、結局電子書籍としてしか使わないんだよな

 2012年12月7日に『Kindle Paperwhite 3Gがやってきた!……って、遅っ!』を書いてから1年半が過ぎて、2014年8月16日に『Kindle Fireが来た!』 を書いたわけなのだが、結局、2014年9月30日では『『Kindle Fire HD 仕事帳』を読んでも活用しない私なのだった』なんてブログを書いてしまっている情けない私なのだが、それでも懲りもせずにポチしてしまったのがこの電子書籍『電子書籍だけではない kindle fire 活用法』なのだった。

Kindle_fire 『電子書籍だけではない kindle fire 活用法』(ハリー堀田著/ハリー堀田/2014年2月8日刊)

 結局、メカニズムというのは「単機能」が一番美しいし、理に適っているということなのだ。5月11日のブログ「『THE NEXT GENERATION パトレイバー 首都決戦』における押井守の女性コンプレクッスについて考察する」で書いた通り、今や「二足歩行ロボット」というのは「攻撃・防御」等のロボット対戦には一番向いていないメカとしてロボット工学者の中では当たり前になっているのだが、何故か「ガンダム」なんかの巨大ロボット兵器モノがいまだに幅を利かせている日本のテレビ・映画状況って何なのだろうか。まあ、ガンダム・ファンが現実を見ることよりも、彼らの夢を見続けることの方を選んだとしか言いようがないのでありますがね。

 しかし、実際のメカニズムを見てみれば、軍用機だって「戦闘機」「攻撃機」「戦闘爆撃機」などに分かれていて、それぞれそれなりに美しいスタイルをしている。戦闘機に貨客運送性能を求めますか? ゼロ・ヨンだけの速さを求めるドラッグレース用のレーサーはやはりそれなりに美しいし、短距離における加速性能、減速性能、コーナリング性能を追及したF1もそれなりに美しいし、長距離の性能を追及したLMPもまた美しい。しかし、それらの車に、誰も別に商品デリバリー性能は求めないだろう。当たり前である、それらの車にそんな性能を求めても意味はないし、それでいて美しさは実現しないだろう。

 ということなので、Kindle Paperwhite 3Gでいいものを、何故、アンドロイドOSを搭載したKindle Fire HDを買ったのだろうか。

 結局、それは「カラー画面が美しい」から、というのが理由なのだった。

 つまり、kindle PaperwhiteでもそのEインク画面は活字を読むのには十分問題はなかった。今でも、活字本だけ読むのであればKindle Paperwhiteで何の問題はないだろう。元々、写真集は今でも紙の本でもって買っている。これは、別にKindleだと写真がよく見えないということに端を発している。Kindle Paperwhite時代にいくつか写真集を買ってみたんだが、ひとつにはその「写真の見え方」に難があったこと、さらには写真集には写真集なりの手触り感というものがあるのだが、それがないこと、それとKindleだと判型というか画面サイズが一定なので、紙の本の写真集のいろいろなサイズに対応できないことなどがあって、未だに写真集は紙の本で買っている。

 まあ、「情報」としての本を読むのであれば電子書籍は何の問題もないし、むしろ何冊の本を持ち歩かなくてもよいという利点とか、パソコンと連動してマーキングをした場所をパソコン上で確認できて、なおかつその部分をそのままコピー&ペーストでブログに引用できてしまう、というようなブログ書きにはとっても便利な機能がいくつも使えるというのが、やはり電子書籍の有利な点だなあ。

 じゃあ、なんでKindle PaperwhiteじゃなくてKindle Fire HDにしたのかと言えば、単純に「コミックを読みたかったから」なのであります。

 コミックのカラーで表現されたページであっても、Kindle Paperwhiteだとモノクロでしか再現できないし、そうなるとコミックの表現の一部に興味を持てなくなってしまったというのが、その大きな理由。まあ、その場合は紙の本でもって読めばいいのだけれども、できればやはりKindleで読みたい。コミックなら元々の単行本も基本は新書判なので、Kindle Fireとの親和性もいいし、ブログへの引用だって、パソコン画面からスクリーンショットを簡単に作れるし、という単純な理由でもって買ったKindle Fire HDだったんだけれども、でも、買ってしまうと、何か気になるんだよなあ。

『電子書籍リーダーとして販売されたキンドルは、その後、進化し、電子書籍リーダーのみの機能を超え、いろいろなことができる機能を追加し、キンドルファイアーとして進化しました』

 という惹句がマズいんだよなあ。

『そもそも、キンドルのインターネット接続は電子書籍やビデオの購入ダウンロードのためにあるもので、それ以外の機能はおまけみたいなものでした。電子書籍、ビデオ、ミュージック、ゲーム、アプリの販売ダウンロード以外の多くは、インターネット接続ができないことが、前提になっていました。しかし新しいキンドルのシリーズでは、あらゆる機能をインターネット接続して楽しめるようになってきています』

 というのも、だんだん「メカは単機能が一番美しい」という私の美学を壊してきているのであります。

『この本では、Kindle fireとして新たに加えられた機能の使用法だけにとどまらず、インストールできるいろいろ便利なツール、アプリ、およびKindle fireの新しい活用法も紹介します。またそのアプリやツールをダウンロードするいくつかの方法についても説明します』

 なんて「はじめに」に書かれてしまうと、そこはそれ、ついつい気になってしまうのですね。

 で、読んでみて「何で、それが電子書籍リーダーに必要なの?」という疑問が湧いてくるのであります。

 つまり、それらのアプリケーションは別にパソコンでも、スマホでも入手できるアプリなのであります。それをKindleで入手しなければならない理由って何なんだろう。

 別に、私はパソコンも持っているし、スマホも(iPhone 6 Plus)も持っているので、それぞれのマシンにそれぞれの機能を割り当てればいいだけの話であって、それらを統合してどこかのマシンでもって集中して作業(何の作業?)を行う必要もないわけなのです。

 というか、むしろこの作業はスマホ、この作業はパソコン、この作業はKindleと分けた方が、それぞれの作業を行うのには楽になる訳なのです。

 まあ、KindleがPaperwhiteからFireになって、アンドロイドOSの機能を持ったからと言って、だからアンドロイドの機能を全開させる必要はないわけで、KindleはKindleとして電子書籍リーダーとしての機能を最大限発揮してくれればいいのです。

 まあ、ハリー堀田さんがKindleしか持っていないのなら、それは仕方ないが、多分そういうことはないでしょう。まあ、親切としてこういった本(電子書籍)を書いたんだろうけれども、まあ、いろいろ機材を持っている立場から言えば、やっぱりこんな本はいらないや。

 KindleはKindleとして、電子書籍の王道を行けばいいんです。

 それでこそ「Kindleは美しい」と言えるんじゃないでしょうか。

『電子書籍だけではない kindle fire 活用法』(ハリー堀田著/ハリー堀田/2014年2月8日刊)

2015年5月23日 (土)

霊岸島と霊巌寺

 前々から気になっていたことんなんだけれども、東京駅や大手町からちょっと行った先にある中央区新川にある「霊岸島」という場所と、そことは全然違う場所にある「霊巌寺」が実は同じ出自なんだということ。

 元々、霊岸島は幕府によって霊巌という坊さんに下賜されたのが元になって、埋め立ての後、霊巌寺が建立されたのが霊岸島とい名前の元になったという。

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 霊岸島は、新川という江戸時代に作られた運河の街で、今ではオフィス街で昔の遺構なんてものはまるで残っていない。

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 まあ、順番に江東区へ向かって歩いていくと佐久間象山の塾が「あった場所」とか…

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 渋沢栄一宅跡とか…

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 滝沢馬琴誕生の地跡なんてものがあるのだが、現在にまで残っているのは、渋沢栄一宅跡にある渋澤シティプレイス位なものか。あとは、実は何も残っていなくて、碑文だけ。

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 んで歩いてくると、深川まできてしまう。

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 で、その深川にあるのが霊巌寺なんだよなあ。全然、霊岸島と違うじゃん、と思ってみたのだが…

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 明暦三年(1657年)、江戸の大半を焼失した明暦の大火により霊巌寺も延焼し、境内や周辺で一万人近くの避難民が犠牲になったために、元治元年(1658年)に徳川幕府の防火対策でもって、現在地に移転したというだけのことだったようだ。

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 まあ、なんだなそれほどの意味があって中央区新川から江東区清澄に移ってきた訳ではないのだな。

 それはそれでいいけど、それでも松平定信の墓とか、今治藩主松平家などの大大名の墓なんかがある訳で、それなりに昔はブイブイ言わせていた坊主の寺なんだろう。

 ということで、あまり面白くもない結論でゴメン。

NIKON Df + AF NIKKOR 24-50mm/F3.3-4.5 @Shinnkawa Chuo & Kiyosumi Kouto (c)tsunoken


2015年5月22日 (金)

活動的でない一日は写真の整理など…

 今日は一日不活発な日なのであります。なんか何もやる気が起きないや。

 そういう日は前に撮った写真の整理なんかをやったり、いじったりしながら過ごすわけです。

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 街撮りヒューマンウォッチング系の写真を集めてみたんだけど……。う~ん、しかし何ともポイントが中途半端な写真ばっかりですねえ。

 街撮りヒューマンウォッチングっていうのは、モデル撮影とは異なり、一瞬の撮影タイミングで撮らなければならない。で、なおかつ被写体になった人のプライバシーや肖像権も守らなければいけないという。つまり、被写体に向き合った時の一瞬の判断で撮らなければならないんだなあ。

 でも、これが結構難しい。

 もっと精進せねば。

NIKON Df + AF NIKKOR 24-85mm/F2.8-4 D & NIKKOR 50mm/F1.4 @Ginza & Yotsuya (c)tsunoken

2015年5月21日 (木)

『人気ブログの作り方』って、基本的にはキャッチーなタイトル付けが大事ってことね

 まあ、問題はどういう目的でブログを始めるかということなんだよなあ。

Photo_2人気ブログの作り方: 5ヶ月で月45万PVを突破したブログ運営術』(かん吉著/かん吉/2015年4月26日刊)

『ソーシャルメディアブームで、すっかり影を潜めてしまったと思ったら、役割の補完関係が見直され、一気にメインプレイヤーに返り咲いたブログ。やっぱり時代はブログだと、新年を迎えて、新たな気持ちでブログを始めてみようと思っている方は多いはずです』

 と言ったってなあ、何を目的にブログを始めるのかが問題じゃないか。単なる自己表出というのならそれはよい。そうじゃなくて「何か別のものを目的に始めるブログ」だったら、その「別のもの」にどうやったら読者がアクセスしてくれるのか、あるいは「ブログでお金儲け」っていうのなら、どうやったら読者がブログ主が勧める商材にアプローチしてくれるのか、といった戦略的なものをまず最初に考えなきゃならないだろう。

 勿論

『週一更新と、毎日更新では7倍スピードが違います。7年かかることを、1年でまわせるのです。努力すれば、自力でタイムマシンを動かすことができます。皆さんに悠長に構えられている余裕は無いはずです。ぜひとも毎日更新を目指していただきたいです』

 というのは当然としても、問題は

『リツィートされるブログ記事の特徴は、ずばり「タイトルがキャッチー」であったこと。人々は、面白い記事をリツィートしたいのです。キャッチーなタイトルは、伝わりやすいので、リツィートされやすいのでしょう』

 って言われちゃうと、結構タイトル付けにはいい加減な姿勢でいる、私のブログでは弱点だなあ。

 ということで、キャッチーなタイトル付け講座

『【基本編】これさえ守れば間違いない、ブログ記事タイトル作成ルール

1)記事を全部書いて、一度読んだあとにタイトルを考える

2)記事を読んだ後に得られる、快適で素晴らしい生活を想像しながら考える

3)専門用語や、ニッチなブランド名は利用しない

4)なるべく短くする

【応用編】ブログ記事タイトルを更にキャッチーにするためのテクニック

5)「あなたの~」からはじめる

6)コンプレックスを刺激する

7)数字を入れる

8)タイトルの最後を「~の方法」「~の理由」にする

9)過去のキャッチコピーを真似る

 なるほどなあ、そういうことか。確かに、別に「ブログで何をしよう」という別目的があるわけでもない「tsunokenのブログ」なので、それでアフィリエイト収入を得ようというようなブログ主みたいなアセリはないにしても、そうは言ってもやはり沢山の人に読んでもらいたいという「欲望」はあるわけで、基本的に「PV稼ぎ」はしたいわけです。

 やっぱり「PV(Page View)」っていうのはブログ書きのモチベーションにはなるわけで、一時期毎日700~1000PVくらい稼いでいた「tsunokenのブログ」も、最近は300くらいで低迷しているわけです。それでも毎日毎日300人の人が読んでくれている、というのが私のブログを書くモチベーションにはなってはいるのだが、当然、読んでくれる人が多けりゃ多いほど、モチベーションはアップするので、やはり、「キャッチーなタイトル付け」は気になるなあ。

 といことなので、明日からは(今日からだろっ)上記を気にしながらタイトル付けを考えよう。確かに、週刊誌なんかはタイトルだけで売っているようなもので、買って読んでみると、まさしく「羊頭狗肉」ってのはこういうことだったんだぁ、ってのがありますもんね。この間の『週刊現代』「独占!NHK朝ドラ『マッサン』のエリーが「全裸ヘアヌード」を初公開 見えなかったらお代はお返しします」みたいなもんだ。

 ようし明日からは(今日からでしょっ!)キャッチーなタイトルで勝負だっ!

『ブログ全体のPVのうち、検索エンジン経由が70%を超えるようなブログは要注意。検索エンジンの進化は、基本的に人間の脳に近づく方向に進みます。リピーターがいないブログは、人間から離れているということです。いずれ検索エンジンから駆逐される運命です』

 って? え、やばいんじゃね?

「tsunokenのブログ」の場合は検索エンジンからが73.2%(Yahooが36.7%、Googleが63.5%)、SNSからが1.9%(!)、その他が4.0%で、多分リピーターである「参照元なし」っていうのが20.9%であります。

 つまり「tsunokenのブログ」の成否はGoogle様が握っているということなのか。

 う~ん、これは怖いことではあるが、でも20.9%のリピーター様が私の頼り。つまり60人位の人が、毎日毎日「tsunokenのブログ」を必ず読んでいるってことで、これは週にのべ420人、月に1800人になる訳であります。んじゃあ、それはそれでミニコミ的なメディアとしての最低線はなんとか維持している訳で、別に卑下しなくてもいいんじゃないか。

 別に月数百万PVを稼いで大きなメディアになることを狙っているのではない、「tsunokenのブログ」の基本は、tsunokenの単なる自己表出でしかない訳で、まあ、取り敢えず言いたいことが、外に出せるメディアであればいい、ということなので、取り敢えず今後ともお付き合いの程を。

 でも、タイトル付けだけは、ちょっと考えよう。

人気ブログの作り方: 5ヶ月で月45万PVを突破したブログ運営術』(かん吉著/かん吉/2015年4月26日刊)確かに、こんな電子書籍は紙版では出ないことは分かるが、KDPだからって言って、何にも奥付がないってのもなあ。

2015年5月20日 (水)

やっぱり北欧系よりはラテン人だな、の『となりの席は外国人』

 昨日のツァー・オブ・ジャパン(TOJ)は第2ステージ(いなべ/130.7km)が行われ、ステージ優勝はラファー・シテゥイ(チュニジア/スカイダイブ・ドバイ・プロサイクリングチーム)がステージ優勝、日本人は増田成幸(宇都宮ブリッツェン)が21位で最高位。総合でもシティウィがトップに立って、増田が22位という結果になった。

 ジロ・ディタリア(GDI)は、今現在第10ステージ(チヴィタノーバ・マルサ→フォリ/200km)が戦われている最中で、平坦コースでアルベルト・コンタドールのファビア・アルとの3秒僅差のマリアローザが守れるか、というところが見どころかな。

 で、今日の書評です。

『となりの席は外国人』の作者、あらた真琴さんが勤務していたのは関東の田舎の公立小学校だそうだから、多分それは太田市のインターナショナル・スクールではなくて、大泉町の公立小学校なのだろう。それにしても各クラスに最低5人は外国人の子どもがいたって、素敵すぎるのではないか。

Photo 『となりの席は外国人』(あらた真琴著/ぶんか社/2012年4月20日刊)

 切っ掛けは

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 ってな感じ。

 あっ、まあ漫画が読みにくかったら、漫画をクリックしてください。

 大泉町だったら、その外国人というのはブラジル人だろうから、基本的にラテン系の人たちの「あんな話」や「こんな話」が満載で、面白いに決まっているのだ。

 群馬県大泉町に関しては、以前、2014年3月4日に「コミュ障の漫画家が『群馬県ブラジル町に住んでみた」で、ちょっと真面目に外国人の日本移住問題を書いたのだが、こちらの本は完璧に子どもたちだけの社会なので、普通に笑えるエピソードばかりだ。

 基本的には、ラテン人らしいマザーコンプレックス的エピソードや、いかにも「ブラジルvs.日本」的な比較エピソードなど。まあ、結構楽しめるエピソードが多い。基本的には開けっぴろげで、楽天的なラテン人である。時間やルールにルーズな点とかを気にしなければ結構楽しめる人たちなのであります。

 具体的には24~25ページの「みえ先生の苦悩」というエピソード。

 みえ先生があるブラジル人の家へ家庭訪問に行く時に、ちょっと遅れそうになって電話をしたところ「私モ今、家ニ帰ルネー、子供もイッショ」という返事で、案の定、家には先に到着。すると家には日本語の通じないご老人がひとり。30分後母親帰宅。で、そこから延々と「何故、私ガ家ニ帰ルノガ遅クナッタノカ」という話が始まる訳ですね。

 この話を読んで、私も似たような経験があったのであります。それはいつだったか、フランスはニースで行われたテレビ&ビデオ番組の国際マーケット、MIP-tvでのこと。約束の時間に1時間遅れたスペイン人。まず、何故、自分が1時間遅れたのかの言い訳が延々と始まって、やっと本題に入れたのはその1時間後だった、でお互い何の話だったかを思い出すのに1時間っていうこと。

 う~ん、ラテン系の人らしいエピソードだなあ。ハタから見れば面白いが、当事者としては堪らん話なんですが、まあ、後から考えれば楽しい思い出なのでした。

『となりの席は外国人』(あらた真琴著/ぶんか社/2012年4月20日刊)

2015年5月19日 (火)

『女性経営者が明かす ラブホテルぶっちゃけ話』からラブホの稼ぎ方を学ぶ

 阪井すみお氏が本の文章にして、まお氏がネタ提供という分担で共同著者になっているんだが、さすがにまお氏も「短大卒業後、デザイン会社勤務を経て、某業界新聞の営業&記者となる」という経歴の通り、「受けるネタはこれ」っていうのを持っているようで、なかなか興味がある本なのだった。

Photo 『女性経営者が明かす ラブホテルのぶっちゃけ話』(阪井すみお、まお著/彩図社/2013年1月24日刊)

 地方を車なんかで走っていると、「えっ? なんでこんな辺鄙なところにラブホが?」なんて光景に出くわしたりします。

『ラブホの立地は大きく分けて、「郊外型」と「都市型」がある』

『うちのような観光地のホテルに来るお客さまには大きく分けて2パターンある。
 まず日常的にラブホを利用する常連客でこれは純粋にHが目的。次いで旅行客。旅行と言っても様々で観光目的が一般的だが、出張で宿泊先として使うパターンや「親戚の家に遊びに来たのだが泊まる部屋が無いので利用する」というお客さまもいる』

 うん、これは昔~し、茨城県の書店営業を担当していた時に、学会か何かがあって土浦周辺のホテルがどこも取れなくて、やむなく土浦近辺のラブホに泊まったことがあった。まあ、精算時の言い訳にはちょっと苦労したけどね。

『立地といえば、呑み屋の多い歓楽街にはラブホが多数ある。呑んだ勢いでそのままラブホへなだれ込むとか、最終的にはラブホを目的に呑みにいくというケースであろう』

『正直に言って、条件的にはかなり厳しいのだが、野中の一軒家的なラブホがすべてジリ貧かと言えばそうでもない。
 ある観光地に1軒だけ立っているラブホがあるのだが、このホテルは平日の昼間から満室状態なのだ。偵察に行って「なるほど」と気づいたことが2点。このホテルには、室内に洗濯乾燥機が完備されていた。旅先で洗濯できるのは便利である。深読みした言い方になってしまうが「昼間浮気している主婦にも好評なのでは」とも考えてしまう』

 って、これは当然後者でしょ。

 では、ラブホどうやって稼いでいるのか。

『1部屋3時間5500円とした場合――人件費が1時間あたり800円×3時間、リネン代500円、アメニティ代100円、光熱費100円と計算して3100円。5500円から最低必要経費を引いた残り2400円が単純な儲けになる。
 3時間で2400円儲かるなら悪くないじゃないか、と思う方もおられるだろうが、そんなうまい具合に話は運ばない。箱モノ商売には人件費や消耗品の他に決して安くない「設備の維持管理費用」が必要なのだ。代表的なものの1つに電気設備の定期点検がある。定期点検のために支払う額は契約電気量によって違ってくるが、契約電力100KVAで月額1万円である。
 他にも防火管理、電器点検、浄化槽の点検など、全てが有料である。そして点検の際には半日の休業を余儀なくされる。もちろん休業の間の補償はない。さらに、点検で不備が見つかれば、修理費なども必要になってくる。それらに加えて、マンネリ解消のために小さなリニューアル、家具類、装飾品の買い替えも定期的に行うとなると、出て行く時はごっそり出て行くが入ってくる金は減るばかりという日々である』

 とまあ多少の不満はあるだろうが

『知人から「ラブホテルの経営をやってみないか」という誘いを受けたのは、私がごく普通のOLをしていた時だった。
「海に近いラブホテルが激安価格で売りに出されているんだけど、どうですか。この物件なら毎日、海へ行けますよ」
 それまでラブホといえば客の立場で利用することはあっても、自分が経営する側になるとは思ってもみなかった。だが、週末サーファーで、いつかは海のそばで小さなサーフショップを経営してみたいという夢を持っていた私にとって、この言葉は魅力的だった。
「ラブホで一発当てればサーフィンの店も出せる。しかも毎日の波乗りつきなら、これは一石二鳥ではないか!」
 今にして思えば非常に安易だった。親兄弟からお金をかき集めてラブホテルの経営という荒波に乗り出したわけだが、その時は荒海どころか非常におだやかな海であろうと勝手に思い込んでいたわけである』

 と思って始めたラブホの経営である。

 取り敢えず毎日じゃなくても、サーフィンはできる訳だし、共同著者の阪井すみお氏ともサーフィン仲間で知り合ったということなので、結果はオーライということなのではないでしょうか。

 まあ、モノゴトは結果から見ればみんなオーライなのであって、その経過をイチイチ気にしてたらやっていけないことの方が多いんじゃないだろうか。「宿屋」という昔からある職種の一変形でしかないラブホではある。決して、ITなんかの新しいビジネスでもなんでもない、既に様々な人が経験しているオールドビジネス。様々な人が成功したり、失敗しているビジネスなんだから、初めから順風満帆なんてことはあり得ない訳で、それも「立地のよくない激安物件」を買ったんだから、初めから苦労することは目に見えていたんですなあ。それが、「毎日サーフィンできる!」ってな視点からだけ見て始めっちゃったところが、ここは流石に女性の目の付け所かもしれない。独身だった(今でも独身のようだが)というのも、スタートとしては良かったんじゃないでしょうか。

 まあ、ビジネスをやっていれば海あり山あり、谷あり丘あり、で浮沈は仕方がない。取り敢えず、今生きていて、多少は自分がやりたいこと、自分がなりたい自分に近づいていればいいんじゃないでしょうかね。応援しますよ「ラブホの経営」って言っても、もはや「ラブホを使ってやること」もなくなってきたんですがね、実際、私の場合。

 ところでこの本、ラブホの経営だけの本じゃなくて、「1号室 ラブホテルはハプニングだらけ」「2号室 厄介なお客さま・困った従業員」「3号室 ラブホテルで見た怪しい出来事」「5号室 ラブホテルにまつわる怖い話」という、別のラブホテルにまつわる面白い話も満載なのだが、私は敢えて「4号室 ラブホテルの裏事情」という、ラブホテルの経営に関する部分だけを語っています。

 もし、興味があったら他の部分もお楽しみください。

 なお、既に紙版は「売り切れ重版未定」状態のようで、電子版でしか、今のところ手に入りません。あしからず。

『女性経営者が明かす ラブホテルのぶっちゃけ話』(阪井すみお、まお著/彩図社/2013年1月24日刊)もう紙版はなく電子版だけになっているようだ。こうした割り切り方も電子版があってこそのことなのだろう。

2015年5月18日 (月)

水戸街道土浦宿

 土浦城の少し東側にあるのが中城商店街です。古地図には「中城町」と書かれていた場所。

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 今でこそ中城商店街と言っているけれども、元々はここは水戸街道の土浦宿だった場所。

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 土浦宿は千住で日光街道と別れた水戸街道の11番目の宿場で、水戸街道では千住と水戸を除けば最も大きな宿場だったとのこと(Wikipediaより)。まあ、水戸街道で水戸を宿場っていうのも変なんだけれどもね。

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 土浦宿の入り口にあった「土浦町道路元標」と「桜橋」の欄干。

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 ここ土浦宿も川越と同じく蔵造りの家が多いようで、「土浦まちかど蔵・大徳」なんてのがありますが、ここは観光案内所兼土産物販売所。

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 ただし、全部が全部、昔からあった蔵ではなく、いかにも蔵造り風にして作ってあるものも。

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 こんな古い木造の家もいくつか見受けられます。ここは「土浦まちかど蔵・野村」といって蕎麦打ち体験なんかもできます。隣に蔵がある。

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 で、街道で城下町の宿場のお約束。

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 枡形に曲がった道がそこここにあります。

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NIKON Df + Ai AF Zoom NIKKOR 24-85mm/F2.8-4 D @Tsuchiura, Ibaraki (c)tsunoken

2015年5月17日 (日)

半年ぶりのライドはパレスサイクリングで

 最後に乗ったのが昨年の11月16日なので、丸々半年ぶりのサイクリングになってしまった。今年はもうちょっと乗るようにしよう。

R11981402RICHO GRDⅢ @Palece Cycling (c)tsunoken

 私のようなヘタレ・ライダーとは比べようもないが、ジロ・ディタリア2015は5月9日にスタートして、昨日までで8ステージをこなしている。第8ステージを終えてマリア・ローザを着ている(総合1位)のは、事前の予想通りアルベルト・コンタドール(イタリア/ティンコフ・サクソ)。特にコンタドールは第6ステージのゴールスリントで落車に飲まれ、左肩を脱臼している状態でのマリア・ローザというのはたいしたもんだ。特に、レース中なので痛み止めなんかもドーピング対象になってしまう中での総合1位であります。

 日本でも、今日からツァー・オブ・ジャパン2015が始まって、今まさに第1ステージの堺での個人タイムトライアルが始まったところ。今年のツァー・オブ・ジャパンはこれまでのステージに三重県のいなべが加わって、堺、いなべ、美濃、南信州、富士山、伊豆、東京の7ステージで行われる。来年はこれに京都ステージが加わるということで、一番最初は5ステージでやっていたツァー・オブ・ジャパンもどんどん発展を遂げているということなんだなあ。UCIアジア・ツアーに組み込まれているツァー・オブ・ジャパン、UCIのクラス分けでは2.1であり、日本を代表するサイクリング・レースは秋に行われるジャパン・カップがクラス分けで1.HCとトップなんだが、ツァー・オブ・ジャパンがクラス1を獲得することになるんだろうか。でも、その為には現在のようなサーキット・レース主体じゃなあ、という気もするんだが。

 あ、今年は堺ステージも富士山ステージもいろいろ忙しくて行きません。最後の東京ステージだかは行きますけどね。

 えっ? 肝心の私のサイクリング・レポートですか?

 んじゃ書きましょう。私のヘタレぶりを嗤ってやってくださいな。

 走行距離40.33km/実走行時間2時間10分48秒/平均速度18.5kmm/h/最高速度38km/h/総走行時間3時間13分25秒。

 なんだ休んでばっかじゃん。って、その通りでございます。毎日1万歩歩くったって、やはりそんなものは運動にはなっていないんだな。今日は50km位は走ろうかと思ったのだが、35km位になって腿が攣りそうな気配を感じて、引き上げを決意。

 帰りの駿河台の上りでは思わずフロント・インナーに入れてしまうというテイタラク。やはり毎週毎週1回でもいいから乗ってないとな、というのが結論でございました。

土浦城址亀城公園

 JR常磐線の土浦駅を下りて西の方へ1kmばかり歩くと土浦城址に至る。ということで、再び関東の城(址)巡りなわけですね。江戸城は取り敢えず済ませたので、また、やりますかぁ。

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 土浦城と言えば太鼓櫓門で有名だが、この櫓門は昔作ったままだそうだから、もはや数百年の歴史を持つ茨城県の指定史跡1号というわけなのです。

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 本丸側から見た太鼓櫓門。

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 本丸内には東櫓と…

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 西櫓があるが、これらの二つの櫓は復元されたもの。

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 内堀と外堀の二つの堀で守られているが天守は作られなかったという。まあ、あまり戦のための砦ではなかったのかも知れない。

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 土浦城の隣にあるのが土浦市立土浦小学校なんですが、この学校の塀が「本丸土塀」を模して作ってあるのが面白い。

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 土浦城は平城であります。度々水害に遭っている土浦ですが、その際にも水没することなく、水に浮かぶ亀の甲羅のように見えたことから亀城(きじょう)の異名を持っているそうです。

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 平安時代に平将門が砦を築いたのが土浦城の始まりという説がありますが、それはある種の伝説のようです。まあ、平将門が作ったと言えばそれはそれなりに、名所旧跡になるんだろうけれども、そんな将門伝説というのは関東いたるところにあり、まあ、半分は眉唾というのが実態らしいです。

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 明治以降も城は残り、当初は新治県の県庁、後に新治郡の郡役所として使われたそうです。現在の亀城公園に比較して土浦城の大きいこと、大きいこと。多分、この大きさで言っちゃうと、城の東側は殆ど霞ヶ浦の近くまで行っちゃうなあ。上の写真の「江戸時代の土浦城郭図」を見ると、現在の旧水戸街道と江戸時代の水戸街道では、どうも違うところを走っているように見える。そうなると旧水戸街道はもっと別のところに? ということになっちゃうんだけれども、どうなんでしょうか。

 城の裏の方にはその「疑惑の水戸街道土浦宿」があるんだけれども、それは明日のブログで。

NIKON Df + Ai AF Zoom NIKKOR 24-85mm/F2.8-4 D @Tsuchiura, Ibaraki (c)tsunoken

2015年5月16日 (土)

『アメリカのめっちゃスゴい女性たち』でも、少し見落としていること

『彼女たちは政治家、科学者、経営者、スポーツ選手、作家、運動家など、それぞれの領域でアメリカを動かし、世界に影響を与えています。ただ、ヒラリー・クリントンとかレディ・ガガとか、日本でも既によく知られている女性たちよりも、「もっと日本の女性にも知って欲しい」と思った女性たちを多めにました』

Photo 『アメリカのめっちゃスゴい女性たち 55 Fabulous Women in America』(町山智浩著/マガジン・ハウス/2014年4月17日刊)

 ということなので、では、どんな女性たちが載っているのだろうか。

「オプラ・ウィンフリー/タイラ・バンクス/キャスリン・ビグロー/インドラ・ヌーイ/エレン・デジェネレス/アラウンド50の三聖女(エリザベス・ウォーレン/メアリー・シャピロ/シェイラ・ベア)/ジョーン・リバース/メグ・ホイットマン/チェルシー・ハンドラー/レイチェル・レイ/ヴェラ・ウォン/エリザベス・エドワーズ/エイミー・チェア/マリリン・ヴォス・サヴァント/ジャン・クラウチ/マーガレット・ウッドワード/アーシュラ・バーンズ/ティナ・フェイ/グロリア・ステイネム/ベティ・アン・ウォーターズ/リズ・マーレー/アリス・ウォーターズ/アマンダ・ホッキング/キャシー・アイルランド/クリステン・ウィグ/ダニカ・パトリック/レナ・ダナム/ケイラ・ハリソン/ノーラ・エフロン/マリッサ・メイヤー/ホープ・ソロ/テリー・グロース/ミンディ・ケイルング/マリー・コルヴィン/ジョディ・フォスター/ジュディ・スミス/ジェーン・ルー/グレース・ホッパー/ローザ・パークス/ヘディ・ラマール/ガブリエル・ギフォーズ/アンジェリーナ・ジョリー/ミチコ・カクタニ/ソニア・ソトマイヨール/ベティ・ホワイト/ウェンディ・デイヴィス/ヘレン・トーマス/テンプル・ジャクソン/ティグ・ノターロ/パイパー・カーマン/シーラ・ブリッジス/スージー・オーマン/メアリー・バーラ/アントワネット・タフ/リジー・ベラスケス」という57名。

 すごいな、これ全部知っていたら相当のアメリカ通ですゼ。

 私がこの本を読む前から知っていた人は、女性レーサーNo.1のダニカ・パトリック、ヤフーのCEOになったマリッサ・メイヤー、女優のジョディ・フォスターとアンジェリーナ・ジョリーくらいなかなあ。まあ、普通の日本男性だったらそんなモノでしょう。

『アメリカでは現在、妻の方が収入の多い世帯は、なんと全体の4割になりました。2013年には、男以上に稼ぐ女性たちついて調査研究したノンフィクション『リッチャー・セックス』も出版されました。著者のワシントン・ポスト紙の記者リザ・マンディは、女性の収入が上がったのは、今まで男に支配されていた技術職や専門職、管理職、それに経営に女性が進出したからだと書いています。
 その理由のまずひとつは、女性の高学歴化。現在、アメリカの大学院の修士課程の6割は女性、博士課程でも52%が女性です。大学院に入るのは、ウチの妻のようにいったん社会人として働いて学費を貯めた30歳以上の人々が多いそうです。アメリカではいくつになっても大学に戻れて、再就職も難しくないわけです』

『現在、アメリカの企業の管理職の43%、役員の14%が女性です。世界的な大企業のトップにも女性は少なくありません。本書に登場する女性の他に、フェイスブックのシェリル・サンドバーグ、コンピュータの最大手IBMのヴァージニア・ロメッティ、オラクルのサフラ・カッツ、ディズニー・ABCテレビジョンのアン・スウィーニー、投資銀行フィディリティのアビゲイル・ジョンソン、マクドナルドのジャン・フィールズなど、数えあげればきりがありません。
 政治の分野では、オバマ大統領が史上かつてないほど積極的に女性を要職に起用し続けています』

『しかし、日本の企業の女性管理職は11.1%。先進国でも韓国と並んで最低です。女性役員になると日本ではたったの1%、100人に1人しかいません。ああ、もったいない。本書にあるように、GMやペプシ、ゼロックスをドン底から救い、生まれ変わらせたのは女性経営者でした。低迷する日本企業の救世主となれる女性たちは、その才能を発揮することのないまま、どこかに埋もれているのでしょう。アメリカでは2016年にヒラリー・クリントンが史上初の大統領になることが濃厚な時代に』

 確かに、日本においてはまだまだ女性の地位は低いままだ。最近は多少現れてきたものの、女性役員の数においても、女性経営者の数においても、そして女性管理職の数においても、欧米先進国の足元にも及ばない状態で、ここだけはお隣の男尊女卑の国、韓国と仲良く最底辺の位置に満足している状態だ。

 安倍首相の女性大臣の登用に際しても、結局登用される女性代議士の自覚が足りないのか、なかなか長続きする女性大臣は出てこない。まあ、残念ではあるがこれが我が国の現状なんだから、それは仕方がないのかも知れない。

 今後はこのような状態が改善されるのかというと、ちょっとすぐには難しいだろうというのが現在の状況。つまりは、この女性の社会進出という課題は、実は女性自身たちが動かなければならないということ。現状では、まだ女性たち自身による活動の勢いはなく、理解を示す(あるいはそう思われたいと願う)男性たちが、女性の立場に憂慮しながら進めているというのが実際のところで、こうした男性による女性解放というのは基本的にはあり得ないことのであります。

 なので、これから5年先か10年、あるいは20年先くらいになって、日本でも女性の管理職登用、役員就任、経営者続々誕生という事態になったら、町山氏には『日本のめっちゃスゴい女性たち』を書いてもらえるのであろうか、あるいは『実はめっちゃスゴくなかったアメリカ女性』なんて本を書くことになっちゃうのか、実は予想不可能なのだ。

 つまり、アメリカの女性登用も、現状は男性によってなされていて、女性自身の実力でなっている訳ではないということ、アメリカも女性登用に関しては、実はまだまだ発展途上の段階であり、女性経営者や女性役員が女性の部下を登用するという段階には至っていないんですね。

 なので、現在活躍中の「スゴい女性たち」も、実は男社会の中でこそ輝きを見せている訳で、なので「自分自身のエッチな話を赤裸々に語っちゃう」女性や、「有名になってもヲタク本性を隠さない」女性が、現在はウケている訳で、あまりそうした「性差」を感じさせないことでもって登用される時代がきてこそ、本当の「女性の解放」に繋がるんじゃないだろうか。

 現状は、まだまだ「男性の目から見た女性のあり方」という部分でしか女性は見られないのであります。

 なので

『その国が発展していくかどうかは、女性の扱い方を見ればわかる。
 女性が高い教育を受け、女性が平等な権利を持っている国は前身するだろう』

 というオバマ大統領の言葉を真に受けてしまうと、ちょっと違った方向に行きかねない。

 つまり、女性自身が判断して、物事を動かしていく社会が来なければならない、ということなんだがなあ。

『アメリカのめっちゃスゴい女性たち 55 Fabulous Women in America』(町山智浩著/マガジン・ハウス/2014年4月17日刊)

2015年5月15日 (金)

音響監督・若林和弘の仕事

 一昨日(5月13日)に映像・Web系の株式会社立大学のデジタルハリウッド大学で行われた公開講義『~宮崎駿、押井守らと数々の名作を生みだしたプロが語る~アニメに命を吹き込む音響監督、若林和弘の仕事』を受講してきました。

 モデレーターはデジタルハリウッド大学の高橋光輝教授。

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 私はアニメーションの音響監督と言えば、虫プロ系の明田川進氏(「レンズマン」「アキラ」など)や三間雅文氏(「カードキャプターさくら」など)、浦上靖夫氏(「レイアース」など)、タツノコ系の本田保則氏(「レスラー軍団」など)、鶴岡陽太(「逮捕しちゃうぞ」など)、その他、劇団系の斯波重治氏(「バリバリ伝説」など)、浅利なおこ氏(「逮捕しちゃうぞ」など)、独立系の岩浪美和氏(「ああっ 女神さまっ」など)といった面々と仕事をしてきたのだが、系列から言えば斯波重治氏の弟子筋にあたる若林氏とは仕事でご一緒したことはありませんでした。

 それは何故かと言うと、当然なんだけれどもジブリの鈴木敏夫さんとは個人的に親しくさせていただいたけれども、宮崎駿とは仕事をしたことはないし、押井守とも個人的には親しくさせていただいたけれども、押井作品は担当しなかったというだけのこと。ただ、他人の担当する制作現場を除きに行くのは好きだったので、『攻殻機動隊』の現場にも何度も足を運んだので、若林氏とも親しくお話をさせていただいた関係。

 で、まず最初に若林氏の口から出たのは「日本のアニメにおける音響監督」というものの立ち位置についてなのでした。つまり、「日本のアニメにおける音響監督」という立場は世界的に(と言っても「欧米では」ですが)言っても極めて特殊な職業であるということ。

 本来、映画(アニメは映画なのです)で映像と音響に別の責任者がいるということはあり得ない話であり、基本的には監督というのは映像にも音響にも責任を持つというのが当然なわけです。ところが日本のアニメーションというのはちょっと特殊な発展の仕方をしてきたわけで、虫プロが日本で最初のTVシリーズアニメ「鉄腕アトム」を製作した時、当然、絵(映像)の制作がムチャクチャに遅れてしまい、監督(演出家)が音響制作に立ち会えなくなってしまった、という事態が起きてやむなく監督とは別の人が音響制作担当者として立つことになったのです。

 その後、だんだんと「アニメの監督=絵描き」というスタイルが定着してきてしまい、アニメの監督とは別に「音響監督」というものが立つことが普通になったっていう訳。以前はTVアニメはそうやって作ったけれども、劇場作品はやはり監督が全体を仕切って、というやり方をしていたけれども、最近は劇場作品も同じやり方をしているケースがほとんどです。

 先に「虫プロ系」とか「タツノコ系」とか書いたのだけれども、ここに一つない系列があるんですね。それが「東映系」っていう呼び名。東映は「実写映画」の製作会社です。なので、映像と音響で別の監督が立つなんてことはあり得ない、ってのが基本発想。つまり東映アニメーションは今でも基本的に監督が映像も音響も責任者として担当するスタイルを持っていて、そう言えば「3×3 EYES」の制作担当をしたときには東映アニメーション(当時は、東映動画)の音響監督っていなくて、監督が総てを仕切るっていう感じだったことを思い出しました。ただ、最近の東映アニメーション作品は音響監督を立てるというスタイルになってきたようですがね。

 で、若林氏が音響監督を担当した作品を三作品を観ながらの話に移ります。

 最初は宮崎駿の『千と千尋の神隠し』から。

 さすがに宮崎作品はお金をかけていて、音響制作だけでも1年かけているそう。ジブリの場合はストック音だけでなく、新たに取材(音ロケ)するケースが多いようですね。若林氏が普段は住んでいる屋久島の音なんかも結構使っているそうで。

 しかし、私も『逮捕しちゃうぞ』の時は、以前の『バリバリ伝説』を制作した時(この時にはどんなことがあったのかは言わない)の経験から、これは実音を録らなきゃファンからはバカにされるぞと思って、とにかく出てくるメカ(要はクルマやバイク)の実音を録ることに執着しました。マニアが見れば実音かそうじゃないかはすぐ分かるからね。なのでOVA版「逮捕しちゃうぞ」の音は、全部ホンモノの音です。TVシリーズはプロデュースしていないので知らん。多分、そこまでは凝っていないと思う。これはOVAとしては結構音響に予算をつぎ込んでいる実績ですね。ただし、いろいろタイアップをお願いしていたり、素人のファンを巻き込んだりしていたので、お金はかかっていません。

 凄いのは音のトラック数ですが最大で300トラック! 平均で150トラック位使っているそうです。調整卓はせいぜい50トラック位だから、それにプロ・ツールズのトラックを最大限使っちゃうんだろうな。じゃないと300トラック(!)なんて使えないよ。

 お次は、ご存じ押井作品『イノセンス』です。

 この映画の効果音はすべてスカイウォーカー・サウンド(ジョージ・ルーカスのルーカスフィルムの下にある会社)が作っているんだが、実はスカイウォーカー・サウンドって私も前に行ったことがあるんですね。「アキラ」のアメリカでの可能性を探る出張でサンフランシスコに行った際に、チョコッと寄ってみたんだが(当時はルーカスフィルムの音響部門という位置づけで独立はしていません)、まだ音響はアナログ時代ではあったが、クオリティの高さだけは凄い!(と、「アオイスタジオのスタッフが言っていた」) というのを感じさせたのであります。

 そのスカイウォーカー・サウンドの効果音に若林氏は唸ったそうです。音に対して時間をかけるのが当たり前のハリウッドなんですが、当然お金もかかるけれども、それなりの仕事をちゃんとやってくれるんですね。

 シーンは深夜のコンビニでバトーが脳をハッキングされるシーンなんだけれども、ハッキングされているシーンは当然色の演出も少し変わっているんだけれども、同時に音も変化させている。その変化の有り様が実に映像にあっているんですね。

 映画を観ていた時も、このシーンは凄いと思ったけれども、解説をしてくれるともっと「凄い」というのがよく分かります。

 で、この二作の最後に宮崎駿流と押井守流のアニメーターとの接し方の違いのお話しが。

 宮崎駿はとにかく自分で絵が描けるので、打ち合わせをしていてイメージと違う絵が上がってくると、単純に自分で描きなおしてしまう。押井守は自分では絵コンテ位しか描けない(アニメの原画は描けない)ので、とにかく口でイメージを説明する。

 この場合、アニメーターとしてはどちらがいいんでしょうか? 当然、宮崎流は「んじゃ、自分で全部描いちゃえばいいじゃん」てなりますよねえ。この辺が宮崎アニメで私が嫌なところなんですけれどもね。

 最後は新作『七つの大罪』です。

 ここでは、「台詞と音楽」「台詞と効果音」「音響三要素ミックス」の三つのパターンで聞かせてくれて、っていうか、それってポストプロダクションでスタジオ作業をする時の普通の聞かせ方でしょう。

 ということで、一瞬、昔に戻ったような気持ちでございました。

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Fujifilm X10 @Digital Hoolywood Univ., Ochanomizu, Chiyoda (c)tsunoken

2015年5月14日 (木)

新宿しょんべんガードが旧青梅街道だったなんて、知ってた?

 先日、新宿駅の喫煙場所に行って気が付いたんだけれども、新宿駅東口から西口方面へ線路をくぐっている「しょんべんガード」の入り口に「旧青梅街道(西口方面)」という道標が立っているのでした。

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 んで脇には「旧青梅街道の起点」なんていう説明版があって…

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 ガードに入ると…

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 青梅街道の宿場なんかが書いてある。

 まあ、確かに昔、電車なんて走っていなかった頃は、追分の交差点から真っ直ぐくると、このしょんべんガードにぶつかるもんなあ。

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 西口側に出るとそこは、今は「思い出横丁」なんて名前になっているが、その昔は「しょんべん横丁」と呼ばれた一角ですね。

 なんで「しょんべん横丁」だったのかと言えば、昔はヤミ市だったこの辺り、勿論飲み屋さんが多かったわけだが、そんな掘立小屋の店にトイレなんてあるはずもなく、皆、外で立ちションしたので付いたとか、店を冷やかしだけで出て行っちゃう客を「しょんべんしやがって」とよんだことから付いたとか諸説あります。

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 で、しょんべん横丁の前の交差点を渡ると…

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 小田急ハルクの裏の道がまさしく「旧青梅街道」なんですね。

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 ただし、この旧青梅街道は100メートルも行くと、現在の青梅街道にぶつかって終了。

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 ここから先は新旧青梅街道は同じところを走って、新旧で別れるのは現在の西東京市田無町一丁目の交差点です。自転車で青梅方面へ行くにはこっちの旧道を行って、箱根ヶ崎の瑞穂松原の交差点で再び新道と一緒になる訳です。

NIKON Df + AF NIKKOR 24-50mm/F3.3-4.5 @Shinjuku (c)tsunoken

2015年5月13日 (水)

『 Apple Watchを分解してみた!分解品が見られます!』を見に行く

『 Apple Watchを分解してみた!』と言っても、私はまだApple Watchは持っていないので、私が分解したわけじゃない。

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 今年の4月1日に竣工した東京日本橋タワーの地下2階のイベントホール「ベルサール東京日本橋」でのイベント『付加価値ある意匠デザインを実現するものづくり技術2015』(主催:NIKKEI DESIGN、日経ものづくり、日経テクノロジーonline)というイベントの惹句が『Apple Watchを分解してみた!分解品が見られます!』というので、面白半分に見に行ったわけです。

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 イベント自体は「プロダクトデザイナー、製品企画、製品開発、設計など、発注側として加工の外注・アウトソーシングを行う立場の方」に対して、各社の「ものづくり」の特徴などをプレゼンして参考にしてもらおう、ビジネスにつなげよう、といういたって真面目なイベントでありまして、『Apple Watchを分解してみた!分解品が見られます!』で惹かれて来るようなバカ者は私ぐらいじゃないかな。

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 で、会場の奥の方にこんな感じでApple Watchが分解して展示してあります。

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 こんな感じや…

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 あんな感じで…

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 と言っても分かりづらいだろうから、後ろの壁にパーツごとの解説が掲載されています。

 Apple製品はサーフェスが完璧でありすぎるからなのか、iPadにしてもiPhoneにしても発売されるとすぐに分解する人が出る。ということでこのApple Watchも早々に分解されてしまった訳ですが、基本的にApple WatchはiPhoneの子機という位置づけなので、部品の数はiPhoneほど多くはありません。

 その後、銀座のアップル・ショップに行ってApple Watchも見てきたんだが、う~ん、まだ欲しくはないなあ。時計とヘルスメーターだけのシンプルなものだったら欲しくなるんだけれども、いろいろやれることが多すぎて、かえってイマイチ魅力に欠けるのでありました。

NIKON Df + Ai AF Zoom NIKKOR 24-85mm/F2.8-4 D @Tokyo Nihonbashi Tower, Chuo (c)tsunoken

 

2015年5月12日 (火)

江戸城・東御苑・天守台跡

「そんなに関東の城(跡)巡りが好きなんだったら、あそこに行けよ、あそこに……」って言われるのはわかっているんです。

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 わかっちゃいるが、あまりにも身近すぎて、なおかつあそこまで保護されているところには、ちょっと疎遠になっちゃうんですね。

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 なので、多少意地悪して、ここはすべてモノクロで掲載しちゃいます。

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 百人番所とか…

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 大番所って言っちゃえば…

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 ここがどこだかはすぐに分かっちゃいますね。

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 ましてや、松之廊下って言っちゃえばね…

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 富士見多聞とか…

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 しかし、なんてバカでかい天守台跡なんだ。

NIKON Df + AF NIKKOR 24-50mm/F3.3-4.5 @East Garden of The Imperial Palace, Chiyoda (c)tsunoken

2015年5月11日 (月)

『THE NEXT GENERATION パトレイバー 首都決戦』押井守の女性コンプレックスについて考察する

 二足歩行型ロボットというのは2015年の現在ですら既に旧式の考え方によるロボットであり、「敵を攻撃する」という単純な働きをするためには、その為に特化した形のロボットの方が有利である、というのが現代におけるロボット工学ではある。ということなので、この劇場版『THE NEXT GENERATION パトレイバー 首都決戦』では、映画の最後の最後になってやっと登場する98式AVイングラムは一歩も動かずに、最新鋭のAH-88J2改「グレイゴースト」によって簡単に壊されてしまい、結局は目視によるモーショントレーサーを使って、泉野明はグレイゴーストを撃つ。

 なんだ98式イングラムって全然使い物にならないじゃん。やっぱ特車二課は既にお払い箱ですね、という結論。

Photo 『THE NEXT GENERATION パトレイバー 首都決戦』(原作:ヘッドギア/脚本・監督:押井守/音楽:川井憲次/制作:東北新社/2015年5月1日公開)

 ところで、原作のヘッドギアっていうのはパトレーバー・シリーズを作るためにできたユニットで「原案および漫画:ゆうきまさみ/メカニックデザイン:出渕裕/キャラクターデザイン:高田明美/脚本:伊藤和典/監督:押井守」というグループの名前なのである。なのでパトレイバー・シリーズに関してだけは、押井守は勝手に話を作っていいし、勝手にキャラクターを作っていい。「この作品はもう私の作品ではありません」なんて高橋留美子に言われなくてもいいのである。

 とは言うものの、最近の押井作品の常として「美しく強い」女主人公は自分の行動原理については自ら語らずに、常にその主人公に寄り添う男によって行動原理を語らせるというスタイルをとっている。主人公が自らの行動原理を語らないのは映画では当たり前の演出であり、テレビドラマとの最大の違いがそこにはある。ただし、普通の映画では、登場人物の誰もが主人公の行動原理については語ることなく、それは観客自身が主人公の行動を見ながら考えるものだという「お約束」があるのだが、それをヒロインと行動を共にする男役が語るという押井作品の特徴は、やっぱりどこかテレビアニメの流れをくんでいるのかもしれない。

 つまり、その関係は「攻殻機動隊」の草薙素子とバトーの関係と言っていいものだが、そこにはバトーの素子に寄せる「想い」というものがバックにあって、しかしそれはバトーの口からは語られることはなく、謂わば「永遠の片思い」という形でしか男女の関係は語られることがないのである。

 本作においても警視庁公安部外事三課警部・高畑慧(高島礼子)、警視庁特車二課第二小隊一班操縦担当・泉野明(真野恵里菜:ただし、原作のような「泉 野明=いずみ のあ」という男役ではなくて「泉野 明=いずみの あきら」という女役に代わっている)、警視庁特車二課第二小隊二班指揮担当・カーシャ(Ekaterina Krachevna Kanukaeva:太田莉菜)と元初代・特車二課第一小隊隊長で現在は国連難民救済機関にいる南雲しのぶ(シルエット出演:渋谷亜紀/声:榊原良子)と、グレイゴーストとともに自衛隊から姿を消した陸上自衛隊二尉・灰原零(森カンナ)の戦いには男は参加せずに、周囲を取り囲むだけである。じゃあ誰がバトーなのかと言えば、多分その役は警視庁特車二課第二小隊三代目隊長の後藤田継次(筧利夫)なのか、あるいは警視庁特車二課第二小隊一班指揮担当・塩原佑馬(福士誠治)なのか。

 じゃあ塩原佑馬の泉野明への想いというものがあるのだろうか。あるいは後藤田継次の高畑慧に対する想いというのもあるのだろうか。

 先行する短編実写「THE NEXT GENERATION パトレイバー」シリーズを見ていないので何とも言えないが、少なくともこの長編劇場版『THE NEXT GENERATION パトレイバー 首都決戦』を見る限りは、高畑慧と後藤田継次の間にはそこはかとない「想い」があるようだ。

 レインボーブリッジが何者かによって爆破される。それ自体が衝撃的なことではあるが、更に高畑慧が後藤田にもたらした情報は衝撃的だった。

 高畑慧がもたらした情報とは、レインボーブリッジを攻撃したのは、数日前に陸上自衛隊演習場から強奪され、天才的な女性パイロット・灰原零と共に姿を消した最新鋭の戦闘ヘリ「グレイゴースト」、20ミリ機関砲や対地/対空ミサイルを搭載し、最新の熱光学迷彩を駆使してレーダーはおろか肉眼でも捕捉できない「見えない敵」が東京上空に潜んでいるというものだった。それは、たった一機のグレイゴーストが東京都民1000万人を人質にとっていることを意味した。

 更に高畑は、この事件の背後には、11年前に東京を舞台にした「幻のクーデター」を繰り広げ、現在は収監中の元自衛官・柘植行人の教え子が絡んでいるらしいことを伝える。彼らは柘植の意思を継ぎ、新たな戦争状態を東京にもたらそうと画策しているのだ。だがそこまでの情報を入手していながら、表舞台に立てない公安の立場上、積極的な対策を講じることはできない。そこで高畑は「幻のクーデター」の解決に深く関わり、いまや解隊の危機に瀕した特車二課にあえて情報をリークし、後藤田に超法規的活動を促したのである。

 本庁からイングラムの起動禁止令が出る中、後藤田は高畑がもたらしたテロリスト潜伏現場への急襲を決意し、敵と激しい銃撃戦を繰り広げた特車二課隊員はグレイゴーストに肉薄する。あとは物陰から監視する公安部隊が突入してすべてが解決するはずだった。だが、灰原がグレイゴーストを起動させたことで事態は一変、圧倒的火力に晒された公安部隊は壊滅し、テロリスト部隊は包囲網を突破。

 翌朝、湾岸エリアから飛び立ったグレイゴーストは、手始めに特車二課棟を爆破・炎上させ、都庁や六本木ヒルズ、更には警視庁ビルなどを攻撃し、東京に戦争状態をもたらすための状況作りを始める。

 ことここに至り、超法規的手段をもちかけた高畑と、それを受け入れた後藤田は意思が一致し、お互いを認め合い活動を助けるのだった。

「攻殻機動隊」の草薙素子とバトーも超法規的捜査がお得意で、その為に二人は意気投合するのだったが、「攻殻機動隊」の場合は彼らの超法規的捜査及び事件解決を支える公安9課というのがあった。しかし、彼らと異なり、高畑と後藤田の上には警視庁という超官僚機構があり、それが彼らの行動を認める筈はない。

 最後に事件が解決(?)した後に、高畑が後藤田に向かって敬礼をするのはどういった意味があるのだろうか。

 それは分からないにしても、それはお互いを許し合えると感じた結果としての敬礼なのか、あるいはお互いを尊敬し合えるという証の敬礼なのか、更にはお互い同じ穴のムジナ同士と認め合ったうえでの敬礼なのだったのだろうか。

 いずれにせよ、押井守作品における女と男の関係って、いつも女が上で、美しくそして強く、男はそれを見守るしかない、という共通点があるのが面白い。

 つまり、それは押井守の女性観なんだろうな。「女はいつも美しく強く、そして寡黙であってほしい」という女性観は、本来の女が持つ「さほど美しくもなく、弱く、そして饒舌である」特徴と真逆に属する概念だ。

 であるからこそ「美しく強く、寡黙」な女に惹かれるのだ。それは永遠に不可能な夢なのだけれどもね。

『TEH NEXT GENERATION パトレイバー 首都決戦』の公式サイトはコチラ

2015年5月10日 (日)

関東学生アメフト春ゲーム・しかしパントばかりじゃね

 アメリカンフットボールでパントという戦法は、4thダウンまでで1stダウンが取れなくて、なおかつ自陣のかなり奥深いところにボールがあるときに、攻撃権を放棄するかわりに敵陣深くボールを蹴り入れる戦法だ。

 なので、そんなに自陣の深いところにボールがなくて、例えば1stダウンまであと2ヤードなんて時にはギャンブルといって、敢えてパント戦法はとらずにそのまま普通に攻めていったりする。

 まあ、無責任に見ている方にとってはギャンブルの方が楽しいわけですね。

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 というところまで説明して、昨日行われた関東学生アメリカンフットボール春のオープン戦、東京大学ウォリアーズvs.国士舘大学ライナセロスの試合の模様をお知らせします。

 先々週、2部リーグBブロック2位の上智大学ゴールデンイーグルスを62対11で破って気分を良くしている東京大学。昨日は、上智大学と同じく2部Bブロック3位の国士舘大学が相手とあって、ここは何が何でも大差をつけて、この後控える、法政大学、中央大学といった1部TOP8のチームとの対戦や、強豪・京都大学との対抗戦に臨みたいところ。

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 前半、リターンを選んだ東京大学はランニングバック(RB)宮崎航平がキックオフリターンタッチダウンかという長躯好走を見せて、その後、RB関野良樹がきっちりタッチダウン(TD)で前半1分14秒で早くも先行。

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 これは良い幸先かと思わせたものの、その後、ゲームはパント合戦になってしまう。

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 なんか双方とも攻撃に決め手を欠き、パントばっかり。

 両チームとも攻撃に冴えはなく、たまに決まるパスやランで前には進むがなかなか1stダウンまではいかない。

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 第2クォーター(Q)には国士舘大学の意表をつくリバースでTDされるも、その後のポイント・アフター・タッチダウンが決まらず、前半14対13という僅差で東京大学が勝って前半終了。

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 後半も同じような試合展開で国士舘大学がパスが冴えてタッチダウン。東京大学は21対27で国士舘大学を追うことになります。

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 第4Q、タイトエンド岸本が2本のロングパスをキャッチし、残り1分8秒で28対27で東京大学が逆転。

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 ところが国士舘大学も必死のパス攻撃で残り4秒、ウォリアーズの自陣3ヤードまで迫ったところで、当然ここは3点を狙ってフィールドゴール(FG)です。

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 が、そのFGをラインバッカー渡辺がカット! そのまま、東京大学ウィリアーズが国士舘大学ライナセロスを28対27で下しました。

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 とは言うものの、相手は格下の2部チーム。このままじゃ目標とする1部TOP8昇格どころかBIG8残留も難しくなる。夏に向けて体力アップ、技能のアップ、戦略アップに励んでほしい。

 じゃないと来年は2部落ちだぞ。

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2015年5月 9日 (土)

『中年童貞』って結構深刻な話題だったんだ

『ルポ 中年童貞』ていうタイトルから想像するのは、ヲタクが童貞をこじらせて、一生セックス(女)を知らずに過ごすさまを嗤い飛ばした本なのかと思ったら、実はそうではなくて結構深刻なテーマだったのであります。

Photo 『ルポ 中年童貞』(中村淳彦著/幻冬舎新書/2015年1月30日刊)

 まず、目次から見て行くと、

第一章 秋葉原は中年童貞天国
第二章 妄想に生きる高学歴中年童貞
第三章 ネット右翼と中年童貞
第四章 女への絶望から男で童貞喪失
第五章 童貞喪失を目指す学校

 辺りまでは、最初に書いたような「童貞を嗤っちゃう」に近いルポで、基本的に高学歴中年童貞を扱っているのだが、

第六章 中年童貞の受け皿となる介護業界
第七章 中年童貞はこの社会が生んだ

 となると、ちょっと深刻な問題を含んでくる。

『国立社会保障人口問題研究所「第14回出生動向基本調査」(2010年)によると、20~24歳の未婚男性で性交経験がない人は、40.5%と前回(2005年)に比べ6.9ポイント上昇、さらには、30~34歳の未婚男性のうち、性交経験がない人の割合は26.1%となっている。おおよど、4人に1人以上が童貞という計算だ。
 この数値を元に計算すると、30歳以上の未婚男性はおおよそ800万人、全国に209万人の中年童貞がいることになる。これは長野県の総人口と、ほぼ同数だ』

 っていう数字を見ると、なんか気持ちが悪くなる。だって、長野県民全体が童貞ってことを想像するとね。っていうか、長野県に同数の男女がいるっていう風に考えると、およそ長野県民、群馬県民の男全体が童貞ってことでしょう。うわあっ、気持ち悪っ!

『「国勢調査に基づく未婚率の推移」(2010年)に、35歳を過ぎた未婚男性が、44歳までに結婚できる割合は3%という衝撃のデータが出ている。2006年、35~39歳男性の未婚率は30.9%、2010年の40~44歳は27.9%とい内訳で、35歳を過ぎた男性は、ほぼ結婚はできない』

 っていうデータもちょっと衝撃的で、勿論「未婚率≠童貞率」なんだけれども、私は35歳で結婚した(勿論「童貞」ではなかったし「素人童貞(フーゾクの女性とは経験があるが素人の女性とは経験がない)」でもなかったのですが)わけだが、その結婚できる割合が3%ってことは、もしかすると私も結婚できなかったかも知れない、ということだったんだ。まあ、別に結婚しなくてもいくらでもセックスできるわけだから、そのこと自体は深刻ではないけれどもね。

 で、第六章、ここに低学歴中年童貞の典型例が示されている。

『介護業界では、私を含む本業に暗雲が垂れ込め始めた能力の低い零細経営者、お金と社会的名誉の両方を掴みたい自己顕示欲が強い社会起業家、安定だけを求める個のない人々、能力がないのに意識だけが高い若者、圧倒的需要を利用しようとする雇用政策関係者、そして中年童貞を筆頭とする社会から弾かれた行き場のない人たちが、介護福祉という美名に群がって、様々な思惑を複雑に絡ませ合っている。もちろん真面目に働いている人もいるものの、それ以外の人の割合があまりにも多いのだ』(下線、引用者)

『国の政策やハローワークの勧め、膨大な求人量がある広告などを経由して、解雇やリストラ、能力が低いなどの理由で行き場をなくした中年男性たちが大量に介護業界に流れている。そして全国的に人材不足のため、誰でもほぼ無条件で採用されている。現在のトラブルまみれの介護現場の末端の荒廃は、採用のハードルの低さと、社会的に必要という“美名”を強調したアナウンスが招いた結果である』(下線、引用者)

『介護は本来、専門的知識と経験に基づいてサービスを提供する専門職である。実施計画では職業の専門性、高齢者の命を預かる重要性がまったく考慮されていない。ホームヘルパー2級は8時間の座学を8日間、それと介護施設での2日間の研修で取得できる極めて簡単なもので、介護人材としての能力やスキルを担保する資格ではない。訪問介護ではホームヘルパー2級の資格が必須であるが、ほとんどの施設ではホームヘルパー2級は無資格未経験と同じ扱いとなっている』

『介護事業者の実態調査は各都道府県で行われている。例えば岐阜県では「岐阜県で2012年度に退職した介護職員は『3年以内』が64パーセント、介護関係の職場を辞めた経験のある職員に離職理由を尋ねると、もっとも多かったのは『職場の人間関係の不満』で29パーセント、続いて『労働時間や勤務体制の不満』で28パーセント、『給与、賃金への不満』が23パーセント」(岐阜新聞)となっている。
 上位を占めている「人間関係の不満」や「労働時間の不満」の一部は、「物事の考え方や行動が極端にズレている」中年童貞が原因となっているケースが多いはずだ』(下線、引用社)

『中年童貞に浸食された多くの介護事業所や採用のハードルの低い産業の末端は、以上に高い離職率、反響のない求人、終わりのない職員同士のトラブル、いがみ合い、仕事が終わらないといった状態に悩まされているはずだ。低賃金と人材不足の問題だけは表面的に社会に可視化されているが、人材の質の極端な低下には蓋がされ、隠蔽されている。
 介護施設のような社会的に過剰評価されている職場の末端にいる中年童貞は、プライドが高い。彼らのことを思って意見を投げかけても会話ができないので矯正は難しい。自ら“社会的な死”を望んでいるとしか思えない状態なのだ』

 となると、その介護職員自身が誰かの介護が必要になるのではないだろうか、なんて笑い話をしている場合じゃない。「ホームヘルパー2級」という極めて取るのが楽な資格をもっているというだけで、何か自分が偉い人間になったつもりになって、やたらプライドだけが高い低学歴中年童貞が、そうやって介護施設の中で無能力でありながら、生き延びているっていう姿を想像するだけでも、何か気持ちの悪さを感じてくるのは私だけだろうか。

 多分、その中年童貞にとっては「ホームヘルパー2級」というのが人生で初めて自ら取った資格なんだろうな。元々。コミュ障で他人との関係がうまく築けない人が、なんで極めて高いコミュニケーション能力を必要とする職場で働いているのだろうかと言えば、単純にそのような「低賃金でキツい職場」で働きたいと考えている人が少ないということなんだろう。じゃあ、そういう人間はその職場から追放すればいいのかということになると、そうはいかないから問題が多くなるのである。

 本当は、こういう人は社会の片隅でひっそりと非正規工場労働者にでもなっていていただきたいのになあ。

『ルポ 中年童貞』(中村淳彦著/幻冬舎新書/2015年1月30日刊)Kindke版も出ている。

2015年5月 8日 (金)

豊島区役所新庁舎稼働開始

 地上49階、地下3階の豊島区役所が昨日、5月7日から供用開始となったので、行ってきました。

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 地上49階とは言っても、豊島区役所は地上1階から10階まで。その上の11階から49階まではタワーマンションになっています。

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 1階と2階は豊島区役所の総合案内所とか……

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 コンビニやらドラッグストア、レストランなんかが入っていて……

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 3階から上の区役所庁舎は、まあ普通の庁舎風景ですね。

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 1階からは東京メトロ有楽町線東池袋駅へ降りるエスカレーターやエレベーター、階段などがあって、区役所庁舎や上のマンションからも直接地下鉄の駅まで降りられるようになっています。

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 地下2階には11階から上のマンション「ブリリア・タワー池袋」の入り口もあります。で、1階に上がってマンションの入り口はないのかなと思って周囲をぐるっと回ってみたのですが、マンション住民用の自転車置き場への入り口があるだけで、それ以外の玄関はありません。つまり、地下2階がマンションの唯一の入り口みたい。

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 このマンション(というか豊島区役所)、これまでの豊島区役所が手狭になったので建て替えあるいは移転という問題が起きた時にはちょうど不況の真っ最中で移転費用が出せないということで、結局、東京建物とジョイントベンチャーを組みましょうということになって始まった事業だったんです。

 たまたま、そのころ、豊島区立日出小学校が廃校となり、跡地の利用をどうしようということになって、そこなら今までの豊島区役所からも近いし、ということで周囲の地権者も巻き込んでの再開発事業ということになった訳です。こうした「公用施設」と「民間施設」の共同開発は日本では初めてのことだそうです。

 総事業費は435億円。それを豊島区は旧豊島区庁舎や豊島公会堂などの跡地を再開発して高層ビル化した時のテナント料やら地代収入として見込まれる191億円から136億円をあて、国からの再開発事業補助金106億円、その他、地権者からの出資分と東京建物自体の出資分でもって再開発組合を作って、地権者分(110戸)を除くマンション販売収入322戸を収入源にして事業は行われたそうです。つまり、この事業には豊島区民からの税金は一切使っていないということ。

 こうした「官・民共用事業」は、今後も立地の良いところを市区町村役場に持っている地方公共団体は取り入れて行くということになるのでしょう。近いところでは渋谷区も同じ構想を持っているそうだ。

 マンション新規販売分は7日で完売したそうなので、その辺はさすがに東京建物というか、立地の勝負というか、ですね。

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 確かに、東京メトロ有楽町線東池袋駅から地下道でつながっている区役所というのは、要町、千川、小竹向原あたりの豊島区民にとっては便利かもしれないが、そうじゃなくても、池袋駅からもそんなに遠いわけでもないから、別にこれまでの豊島区役所とそんなに使い勝手は悪くはなっている訳でもない。

 まあ、これまでの豊島区役所よりは広くなった訳で、豊島区民にとってはいい方法ではないのかな。

Dsc_00422こちらが旧豊島区役所本庁舎。周囲にはたくさん別庁舎があっていろいろ移動には大変だったのは事実。右奥が豊島公会堂。こちらも改築されて大きなビルになるようだ。

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2015年5月 7日 (木)

『南鎌倉高校女子自転車部』という漫画があったんだ

 まあ、いろいろな「自転車漫画」があるのは知っているが、女子だけの自転車漫画ってのも珍しい。ので、取り敢えず第1巻Kindle版を購入。

Dscf65952 『南鎌倉高校女子自転車部 ①』(松本規之著/マッグガーデン/2014年6月24日刊(ただし、Kindle版))

「女子だけの自転車部」っていうのも珍しいが、基本的なことを言ってしまうと、この「南鎌倉高校」ってどこなんだろう。

 ってなことを、各章の扉ページを見ながら進めて行きます。

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 どうもこの「南鎌倉高校」というのは私立の女子高らしい。ということは鎌倉の海周辺にはそんな学校はないので、まず却下。

 104ページのこの絵の外観からすると、どうも神奈川県立七里ガ浜高校を外観のモデルにしているようだ。勿論、七里ガ浜高校は男女共学なので、物語の設定とは関係ないです。

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 しかし、出てくるキャラクターが如何にもありがちというキャラばっかりなんですねえ。

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 主人公は舞春ひろみ。長崎の出身なんだけれども、小さい時に補助輪付きの自転車に乗ったことがあるというだけで、自分は自転車に乗れると考える単純な奴。結局、自転車に乗ることはできずに、しかし、たまたま出会った秋月巴の助けで何とか乗ることができるようになる。という、いかにもな自転車漫画の主人公です。いずれ乗ることになるバイクはブリジストン・アンカー(カーボンかな? アルミかな?)。

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 そのひろみと知り合って、多分、自転車部に入ることになる秋月巴のバイクはジャイアント(利口な選択)。

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 神倉沙樹は南鎌倉に住む令嬢で、バードウォッチングが趣味であるが、移動手段は執事が運転するリムジンという完璧な非運動系のお嬢さまなんだけれども、鎌倉という土地柄渋滞がしょっちゅうおこる訳で、速い移動ができる自転車に興味を持つ訳ですね。使うことになるバイクは電動コンポーネント装備(ってことはシマノ?)のピナレロ(さすがお金持ち)。

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 森四季。ひろみと巴が初登校時に出会った高校の新任教師で二人のクラスを担任する。ということは、つまり南鎌倉高校女子自転車部の顧問になるっていうのかな。使用しているバイクはトレック(納得)。

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 取り敢えず第1巻に出てくるキャラクターは上記の人たちだけなんだけれども、うん、「如何にも」という感じでしょう。

 多分、この人たちが自転車にどんどん興味を持ってきて、自転車部を結成して、遂にはレースにまで出場してしまうというストーリーが今からでも読めますね。

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 取り敢えず、紙版のコミックでは6巻まで、Kindle版では5巻まで出ているので、大人買いして読んでみよう。

 ところで、この本を出版している「マッグガーデン」って、元々エニックスにいた人たちが独立して興した出版社なんだけれども、現在はプロダクションI.G(IGポート)の子会社になっているんだよなあ。であるということは、この漫画もアニメ化されることがあるんだろうか。

 それに期待、ってか?

『南鎌倉高校女子自転車部 ①』(松本規之著/マッグガーデン/2014年6月24日刊(ただし、Kindle版))

2015年5月 6日 (水)

越後長岡藩と言えば河井継之助でしょう

 ということで、山古志闘牛に出かける前の短時間ですが、河井継之助記念館に行ってきました。

 えっ? 河井継之助を知らない? それはあなたは明治維新史の半分しか知らないってことなんですよ。

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 河井継之助とは何者か? 

 北越戦争(戊辰戦争)開戦時の長岡藩上席家老にして軍事総督だった男で、長岡藩の藩政改革や軍制改革を行った男で、長岡藩における数少ない開明的な武士だった人なのであります。

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 河井継之助で有名なのはガトリング砲でしょう。ガトリング砲とは、世界最初の機関砲です。銃身を環状に並べて回転させ、金属薬莢を使用する後装式の閉鎖機構と給弾機構をこれに組み合わせたものであり、複数の砲身がリング状に配置され、人力でクランクを回転させると、連続して給弾・装填・発射・排莢のサイクルが進行する構造をしています。まあ、今でいう戦闘機に搭載されているバルカン砲ですね。

 当時日本にはこのガトリング砲は三台しかなく、その内の一台が長岡藩が持っていました。

 鳥羽・伏見の戦いで旧幕府軍の敗退と徳川慶喜の江戸への秘密退却を知った当時大坂を警護していた河井継之助は、急遽江戸へ戻り、藩主らを先に長岡へ帰らせると、江戸藩邸を処分して、その金で暴落した米を買って函館へ運んで売り、また新潟との為替差益にも目をつけ軍資金を増やし、アームストロング砲とガトリング砲、エンフィールド銃、スナイドル銃などの最新兵器を購入して、海路長岡へ帰還したのです。

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 私が何故河井継之助のことを知っているのかと言えば、1966年11月から1968年5月まで、毎日新聞に連載された司馬遼太郎氏の小説『峠』を愛読していたからなのであります。それまでは河井継之助という名前は日本人にはあまり知られてはいなかった。というか、所詮官軍に負けた武士ですからね。

 でも、私の家系は会津に通ずって訳で読まされたのかなあ。新聞連載当時15歳から17歳という多感(恥!)な時代に読んだ小説でもって、いっぺんに河井継之助ファンになった訳なんですね。

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 近代的な合理主義者だった河井継之助は、これからは武士の時代ではなく商人の時代になるだろうという先見性を持っていたのですが、一方、最後まで武士という立場を捨てることなく、戊辰戦争に破れ、死んでいったのです。この辺が、薩長の武士と会津や越後の武士との違いなのかな。結局、武士は武士のままというのが北方の武士の考え方のようでありました。まあ、武士は武士として滅んでも良いという考え方なんだったんだろうか。

 西方の武士は明治以降も商人として生き延びたり、それこそ豪商となった人もいたんだが、北方の武士は、まあ官軍に負けたということも重なって、あまり事業で成功したという話は聞かない。

 長岡藩もそんなに近代兵器で鍛えていたとはいえ、所詮、小さな藩であったために、物量作戦の新政府軍の前には敗戦となり、時代は明治に代わっていった訳ですね。

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 河井継之助記念館には長岡城の復元模型が展示されていました。このちょうど真ん中の本丸跡が、現在のJR長岡駅、ってよほど明治政府にとっては長岡藩と言う存在は恐るべき存在だったのでしょうね。とにかく、長岡藩の遺構はすべて潰すってことでね。

 長岡藩に徹底的に意地悪している。

河井継之助記念館のサイトはコチラ

 長岡市においでの際には一度お運びを。

司馬遼太郎氏の『峠』も新潮文庫から今でもちゃんと出ています。Kindle版は出ていない。司馬さん亡くなっちゃたんで、了解が取りづらいのかな。

NIKON Df + AF NIKKOR 24-85mm/F2.8-4 D @Nagaoka (c)tsunoken

2015年5月 5日 (火)

今年の山古志牛の角突きは、長岡市編入10周年記念なのだった

 昨日のブログはなんか疲れちゃってイイ加減なブログになってしまった。

 ということで、今日は山古志牛の角突き一日目。

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 まだ、雪が大分残る旧山古志村の池谷闘牛場に行ってみれば、12時前についた筈なのに、もう駐車場は満車状態で、下の道路に車を止めなければならない状態に……。

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 闘牛場に上がってみてその謎が解けた。

 昨日の牛の角突きは「新市合併10周年牛の角突き大会」なのだった。つまり、2004年10月23日の中越地震の後、2005年4月1日に旧山古志村は長岡市に編入されて、ちょうど10年になるということなのだった。

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 で、長岡のお偉いさんがたくさん来てて、その関係者もたくさん来ているという訳なのだった。出場する牛も大会セレモニーで面綱をつけて試合前に一頭づつ紹介される。

 まあ、力士の土俵入りみたいなものか。

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 とは言うものの、それ以外は普通の牛の角突きと同じだ。

「山古志牛の角突きブログ」のブログ主「あっちゃん」も、一昨日は小千谷で勢子をやっていたが、山古志に来れば「勢子長兼実況&解説者」だ。

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 牛たちもごく普通に佇んでいます。

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 試合は一番の中野の薬師大力対八王子の一竌から……全十四番(一昨日の小千谷は全二十四番、やっぱりスケールが違うな)行われたのだが。

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 結びから二番前の岩手の柿乃花ゴールド対中野の新屋の試合がまさしく横綱相撲で面白かった。

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 勿論、結びの一番、大久保の角蔵号対梶金の新宅の試合も物凄かったけれども……

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 柿乃花ゴールド対新屋も負けず劣らず面白かった。手に汗握るっていうのはこういうことを言うのだな。

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 えっ? 帰り。勿論、関越道は赤城高原SAから、前橋IC~藤岡JCTを除いて、鶴ヶ島JCTまで全部、渋滞っ! お尻が痛い。

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2015年5月 4日 (月)

まあ、GWは行っちゃいけないのかな「闘牛」ってな訳はないのか

 ということで、行こうと思って走ったんですね関越自動車道。
 普通だったら、滝野川ICから首都高に入って、外環道を経由して関越自動車道に入るってのが当たり前なんだけれども、首都高高島平で事故車で通行止め。
 関越道も花園まで故障車渋滞40数㌔渋滞2時間
、ってことなんで、だったら花園まで下道いっっちゃた方がいいんじゃか、と思って行ったんですけれもね。
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花園から上がった関越自動車道も結局はそんなに速く走れる道じゃなくて……
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 だって、アベ80km/hなんですね。
 普段だったら追い越し車線アベ1(?)0km/hで走るんですけれどもね
 結局、小千谷の闘牛場に着いたのは、中入りが終わった後、14時。
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 今日はマイクの環境も良くなくて、いつもの美声が聞けないなあ。
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 ということで、
 新将vs和泉龍戦で昨日の小千谷闘牛はおしまい。
 今日は、山古志だっ!

2015年5月 3日 (日)

『0(ゼロ)ベース思考』にはなかなかなれないなあ

 ところで今日から新潟に来ている。

 松之山温泉じゃなくて、今日は小千谷、明日は山古志で今年最初の闘牛が行われるのであります。本当は山古志は5月4日と5日に行われるんだけれども、流石に二日連チャンで山古志は厳しいんで、取り敢えず5月3日は小千谷、5月4日は山古志ということで観戦ツアー。

 今年も後は夏と秋に行くくらいかなあ。

Photo_2 『0(ゼロ)ベース思考――どんな難問もシンプルに解決できる』(スティーブン・レヴィット、スティーブン・ダブナー著/櫻井祐子訳/ダイヤモンド社/2015年2月13日刊)

 実はこの本、例の勝間塾での課題本だったんだが、今頃読んでいるというテイタラク。なんでかなあと考えたのだが、要は「0ベース思考」というのは、私たちが物事を判断するときに必ず陥る常識のワナとか、経験値とか、見栄か、そういったものから解き放たれれば自由にものを考えられて、正しい判断ができるという、言ってみれば実に単純な考え方なのだ。

 ところが私たちは往々にしてそのような「子どものような思考方法」は取らないで、常識のワナやら経験値やら見栄やらに囚われて判断してしまうので、間違った判断を下してしまうのだ。

 なので、皆さんも「子どものように」物事を単純に判断しましょうね、っていうだけの本でありまして、それだけを延々と語っている「だけ」の本なのですね。

 たとえばサッカーのペナルティキックで、ゴールキーパーが現在立っている場所、つまりゴールの真ん中、に蹴れば、実はそれが一番ゴールする可能性が高いのに、それをやらない。

『ゴールの真ん中を狙えば成功率がグッと上がるのに、実際にそこを狙うシュートは17%でしかない。なぜそんなに少ないんだろう? 1つには、真ん中を狙うなんて、一見とんでもない考えに思えるからだ。ゴールキーパーめがけてボールを蹴るだって? そんなの普通じゃないし、まさかの常識破りだ——でもそれを言うなら、病原菌を注射して伝染病を予防するなんて考えも、最初はそう思われていた』

『子どもみたいに考えるための基本ルールは、もう一つある。わかりきったことでも臆せず言ってみる』

『ゼロベースの状態で出かけていく。そして結果的にお役に立てたケースのほとんどが、最初の数時間に思いついたアイデアを追求したときなのだ』

『つまりまったくの無知だからこそ、中の人が口に出せなかった疑問を投げかけることができ、それがいい結果を生んだというわけだ。多くの人が「わかりません」と言いたがらないだけでなく、単純な疑問を口に出したり、ありふれた日常に隠れていることを指摘したりして、野暮だと思われたくないと思っている』

『子どもは好きなことは好きだと臆せずに言う。ほんとはビデオゲームがしたいのに、オペラに行きたいだなんて言わない。立ち上がって走り回りたいのに、会議が楽しいふりなんかしない。子どもは自分の傲慢さを愛し、周りの世界に心を奪われ、楽しいことをとことん追求する。でも人間の発達は不思議なもので21歳の誕生日を迎えるころには、ほとんどの人がこういう特徴を失ってしまうのだ』

『1.環境保護になる(道徳的インセンティブ)
2.社会のためになる(社会的インセンティブ)
3.お金の節約になる(金銭的インセンティブ)
4.多くの人がやっている(群集心理インセンティブ)
 まあそんなところだろう。省エネは主に道徳的、社会的問題と見なされているから、道徳的、社会的インセンティブがいちばん重要というのはうなずける。次が金銭的インセンティブで、最後が群集心理。これもわかるような気がする。ただみんながやっているからやっています、なんて認める人がいるだろうか? とくに省エネほど重要な問題ならなおさらだ』

 とは言っても、これは実験だから、全部のカードが同じじゃなく、じつは5種類のバージョンがあった。一つは普通の「エネルギーを節約しましょう」という見出しがついたもので、残りは例の電話調査で聞いた道徳的、社会的、金銭的、群集心理の4つのインセンティブに見合った見出しがついていた』 

『1.省エネで環境を守りましょう。
2.未来の世代のために省エネにとりくみましょう。
3.省エネでお金を節約しましょう。
4.ご近所のみなさんと省エネを進めましょう』

『それが全然ちがったのだ。ダントツ1位は「ご近所」だった。そう、群集心理インセンティブが、道徳的、社会的、金銭的インセンティブを圧倒したのだ』

『このアイデアの出発点になったのは、単純な疑問だ。
「なぜ人は慈善団体にお金を寄付するんだろう?」
 利口な人たちがことさらに考えようともしない、わかりきった問いだ。マラニーはこの疑問にとりつかれた。学術研究は主な理由として、次の2つの要因をあげるものが多い』

『1.人は純粋に利他的で、ほかの人を助けたいという欲求に駆られて寄付をする。
2.人は慈善団体に寄付することで満足感を得る。経済学者はこれを「温情的」利他主義と呼ぶ。
 マラニーは、別にこういう要因を疑ったわけじゃない。でも、人が口には出さない3つめの要因があると考えたのだ。
3.人は寄付を求められると強烈な社会的圧力を感じて、頼まれたことを恨めしく思いつつも、仕方なく寄付をする』

 まあ、結局、慈善団体への寄付という行為も、自分自身の中から発したものではなくて、結局は社会的圧力からくるものである。

 という風に考えると、人間はやはり社会的な存在なんだから、そのすべての人間に「0ベースで考えろ」っていうのは、かなり無理筋な要求なんじゃないだろうか。

 勿論、子どものように「無知」を理由に言いたいことを言うっていうのありだけれども、しかし、それをやっちゃあ大人の人間としての社会性を失いかねない。

 結局、「大人の判断」ってやつで、人は間違いを犯し続けるものなのだ。

 まあ、「0ベース」で考えるというのは大事なことなんだということはよくわかるんですよ。でもねえ……。

『0(ゼロ)ベース思考――どんな難問もシンプルに解決できる』(スティーブン・レヴィット、スティーブン・ダブナー著/櫻井祐子訳/ダイヤモンド社/2015年2月13日刊)

2015年5月 2日 (土)

西巣鴨・パチンコ天国

 明治通りの西巣鴨近辺、西巣鴨交差点、大正大学前と池袋方面に来て次の信号が「掘割」であります。掘割という地名はないが、バス停の名前には残っている。なんで掘割なのかといえば、ここを南北に走っている「旧中山道」、巣鴨地蔵通りから板橋仲宿に至る道の脇に「千川上水」が走っていて、旧千川上水浄水場跡である千川上水公園なんかもあったりするんですね。つまり、千川上水の掘割があった場所。

 駒込六義園の池に入っている水もここから暗渠で分かれていたらしいです。

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 でも今日のテーマは千川上水じゃなくて、こっち、「パチンコ天国」です。千川上水公園のすぐ脇、掘割交差点のすぐそばにある(あったらしい)パチンコ屋さん。

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 いつも前を通るたびに気になっていたんですが、今のパチンコホールなんかに比べるとかなりスケールが小さくて、普通の商店みたいな感じ。

 Wikipediaで見たら、「創業は1962年(昭和37年)。2007年(平成19年)7月初旬頃から2008年(平成20年)1月の終わり頃まで約7ヵ月の長期に渡る休業で閉店かと思われたが、2008年(平成20年)2月初旬より営業を再開した。しかし、営業していた遊戯台の数は大きく減台し約23台ほどで、ピーク時のおよそ1/3近くにまで減った(2008年2月22日現在)。また、遊技台の機種も昭和時代の一般電投機(普通機、また、チューリップ台ともいう)はすべて姿を消し、「花満開煌SV」、「ワンダフルポリス」、また休業直前にもあった「イヤミのここで一発」等の数機種で、2008年2月現在より過去3年以内に登場の機種のみに大きく様変わりし、今まで一般に知らていたパチンコ天国の持つイメージ(昭和時代のチューリップ台や機種が多い)とはかなり異なるものがなくなった感があった。天国はその再開後、約1ヵ月ほど経た3月中旬に再び休業となり、2014年(平成26年)4月現在は営業していない」とある。

 まあ、2015年(平成27年)5月だって営業していないのは知っているんですが、だからどうだって言うんだって言われちゃうと、別にどうと言うこともないんですが、なんか気になるんですよね、その場所と存在が……。

 Wikipediaによれば、前に駒込にいた頃に行ければ行けたんですね。なんで行かなかったんだろう。まあ、まだサラリーマンをやっていた頃なんで、そこまで余裕がなかったのかもしれん。

 まあ、いずれにせよ、こんな近くに「昭和の遺構」があるってのも、下町の面白さかも知れませんね。

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 んで、こちらがパチンコ天国の裏です。

 普通の家なんだよな。

NIKON Df + Ai AF Zoom Nikkor 24-85mm/F2.8-4 D @Nishi Sugamo Toshima (c)tsunoken

2015年5月 1日 (金)

『人生はニャンとかなる!』って、猫には言われたくない!

 普通このテの本って、書店の店頭で見ても「フン」ってな感じで無視するんだが、Kindleセールで出ていたので、なんとなく「どんなもんかな」というところでポチッしてしまった。

Photo 『人生はニャンとかなる! 明日に幸福をまねく68の方法』(水野敬也・長沼直樹著/文響社/2014年3月3日刊)

 で、どうなのかと言えば……。

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 まあ、確かに猫は可愛いよ。

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 特に子猫となってしまえば、「猫」「子ども」という可愛さの二重唱だ。

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 とは言うものの、これは一種の「擬人化現象」なわけで、そう考えてしまうと、段々シラけてくる。

 例えばカール・マルクスの「頼るのは恥じゃない」で見ると。扉の写真はこんな人にすり寄るようなポーズをさせて……

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 本文は

『マルクスがロンドンで『資本論』の1巻を書いているとき、友人であり共同研究者のエンゲルスはマンチェスターにいました。その理由は、子どもがたくさんいるマルクスの生活費を助けるために、出稼ぎに行っていたのです。マルクスが資本論の1巻を書き終えたとき、エンゲルスはマルクスにこんな手紙を送っています。「あなたの活力が不足しないよう、とりあえず2ポンド紙幣を7枚だけ同封します。合計35ポンドになるよう、追加で送金するつもりです」。マルクスも負い目を感じるのではなく、エンゲルスに報いるためにも仕事に全力を尽くしました。不運にもマルクスは『資本論』を書いている途中に亡くなってしまいますが、エンゲルスはマルクスの遺志を継ぎ、遺稿を元に『資本論』の2巻と3巻を完成させました。
 自分ができることにベストを尽くし、できないことは人の力を借りましょう。そうすることが、最終的には多くの人のためになるのです』

 ってことになると、扉の猫写真と本文の間にどんな関係があるってんだ! と怒り心頭に発してしまうのだ。

 世の中に猫好きな人は多い。しかし、こんな扱い方をしていいのだろうか? もっと猫は猫として扱ってあげる方が、可愛いのじゃないの?

『人生はニャンとかなる! 明日に幸福をまねく68の方法』(水野敬也・長沼直樹著/文響社/2014年3月3日刊)

 同工異曲の本を紹介。まあ、好きな人は読んでみてね。

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