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2015年4月 2日 (木)

港区・二本榎通り③三田台公園の竪穴式住居

「港区三田」の地名の由来となったのが「御田八幡神社」。その名を冠した港区立御田小学校の前にあるのが「港区立三田台公園」です。

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 この公園、上野国沼田藩下屋敷~華頂宮邸の敷地の一部だった、ということで、昔は昨日書いた亀塚公園と同じ敷地だったんですね。

Dsc_00902

 ところが、こちらの公園はあまり人がいない……

Dsc_00702

 奥の方を見ると、何やら怪しい建造物が。

Dsc_00722

 更に行くと、おっ、ありました。貝塚の標本。そうか、ここは縄文時代の集落の跡、だから貝塚があるんだなあ。

Dsc_00742

 この高台の下、現在の品川電車区(東京総合車両センター)がある場所は昔(縄文時代)は既に海だったんですね。

Dsc_00752

 その海で、貝や魚を獲って、崖を上がってこの三田台にある集落で縄文時代の人たちは生活をしていた訳なんだ。

Dsc_00782

 竪穴式住居の跡なんかもあって、由来のよくわからない「亀塚公園」とは一線を画している。つまり、由来のよくわからない亀塚公園は、なので児童公園として子供たちの遊び場として整備し、ここ三田台公園は教育庭園として残している訳なんです。

Dsc_00792

 で、これが先に書いた「何やら怪しい建造物」の正体。つまり、竪穴式住居の復元されたもの、ただし、鉄筋コンクリート製。

Dsc_00842

 中にはこれまた怪しい(?)、縄文時代の人の竪穴式住居の中での生活が見て取れます。

NIKON D7000 AF-S NIKKOR 18-105mm @Mitadai Park, Minato (c)tsunoken

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