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2015年3月14日 (土)

『源静香は野比のび太と結婚するしかなかったのか』って、そうなのかなあ? 誰も「ドラえもん」の結末って知らないでしょ。

 しかし、すごいなあ、あの「ドラえもん」がセカイ系とか、しずかちゃんが「戦闘美少女」とか、なんか変な展開だ。

Photo_9 『源静香は野比のび太と結婚するしかなかったのか 「ドラえもん」の現実』(中川右介著/PHP新書/2014年3月20日刊)

『しかし、よく考えてみれば『ドラえもん』の劇場用映画は、じつに「セカイ系」である。ちょっと幼すぎるかもしれないが、少年少女たちが巨大なものと闘いながら、やはりそれをとりまく社会は何も描かれない。なのに『ドラえもん』が「セカイ系」の代表作をして語られることは、まず、ない』

『『風の谷のナウシカ』がアニメ映画となるのは1984年だが、源静香はナウシカよりも何年も前から「空を飛ぶ少女である。さらに、『美少女戦士セーラームーン』よりも前から「戦闘美少女」でもある。源静香が武器を手に闘ったおかげで地球は何度も救われたのに、日本国政府も国連も、それを知らない』

 齋藤環『戦闘美少女の精神分析』と『紅一点論』(ちくま文庫)を取り上げて

『『戦闘美少女の精神分析』の第五章「戦闘美少女の系譜」では『パーマン』のパー子こと星野スミレが言及されているが、源静香についてはふれられていない。『紅一点論」では源静香への言及はあるが、戦闘美少女面は無視されている』

『そもそも戦闘集団としての「チームのび太」そのものが、アニメ論の世界では無視に近い』

 って、そりゃそうでしょ。

『藤子やアニメスタッフたちの思惑はわからないが、源静香の切望的な未来(のび太と結婚する:引用者注)を提示したことで、結果として彼らは源静香を戦闘美少女の系譜とも、日常系アニメ主人公の系譜とも、セカイ系ヒロインの系譜とも無縁にし、ただ『紅一点論』のなかで批判の対象に落とし込めてしまった』

 中川氏自身が書いている

『『ドラえもん』日常版は、くりかえすが、「爆笑コミック」「生活ギャグマンガ」であり、落語の構造をもち、冒険版は「冒険SF」、あるいは「冒険ファンタジー」であり、何気ない日常から始まり、異世界への冒険に出て、危機があって、友情と団結で乗り越え、勝利して、また日常に戻るという、古典的なエンタテインメント構造をもつ』

 と。つまり、そうした「爆笑コミック「生活ギャグマンガ」「冒険SF」「冒険ファンタジー」というコミック世界が「セカイ系」である訳はない。特に、「ギャグ」と「セカイ系」は断じて一緒にはならないものなのだ。

 むしろ気になるのは、なぜしずかちゃんはのび太と結婚するのかということだ。

『しかし、藤子不二雄が選択したのは、一般職・総合職のいずれかで就職したにしても、わりと早く結婚してしまった源静香であった。しかも、相手は野比のび太である。そして、のび太と結婚したあと、彼女はどうも専業主婦になったようだ』

『専業主婦がいけないのではない。夫が野比のび太という点で、彼女の人生は「転落」以外の何物でもない』

『源静香というクラスでいちばんかわいい女の子が、いちばん凡庸な男の妻となる話は、なるほど、凡庸な男の子たちにとっては、「ぼくにもあんなかわいいお嫁さんがくるかもしれない」という夢を与えるだろうが、女の子たちにとっては、その夢は悪夢でしかないだろう。
 この悪夢から逃れるためには、結婚を夢見ないことしかない。それがあ、男女雇用機会均等法以降に生きる女の子たちの現実である。
 となると、女の子たしにとって、のび太の妻となる源静香は、とてもあこがれの対象とはならない』

『のび太にかぎらず、『ドラえもん』の主要人物はみな下位カーストに属することになる。「上」にいるのは。出木杉君くらいだ。そして、問題は源静香である。彼女も上位にいるはずで、のび太と学校の廊下ですれ違っても、無視するだろう。もし、のび太と親しく話したりしたら、彼女はその瞬間んい「下」に転落するからだ』

 なのに何故、しずかちゃんはよににもよってのび太と結婚するのだろうか。

『『ドラえもん』は生活ギャグマンガという落語的構造のマンガ作品である。そこから教訓を読み取ったり、郷愁だとか童心だとかという児童文学的カテゴリーを当てはめるのは、『ドラえもん』をはじめとする生活ギャグマンガへの冒涜である』

 というのであれば、中川氏のように、『ドラえもん』がセカイ系漫画であるとか、しずかちゃんを戦闘美少女だなんていうのも、やはり『ドラえもん』に対する冒涜なんじゃないか。

 というのは、しかし、中川氏は承知の上で、そのように書いているのであろう。つまり、それはそれで、中川氏の『ドラえもん』愛なのである。1960年生まれの中川氏は、雑誌での『ドラえもん』が始まった1970年にちょうど10歳。つまり、まさしく『ドラえもん』第一世代ということになる。

『雑誌での連載は1970年1月(厳密には1969年12月)に始まっている。以来、40数年にわたり、マンガ『ドラえもん』は日本で、さらには世界各国で読まれ、視聴され、最初に『ドラえもん』と出会った世代(つまり、中川氏:引用者注)は50代になっている』

 と書きつつ、「ドラえもん世代」というものは存在しないと、同時に書くことは、実は自分たち「ドラえもん第一世代」だと言いたいんじゃないだろうか。

 ま、それが中川氏の「ドラえもん愛」なのかもしれない。

 私なんかは『オバケのQ太郎』世代でもないし、当然『ドラえもん』世代でもない。まあ、言ってみれば『紫電改のタカ』世代ですとか『スポーツマン金太郎』世代です、って言ってみても、そんな漫画知らないよって言われそうで怖いな。

 そう、私たちの世代(小学生の時に「少年マガジン」「少年サンデー」が創刊した)には、まだまだ共通する漫画がなかったのでありました。

 残念!

『源静香は野比のび太と結婚するしかなかったのか 「ドラえもん」の現実』(中川右介著/PHP新書/2014年3月20日刊)PHPにしては電子化が早い!

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