フォト
無料ブログはココログ

Amazonウィジェット

  • Amazonおまかせリンク
  • おすすめウィジェット
  • Kindle

« 『ネオアベノミクスの論点』つづき | トップページ | 『スマホに満足してますか?』っていうタイトルだから……ちょっとダマされちゃったなあ »

2015年2月27日 (金)

『アメリカン・スナイパー』タカ派もすなるPTSDってか?

 クリント・イーストウッド監督の新作で、あわやアカデミー賞作品賞かって言われたんだけれでも、まあ、選ばれなくてよかったのかも知れない。

 うーん、少なくともリベラル派からは絶対に出ない発想だもんなあ。はっきり言って、この映画「反戦映画」どころか「好戦映画」ですよ。

 まあ、それはそれで面白いんだけれどもね。

 つまり、アメリカ・アカデミー協会はハリウッドの映画製作関係者たちのギルドであり、そのギルドの人たちは、あのマッカーシー旋風の時の「赤狩り」対象者だった人が多い。なので、基本的には好戦的な映画に対しては厳しい見方をするってこと、つまり、いくら東森さんがイラク戦争には反対って立場をとっているからといっても、共和党の支持者に対してはハリウッドの連中は厳しい態度で臨むってことですね。

Photo 『アメリカン・スナイパー(American Sniper)』(クリント・イーストウッド監督・製作/ジェイソン・ホール脚本/クリス・カイル原作/2014年公開)

「戦争後遺症(PTSD=心的外傷後ストレス障害)」に関する映画としては、やはり『ディア・ハンター』をまず最初に上げることには問題はないだろうし、「スナイパー映画」としては、やはり『スターリングラード』を上げていいだろう。

 問題は、これらの映画と『アメリカン・スナイパー』の大いなる違いがあるということなのだ。

『ディア・ハンター』はベトナム戦争後のPTSD映画であるし、『スターリングラード』ソ連による対ドイツ戦でのスターリングラード攻防戦を描いたものだ。両方とも、まだ「徴兵制」があった頃の話で、主人公たちは別に戦争に行きたくて行ったわけではない。税金を納めるのと同じ関係論で、軍隊に入っただけで、それがたまたまベトナムへ任地を命じられたのが『ディア・ハンター』だし、ライフル銃の腕を認められて「狙撃兵」になれといわれたのが『スターリングラード』なのである。

 つまり、たまたま「徴兵」に出会ってしまい、たまたま「任地・任務」を任されてしまったというのが両映画の同じところ。勿論、その後の展開は全然別になってしまうんだけれども、こうして見ると、映画の前半の基本構造はまったく同じなのだ。

 で、多分ベトナム戦争までの戦争映画って基本的に、この前半構造をみな共通のものとして持っていたはずなのだ。

 それが変わるのがベトナム戦争以後、つまりアメリカ合衆国軍隊が徴兵制を辞めて、志願兵だけで構成されるようになってからの時代なのだ。

 つまり、ベトナム戦争以降は、アメリカ軍というのは志願兵だけで構成され、ということはベトナム戦争の際のような、岩国基地前の反戦喫茶店「ほびっと」みたいな存在はあり得なくなってしまったのである。つまり、軍隊志願制になってから以降は、「軍人になって国を守りたい」「軍人になって外国人(あるいは内国人の場合も)を殺したい」「軍人になるしか職業がない」という人たちしか軍人にならなくなったわけで、つまり「脱走兵」が多く出てくる可能性は低くなってしまったわけである。

 ところがここに、別の問題が出てきた。

 アメリカ軍の編成って、基本的に「陸軍(Army)」「海軍(Navy)」「空軍(Air Force)」「海兵隊(Marine)」の4軍なんだけれども、NavyとAir Forceは基本的に相手の個人と自分との間で「殺し合い」をするっていうリアリティに乏しい戦い方をする。基本的には「艦対艦」「機対機」の闘いである。Armyは如何にも人と人の戦いのような気がするが、実は陸軍の仕事って言うのは、基本的に「治安軍」であるから、海兵隊が敵を制圧した地域の治安にあたるっていうのが一番の仕事なのだ。

 まあ、なので陸軍の兵隊さんと現地の女の子との恋話が多いんだけれどもね。つまり、それは戦時の一時の平和な時の話としてね。

 つまり、一番過酷な仕事をしているのが海兵隊だってことですね。

「戦争後遺症(PTSD=心的外傷後ストレス障害)」にかかる人も、一番多いのはアメリカ海兵隊の経験者らしい。

 それはそうだろうな。他の軍隊は軍隊とは言っても人の生き死にに関する体験は低いのに対して、海兵隊はまさにその生き死にを毎日体験しているんだものな。

 更に、その海兵隊のスナイパーだったらどうだろうか。

 普通、海兵隊だってそんなに野蛮な訳じゃないから、建物に突っ込むときは、基本は「盲目滅法」にライフルを撃って、敵を脅かせ、敵が脅かされた瞬間を狙って突っ込んでいくのである。つまり、海兵隊の人たちだって、自分が撃った敵を見ている訳ではなくて、結果オーライみたいな感じで突っ込んで行くのである。

 それがスナイパーでは違うんだろう。

 つまり、彼には自分がターゲットにした「人物」が見えている。そして、自分がそのターゲットを「ゲット」したか、しなかったか、相手を殺したか殺せなかったかを、自分の眼で確かめなければならない。

 つまり、この映画の主人公、クリス・カイル(ブラッドリー・クーパー)は、自分がターゲットとした人物について、彼がどんな人物かということや、どういう生活を送ってきた人物かということは、基本的に調べ尽して、ターゲットとして定めているのである。そして、彼は自分がターゲットとした人物が、自分が放った銃弾で死んだのか、死ななかったのかを、ターゲトサイトで確認できるのである。

 これって、結構キツいよね。だって、自分が撃った結果で相手の、あるいは相手の家族の人生が変わってしまうんだよね。まあ、アメリカにいる自分の家族の運命は変わらないかも知れないけれど、というのと比べれば大分違うかも知れない。

 まあ、この辺が「今アメリカがやっている戦争は非対称戦争でしかない」と言われている理由なんだけれども、それはしょうがない。アメリカがやっていた戦争で対称戦争は朝鮮戦争で終わってしまって、以降のベトナム戦争から後はすべて非対称戦争だ。

 その、アメリカがやっている、そして多分絶対に終わらないであろう非対称戦争の代表が「対イスラーム」戦争なのだ。

 アメリカは、別に「キリスト教国」ではないし、「ユダヤ教国」でもない。基本的には宗教とは関係のない「世俗国家」の筈なんだけれども、基本的にユダヤ(≒イスラエル)に近い立場を取っている。そんなにユダヤの立場を守りたいと思っているのなら、もっともっとパレスチナを排斥する行動を取ってもいいんじゃないかと思うのだが、そこは逆にイスラエルに対して、「あまりパレスチナを刺激すんじゃねえ」的な立場を取ったりする。

 しかし、そんな「非対称的戦争」も当然どこかで終わる筈なのだが、その風景を想像することが恐ろしい。

 国と国の戦争は結局は「妥協の産物」で決着するんだろう。

 でも『「国」と「国でもないなんでもない団体」』との戦争の終わりは、多分、次の戦争がまた再び始まるだけなんでしょうね。

 まあ、困ったもんだ……、て言ってる場合んじゃないでしょうけれども。

 なんか、映画『アメリカン・スナイパー』とは関係ない文章になってしまったけれども、これが私が「アメリカン・スナイパー」を見て感じた感想ってことで、これは映画評ではありません。

 アメリカがやっている「非対称戦争」が如何に無理な戦争であるかということなんだけれどもね。

「アメリカン・スナイパー」のオフィシャルサイトはコチラ

 

« 『ネオアベノミクスの論点』つづき | トップページ | 『スマホに満足してますか?』っていうタイトルだから……ちょっとダマされちゃったなあ »

映画」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/549500/61195057

この記事へのトラックバック一覧です: 『アメリカン・スナイパー』タカ派もすなるPTSDってか?:

« 『ネオアベノミクスの論点』つづき | トップページ | 『スマホに満足してますか?』っていうタイトルだから……ちょっとダマされちゃったなあ »

2017年5月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      

PEN PEN チョートクカメラ日記

自転車フォトグラファー 砂田弓弦

シュクレはお留守番

アローカメラ&我楽多屋

まだ東京で消耗してるの?