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2015年2月 6日 (金)

『安倍官邸の正体』 政治記者は歴代首相をどう見てたのか

 一昨日に引き続き『安倍官邸の正体』について書く。

 田崎史郎氏は時事通信社の記者として1979年(昭和54年)に政治部に配属されて以来、定年まで政治記者をやっていた。現在は編集委員として未だ時事通信社にかかわっているが、その総まとめとして書いたのがこの本なのだった。

Photo 『安倍官邸の正体』(田崎史郎著/講談社現代新書/2015年2月1日刊)

 基本的には第一次・第二次安倍政権について書いてあるこの本なんだけれども、小泉政権、民主党政権についても書かれているので、今日はそれについて。

 まずは例によって読書メモ風から。

『小泉政権は端的に言って、小泉純一郎の強烈な発信力によって成り立っていた政権である。小泉の発言は「ワンフレーズ・ポリティクス」と揶揄された。だが、人々の脳裏にあっという間に焼き付けられるその言葉の強さは歴代首相随一だ』

『財務省出身の丹呉泰健ら首相秘書官を活用し、各省の考え方に耳を傾け、たいていのことはそのまま委ねた。小泉の意思決定のしかたを象徴するのは次の言葉だ。「ある時は反対論を押し切ってこれだと言うと『独裁者』、ある時は任せると言うと『丸投げ』と言われる」独裁者の部分は内政では郵政民営化、道路公団民営化、ハンセン病訴訟での控訴断念の決断などだった。外交では、〇二年九月の電撃的な北朝鮮初訪問や、〇三年のイラク戦争でドイツ、フランスが反対する中、米国の武力攻撃を積極的に支持したことが挙げられる。ほかの問題は官房長官だった福田康夫や各閣僚らに文字通り「丸投げ」した』

『小泉は副長官、秘書官らと夜、頻繁に会食した。当時の首相秘書官は「そういう会食の席でいろんなことを話し、意思疎通を図っていた」と言う。小泉は自民党や公明党幹部との会食の席にも秘書官を同席させることがあった。同席させるかどうかの差配は首席秘書官・飯島勲(現内閣参与)が行っていた』

 結局、小泉政権のカギを握っていたのは飯島勲首席秘書官だった訳だ。それは当時からも感じていた訳だが、やはりなあということで再認識したわけだ。で、今の第二次安倍政権でも内閣参与として再起用されているということは、小泉政権で官房副長官をやっていた安倍晋三氏も「やはりこの人」という確信があったんだろう。

『小泉は携帯を使わない理由を「政治はフェイス・トゥ・フェイスだ」と説明していた。小泉の二男の衆院議員・進次郎も携帯電話で政治家、官僚らとの連絡を取らない。進次郎は現在、内閣府政務官で復興に加え、地方創生も担当しているが、上司に当たる地方創生担当相・石破茂ですら進次郎の携帯番号を知らない』

 まあ、これはどうでもいいことなんだけれども、今年9月の自民党総裁選で安倍が勝利して三年間の総理期間を過ぎた後は、ワンポイント・リリーフで石破茂政権が一期だけ政権を握って、その後は小泉進次郎ではないかという観測があるので、ちょっと引用しただけ。

『安倍政権は麻生さん、甘利さん、そして菅官房長官という、この三人衆でしょ。麻生さんは財務省の言うことを代弁するけど、経営者としての感覚があるから、そこはわかっている。財務省は来るけど、最後は『もうこれは大臣と決めさせてくれ』と言って、麻生さんと決めるわけです。麻生さんぐらいの大物になると、彼が決めたことは財務省も覆せない」 「甘利さんは総裁選の時の私の選対本部長だから、政権をつくった一人でしょ。しかも、経済政策に対する能力が高いですよね。そういうテクノクラート的能力では、麻生さんはやられちゃうわけよね。でも、お互いに同じ船に完全に乗っている』

 麻生が大物かどうかは分からないが、まあ、所詮田舎の大物経営者でしかないので、結局は財務省には勝てない政治家なんで、そこまでの人物。

『民主党政権崩壊の原因について、学者らの取材、分析によって書かれた『民主党政権 失敗の検証』(中公新書)がある。マニフェストや子ども手当、外交、選挙など幅広く、非常に緻密に原因を究明し、「そもそも、民主党は政党の理念と基盤とガバナンスを確立できなかった」と断じている。 その通りなのだが、それ以前に権力の中枢部にいた人たちが互いに信頼し合えず、連携もせずに、それぞれ勝手に動いていたことが大きな原因ではなかったか』

『時の首相は官邸に集った人たちが自分に忠誠を尽くし、かつそれぞれが信頼し合って一丸となって自分を支えるように心を砕かなければならないのだが、鳩山由紀夫も菅直人もそうした官邸運営のイロハができていなかった』

 民主党に関しては、結局、「経験が足りなかった」という総括なんだけれども、しかし、当時の民主党には小沢一郎という極めて政治経験に富む政治家がいたんだけれでもなあ。一度でいいから小沢政権がどんなことをやるのかを見てみたかった人は多いんじゃないだろうか。結局、法務省=検察の圧力で小沢構想は潰されてしまったわけなんだけれども、小沢が田中角栄型の(そして現在の自民党の形の)利益誘導型の政治を行うのか(おおまかの人々はそれを予感しているのだが)、それとは逆に(地域利権誘導型とは一切手を切って)理想国家形成型の政治を行うのかを見てみたかった人は多かったんじゃないかな。それが戦後日本政治の中での一番残念なことではある。法務省=検察の日本の戦後政治に関する一番の罪は、この小沢一郎事件なんである。ま、もっと大きいのは「田中角栄=ロッキード事件」なんだけれどもね。

『こう見てくると、官邸の運営はその時々の首相の手法、正副長官との人間関係など「人」によってずいぶんと変わる。これがベストというシステムはない』

 というのは当然であろう。その時、その時に応じて官邸の運営、政権の運営と言うものは変わっていくものだし、官邸の「重さ」も変わっていくものだ。そんな意味では、民主党政権時が最近では一番官邸の重さが減ってしまった時期ではあるのではないだろうか。

『ノンフィクションの書き手として記すと、田中角栄元首相、竹下登元首相、金丸信元自民党副総裁、橋本龍太郎元首相、小沢一郎生活の党代表、梶山静六元官房長官ら数多の政治家を取材し、彼らが発散する熱を感じ取りながら、取材してきた。小沢氏以外は鬼籍に入られたが、とりわけ、田中元首相には圧倒された。  田中元首相らの時代に比べ、政治家が小粒になったといわれる。私はそうは思わない。安倍首相、菅義偉官房長官、石破茂地方創生担当相らは私にとって、熱を感じる政治家だ』

 まあ、やはり田崎氏もその政治記者の生活の中で一番の存在感を示された政治家としては田中角栄を挙げるんだなあ。

 首相に「ご説明」をしにくる東大卒の大蔵省(現・財務省)の役人を前にして、高等小学校卒の首相が、逆に反論をして大蔵省の役人に自分の言うことを聞かせてしまったエピソードはいくらでもある。それも「理詰め」である。

 すごいなあ。そんな政治家が以前はいたんだ。

 もう、私が社会人になった時には終わってしまった政治家なんだけれどもね。

『安倍官邸の正体』(田崎史郎著/講談社現代新書/2015年2月1日刊)

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