フォト
無料ブログはココログ

Amazonウィジェット

  • Amazonおまかせリンク
  • おすすめウィジェット
  • Kindle

« 『英語もできないノースキルの文系はこれからどうすべきか』って、決まってるじゃん | トップページ | アレ、ブレ、ボケは『ウィリアム・クライン 東京』 »

2015年1月17日 (土)

東武大師線上板橋駅

「東武大師線上板橋駅」なんてタイトルをつけると、かならずツッコミが入ってくるんですよね。つまり「上板橋駅は東武東上線でしょっ」ってな感じの。

 そんなツッコミをした貴方、貴方は正しい。しかし、歴史に「if」があったなら、それは大間違いになってしまうのです。もしかしたら、歴史の可能性を否定するとんでもない大間違いなのですよ。

 つまり、東武鉄道大師線というのは、その昔、東武鉄道西板線として、東武鉄道伊勢崎線(現スカイツリーライン)西新井駅と東武鉄道東上線上板橋駅を結ぶ路線として計画された路線の、用地確保が完了した用地を利用して西新井大師参詣者の輸送を目的に、1931年に開業した路線なんであります。

 西新井駅の東武大師線ホーム。

Dscf60822_2

 2両連結の、1km足らずの路線なので、なおかつ基本ワンマン運転なので、駅に着くたんびに運転手さんが前から後ろへ移動です。運転時間は2分足らずなので、それこそ動物園のお猿電車みたいなもの。大師前駅には改札も券売機もありません。すべてそれは西新井駅についてからの問題。

Dscf60862

 で、これが大師前駅。東武西板線が出来てれば西新井を出て最初の駅になる予定だった駅なわけです。

 で、この大師前駅、西新井駅よりもホームの幅が広いんです。

 まあ、初詣客の多さを考えればこの広さも分からないではないんですが、なんかそれ以上に、まだまだ東武鉄道は路線の延伸に希望は捨ててないぞ、っていうような意気込みの強さを感じさせます。

Dscf60812

 で、どうやら現在のときわ台駅あたりから東武東上線に並走して、ここ上板橋で合流するというのが当初の東武鉄道のプランだったらしい。

002

 今は便利ですね。こんなレアなネタであっても、ググれば出てきちゃうんだもの。というか、ちょっと簡単に分かってしまって面白くないっていうか。

 でも、こうして見ると「西新井⇔大師前⇔鹿浜⇔神谷⇔板橋上宿⇔上板橋」という路線になっていて、京浜東北線とは東十条と赤羽の間で交差する路線になってしまう。

 そうなのかなあ。以前、聞いた話では「東武大師線は赤羽まで延伸する予定だった」というもの。だとすると、その路線はこうなるはずですがね。

Photo

 これだと、大師前から基本的に環七と並行して走っていって、荒川放水路を超えたあたりからそことは別れて、赤羽駅まで行って、赤羽駅を過ぎた後は本蓮沼あたり通って、武蔵野台地の上に上がってときわ台から上板橋に至るというルートが見えます。

 1930年と言えば赤羽駅は既に開業していた訳で、やはり西新井から上板橋へ行く行程では赤羽は外せない駅でしょう。なので、上の赤羽を避けた路線図っていうのはちょっとわからないなあ。

 まあ、いずれにせよそうした構想が当時の東武鉄道にはあったことが確認できればいいです。

 東武財閥の根津嘉一さんにはそんな大きな夢があったようで、それは下手をすれば国鉄(現JR)以上の国鉄構想だったんですね。

 岩崎家ばっかりじゃないけれども、昔の財閥家ってそんな社会還元を積極的に考えていたんですね。

« 『英語もできないノースキルの文系はこれからどうすべきか』って、決まってるじゃん | トップページ | アレ、ブレ、ボケは『ウィリアム・クライン 東京』 »

旅行・地域」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/549500/60969625

この記事へのトラックバック一覧です: 東武大師線上板橋駅:

« 『英語もできないノースキルの文系はこれからどうすべきか』って、決まってるじゃん | トップページ | アレ、ブレ、ボケは『ウィリアム・クライン 東京』 »

2017年9月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

PEN PEN チョートクカメラ日記

自転車フォトグラファー 砂田弓弦

シュクレはお留守番

アローカメラ&我楽多屋

まだ東京で消耗してるの?