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2015年1月 4日 (日)

『やきとりと日本人』について、焼鳥を食して酒を飲みながらブログを書く

 ご自身のサイトを見ると、

『食に関する記者、編集者。食欲を象徴する蟹座生まれ。母からは「ホントによく食べる子ね」と褒められ、祖母からは「胃袋から生まれたんだよ」と言われて信じて育つ。大学まで食専門の学科を選び、卒業論文のテーマは「そうめんの組織学的研究」、修士論文のテーマは「牛肉の加熱による呈味性の変化」。卒業後は、食の専門誌を扱う出版社に入社。編集長を経験したことが自慢。短大で教えたことがあるのもプチ自慢。編書に『エルブジ至極のレシピ集(日本文芸社)』『ビアマニア(日之出出版)』『モツ・キュイジーヌ(柴田書店)』『イタリア料理の展開力(柴田書店)』があり、著書に『こだわりパン屋を開く(ぺりかん社)』日本イタリア料理事始め 堀川春子の90年(小学館)』があるが、もっと欲しい。「ニッポンを食で元気に!」をコンセプトにいたプロジェクト集団、クーカルのディレクターをつとめる』

 とある。

 そんな人が書いたやきとりに関する本なのである。これは読まなきゃ、ということで読んでみたのだが、私の愛する吉祥寺の「いせや」が109ページに、

『吉祥寺の「いせや総本店」は、1928(昭和3)年に精肉業者として創業したが、1958年(昭和33)年にやきとり屋に転換している。品書きに豚もつなどがあるのは精肉業からの流れだろうが、ブロイラーブームの兆しを感じとっていたかもしれない』

 というだけの記述だけというのもちょっと残念かな。

 というくらい、「やきとり」って個々人の思いのこもった食べ物なのかもしれない。

Photo 『やきとりと日本人 屋台から星付きまで』(土田美登世著/光文社新書/2014年12月15日刊)

 本書によれば日本中で「やきとり屋」というものは3万7000軒以上もあるそうだ。日本人3,000人に一人当たり位の割合で「やきとり屋」は存在することになる。

『あえて時代で切るならば、平成に入るまでのほとんどのやきとり屋は完全におじさんたちの聖地だった。黒やねずみ色のスーツを着たおじさんたちがモウモウと立つ煙のなかで、背中を丸め、口をイーの形にして串をすべらせ、ビールやコップ酒をあおっていた。一杯飲み屋でグイ飲みとやきとりというのもおじさんの世界だ。
 そこにいつの間にか女性たちが進出し、彼女たちはオヤジギャルと称された。しかしやきとり屋界では、ギャルがオヤジ化するよりも店のほうが早く女性たちに寄り添うようになったと思う。女性客を意識していなくても、時代が求める姿を追ったら結果的に女性が行きやすい店が増えたということなのだろう。
 モウモウの煙はいつの日か消え、店はきれいになった。レストランが食材にこだわるように、地鶏や銘柄鶏を串にさして焼き始められた。さらに野菜焼きが加わってヘルシーとなり、サラダやパテといった一品料理がメニューとして登場するようになった。横にはやっぱりワインかな。こうなると居酒屋というよりバルという言葉が似合う。やきとりのコースも一般的になった。
 やがてフランスから真っ赤なグルメ評価本『ミシュランガイド東京』が星ともに上陸した。日本料理はもちろん、各国の料理あり、専門店といったバラエティ豊かな東京の食をいったどう評価するのだろうかと話題になったが、初上陸の年からすし屋が三つ星をとり、3年後にはやきとり屋にも星付きが登場した。
 そして気がつけば、やきとり屋のなんと多様なことか。昭和のおじさんスタイルも消えることなく、ちゃんと残っている。なんとか横丁の赤ちょうちん、一杯飲み屋的なやきとり屋も連日にぎわっているし、そうした店は外国人にも「クールジャパン」として人気だ。
 おしゃれなやきとり屋、こだわりのやきとり屋――。このこだわりが、鶏の種類だったり、おいてある酒の種類だったり、個性的な一品料理だったり。それぞれのスタイルが混在して、客のニーズによって使い分けられている。最近では地方独自に花咲いたご当地やきとりにもスポットが当たっている』

 と前書きにも書く通り、まさにやきとり屋と言えば「百花繚乱」というところであるし、更に言ってしまえば、土田美登世さんという女性がやきとりについて書くということも、さすがに時代の流れではあるなあ、というところでもある。

 しかし、これだけのやきとり屋を紹介するのであるから、土田さんも相当にやきとりにお金をつぎ込んだことだろう。まあ、それを想像するほど、コチラは野暮じゃないけどね。

 で、本書の構成がどうなっているかと言えば、

第一章 やきとりの歴史学
 「神話に登場した鶏」に始まって、「江戸時代の卵ブーム」『「とり鍋」の登場』まで、つまり、本来はやきとりとは野鳥を焼いて食べていたものが、鶏を飼うようになって、最初は観賞用、次に闘鶏用、そして卵食用となって、江戸の後期になってやっと鶏を食べるようになったという話。

第二章 明治の鶏食文化学
 ここでは、何故「やきとり」と言いながら牛や豚の臓物、つまり「もつ焼き」もやきとり屋で出されるようになったのか。『鶏肉屋の肉は花街のしゃも鍋に、臓物は大衆の町のやきとりに』という流れのようで、その流れの中で牛や豚のもつもやきとり屋で出されるようになったのが、明治の終わりころ。さらに言ってしまうと、うなぎ屋でやきとりを出すようになったのも、この頃のようで『川魚は夏の商品なので、冬に売れるものとして鶏肉の販売も始めた……』ということなのだが。

第三章 昭和のやきとり老舗学
 ここでは、戦後のヤミ市とやきとりの関係から始まって、その流れとして、新橋、新宿西口思い手横丁(しょんべん横丁)、渋谷のんべい横丁、有楽町ガード下という、それこそ「おじさんたちの聖地」が紹介される。

第四章 やきとり社会学
 ここで、実はやきとり、つまり「もつ」じゃなくて「鶏肉」を焼いたのがやきとりだというのが、本格的になったのが実は1960年頃に始まったブロイラー・ブームだったというのである。
 んで、ここになってはじめて、上に書いた「吉祥寺いせや」が登場してくるわけですな。

第五章 やきとり名店学
 もうこうなると私の世界じゃない。勝手にやってくれってなもんですね。

第六章 やきとりご当地学
 ご当地やきとりなんてどうでもいい。東京のやきとり、大阪の串カツ、博多のもつ鍋……、てな具合にいろいろな地域で、いろいろな食べ物があればいいじゃないか……、ゆるキャラじゃないだから。

第七章 やきとりこだわり学
 う~ん、まあ焼いている方は結構こだわっているのだろうが、こちらは「昭和のおじさん」だから、全然こだわらない。旨いやきとりと旨い酒があればそれだけでいいのである。

第八章 やきとり調理科学
 もう、別に我々がやきとりをやくんじゃないから、もうろうれもいいのっ!

第九章 肉用鶏学
 ZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZ…………。

 ……オチがないって? もうそんなのどうでもいいけんね。

『やきとりと日本人 屋台から星付きまで』(土田美登世著/光文社新書/2014年12月15日刊)Kindle版はまだ出ていない。こうした本に出会えることが「リアル書店」のいいところだよなあ。

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