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2015年1月10日 (土)

『保守とは何だろうか』から読み取れる、国民国家崩壊の恐れ(というか希望)

 TPP猛反対の保守派ナショナリスト中野剛志氏の本である。

 どんなことが書いてあるのかな……、とワクワクドキドキしながら読んだのだった。

Photo 『保守とは何だろうか』(中野剛志著/NHK出版/2014年8月31日刊)

 が、しかし……

『冷戦期においては、資本主義を社会主義へと抜本的に改変しようとするのが「革新」であり、「革新」に対抗して資本主義体制を維持しようとするのが「保守」であった。しかし、資本主義それ自体が革新の運動であるのだから、資本主義体制を維持しようとする「保守」は、「革新を保守する」という自己矛盾に陥ってしまうのである』

『なぜ、保守は死んだのか。それは、「新自由主義」あるいは「市場原理主義」というイデオロギーと結びついたからであるとグレイは言う』

『ところが、奇妙なことに、一九九〇年代以降、冷戦が終結したにもかかわらず、保守は、新自由主義との結託を解消しなかった。それどころか、日本の保守勢力は、いっそう色濃く新自由主義に染まっていったのである』

『新自由主義がもたらしたものは、低成長と異常な格差の拡大、そして資本主義の不安定化であった。特に〇八年のリーマン・ショックは、資本主義それ自体を存続の危機へと陥れた。そして現在もなお、世界的な資本主義の危機が続いている。 こうして新自由主義に毒された「保守」は、自身の存立基盤である伝統的な生活様式や共同体、自国固有の文化などを破壊した挙句に、資本主義体制の維持にすら、失敗したのである』

 そう、今や、資本主義を倒して社会主義の国を作ろうと言っていた社民党(旧・社会党)や民主党が、既成の正規雇用労働者による労働組合をベースに依り立っているだけに、単なる既成の権利の旧守派になってしまい、逆に資本主義を守ろうとしていた自由民主党が、新自由主義経済でもって、それこそ資本主義を壊そうとしているという勢力になってしまっているということなのだ。

 マルクスが予言したとおり、資本主義が壊れて、そして次に現れてくる経済体制(政治体制)がどんなものなのかは、いまだに分からないままだ。しかし、マルクスが予言したとおりの共産主義体制ではないようだけれども、マルクスが予言した「資本主義体制の崩壊」というのだけは当たっているようだ。

 マルクスが予言した時期は今から167年前の1848年なんだから、今のように企業自体がグローバル化するなんてことは考えられなかった時代で(企業が海外進出することが当たり前になったのはレーニンの「国家と革命」の時代、つまり19世紀末の後のことだ)、まだ企業が国家の中に閉じ込められていた時代で、国家自体が海外に手を伸ばしていた時代だ。しかし、今や企業自体がグローバル化してきて、国境を易々と超え、国家がそんな企業の後を追えない時代になってしまった。もはや「国民国家」というものが成り立たない時代になってしまっているのだ。

 そんな時代に国家はどうやって国民の福祉を考えていけばいいのだろうか。

『普遍的な原則ではなく、便宜に基づく政治を重視するプラグマティックなコールリッジは、画一的でグローバルな世界よりも、国民国家から構成されるモザイク状のインターナショ ナルな世界を理想とするのである』

『ただし、コールリッジが理想とする国民国家は、当時のイギリスにおいて実現されたタイプのものである。それは、各個人が一つの国民へと組織され、統合されてはいるが、個人の自由が犠牲になっているわけではないような国家体制である』

『個人は国家の一部でありながら、同時に個人としても存在しうる。そういう個人が「国民」であり、そういう国家が「国民国家」なのである』

『国民国家とは、ナショナル・アイデンティティを自発的に選び取る人々の主体的・積極的な意識(ナショナリズム)を基盤とする国家形態である』

『国民国家を守ることはナショナル・アイデンティティを守ることであり、人間を守ることである』

『国家間の競合関係こそが、各国の独立を保つ』

『真のナショナリストであれば、無謀な野心に駆られた侵略や征服を企てたりはしない。真のナショナリストとは、便宜に基づく政治を行う現実主義的・実践的な政治家なのである』

『真のナショナリストは、現実主義的な政治判断に立ち、独立した国民国家から構成される多元的な国際社会を理想とする』

『アメリカという国には、各国の歴史や文化の多様性を一切顧みずに、自由や民主主義といった原理原則を世界に画一的に広めようとする一極主義(unilateralism)の傾向が色濃くある』

『理性が発見した抽象的な原理原則を掲げた急進的・抜本的な改革に対しては、徹底的に抵抗する。これこそ、保守主義の最大の特徴である』

 う~ん、やっぱり中野氏は「国民国家」というものをベースに置いてるんだなあ。この辺は、多分、中野氏とは意を同じくしない内田樹氏なんかと実は同じで、国民国家というものを破壊しかねない「グローバル企業」というものを批判しているのである。つまり、内田氏も今や「保守」ってことね。今や国民国家なんてことを語るのは「保守」ってことなのだ。最早、国民国家自体が崩壊してきているのだからね。

 今や「国民国家」というもの自体が、国民を拘束するだけのものでしかない、という認識を国民自身が持ってしまっている。それと同時に、国家が必ずしも国民を守ってはくれない時代になっているんだなあ。

 ということなので、問題は、今や「国民国家」というものを前提としてモノを語るのか、あるいは「グローバル」というものを前提としてモノを語るのかということなんだ。

 昔、高校生運動をやっていた立場から言えば、基本的に「国民国家」というものは「ありえない」というのが基本だ。勿論、それが共産主義運動の中で壊されるのが昔の理想だったんだけれども、もうそれが不可能になった段階では、別に「共産主義運動」でなくても、「資本主義の自壊」でもいいから、「資本主義」「国民国家」なんてものは崩壊して欲しい。

 つまり、これはアナーキズムなのかも知れない。でも、その位にこの国は進んできてしまっている。多分、我が国がお手本にしていた(はずの)アメリカ以上に進んでしまっているということなのではないか。

 う~ん、タマには保守派の本を読むのもいいなあ。逆のことを考えながら読めるっていう良さがありますね。

 やっぱり、ノンセクト・ラジカルの思想ってアナーキズムなのかなあ。まあ、基本的にはマルクシズムを標榜しながらも、結局はアナーキズムなんだろうなあ。

『保守とは何だろうか』(中野剛志著/NHK出版/2014年8月31日刊)前年の10月10日に刊行されたNHK出版新書の電子化なんだけど、もう紙版と電子版の同時出版も考えた方がいいんではないですかね、NHK出版さん。

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