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2015年1月14日 (水)

アメリカはいつまで超大国でいられるか

 それはソ連の崩壊によって明確な対立軸がなくなった時に始まっていたんではないだろうか。それまでソ連という明確な対立軸があって、その為に軍事費の増大という問題にたいしても国民の支持が得られたんだろうけれども、その後のアフガニスタンやイラクなど、それこそ超大国アメリカに比べればあまりにも小国でしかない国々では明確な対立軸にはならない訳で、そのような小国と対峙しなければならなくなってしまった時から。アメリカの存在感は小さくなってきたのである。

Photo 『アメリカはいつまで超大国でいられるか』(加瀬英明著/祥伝社新書/2014年12月10日刊)

 もともとアメリカには「モンロー主義」という考え方があって、特にヨーロッパには口出ししないものなのだが、一方で、やたら外国の国の主権を脅かす「お節介主義」というのもあって、特にアジアでは自分が盟主だと思っているアメリカはアジアには口出ししたがる傾向がある。

『第二次世界大戦後のオバマ大統領にいたるまでの一二人の大統領を、外へ向かって、積極的に立ち向かう政策をとるリーダーと、家に籠るリーダーに分けてもるとすれば、トルーマン、ケネディ、リンドン・ジョンソン、レーガン、ブッシュ(子)の六人が、前者のグループに分類されよう。
 後者の内へこもるタイプのなかに、アイゼンハワー、ニクソン、フォード、カーター、オバマの五人が入ろう。
 ブッシュ(父)と、クリントンの二人は、その中間になるだろうか』

 といっても、それはたまたまその人たちが政権を取った時代がそのような行動を取らなければならない時代的背景があったからだろう。

『オバマ大統領も、前任者が引き起こして、失敗した戦争の後始末を、委ねられている』

 と加瀬氏も書くように、そのような時代的背景の結果であって、もともとその政権が持っている性格というようなものではない。

『ソ連は、アメリカと真正面から対決する、強力な敵だった。
 米ソ間には、米中関係のように、経済的な相互依存関係が存在しなかったから、ソ連を敵として、はっきり見ることができた。
 ところが、いまでも、アメリカは中国が敵であるのか、友であるのか、決めることができかねている。
 そこで、このところ、アメリカのマスコミは中国を指して、「フレンド」(友)と「エネミー」(敵)の二つの言葉を合成して、「フレネミー」という言葉が造られて、しばしば用いられる』

 というけれども、アメリカにとって中国は少なくとも「友」ではないし、同時に「敵」でもないだろう。最近の中国は軍事費を急速に増大させているとはいっても、その軍事力はまだまだアメリカの足元にも及ばない。特に、軍事力のもととなるテクノロジーの部分において、まだまだ独自技術を持たない中国の軍事力というものは、アメリカには遠く及ばないし、「敵」となるにはまだまだ数十年はかかるだろうし、その数十年の内に中国の現体制が崩壊する可能性の方が高い。また、「友」としての中国も、やはり経済体度成長する中国の経済だが、日本がその後自らの技術力と開発力を獲得して先進国の仲間入りしたのと異なり、いまだにそうした先進国の仲間入りできる状況には未だ中国はなっていないし、そのまま、政治体制の崩壊と同時に、経済体制も一時的にかもしれないが崩壊する可能性もある。

『これからは、中国とインドがアジアの将来に、大きな影響を及ぼしてゆくこととなろう。
 私は中国の現体制が長く存続そることは、ないとみている。中国の現体制が崩壊する時に、アジアが大きく揺さぶられることになろう。
 私はこれからインドが大きく発展して、中国と入れ替わって、アジアの巨人経済になると思う。中国はきわめて脆弱な一党独裁体制のもとに置かれているが、対照的にインドは民主法治国家である。
 中国は先進諸国の企業の下請けとして、安価な消費財を製造することによって、経済が大きく発展してきたが、独自な科学技術に見るべきものがない。
 それに対して、インドには学問の自由があり、先進諸国とソフトウェアの分野で、肩を並べている』

 という見方には私も賛成だ。

 ところで、加瀬氏は「第8章 日本はいつまで、アメリカに国防を委ねるのか」で

『私は日本を再び独立国とするために、日米安保条約を対等な防衛条約に改めなければならないと、信じていた』

『二〇一四年七月に、集団的自衛権の行使について見直す閣議決定が、ようやく行われた』

 と書く。

 勿論、条約というものは基本的に「双務的条約」であるべきで「片務的条約」というのは、独立国家としてはあり得ないし、「安全保障条約」を結ぶ以上は「集団的自衛権」を行使する状況もあり得るだろう。

 オバマ大統領は2013年9月に「アメリカは世界の警察官ではない」と断言している以上、もはや他国から日本が攻撃を受けたときに、アメリカが一方的にそれから日本を守ってくれるということはないと考えるべきだろう。その為には日米安保条約を現在の片務的条約から双務的条約に改定することには意味があるだろう。

 同時に集団的自衛権も、それが国連憲章で保障されている権利である以上、認めない訳にはいかないだろう。しかし、これまで政府自身が日本国憲法第9条との齟齬があり、これを認めてこなかったという経緯がある。つまりそれは憲法解釈の問題であり、第9条がありながらも自衛隊を認めてきた日本政府と国民であるから、そうした憲法解釈があってもよいのだろうが、それが内閣だけで勝手に解釈を変えるというのはいかがなものだろうか。

 やはり、キチンと国会という開かれた場所で論議しつくした上で、憲法解釈を変更すべきなのではないだろうか。

 多分、現在それを拒む勢力はいなくなっている筈なんだけれどもなあ。 

『アメリカはいつまで超大国でいられるか』(加瀬英明著/祥伝社新書/2014年12月10日刊)

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