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2015年1月30日 (金)

堀江貴文の『我が闘争』ではなく、それを読んだ「我が闘争」にならねばね

 まあ、これまでにもいろいろなところで語られてきたエピソードなので、それらの新鮮度はない。その代わり、それらのエピソードを「闘い」という観点から捉え直したんだろう。

Photo 『我が闘争』(堀江貴文著/幻冬舎/2015年1月13日刊)

 結局、「ライヴドア事件」って何だったのだろうか。

『僕には検察がこうしたかったのだとしか思えない。僕らに制裁を与えることで、世の中に楔を打ち込みたかったのではないのか。
 若者が調子に乗っていると痛い目に遭いますよ。
 立場をわきまえて大人しくしておいた方が身のためですよ。
 あんまりお金儲けばっかりしてはいけませんよ。
 あるいは検察に対して僕を潰すことを求める連中がいたのかもしれない。
 金の力でプロ野球の伝統をぶちこわそうとした危険分子を排除しろ。
 テレビ局を買収しようなんて不届き者は、表舞台から引き摺り下ろせ。
 あんな奴に政治家になられたら俺たちの利権が奪われる。
 俺の忠告を聞かない若僧には目にもの見せてやろう。
 僕がずっと糾弾し、攻撃し、戦い続けてきた既得権益をむさぼる「老害」的存在からの、しっぺ返しなのかもしれない』

 まあ、それはそういうことだろう。しかし、堀江氏って言うと「世代間闘争」という言葉がすぐに出てくるが、しかし、それはそんな単純なものではない。単にそれは「世代」による違いではなく、基本的には「既得権益」を持っているかいないかという闘いなのである。既得権益を持っていない者が、既得権益を握っている者に挑む闘い。それが一つには「世代間闘争」という形を持って現れ、別の局面では「階級闘争」という形で現れ、更に別の局面では「戦争」という形を持って現れるのである。

 で結局、堀江氏は国会議員になろうとする訳なのだなあ。しかし、それで国家議員になっても、結局は「雑巾がけから始めろよ」となって、自分のやりたい政策なんていつまで経っても出来ないんだけれでもね。だって、旧弊が一番残っているのが国会でしょう。

 国の運営に対する堀江氏の言葉としては

『僕は国家のシステムを徹底的に解体してコンパクトにすべきだと考えていた。つまりは小さな政府の実現である。
 まずは公務員の大幅な削減。自治体の合併によって広域化をはかること。自治体が合併すれば、職員数も大幅に削減できる。IT技術が進歩しているので多くの定形作業はネット化、自動化できるはずで、昔と同じだけの人員なんて必要なはずはないのだ。
 さらに県を道州制で廃止する。そうすれば広域市と道州だけになり職員を一気にリストラできる。
 それだけではない。自治体業務をどんどん民営化していくのだ。下部組織である天下り団体も多くを整理して株式会社などに再編。任意契約を原則廃止し完全入札制にするのである。
 国の機関も同様である。各省庁から必要のない業務を早く減らして民営化すべきである。その象徴が郵政民営化だったはずだ。特殊法人なども株式を順次売り出して、全部民営化すべきだ。
 政府系金融機関なども同様で、潰すべき企業はさっさと潰して延命させない方が社会のためだろう。それ以外にも国立大学法人など自立できそうなところは自立を促していく。
 省庁も規制緩和を進めていけば減らすことが可能だ。極論を言えば防衛や警察、外交、公取などの機関以外は民営化しても困らないだろう。
 このような制度改革を行えば確実に公務員からクレームがつくだろうが、公務員にも早期退職制度を設ければいい。
 言うは易し、と思われるだろうか。たしかに今のままの国会、そしてそこで首相が選ばれるという形では難しい。
 僕は首相を直接選挙で選出すべきであると考えていた』

 というのが殆ど正しいとしても、それを実現することは(仮に当選したとしても)殆ど無理だっただろう。何せ官僚の抵抗力ってのが日本では一番の問題なんだからね。

 でも、結局「選挙」に関してはこれが一番分かりやすい。

『お祭りの神輿にたとえるのが分かりやすい。
 神輿に乗る者、神輿を担ぐ者、神輿を見ている者の3者のうち、もちろん一番面白いのは神輿に乗る者だ。だが担ぐのも、場合によっては乗るのと同じくらい面白いものなのだということが、スタッフの様子から伝わってくる』

 まあ、そんなもんでしょうね。

 言ってみれば、選挙ってお祭りみたいなものかもしれない。

 で結局、選挙で一番のお祭りの高揚期を経験し、その後、一番の後退期を「ライヴドア事件」という、我々には何が問題なのかわからないことで収監された堀江氏は

『東京に出てきても、会社を立ち上げてからも、僕の闘いは続いた。いい会社に就職した方がいい。会社を作るには若すぎる。上場なんて無理なことはするな。年寄りは年寄りというだけで敬え。業界のしきたりに従え。お金持ちほどつつましく生活しろ』

『僕はこれからも納得いかないものとは徹底的に闘っていくつもりでいる。闘い自体を目的にしているわけではないが、僕がこの限られた人生で幸福を追求するためには、どうしても闘いは付いてまわるはずだ。  しかし、40歳を超えた僕は、いろんな闘い方があることが分かってきたし、闘う相手の気持ちも少しは考えられるようになってきた』

 なので

『東大駒場寮にいた頃、居酒屋で先輩や友人たちに向かって吐き捨てた言葉。

「人の気持ちなんて、分かるわけないじゃないですか!」

 今なら、こんなふうに言うはずだ。

「人の気持ちは分からないです。でもできるかぎり分かろうとします」』

 ちょっとこれでは今までの「ホリエモン」イメージと違うんじゃない、とも思うんだが。

『もしかしたらこれが、僕が刑務所を経て、そして最初で最後の自分の過去を振り返るという作業を通して、一番変化したことかもしれない』

 う~ん、これが大人になった堀江貴文なのかなあ、と考えるとちょっと寂しい。

 もっともっと、既存の権益や既存の権力に対抗していく人になってほしいんだけれどもなあ。

 それを人に求めちゃいけないんだ。

 自分がそうならねばね。

『我が闘争』(堀江貴文著/幻冬舎/2015年1月13日刊)

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