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2015年1月

2015年1月31日 (土)

『わが闘争 まんがで読破』はちょっとムリがあったかな

 昨日、堀江貴文版『我が闘争』を読んだので、今日はその原典であるヒトラーの『わが闘争』を読もうとしたのだが、やっぱり『まんがで読破』じゃだめみたいだったな。

 ということで、ちょっと失敗。

Photo 『わが闘争 まんがで読破』(原作:ヒトラー/企画・漫画:バラエティ・アートワークス/イースト・プレス/2009年4月1日電子版刊・2008年11月1日紙版刊)

 ヒトラー版『わが闘争』は全二巻の構成で、第1巻は自分の生い立ちを振り返りつつ、ドイツ社会主義労働者党(ナチ)の結成までの経緯を綴ったものであり、第2巻で自らの政治手法や群集心理やプロパガンダの方法、戦争や教育などが記述されている。

 人種主義(反ユダヤ主義)やロシア(ソビエト連邦)を征服して東方で領土拡張をしなければならないという点も第2巻の特徴である。

20150130_103234

 が、基本的にはこの第1巻のみから漫画が作られており、肝心の第2巻の内容には全く触れられていない。

20150130_103404

 その辺がちょっと残念かな。
『わが闘争』のキモの部分は第2巻にありと思うのだが、生い立ちからミュンヘン一揆で逮捕され、ランツベルク刑務所で『わが闘争』を口述筆記したという部分までが漫画化されているのだが、その後はまったく漫画化されていなくて、突然、第二次世界大戦を起こし、1945年4月30日に自殺するまでが9ページの「エピローグ」で示されているだけなのだ。

 まあ「ヒトラー伝記」というのなら分かるのだが、それを『わが闘争』としてしまうと、それはヒトラー原作『わが闘争』の正確な漫画化とは言えないだろう。

 つまり『わが闘争 まんがで読破』というのはウソになってしまう。

 まあ『資本論 まんがで読破』もそうだったが、やはり理論書を漫画化するというのは難しいのかも知れないが、どうせならそこにちょっと挑戦してほしかったような気がする。

『わが闘争 まんがで読破』(原作:ヒトラー/企画・漫画:バラエティ・アートワークス/イースト・プレス/2009年4月1日電子版刊・2008年11月1日紙版刊)

2015年1月30日 (金)

堀江貴文の『我が闘争』ではなく、それを読んだ「我が闘争」にならねばね

 まあ、これまでにもいろいろなところで語られてきたエピソードなので、それらの新鮮度はない。その代わり、それらのエピソードを「闘い」という観点から捉え直したんだろう。

Photo 『我が闘争』(堀江貴文著/幻冬舎/2015年1月13日刊)

 結局、「ライヴドア事件」って何だったのだろうか。

『僕には検察がこうしたかったのだとしか思えない。僕らに制裁を与えることで、世の中に楔を打ち込みたかったのではないのか。
 若者が調子に乗っていると痛い目に遭いますよ。
 立場をわきまえて大人しくしておいた方が身のためですよ。
 あんまりお金儲けばっかりしてはいけませんよ。
 あるいは検察に対して僕を潰すことを求める連中がいたのかもしれない。
 金の力でプロ野球の伝統をぶちこわそうとした危険分子を排除しろ。
 テレビ局を買収しようなんて不届き者は、表舞台から引き摺り下ろせ。
 あんな奴に政治家になられたら俺たちの利権が奪われる。
 俺の忠告を聞かない若僧には目にもの見せてやろう。
 僕がずっと糾弾し、攻撃し、戦い続けてきた既得権益をむさぼる「老害」的存在からの、しっぺ返しなのかもしれない』

 まあ、それはそういうことだろう。しかし、堀江氏って言うと「世代間闘争」という言葉がすぐに出てくるが、しかし、それはそんな単純なものではない。単にそれは「世代」による違いではなく、基本的には「既得権益」を持っているかいないかという闘いなのである。既得権益を持っていない者が、既得権益を握っている者に挑む闘い。それが一つには「世代間闘争」という形を持って現れ、別の局面では「階級闘争」という形で現れ、更に別の局面では「戦争」という形を持って現れるのである。

 で結局、堀江氏は国会議員になろうとする訳なのだなあ。しかし、それで国家議員になっても、結局は「雑巾がけから始めろよ」となって、自分のやりたい政策なんていつまで経っても出来ないんだけれでもね。だって、旧弊が一番残っているのが国会でしょう。

 国の運営に対する堀江氏の言葉としては

『僕は国家のシステムを徹底的に解体してコンパクトにすべきだと考えていた。つまりは小さな政府の実現である。
 まずは公務員の大幅な削減。自治体の合併によって広域化をはかること。自治体が合併すれば、職員数も大幅に削減できる。IT技術が進歩しているので多くの定形作業はネット化、自動化できるはずで、昔と同じだけの人員なんて必要なはずはないのだ。
 さらに県を道州制で廃止する。そうすれば広域市と道州だけになり職員を一気にリストラできる。
 それだけではない。自治体業務をどんどん民営化していくのだ。下部組織である天下り団体も多くを整理して株式会社などに再編。任意契約を原則廃止し完全入札制にするのである。
 国の機関も同様である。各省庁から必要のない業務を早く減らして民営化すべきである。その象徴が郵政民営化だったはずだ。特殊法人なども株式を順次売り出して、全部民営化すべきだ。
 政府系金融機関なども同様で、潰すべき企業はさっさと潰して延命させない方が社会のためだろう。それ以外にも国立大学法人など自立できそうなところは自立を促していく。
 省庁も規制緩和を進めていけば減らすことが可能だ。極論を言えば防衛や警察、外交、公取などの機関以外は民営化しても困らないだろう。
 このような制度改革を行えば確実に公務員からクレームがつくだろうが、公務員にも早期退職制度を設ければいい。
 言うは易し、と思われるだろうか。たしかに今のままの国会、そしてそこで首相が選ばれるという形では難しい。
 僕は首相を直接選挙で選出すべきであると考えていた』

 というのが殆ど正しいとしても、それを実現することは(仮に当選したとしても)殆ど無理だっただろう。何せ官僚の抵抗力ってのが日本では一番の問題なんだからね。

 でも、結局「選挙」に関してはこれが一番分かりやすい。

『お祭りの神輿にたとえるのが分かりやすい。
 神輿に乗る者、神輿を担ぐ者、神輿を見ている者の3者のうち、もちろん一番面白いのは神輿に乗る者だ。だが担ぐのも、場合によっては乗るのと同じくらい面白いものなのだということが、スタッフの様子から伝わってくる』

 まあ、そんなもんでしょうね。

 言ってみれば、選挙ってお祭りみたいなものかもしれない。

 で結局、選挙で一番のお祭りの高揚期を経験し、その後、一番の後退期を「ライヴドア事件」という、我々には何が問題なのかわからないことで収監された堀江氏は

『東京に出てきても、会社を立ち上げてからも、僕の闘いは続いた。いい会社に就職した方がいい。会社を作るには若すぎる。上場なんて無理なことはするな。年寄りは年寄りというだけで敬え。業界のしきたりに従え。お金持ちほどつつましく生活しろ』

『僕はこれからも納得いかないものとは徹底的に闘っていくつもりでいる。闘い自体を目的にしているわけではないが、僕がこの限られた人生で幸福を追求するためには、どうしても闘いは付いてまわるはずだ。  しかし、40歳を超えた僕は、いろんな闘い方があることが分かってきたし、闘う相手の気持ちも少しは考えられるようになってきた』

 なので

『東大駒場寮にいた頃、居酒屋で先輩や友人たちに向かって吐き捨てた言葉。

「人の気持ちなんて、分かるわけないじゃないですか!」

 今なら、こんなふうに言うはずだ。

「人の気持ちは分からないです。でもできるかぎり分かろうとします」』

 ちょっとこれでは今までの「ホリエモン」イメージと違うんじゃない、とも思うんだが。

『もしかしたらこれが、僕が刑務所を経て、そして最初で最後の自分の過去を振り返るという作業を通して、一番変化したことかもしれない』

 う~ん、これが大人になった堀江貴文なのかなあ、と考えるとちょっと寂しい。

 もっともっと、既存の権益や既存の権力に対抗していく人になってほしいんだけれどもなあ。

 それを人に求めちゃいけないんだ。

 自分がそうならねばね。

『我が闘争』(堀江貴文著/幻冬舎/2015年1月13日刊)

2015年1月29日 (木)

いまどきのヒットの秘密

 一昨日は<日経電子版有料会員向けセミナー『「いまどきのヒットの秘密」~成功と失敗の分かれ目とは?~』>というのに行ってきた。

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 講師は日経BPヒット総研上席研究員で『日経エンタテインメント!』編集委員の品田英雄氏。

 アジェンダは

①いまどきのヒット商品を知る
②これからのヒット傾向を予想する
③仕事や生活に活かす方法を考える

 というもの。

 近年はエンタテインメントで次世代が読めるという。それは、開発に時間がかかる商品と異なり、エンタテインメントは開発に時間がかからないため時代の気分がつかめるので、次に何が流行するのか、成功と失敗の境目には何があるのかを見やすいからだそうだ。

 秋元康氏などのヒットメーカーの共通項は「imagination」「technique」「employability」だそうで、「imagination」は半歩先一歩先を想像する力、「technique」は実現する力、「employability」はやりたい仕事につける力(当該の仕事以外の仕事につける能力)が備わっているということである。

 現代社会の状況としては、①モノもサービスも有り余っており、②先の読める明るくない未来があり、③生きる手応えの希薄さ、という特徴を持っている。そんな時代のヒットの傾向としては、①実用性だけでは売れないし、②価格だけでは喜ばれないし、③今日必要ないモノは二度と買わない傾向がある。「実用的だ」ということはヒットの要因にはならないし、価格だって安ければいいというものではなく、面白ければ高くたって買われる。

 これまでの商品開発は、①優秀な技術者やクリエイターが、②上質で安い製品を開発し、③誰でも買えるようにするというものだったが、それが通用しなくなってしまった。最近のヒット商品をチェックすると、基本的にはユーザーが関与を高めてヒットを作るような傾向になってきている。開発・製造・頒布のコストを考えると100万個売ってもヒットとは言えないし、逆に100個だけ売っても大ヒットと言えるものもある。

 ヒットのヒントとしては

①非ユビキタス、ここだけ、今だけ、私だけ。

②仲間が大切、コンサマトリー(consummatory)、身近な世界の中で、仲間と共通の価値観を大切にする。

③手応え、一体感、汗を流す、痛みを伴う、自分語りの快楽(いいね!)。

 ということで、『日経トレンディ』の2005年ヒット予測は以下の通りとなる。

1位 グルメ“健効”系フーズ
2位 セルフィースマホ
3位 北陸トライアングル
4位 ライスミルク
5位 得するスマートウェア
6位 たまごっちラリー
7位 遺伝子診断サプリ
8位 ともだちロボット
9位 超体感ゲーム
10位 スターウォーズ・カウントダウン
11位 ふるさと納税パーティ
12位 都市型パリピフェス
13位 コンビニ・バル
14位 ビッグデータスポーツ観戦
15位 燃料電池車
16位 フローズンスモア
17位 Siriナビ
18位 ノンアルトクホ
19位 ダイソン360Eye
20位 2.5次元ファッション

 はてさて、どれ位が当たるかな。

 問題はデータから何を見るか、読みとるか。

 作りたいものがあるのなら、どんどん作ってしまいましょう。自分が好きなものを100個集めたら、自分のテイストが出せる。

 チェックポイントは「驚きがあるかどうか」「人に伝えたくなるか」「自分が納得できるかどうか」「ウキウキ、ワクワクを伝えられるか」であります。

2015年1月28日 (水)

『入社100日以内に学ぶこと』というより、これは社会人としての常識だろ

 本来これらのことは入社前に知っていなければならないマナーなどなんだが、それを「入社100日以内」という風にまで後退したのは何故だろう。

 その位、今の若い人たちは甘やかされている、ってことなのかなあ。

1001 『入社100日以内に学ぶこと。1』(中島孝志著/ゴマブックス/2015年1月14日刊)

1002 『入社100日以内に学ぶこと。2』(中島孝志著/ゴマブックス/2015年1月22日刊)

「1」と「2」で述べられるのは

『1章 社内中を味方につける仕事の常識』で19項目。

『2章 初めて人とあった時の鉄則』で19項目。

『3章 電話をかけるとき、出るとき』で13項目。

『4章 来客と接待のルール』で14項目。

 つまりそれで「報・連・相のコツ」「正しい敬語の使い方」「受付でのマナー」「名刺交換の仕方」「電話対応のテクニック」「クレーム対応のコツ」「接待のルール」「メールのマナー」が分かるということなのだが、う~ん、これらのことって誰かから教わるものなのだろうか、というのが疑問の一、で、やっぱりこれらのことって常識としてあらかじめ知っているべきなのだはないだろうか、というのが疑問の二、なんだが、今の若い人たちはこうしたことも人に教わらないとできないんだろうか、というのが疑問の三。

 う~ん、難しいもんだ。

 面白いのが

『まず相手に対して自分の会社を呼ぶときは「小社」「弊社」「当社」という言葉がある。一方、相手の会社を呼ぶときは「御社」あるいは「貴社」というのが正しい』

『社内で自分の会社を指して呼ぶときは「当社」「わが社」「うちの会社」「うち」などが一般的だろう。そのまま会社名だと、何となくよそよそしい感じになってしまう』

 なんてことを中島氏は書いていながら、

『わたしは端から独立志望というか、会社意識が薄かったので、自分の会社も客観的に呼んでいた。上司によくクギをさされたものである。出入りの多い会社だと、こんな点は案外チェックされる。気をつけておこう』

 と自分のことは棚に上げて書いているんだもんなあ。

 まあ、別に私は独立志望(もあったかな)が特別強かったわけではないが、自分の会社を「うちは」とは呼べずに「講談社は」なんて言って、先輩社員から「そういうときは“うち”って言うんだ」と言われたが、別にその後もずっと「講談社」っていう言い方をしていた。だって、講談社を「うち」って言えるのは野間さんだけだからね。それは仕方がない。

 とは言うものの、この辺は為になる。

『【中島流・情報収集の心得】

(1)何のために情報を集めるのか、目的を明確にする
(2)「この情報を集めよう」と、テーマを明確にする
(3)情報収集のためのヘッドワーク、フットワーク、ネットワークを持つ
(4)好奇心を旺盛にしておく
(5)人と会うのを苦にしない。異業種の集まりには積極的に参加する
(6)「情報は財産である」という価値観を持つ
(7)情報には膨大なコストがかかっていることを認識する
(8)インターネットをさかんに活用する
(9)新聞はスミからスミまでチェックする
(10)雑誌は比較して読む
(11)気に入った記事は切り抜く
(12)本はできるだけ多く読む
(13)毎週1回は本屋に行く
(14)類書も必ずチェックする
(15)テレビは目的をもって見る

 まあ、学生の時と異なって、「正解のない社会」というのが大人の世界である。正解はそれぞれの人によって異なるし、その人ごとに違った解があって当然の世界なのである。

 それぞれの解を自分で探すということが、実はクリエイティブな方法論なんだなあ。

『入社100日以内に学ぶこと。1』(中島孝志著/ゴマブックス/2015年1月14日刊)『入社100日以内に学ぶこと。2』(中島孝志著/ゴマブックス/2015年1月22日刊)『会社に入るまでに できることすべきこと』というタイトルで出ていた書籍を二分冊して電子化したもののようだ。多分、今の若い人はスマートフォンなどで電子書籍を読むだろうから、こうした展開もアリなんだなあ。

2015年1月27日 (火)

『世界はすでに破綻しているのか?』まあ、2015年末にはまず日本が今度は本当に破綻するでしょうね

『我々が疑いもせずに信じてきた社会システムや資本主義は、いつか必ず崩壊する』という高城氏の言い方はまったく正しいのだが、ではどうやって、いつ頃それがやって来るのだろうという予想までには至らないのだ。そして現在の社会システムや資本主義の後にやってくる社会はどんな社会なのだろうか。

 本当はそれが知りたかったのに……。

Photo_2 『世界はすでに破綻しているのか?』(高城剛著/集英社eビジネス新書/2014年12月31日刊/紙版は2014年9月30日刊)

 取り敢えず、読書メモから。

『日本はバブル崩壊後、景気対策のための企業減税措置や景気低迷による税収の減少、高齢化による社会保障費の増大のため、歳出超過が続き、製造業も衰退の一途をたどっているのは周知の事実。日本政府は、こうした財政赤字を国債の発行によって賄っているわけで、その公債残高は、2013年度末にはおよそ750兆円に達している。これは日本の税収17年分に匹敵する大きさだ』

 という現状分析は良いとして……

『急激な円高ドル安の流れに打ちのめされた日本の製造業は、国際競争力を取り戻すため、東南アジアに活路を求めることになる。その理由は、「安い人件費」と「円高」だ』

『ドルに対して強くなっていた日本円は、ドルに連動するアジア諸国の通貨に対しても強くなっており、人件費や設備投資のコストがさらに割安になっていたのである』

『円高を背景にした日本企業と日本人のグローバル時代の始まりの時でもあった』

 というのが、プラザ合意で突然の円高ドル安に見舞われた日本の社会だったのだけれども、結局それは東南アジアへの進出という形で収束し、その結果益々強くなった円を購入する形で日本へ外貨がどんどん入ってくるようになり、公定歩合の引き下げとか、不動産融資規制の解除などがあり、その金余りが不動産バブルを生んだわけだ。

 で、それが1991年に崩壊したにも関わらず、国家の破綻に繋がらなかったのは何故か? 言われているのは、日本の公債はその殆どが日本国内で買われており、言ってみれば国が国民から借金をしているだけなので、対外債務とはならず、国民が我慢をすればよいというのがその理由なんだという。ただし、今度ばかりはそうもいかず、もはや国民が(銀行を通して)買っていける国債はすでに限度に来ている、というのがそろそろ日本経済が破綻するのではないか、という理由なのだ。

 じゃあ、それはいつか? 私は東京がオリンピック景気に沸いている今の時期が「バブル期」で、オリンピック終了時がその「バブル崩壊期」でなはいかと考えている。、つまり2015年秋~2015年冬に日本経済は破綻し、それは国家破綻(いままでヨーロッパやアジア、南米で起こってきた普通の破綻)に即繋がって、日本が新しい経済体制、新しい政治体制に向かう年となるのではないか。

 今や、日本も(というか東京が)戦後何度目かの不動産バブルの真っ最中だ。不動産バブルの崩壊が国債破綻に繋がり、それが国家破綻になるというのが、基本的に近代国家の破綻の姿であるのならば、まさに今が「その時」ではあるのだな。

『どこの国でも、前夜には普段と変わらぬ平穏な街の風景があり、スポーツやおいしい食事に興じながら宴会が繰り広げられ、目覚めた翌朝、「我が国はデフォルト(債務不履行)しました」との不意打ちを食らうのである』

 というのが、まさしく東京オリンピックという名の「お祭り」だし、そこには世界中から人が集まり、まさに活況を呈する状況になるのである。で、その次の日突然日本政府が「我が国はデフォルトしました。証券取引場は閉鎖します。銀行預金は1日1口座3000円までしか下せません」てなことを言いだす可能性はおおいにある。

 勿論……

『不思議なことに、財政破綻が近づくと、庶民の生活は苦しくなる一方で、金融機関や大企業、政治家の懐ばかりが温まるのも、歴史の教えである』

 というのは、今の格差拡大の日本のままだ。

 で、結局「その後の世界」はどうなるのかと言えば……

『国家を超えて、地域へ。そう考えているのは、カタルーニャだけではなく、英国のスコットランドもオランダのフランドルも同じだ』

『欧州危機以降、信用できない国家ではなく、目の届く範囲で「新しい自治」を考え始める地域が続出し、地域独立機運が欧州のあちこちで起きている』

 ということで、日本で言えば道州制を求める声が次第に大きくなるだろうし、もしかして東京オリンピック・バブルの後にはその声がもっともっと大きくなる可能性は大きい。

『ヨーロッパ大陸はラテン民族中心である「チームフランス」ともいえる南欧諸国(フランス、スペイン、ポルトガル、イタリア、ギリシャ)と、アングロサクソン系である「チームドイツ」と呼ばれる北欧諸国(ドイツ、オランダ、デンマーク、スウェーデンなど)のふたつに大別できる。
 一応スイスは表面的に中立で、また、欧州大陸から離れ、しかも独自通貨を持つイギリスは、アメリカとタッグを組んでいる、という状況だ』

 という欧州の関係論は残るだろうが、その中でもっと国家が分かれる可能性はある。日本も「幕藩体制」までは行かないにしても、少なくとも現在のような中央集権制は壊れるだろう。

 皆、もっと小さな政府、もっと自分の身に近い政府、もっと自分から見えやすい政府を選ぶんではないだろうか。というか選ぶべきだ。

『世界を実際に見て回って僕が感じているのは、21世紀初頭の現在、人類はふたつの敵と戦っているということだ。ひとつは、テクノロジーだ』

『テクノロジーによって、中間層と呼ばれていた先進国の大多数は貧困に向かい、プルトクラート(超富裕層)と呼ばれる、世界の0.01%の人と、そうではない人にはっきり分かれることになる。僕の言葉で言えば、テクノロジーを使いこなす人と、小さなデバイスやそこに表示されることの虜になって我を見失ってしまうようなテクノロジーに溺れてしまう人や使いこなせない人との違いだ。この差は、ますます開くだろう』

『ずるずると欲望や時の流れに身を任せていた人々は淘汰されることになった。それとは逆に、今までの暮らし向きを瞬時に切り替えた人々は、大きな時代の渦に巻き込まれることなく、粛々と生活を続けることができているように思う』

『常に自分を見失わず、自分なりの「異変」を感じたら、誰に何と言われようが、即座に変わり身すること。大きな社会変化が差し迫った時代の中で、生き延びる秘訣はそれに尽きると、僕は思っている』

 ということは、ごく当たり前のことを言っているにすぎないんだけれども、それはそれ、そんな当たり前のことが普通になる日が来てほしいもんだ。

 この日本にね。

『世界はすでに破綻しているのか?』(高城剛著/集英社eビジネス新書/2014年12月31日刊/紙版は2014年9月30日刊)

2015年1月26日 (月)

文京区本駒込六丁目・大和郷

 1月23日のブログ「『東京は世界1バブル化する!』というのを逆手にとって資産防衛」でちょっと触れた文京区本駒込六丁目について追記します。

 文京区本駒込六丁目というのは、下の地図で赤線で囲まれた、本郷通り、不忍通り、白山通り(国道17号線中山道)と山手線に囲まれた(一部、巣鴨駅の近辺は豊島区巣鴨一丁目)地域のことであります。

Photo

 で、文京区本駒込六丁目と言えば代表的なものは六義園なわけですが。

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 その六義園の西側がお屋敷町で「大和郷(やまとむら)」と呼ばれる一帯なのです。

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 この六義園の北側には春高バレーの常連校、文教学院大学女子高等学校、女子中学校があります。毎日夕方には女子高生の元気な姿が見られて、おじさんは嬉しい。

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 でこの大和郷、建物の高さ制限が厳しくて、マンションでもこんな低層マンションしか建築許可が下りません。

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 でその大和郷の中心的存在が、この大和郷幼稚園。

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 大和郷幼稚園は経営主体は学校法人大和郷学園なのですが、その上に一般社団法人大和郷会というのが乗っかっています。

 この「大和郷会」とは何か。

 元々、この近辺は江戸時代の侍屋敷が多かったところで、明治以降華族の邸宅などが沢山ありました。

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 でその華族の邸宅を大正11年、「大和郷」と名付けて分譲をしたという、田園調布(大正12年分譲開始)や成城学園なんかより古い高級分譲住宅地だったのです。

 Wikipediaによれば『周辺の本駒込六丁目は大和郷(やまとむら)という都内屈指の住宅街がある。初代名誉郷長、若槻禮次郎(第25代・第28代総理大臣)、また正田美智子(現・皇后)が雙葉学園受験のため、俵孝太郎の旧宅に移り住んだことでも知られている。現在、衆議院議員の鳩山邦夫が大和郷に住む』とあって、さすがに老舗の山の手高級住宅地だったということがよくわかります。

 ちなみに先の建物の高さ制限を決めたのも、この大和郷会。

 で、その初代名誉郷長・若槻禮次郎を抱く「大和郷会」とは、実は大和郷の町会なのです。法人化している町会も(多分)ここだけだと思うし、幼稚園を経営している町会ってのも(多分)ここだけでしょう。

 なんかそれだけでも「由緒」ってものを感じません?

 まあ、鳩山邦夫さんは東京中央郵便局の建替えあたりから、兄貴ともども存在感がなくなってますけれどもね。

 でもそんな「山の手お屋敷町」から、一番遠いところから歩いても15分で、「お婆ちゃんの原宿」という異名をとる「巣鴨地蔵通り商店街」という超ド下町の商店街や、駒込駅から坂を降りていくと霜降銀座商店街、染井銀座商店街や田端銀座商店街などのまさしく昭和の香りがする昔からの「○○銀座」があるんですね。

 まさしく、山の手住宅地と下町商店街の接点というのが、ここ文京区本駒込六丁目なんですね。

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 ところが、同じ六義園でも南側に回るとこんなマンション群があるのです。

 つまり南側は不忍通りに面していて、ここだけは文京区から11階建てが許可されているんです。

 つまり、文京区本駒込六丁目大和郷ではあっても、この一帯だけは結構リーズナブルなお値段で住むことができる。というところが、『東京は世界1バブル化する!』を書いた浅井隆氏がおススメをする理由なんですね。

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 勿論、分譲だけじゃなくて賃貸専用マンションもあります。

 皆さんも、文京区本駒込六丁目への移住をご検討されてはいかがですか?

 住むのには静かで環境はいいし(昭和小学校→小石川中等教育学校→東京大学って黄金の進学コースもある)、高級感があるし、しかし、お買い物には便利。なかなかいいところだと思いますがねえ。

2015年1月25日 (日)

『ふしぎな国道』で感じる日本の常態

「日本が破綻する」という、少々ショッキングなネタが続いたので、今日はそれとはカラッと変わって、暢気なネタを一発。

 鉄オタという世界があって、「乗り鉄」とか「撮り鉄」とか「模型鉄」ってのがあって、それ以外にもいろいろなジャンルの「鉄オタ」の世界があって、例えば「模型鉄」も「Nゲージ鉄」派と「プラレール」派があってとどんどん細分化されているというのは知っている。

 しかし、「国道オタク」っていう世界があるとは思わなかったなあ。「国オタ」とでも言うんだろうか。でも、それだとちょっと別の意味に取られてしまうそうだなあ。

Photo 『ふしぎな国道』(佐藤健太郎著/講談社現代新書/2014年12月1日刊)

『スタンダードなのは、各国道の標識を撮影して回るというものだ。これは撮り鉄同様、いろいろと凝り始めるときりがないくらい奥が深い。筆者の場合はコンパクトデジカメで簡単に撮る程度ではあるが、やはりその国道ならではの表情を切り取るように努力している。
「一気走行」と呼ばれるジャンルもあり、これは一本の国道を起点から終点まで走り通すことを指す。それの何が面白いのだと思われそうだが、意外なところで曲がってみたり、思わぬ街へつながっていたり、必ず意外な発見がある。
「酷道」の探検は、おそらく国道マニアの最大勢力だ。世の中には、とうてい国の道にふさわしからぬ、細く荒れた状態の悪い国道が少なからずあり、これを称して「酷道」と呼ぶ。何を好き好んでそんなところへ行くのかと思われそうだが、不思議なことに愛好者が多い。
 これがさらに進み、廃道探検に向かう者もいる。鉄道でも廃線跡を訪ね歩くタイプのマニアがいるが、その道路版だ。廃墟マニアという人種もいるから、そのテイストも入っているといえようか』

 というのが著者のまえがきなんだが、まさしく著者の「国道マニア」というか「国道オタク」ぶりが全開の本なんだなあ。う~ん、講談社現代新書もよくもまあこんな本を出したものだ。

 ということで、取り敢えず本書の構成を目次から。

第1章 国道の名所を行く
 階段道路/登山道道路/曲がりきれない急カーブ/エレベーター国道/日本唯一のダート国道/アーケード国道/巨大建造物系/国道の始まる場所/高速道路から国道になった道/海に消える国道/海の上を走る国道/消えゆく国道名所

第2章 酷道趣味
 道路趣味の最大勢力/酷道はなぜ存在するか/酷道の分布/国道25号/国道152号/国道157号/国道166号/国道265号/国道208号/国道352号/国道410号/国道418号/国道425号/国道439号/国道488号/消えていく酷道/酷道の魅力

第3章 国道の歴史
 国道とは何か/大正以前の国道/国道第一期生/国道の規定/国道の追加と昇格/指定区間と補助国道/国道網の拡大/今後、新たな国道は生まれるのか?

第4章 国道完走
 国道完走/国道238号/国道121号/国道122号/国道361号/国道423号/国道191号/国道317号/国道324号/車載動画

第5章 レコードハルダーの国道たち
 最長国道・最短国道/最長・最短県道/国道最高地点/広い国道・狭い国道/国道の重複区間/国道5差路/橋とトンネル/もっとも交通量の多い国道/最高速度・最低速度/最も急な坂/最長の直線区間/最も多くの県・県境を通過する国道/最も道の駅が多い国道/離島を行く国道

第6章 国道標識に魅せられて
 国道標識撮影/おにぎりさまざま/おにぎりに見る地方色/珍品おにぎり/国道の重複区間/だんご県と非だんご県/重複タイプと交差タイプ/3連だんごたち/青看内おにぎり/三方開花/そとばと標識/キロポスト/標識ファン

第7章 都道府県道の謎
 都道府県道とは/主要地方道と一般都道府県道/都道府県道いろいろ/都道府県道の番号/ヘキサ標識/県道の名称

第8章 旧道を歩く
 変化する国道/旧道のルートを探る/旧道を歩く/旧道の証を探す/旧道に残る国道標識/旧番号の痕跡はあるのか?/道路元標を訪ねる/大正の道路元標/道路元標のありか/各地の道路元標は今/国道から消えてゆくアイテム群を追う

第9章 深遠なるマニアの世界
 国道グッズコレクション/おにぎりグッズ/58号のアイテム/ネット通販で手に入る品/歌になった国道/昭和歌謡に見る国道/沖縄のマザーロード/生まれ故郷の歌/都会の道/思い出の国道/非国道走行/具合的非国道ルート/東京~大阪は可能か?/静岡ルートの発見

 というものである。

 私が知っているところで言えば、群馬県水上町と新潟県湯沢町を繋ぐ国道291号線という、結構東京では知られている酷道が入っていないのがちょっと不満なんだけれども、まああの道を走破するためには登山の装備が必要だし、まさに登山道を(一部にはその登山道もない)歩く必要があるので、そこまでやる気のない佐藤氏に無理を言っても仕方のないことなのかもしれない。

 しかしまあ、「鉄オタ」だけじゃない、こんな「国オタ」まで出しちゃってどうすんのよ日本というところなんだけれども、まあこういうことに血道を上げて一生懸命やっている姿を見ると、やっぱり見本は平和なんだなあ、「平和ボケ」なんだなあ、ということがよくわかる。

 勿論、私はそんな「平和ニッポン」「平和ボケ・ニッポン」を批判する立場にはない。というか、わたし自身もそんな平和ボケの中で暮らしているんだからね。

 まあ、多分、今や瀬戸際にいる日本である。イスラム国の脅しにさらされ、一方では国家破綻が目前と言われている日本である。そんな日本で、こんなオタク論議が出来るというだけでも、まだまだ健全とも言える部分は残されているのだ。

 う~ん、日本はまだ大丈夫かな?

『ふしぎな国道』(佐藤健太郎著/講談社現代新書/2014年12月1日刊)

2015年1月24日 (土)

『国債パニック』でも生き残れる方法

 昨日、一昨日と続けて「日本終わった」話を続けているんだが、その三日目がこれだ! 『国債パニック ゲーム理論で破綻時期を警告!』。

 今の日本の財政状態を簡単に言うと「収入がざっと40兆円、支出がこれまたざっと90兆円、この赤字部分を国債発行で賄っているわけで、その国債発行残高が約1000兆円」ということ。ただし、これは国の借金だから、それに地方の借金を合算すると1400兆円に近い額になる。

 日本国民の個人金融資産は約1600兆円あるから、まだ多少の余裕はあるのかな、と思ったら、いやいやもうすぐ目の前に、日本の国の財政破綻が迫っているのだ。

 という見方に対して、その通りもはや日本国債は破綻前夜だというのが藤巻健史氏らで、一方、いやいや日本経済はまだ大丈夫と言っているのが三橋貴明氏たちである。

 どちらの予想が当たるのかは分からないが、基本的にはネガティブ・マインド=国の財政破綻に備えていた方が庶民としては正しい処し方だろうと考えるのが当たり前なんだから、基本的には「財政破綻に備えておく」というのが正しい処方箋だろう。暢気にまだまだ大丈夫なんて考えていると、あのバブル崩壊の時と同じことになってしまうぞ。

 なので、本書の著者、逢沢明氏も基本的には国債破綻を前提に、その防衛策を提案しつつ、そうならないための施策提案をしているのだ。

Photo 『国債パニック ゲーム理論で破綻時期を警告!』(逢沢明著/かんき出版/2014年9月1日刊)

 逢沢氏は、じゃあ日本国債の破綻のXデーをいつに予想しているのか。

『私は、Xデーとして「2014年末から2015年初めにリスクが極端に高まる」と考えています。これにさらに早い者勝ちという見方を加えると、「2014年の9月前後以降は、破綻リスクが十分に高まっている次期」だと考えています』

 まあ、この辺はゲーム理論の人らしい「早い者勝ち」ですね。

 取り敢えず、2014年秋は乗り切って、2014年の補正予算にもその対策は盛り込まれているが、問題は2015年の3月までは要注意だろう。4月になれば確定申告による税収があるし、5月になれば3月決算の企業からの法人税収もあって日本国の経済は一旦平安になる。まあ、これからの問題は3月までということだろう。

 昨日の浅井氏は2018年をXデーとして設定していたが、それもこの2014年から始まる土地バブルをきっかけに、2016~2017年に国債暴落、2018年以降にはハイパーインフレという構図を考えていたわけで、そんな意味では逢沢氏もほぼ同じ予想をしていると言える。

 う~ん、やっぱりここ1~2年がヤマということなんだろうな。

『1929年に始まった世界大恐慌の場合、株価は9割安、失業率は25%といった数値がおおまかな目安です。国が破たんしたわけではなく、株価が崩壊しただけです。また、この程度の失業率は、近年のユーロ圏での経済危機でもいまだに経験し続けている国があります。それをはるかに超えてもおかしくないというのが、日本の国債破綻危機かもしれないのです』

 で、やはり逢沢氏もハイパーインフレへの対処策としては「実物資産」を薦めるのである。

『結論から言いますと、預貯金を実物資産に変えておくのが。非常に賢明な選択肢です。物価が何年かのうちに100倍にも達するハイパーインフレの場合、預貯金の金利はそれに追いつけるほど上がらないでしょう。しかも、元金の削減さえ受ける可能性が高いのです。預貯金は実質的に9割以上といった目減りを起こすかもしれません』

 で、逢沢氏のお勧めの実物資産は

『①不動産…………………ローンを組まないでも買えるものにかぎる
②金などの貴金属類……金貨などでも可
③外貨資産………………外国の国債などの債券も含む
④株式などの証券類……投資信託も含む』

 ということで、昨日の浅井氏と同じことを言っている。

『購入した不動産を賃貸すれば、資産運用の一種になります』

『不動産は、国債破綻後に暴落しそうですから長期保有に徹してください。親戚などと共同所有にすれば、かなりまとまった額を集められるかもしれません。現預金で持つより有効はハイパーインフレ対策になります』

『資産をしっかりと防衛するために、金などの貴金属類を購入するのは正解だと言ってよいのです。しかも、5年を超える長期にわたって保有した場合、譲渡益への課税が半額になるという利点があります』

 外貨資産に関しては

『預貯金の額がたいしてなければ、ミニ防衛策として少額でドル札を買ってみるとか、あるいは貴金属として金貨を買ってみる、などといった対策でいいでしょう』

 ただ、外貨に関しては、その買った国の破綻リスクってのもあるから要注意。

 株式などの証券類については

『日本国債が破綻した後、やがて日本の株式市場はめざましい奇跡を起こすでしょう。
 株価はいったん暴落します。しかし、ハイパーインフレが起こるなら、それに合わせて株価も暴騰するはずだからです。この理屈をおわかりになりますか。底値で買えば、奇跡はあなたに大いなる幸せをもたらすことでしょう』

『買った株や投資信託がほんの少し下がっただけで心配して売ってしまうような人は、リスク投資には向きません。たとえ手持ち銘柄が5割以上も下げても、泰然としていられる胆力がなければ、参戦するのは無理でしょう。くわえて、かならず余裕資金で投資するようにしてください』

 ということで、やはりここは不動産でも株でもソロス氏やバフェット氏のような「長期保有」という王道が復活するのである。うーむ、そこでデイトレーダーみたいな有象無象がいなくなってくれたら、楽しいのだがなあ。

 で、そんな日本経済のハードランディングに陥らなないように考えた怪文書「ネバダレポート」というのがあるそうで……

『①公務員の総数と給料はいずれも30%カット、ボーナスはなし
②公務員の退職金は全額カット
③年金は一律30%カット
④国債利払いは5~10年間停止
⑤消費税を20%に引き上げ
⑥課税最低限を引き上げ、年収100万円以上から課税
⑦資産税を導入し、不動産は公示価格の5%、債券。社債は5~15%課税
⑧預金は一律ペイオフ。第2段階で預金を30~40%カット』

 というのだが、③から⑧はまあ、国が決めてしまえばいやでも国民は従わなければならないから(日本人は革命はできないだろう)言うことをきくだろう。問題は①と②が公務員が従うだろうかということだ。

 要は、国会議員にこうした「国民(と公務員:国会議員も公務員だ)に痛みを伴った改革」を提案でき人間がいるかって言うことなんだけれども、多分そんな胆力のある政治家はしばらくは現れないだろう。

 少なくとも安倍晋三氏では無理だろう。自民党の次々代のリーダーと言われている小泉進次郎氏あたりなのかなあ……。

『国債パニック ゲーム理論で破綻時期を警告!』(逢沢明著/かんき出版/2014年9月1日刊)

2015年1月23日 (金)

『東京は世界1バブル化する!』というのを逆手にとって資産防衛

 我がマンションに住んでいる人が「ウチのマンションがでている~」って言うんで、買ってみたら確かに写真が掲載されている。

 ただし、掲載されているのは写真だけだけどね。

Photo 『東京は世界1バブル化する!』(浅井隆+DKTリアルエステート著/第二海援隊/2014年8月12日刊)

「第2章 首都直下型地震がやってきても残った優良マンションは奪い合いに!」の中で、「“千代田区”はベスト、至高の地は「千鳥ヶ淵」」の次におススメの場所として「庭園と東大の“文京区”は穴場ナンバー・ワン」として……

『六義園は文京区の本駒込6丁目にある。この本駒込6丁目は、都内でマンションを買うのなら最高の穴場と言ってよい。六義園を見下ろせるマンションであれば、国の特別名勝に指定されている最高の庭園を我が庭とすることができるのだ。眺めが最高であるだけではない。東京都は概ね5年ごとに地震に関する地域危険度測定調査を行っている。建物倒壊危険度・火災危険度・総合危険度・災害活動困難度を考慮した総合危険度について、町丁目ごとに5ランクに分けて評価を下している。そして、2013年9月に公表された最新の調査結果によれば、本駒込6丁目はすべての項目においてもっとも危険度が低い「ランク1」と評価されている。これは武蔵野台地の地盤のよさだけでなく、六義園がいざという時の避難場所に指定されているということもある。
 本駒込6丁目のさらなる魅力は価格にある。先にご紹介した千代田区番町などは我が国最高の住宅地であることは間違いないが、その分不動産価格も高い。2014年1月1日時点での地価公示によれば、千代田区三番町の住宅地は平米あたり228万円、六番町は296万円だ。それに対して、本駒込6丁目は97万円。二分の一から三分の一の地価なのである。まさに、都内最高の穴場と言えよう』

 と書かれ、その隣のページ(と扉のカラー写真)にまさに我がマンションが撮影され掲載されている。

 が、本書のポイントはそこではないのだ。

 日本全体では人口減少でも、東京だけは一極集中するということ。

『アベノミクス・バブルの崩壊後は、その土地、不動産の価値がシビアに問われ、二極化が進むに違いない。一つは東京と地方の二極化だ。人口動態から考えて、多くの地方で地価は下落する可能性が高いが、消滅リスクの高い市町村など、場所によってはどんなに値下げしてもまったく買い手が付かない不動産も増えるだろう』

『長期的には東京では少子高齢化が深刻化し、不動産への需要は全体としては減少すると見られる。地価には下落圧力が高まり、状況によってはスラム化し、地価が暴落するところも出てくるかもしれない。その反面、東京都内でも本当に魅力のある土地や物件には買い手が殺到して、不動産価格はどんどん釣り上がるだろう。
 このように、東京都内でも二極化が進み、さらには都心の中でも二極化が進むと考えられる。不動産を保有するにあたり、「東京23区なら間違いない」とか「都心だから安心だ」といった大雑把な捉え方が通用する時代ではなくなる』

 ということ。

 なぜ、これほどまでに首都圏の不動産市場が活況を呈しているのか。

『第一の要因は「日銀による量的緩和の影響」である。昨年(一昨年:引用者注)四月に黒田日銀総裁が発表した異次元の金融緩和政策の内容は「2%のインフレ目標を二年で実現」させ』るということ。日銀はじゃぶじゃぶお金を刷って、その金で銀行から国債をどんどん買い増しして、市中にお金をバラまいて、インフレ目標を実現しようとしている。

『第二の要因は「外国人投資家が積極的に日本の不動産を買っている」ことだ。都内の不動産業者によると、中国や香港・シンガポールといったアジア圏の富裕層がキャッシュで東京都心部の不動産を買い漁っているという』

 アベノミクスによる円安誘導で、もともと割安感のあった東京の不動産が更に買いやすくなったということもあるのだろう。更に2020年の東京オリンピックである。

『日本の投資用不動産の市場規模は米国に次いで大きい。東京だけで見れば経済規模としては世界一の都市と言ってよい。人口1300万人を有し、法律的な規制も吉としていて治安も非常に良い。しかも、投資対象となる不動産物件は十分なストックを抱えているが、外国人の投資比率は二割程度と他国の主要都市よりまだまだ低いレベルだ』

 で、インフレヘッジとして不動産投資を薦めるのだ。

『一般的に、不動産はインフレに対して強いと言われている。たとえば、REITに組み入れられている物件、外国人投資家が保有している物件、都心の一等地になるマンションなどは大きく上昇する可能性がある。都心でなくとも地域一番のランドマーク的なマンション、人気の住宅地にある一戸建てなどは価値を維持、ないしは上昇するかもしれない。そういった物件を上手く選んで購入すればインフレヘッジとしてうまく機能してくれるだろう』

 ところが、そんなアベノミクス・バブルもそろそろ弾けるというのだ。

「第5章 2015~2025年 想像を絶するシナリオ」では「不動産をめぐるトレンド」では

2014年~2015年
①東京の不動産は23区の優良物件を中心に2~3年バブル化する

2016年~2017年
②その後、不動産に激動の時代がやってくる。
 2016年ないし2017年に国債暴落にともなって金利が急上昇し、不動産は大きく下落する

2018年以降
③さらに、2018年頃日本国政府そのものが破産し、ハイパーインフレによって東京の優良物件は円ベースで暴騰する

④政府の破産によって大増税時代が到来する
 物件自体の価格は上がるが、対策を打たない者は固定資産税と相続税で壊滅する。
 特に相続対策を間違えると、あなたは全財産を失う。

 ということだそうだ。

 まあ、その為の不動産投資及び実物資産なのだが、もう既に始まっている2015年、2016年ないし2017年も、2018年ももう目前だ。

 それにどう備えるかというお話はまた明日。

『東京は世界1バブル化する!』(浅井隆+DKTリアルエステート著/第二海援隊/2014年8月12日刊)電子版は出ていないようだ。

2015年1月22日 (木)

『沈みゆく大国アメリカ』の前に沈みゆく国があるんだなあ

アメリカはいつまで超大国でいられるか』とか、『「アメリカの時代」の終焉に生まれ変わる日本』とか、「嫌韓本」「嫌中本」の後は「アメリカ終わった本」のブームがくるんだろうか。

 でも、その前に「日本終わった」という状況になってしまいそうですがね……、って、いけねぇ、それは明日のブログネタでした。

Photo 『沈みゆく大国アメリカ、』(堤未果著/集英社新書/2014年11月19日刊)

『全国民の医療アクセスという、これまでのアメリカにとって夢のようなスローガンと共に成立した医療保険制度改革法<オバマケア>』

 ではあったように見えたものが、実は、保険会社や製薬会社によって骨抜きにされて、却って医療費を理由に自己破産をする人が増えて、自発的無保険者の数も増えて、中小企業では従業員49人以下にしてなおかつフルタイムではなく週29時間以下のパートタイム労働者ばかりになってしまい、アメリカ特有の産別労働組合を潰してしまったという。

『皆保険を旗印にした医療保険改革<オバマケア>。この法律がもたらすものが、80年代以降全政権が進めてきた、労働者の非正規化を後押ししているのは、果たして偶然だろうか?』

 というのだが、それはそうだ。

 日本の国民皆保険制度は、基本的に国がやっている国民保険か企業連合がやっている健康保険組合による保険だ。こうした保険制度自体にメスを入れないで、現状の保険会社が運営している医療保険の上に乗っかっただけで国民皆保険を実施したって、結局それは保険会社を解体しない限りは、やろうとしている目標は絶対に実現しないだろう。当然、保険会社側は如何にして自分の企業を守り、収益の絶対化を図ろうとするものなのである。まあ、それが企業としての当然の姿だ。

 更に、薬価基準という制度がないというのもアメリカの問題だろう。当然、新薬を開発した製薬会社はその薬の特許を取っているだろうから、その特許期間中は価格の決定権は製薬会社にある訳で、いくらでもその製薬会社の自由に薬品の値段を決められる。なので、オバマケアによる保険制度ではそうした高価格薬はフォローされないのだな。

 更に問題なのは……。

『アメリカ国民のほとんどは、複雑に入り組んだ医療保険システムを理解していない。保険会社というビジネスが支配していることも、それが自分たちや医師や病院、社会にとってどんな意味を持つのかも』

『カーネギーメロン大学経済学部のジョージ・ローウェンスタイン教授が、24歳から64歳までのアメリカ国民を対象に行った調査によると、民間保険の四大項目(月々の保険料、保険金がおりる前の自己負担額、治療費の一部負担、それに自己負担総額)について理解している人は、わずか14パーセントだったという』

 というアメリカ人のこうした医療に関する無知だろう。これが一番の問題なんだけれどもね。要はアメリカ人の自分の国の政策に関する余りにも無知な姿勢って何なんだろう。

 大統領を選ぶ選挙では、あんなに熱狂するアメリカ人の姿に、首相を選べない日本人としては、多少の嫉妬を覚えるのだが。

 だから、オバマケアに対する<期待と期待外れ>に関する振れ幅が大きくなってしまうのだろう。

『2002年には、脊髄学会に所属する医師の八割が開業医でした。今は七割が自分の診療所を閉鎖して病院の勤務医です。病院がコントロールできるのはコストだけではありません。治療の中身もです。共和党はオバマケアが国による医療の乗っ取りだといって反対していますがあれは間違いですね。現場まらもると明らかですよ。乗っ取っているのは以前と同じ、ウォール街とヘルスケア業界です』

 という位、別に民主党とか共和党とか言う前に、ウォール街に乗っ取られたアメリカがあるだけなのだ。

『石油、農業、食、教育、金融、過去半世紀の間に、国家解体ゲームの舞台になったすべての業界から送りこまれたたくさんの人々が、このドアをくぐりホワイトハウス内部に入っていった。彼らは自分たちの企業がビジネスをしやすい環境を整備する法律や規制緩和を行政府に実行させると、再び同じドアをくぐり、巨額の報酬と幹部の椅子が用意された元の業界へと戻ってゆく』

 という位、アメリカでは業界と政府が癒着しているっていうこと。

 これって、まさしくレーニンが『帝国主義論』で言っていた「国家独占資本主義」そのものなのである。

『帝国主義に発展した資本主義の基礎は独占であり、この段階では生産の社会化は極限まで達しており、資本主義は実体的な富の生産による搾取という本来的な経済のあり方を失い、金融詐術や独占の利得によって利潤をあげる、寄生し腐敗した資本主義になり、次の社会主義にとって代わらざるをえない』(Wikipedia)

 とは言うものの、じゃあ現在の国家独占資本主義の後に来る社会経済体制が社会主義なのかどうかは分からない。なんか、もっと別の資本主義のような気がする。あまり独占の方向に行かないような……。

 まあ、アメリカの資本主義体制はまだ続くでしょう。

 問題は国債発行高なのであります。

 昨年春のアメリカのデフォルト騒動の時もそうだったが、アメリカがデフォルトに陥ってしまっては、それは資本主義の終焉を意味するわけで、資本主義というかいまやグローバル資本主義の旗頭であるアメリカがデフォルトに陥ってはいけないというブレーキがかかって、それを押しとどめたわけだが、下手をすれば、全世界がすべて不況になってしまう、という状況一歩手前だった。

 まあ、全世界ってことはなくて、要は西世界から東世界に覇権が移るだけで、要はロシアや中国が世界を支配するってことなんだろうけれども。

 本当に、「アメリカが終わる」のが先なのか「日本が終わる」方がもっと先なのか……、それは明日のブログで書くつもり。

 な~んて言って、全然違う話だったりして。

『沈みゆく大国アメリカ』(堤未果著/集英社新書/2014年11月19日刊)もう電子化されてもいい時期なんだけれども、Kindle版は出ていないようだ。

2015年1月21日 (水)

『「わかる」とはどういうことか』を、どうやって「わかる」ようになるか

 なんで文系の私がこんな理系(と言ってもかなり文系に近い理系だけどね)の本を突然読んだのか……。

 実はこの本、勝間和代さんが主宰している勝間塾の課題本だったのです。

 そう実は私、昨年11月から勝間塾の塾生になったのですね。で、どう変わったのかというと……、全然変わってない。それじゃダメじゃん……、なんて言わないでね。所詮、私もまだまだ新入塾生だからね。

Photo『「わかる」とはどういうことか――認識の脳科学――』(山鳥重著/ちくま新書/2002年4月紙版刊・2014年2月21日電子版刊)

 で、『「わかる」とはどういうことか』を読書メモ風に……。

『心像は視覚映像だけではありません。触覚、聴覚、嗅覚、味覚など視覚化出来ない心理現象を含みます』

『われわれの心の働きに重要なのは心像であって、客観的事実ではありません。心像を扱うのが普通の心の働きで、客観的事実は心にとってはあってなきがごときものです』

『心は好奇心(おおまかな心の傾向)注意(具体的な方向づけ)知覚(正確な区別)の流れで働きます。何事も、好きになることが大事です。嫌いなことには心は働かないのです』

『心像はこのように経験を通じて形成されます。そして、この心像がわれわれの思考の単位となります。われわれは心像を介して世界に触れ、心像によって自分にも触れるのです。外の世界(客観世界)はそのままではわれわれの手に負えません。われわれは世界を、心像形成というやり方で読み取っているのです。心像という形に再構成しているのです』

『心像にはこのように、今・現在自分のまわりに起こっていることを知覚し続けている心像と、その知覚を支えるために動員される、すでに心に溜め込まれている心像の二種類があります』

『前者を知覚心像、後者を記憶心像と呼ぶことにします』

『が意味を持つには、記憶心像という裏付けが必要です』

 と、この辺までは原理論なんで、よくわからない。

『言葉を手に入れたことで、われわれはすべての心理現象を記号に変換(言語化)して、他人と交流する、という大変な能力を手に入れたのです』

『言葉はもともと何か、おたがいの心の中に共通の記憶心像があって、それを記号化する、という過程を経て誕生したものです。ある必然性が言葉を発明させたのです。ところが、言葉がどんどん増えだすと、記号だけが覚えこまれ、その記号が立ち上がるきっかけとなったはずの心像のほうは曖昧なまま、という事態が発生します』

『記号だけは覚えていますが、その相手方であるはずの記憶心像は曖昧なままなのです』

『わかる、わかったという経験の第一歩はこのように、まずなんといっても言語体験です。ある音韻パターンと一定の記憶心像が結びついていれば、その音韻パターンを受け取った時、心にはその記憶心像が喚起されます。』

『「わかる」は言葉の記憶から始まります。そして言葉の記憶とは名前の記憶ではなく、その名前の「意味の記憶」です』

 うーん、この辺になると、なんとなく「わかるような気」がしてくるのだが……。

『意識に呼び出しやすい記憶とは、別の言葉を使えば、心像化出来る記憶です。その多くはうまくゆけば絵や言葉に表現することも可能です。つまり仲間に伝えることが出来ます。この点を強調して陳述性記憶とも呼ばれます。この記憶はさらにふたつに分けて考えられています。ひとつは出来事の記憶です。もうひとつは意味の記憶です』

『もう一方の、意識に呼び出しにくい記憶、つまり心像化しにくい記憶は手続き記憶と呼ばれています』

『ここまで考えてきたわかり方は、見当をつける、分類する、説明する、空間関係がわかる、からくりがわかるの五つです』

『わかる、とは自分のものにすることです。長々と文に表現されているものが自分の概念(心像)としてひとつのイメージにまとめられることです。そうなると、今度はそのわかったことを自分の言葉で表すことが出来ます』

『われわれは何にでも意味を見つけたがります。どんなものでも意味がなくては落ち着きません。意味とは、とりもなおさず、わからないものをわかるようにする働きです。』

『秩序が生まれると、心はわかった、という信号を出してくれます。つまり、わかったという感情です。その信号が出ると、心に快感、落ち着きが生まれます』

 なるほどなあ、という気になるのはこの辺から。

『わかったことは応用出来ます。 なにかある知識を持っているとします。その知識が具体的なことがらに即したことであって、そのことにしか使えないとすれば、その知識はそのこと限りです。しかし、もしその具体的な知識の裏にある原理が理解出来ていれば、その知識はほかの現象にも応用出来るはずです』

『学校教育という教育形式は、多くがこの重ね合わせ的理解に重点を置いています。将来、知らないことに遭遇したとき、重ね合わせに使えるようなさまざまなモデルを教えようとします。先生がモデルであり、教科書がモデルです。われわれは学校で教えられたことを自分の判断の基準とし、人生を切り開いてゆくことになります』

『参照すべき教科書もなく、先生も教えてはくれません。自分で新しく発見してゆくしかないタイプの理解です』

『学校で教わるタイプの理解を重ね合わせ的理解と呼ぶなら、自分で仮説を立ててゆくしかないタイプの理解は発見的理解と呼ぶことが出来ます』

 もうこの辺になるとスッキリ「わかる」、というか学校を出て、社会人としての物事に対する理解はすべてこの方法だからだ。

 つまり、日々勉強しながら、その理解の仕方を理解していくという繰り返しが、大人としての「わかる」ということなんだ。

『われわれはこのふたつのわかり方を駆使して、社会に立ち向かっています。しかし、行動に本当に必要なのは後者であることは説明の必要もないでしょう。社会で生きてゆく、自然の中で生きてゆく、というのはその時その時、新しい発見、新しい仮説を必要とします』

 もうね、こうなるとね、当たり前って感じだよな。

『生きることは、自分の足で立ち、自分の足で歩くことです。世界に立ち向かうためには、自分が使えるしっかりした海図を自分で作ってゆかなければなりません。そうやってはじめて大きい意味や深い意味を発見することが出来るようになるのです』

 まあ、結論としては、それこそ「当たり前」なんだけれども、その「当たり前」に至る道筋を、普通は考えないところを考えてみました、というのがこの本なんだ。

 うーん、「わかる」ってことは、ちゃんと考えると、あんまり「わからない」ものなんだなあ。

『「わかる」とはどういうことか――認識の脳科学――』(山鳥重著/ちくま新書/2002年4月紙版刊・2014年2月21日電子版刊)

2015年1月20日 (火)

銀座春景

 ある春めいた日、銀座を歩きながらスナップ。

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 銀座のスナップというと、どうしても人物スナップが多くなってしまう。

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 まあ、たまにはこんなのもあるけれどもね。

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 基本的には「人」である……、あれっ?

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 やはり、人。銀座では写真に撮りたくなる人が多いのは何故だろう。やはり銀座は「ハレ」の場なのだろうか。

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 アップルストアであるけれども、私の眼はその前で何かブースのようなものを動かしている人を捉えている。

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 本屋さんの前も人。

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 カメラ屋さんの前も、人なのである。

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 特に外国人の姿を銀座ではよく見かける。

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 ということで、別にスナップなので写真に意味はない。

 取り敢えず撮って来たものを、まさしく撮って出ししただけ。

RICHO GRDⅢ @Ginza (c)tsunoken

2015年1月19日 (月)

これで投資に成功するか?『1分間バフェット』しないか?

 ウォーレン・バフェットが語った88の言葉から、バフェットが分かった気になるありがた~い本なのだが、だからといって投資に成功するとは限らないという本でもある。

 投資はその時その時の判断で行うしかないのであり、その時その時というのは、前例があるということではないからだ。

 そりゃそうだよね。

1『1分間バフェット お金の本質を解き明かす88の原則』(桑原晃弥著/ソフトバンククエイエイティブ/2013年1月8日紙版刊・2013年5月1日電子版刊)

 いくつか腑に落ちた言葉をピックアップ。

『投資には、自分で考えた確固たる理由が必要だ。「値上がりしているから」「専門家に勧められたから」といった理由で売買する人が多いが、それでは他人の頭で自分の大切なお金を動かしていることになる』

 そりゃそうだ。投資は自分の判断で行うべきだ。自分の判断で行えば、失敗したって誰のせいにもすることができない訳で、そんな時ほど勉強になるのだ。なので、私は投資信託というのはやりたくない。

『投資で重要なのは、自分でルールを考えることと、それを破らないことなのだ』

『「本当の投資家であれば、自分が群衆とはまったく逆の売買をしていると考えることに充足感を覚える」というグレアムの言葉をバフェットも実践している』

 おお、「逆張り」の論理ですね。でもねえ、これって結構勇気がいるんだなあ。

『格付け機関の発表を気にしすぎるのも問題だ。企業は短期的な業績に走って長期的な競争力が低下しがちだし、投資家も目が曇ってしまう』

 これも「投資は自分の判断で行うべきだ」というのと同じ論理。ただし、格付け機関の発表も多少は気にした方がいいだろう。「気にしすぎる」っていうのが問題なのだろうな。

『少額でいいですから、投資をしてください。本を読むだけではダメです』

 これもその通り、本を読んでお勉強しても、実際に投資をして成功したり失敗したりする経験が大事なんだ。

『誰かがすでにやっていると、それは一種の安全保障になるようだ。「前例がない」はノーを言う時の定番の枕詞だし、「売れている」は、「すぐ追随しろ」という意味に使われる』

 ただし、その安全保障はあまり儲けにはつながらないってことで、一番いいのは、その分野で一番最初に手を出すってことなんだ。つまりブルー・オーシャンっていうことね。というのは分かってはいても、なかなかねえ……。

『他社が問題含みの行動をしているから、わが社が問題含みの行動をしても大丈夫と思わないように。ビジネスの世界で最も危険な言葉は、五つの単語で表現できます。『ほかの誰もがやっている(Everybody else is doing it)』です』

 まあ、「赤信号、みんなで渡れば怖くない」ってのは分かりますがね。

『バフェットは事業と人を重視し、長期投資を行う投資家だが、ウォール街の住人の多くは、ドルと株券に目がくらみ、短期利益に群がる投機家なのだろう』

 まあ、でもウォール街の人たちはそれが仕事だからねえ。ただし、素人がそんなことやったら、一日中パソコンの前から離れられなくなってしまって、そんな人生面白くないっしょ。

『バフェットは、長期保有こそ「投資」であり、短期間で売買をくり返して利ザヤを稼ぐ「投機」とは違うと断定している』

 これもそう。基本的に長期保有ということは、その会社を愛するってこと、応援するってことなんだ。「短期間で売買をくり返して利ザヤを稼ぐ」っていうのは、単に株価の上がり下がりしか見ていなくて、結局その会社を人の集合として見ていないってことだし、会社を愛することの楽しさを感じられなかったら不幸でしょ。

 しかし、以下の分はウォーレン・バフェットが成功者であるから言えることかも知れない。勿論、こうした論調は大事なことだし、全てのアメリカ人の成功者がこうした考え方をしていれば、「アメリカはもう終わった」なんて言葉は生まれなかっただろう。

『「アメリカン・ドリーム」という言葉には独特の響きがある。夢以外に何も持たない若者が夢の実現に向かってひたむきに努力をすることで、世界的な有名人や企業家、資産家になっていくという成功物語が長く信じられてきた。
 もちろん今でも若き創業者や世界的スターが出現しているのだが、一方でアメリカン・ドリームに対する疑いも生まれているようだ。金持ちの子は親から資産や地位を受け継ぎ、より豊かになっていく。それに対し、大半の若者はたとえ一流大学を出たとしても夢など簡単に実現できない。そんな閉塞感がアメリカを覆っている』

『富の継承が若者から公平なチャンスを奪い、アメリカのよさを失わせると考えるからだ』

『バフェットはアメリカらしさを守るために、相続税を含む税制改革の必要性を説き続けている』

『「幸運な1%として生まれた人間には、残りの99%の人間のことを考える義務があります」

 たとえば米国の税制の不公正を正すべきだと新聞に発表し、それは「バフェット・ルール」として政治を動かす力になろうとしている。バフェットによるとはるかに所得が少なかった30年前に払っていた税にくらべ、今は半分以下だという。「金持ちはもっと高い税率を課せられるべきなんです」というのはバフェットの実感だと言える。慈善事業などにも熱心で、築き上げた富を幸運な1%のためではなく、貧しい99%のために使おうとしているようだ』

 新自由主義者たちがこんな考え方をしていれば、もっと健全なアメリカになるんだがなあ。

『1分間バフェット』(桑原晃弥著/ソフトバンククエイエイティブ/2013年1月8日紙版刊・2013年5月1日電子版刊)

2015年1月18日 (日)

アレ、ブレ、ボケは『ウィリアム・クライン 東京』

 えっ? 知らなかったよ。ウィリアム・クライン写真展『TOKYO 1961』をやっていたなんて! それも1月18日で終わり? そいつぁ急がなければ! ということで慌ててソラリア西鉄ホテル銀座の隣、銀昭ビル6階にあるAKIO NAGASAWA Galleryへ行ってきたのだった。

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『アンリ・ミショーはこう書いている「インドには見るべきものは何もない。すべてが解釈すべきものである」と。東京では、私は全く逆のことを感じた。「全てのものが見るべきものであるが、何一つ解釈することはできない」と。東京において私は、唯の言葉を理解できない野蛮人、バーバリアンだっただろう。どんなに理解しようと試みても、バーバリアンたる私には、東京は未知の世界と言うより他はなかったのである』

 と語るウィリアム・クラインにとって、ニューヨークやローマとは異なる実相を見せる東京という街は、そんなに難しい街だったのだろうか。

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 ウィリアム・クラインは『New York』『Rome』『Moscow』『Tokyo』『Paris+Klein』などの写真集や『ポリー・マグーお前は誰だ?』『ベトナムから遠く離れて』などの映画で知られる写真家・映画監督である。

Dscf60922(c)William Klein

 というよりは、『provoke』に拠った写真家の内、中平卓馬や森山大道などの写真の特徴「アレ、ブレ、ボケ」のお手本の写真家なのである。

 既に『New York』『Rome』『Moscow』『Tokyo』『Paris+Klein』などの写真集は入手困難となっている以上、写真展があったらすぐに見に行かなければ、下手をすると一生見ることができなくなってしまう。

 なので急げ! AKIO NAGASAWA Galleryへ! である。

 なにしろ今日で終わってしまうのだ。

AKIO NAGASAWA Galleryのサイトはコチラ

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 図録『Tokyo 1961』Booklet Editionであります。New Editionの方が欲しかったんだけれども、お値段が32,400円ということで、持ち合わせがなかったもんで……。

2015年1月17日 (土)

東武大師線上板橋駅

「東武大師線上板橋駅」なんてタイトルをつけると、かならずツッコミが入ってくるんですよね。つまり「上板橋駅は東武東上線でしょっ」ってな感じの。

 そんなツッコミをした貴方、貴方は正しい。しかし、歴史に「if」があったなら、それは大間違いになってしまうのです。もしかしたら、歴史の可能性を否定するとんでもない大間違いなのですよ。

 つまり、東武鉄道大師線というのは、その昔、東武鉄道西板線として、東武鉄道伊勢崎線(現スカイツリーライン)西新井駅と東武鉄道東上線上板橋駅を結ぶ路線として計画された路線の、用地確保が完了した用地を利用して西新井大師参詣者の輸送を目的に、1931年に開業した路線なんであります。

 西新井駅の東武大師線ホーム。

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 2両連結の、1km足らずの路線なので、なおかつ基本ワンマン運転なので、駅に着くたんびに運転手さんが前から後ろへ移動です。運転時間は2分足らずなので、それこそ動物園のお猿電車みたいなもの。大師前駅には改札も券売機もありません。すべてそれは西新井駅についてからの問題。

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 で、これが大師前駅。東武西板線が出来てれば西新井を出て最初の駅になる予定だった駅なわけです。

 で、この大師前駅、西新井駅よりもホームの幅が広いんです。

 まあ、初詣客の多さを考えればこの広さも分からないではないんですが、なんかそれ以上に、まだまだ東武鉄道は路線の延伸に希望は捨ててないぞ、っていうような意気込みの強さを感じさせます。

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 で、どうやら現在のときわ台駅あたりから東武東上線に並走して、ここ上板橋で合流するというのが当初の東武鉄道のプランだったらしい。

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 今は便利ですね。こんなレアなネタであっても、ググれば出てきちゃうんだもの。というか、ちょっと簡単に分かってしまって面白くないっていうか。

 でも、こうして見ると「西新井⇔大師前⇔鹿浜⇔神谷⇔板橋上宿⇔上板橋」という路線になっていて、京浜東北線とは東十条と赤羽の間で交差する路線になってしまう。

 そうなのかなあ。以前、聞いた話では「東武大師線は赤羽まで延伸する予定だった」というもの。だとすると、その路線はこうなるはずですがね。

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 これだと、大師前から基本的に環七と並行して走っていって、荒川放水路を超えたあたりからそことは別れて、赤羽駅まで行って、赤羽駅を過ぎた後は本蓮沼あたり通って、武蔵野台地の上に上がってときわ台から上板橋に至るというルートが見えます。

 1930年と言えば赤羽駅は既に開業していた訳で、やはり西新井から上板橋へ行く行程では赤羽は外せない駅でしょう。なので、上の赤羽を避けた路線図っていうのはちょっとわからないなあ。

 まあ、いずれにせよそうした構想が当時の東武鉄道にはあったことが確認できればいいです。

 東武財閥の根津嘉一さんにはそんな大きな夢があったようで、それは下手をすれば国鉄(現JR)以上の国鉄構想だったんですね。

 岩崎家ばっかりじゃないけれども、昔の財閥家ってそんな社会還元を積極的に考えていたんですね。

2015年1月16日 (金)

『英語もできないノースキルの文系はこれからどうすべきか』って、決まってるじゃん

『英語もできないノースキルの文系はこれからどうすべきか』って決まってるじゃん。はい、正社員としての就職は諦めて、ブラック企業か非正規雇用かアルバイトとして働くんですね。

 だって、『欧米・香港・シンガポールなどの国の常識でいったら「英語もろくにしゃべれないノースキルの文系学生が、大学を卒業しただけで職を得られること自体が、ありえない』んだもん……はい、チャンチャン。

Photo 『英語もできないノースキルの文系はこれからどうすべきか』(大石哲之著/PHP新書/2015年1月8日刊)

 というわけにもいかないだろうから、こういう本が売れるんだよなあ。まあ、それだけ「英語もできないノースキルの文系」学生が多いってことなんだろうけれども。

『ほとんどの学生は、就職活動を始めた時点で、「英語もしゃべれないノースキルの文系学生」です。こういう学生が、たんに卒業したからといって、仕事があるというのは世界的に見るとありえません。
 でもいままでは、そういう学生もある程度まで就職できていました。そう、日本はすこし特殊な雇用システムを持っていたからです。ご存じの終身雇用です。終身雇用というのは、六十歳まで雇いますということですから、もう、会社に骨を埋めなさい、ということです。
「自分はなにもできないが、子の身ひとつで、御社に貢献します」
「私の職業人生を御社に捧げます。仲間に入れてください。裏切りません」
 ということが終身雇用にとってはなにより大事です。家族より、プライベートより、自分のことより、まず会社です。会社に忠誠を誓うことによって、ノースキルの文系学生でも採用されたのです。
 そのかわり、彼らは一生懸命「社畜」をした。会社にすべてを捧げて生きたのです』

  ところが、今や終身雇用制は「ほとんど壊れかかっている」。以前なら、新入社員として会社に入って、20~30代は安月給でコキ使われても、40代になれば何らかの役職について、50代で役員になれなくてもそこそこ部長か何かの幹部社員になって、以降は60歳まではなんとか安泰に生活ができ、60歳で定年になれば、あとはバラ色の年金生活が待っていた。それが、今や新入社員として会社に入って、20~30代は安月給でコキ使われても、40代になるとごく一部の社員だけが役員候補や幹部社員になれるが、それ以外の平社員はリストラされるか、そうじゃなくても自分より年下の上司に仕え、給料は上がらないまま、定年まで勤め上げても年金が出るまでは無収入という時代だ。

 なので、『「なんでもやります」「やる気はあります」「一生懸命がんばります」』なんていって、結局ブラック企業にしか入れなくなる「英語もできないノースキルの文系学生」にならないための方法論とは何か?

 ひとつは「自分の好きなこと、興味があること」を仕事にするのはやめなさい、ということだ。

『一つは、興味を持てることがたくさんある人は、その一つに絞らなくてもいいということです。一生をかけて一つのことしかできないと考えると、なにを選んでいいのかわからなくなります。しかし、一生は長いものです。その都度興味を変えて行っても、まだまだ人生は長く続きます』

『二つめは、自分の興味は置いておいて「少なくともイヤではない仕事、人から自然に求められる仕事、過去にうまくできたこと」をやりなさいということです。興味は移っていきます。中学校時代の興味、大学時代の興味、新入社員時代の興味、結婚してからの興味、子どもができてからの興味……。全部違ってくるでしょう。
 しかし、その人が持って生まれた性格や行動様式というのは、大人になってからも大きくは変わらないものです。むしろ、性格や行動様式を変えたくても変えられないという悩みのほうが大きいはずです』

 というけれども、「英語もできないノースキルの文系学生」は、それこそ「興味」もあまりなく、自分がもっている「性格や行動様式」なんかにも気づかない人たちなのだ。

 で、そんな「英語もできないノースキルの文系学生」への最大の指針がこれだ。

 まず、大学を1年間休学すること。そして

『休学一年のうち、最初の半年は英語留学をして、残りの半年は企業で実務経験を積みましょう。せっかく英語ができるようになったので、できれば英語でできる仕事、そして、日本ではなく、海外で仕事をしてみましょう。
 海外といっても、アメリカや英国に行っても、そのレベルの日本人は門前払いされるので、そうではなくシンガポールや中国やタイ、インドネシア、ベトナムといった新興国での仕事を探しましょう。これらの国で働くには、とりあえずは現地の言葉は不要です。これらの国でビジネスをしている会社のマネージャークラスの人は、ほとんど英語をしゃべりますし、仕事も英語と現地語(と日本語)が入り混じります欧米系でもアジアならハードルは低くいなりますし、アジアの都市に支店がある日本企業や、もしくわ現地の企業も選べます。
 こういうと、ものすごくハードルが高そうにみえますが、アジアで展開中の企業は、どこも猛烈に人が足りないので、雇ってもらうハードルは意外と低いです』

 ただし、その英語留学にしても(行先はフィリピン)、日本人がいるところはダメ、というか日本人がいても付き合っちゃダメ。とにかく、この一年間は日本語を一切喋らないようにすることだ。そうしないと、せっかく勉強している英語がまったく身につかなくなってしまう。とにかく、「英語漬け」になって半年もいれば、いやでも英語は見につく。というか、少なくとも中学・高校・大学の前期、合わせて8年間の蓄積があるにも関わらず日本人の英語力が上がらないのは、「日本語を喋っちゃうから」。

 私の経験上からも、少なくともノースキルではなかったと思うんだけれども、「英語も出来ないサラリーマン」(実は日本に出張で来ていたアメリカ人と赤坂のバーでお友だちになていた、というのはあったけどね……えっへっへっ)だった私の英語能力が顕著に上がったのは、ロサンゼルスで日本人とまったく話せずに、アメリカ人ととだけ過ごした、アニメの英語アフレコの三週間だった。この間、三週間目くらいには「頭の中で<英語→日本語>をやってから、またまた頭の中で<日本語→英語>をやって」始めて、英語で相手の言っていることに応えるなんてまだるっこしいことをせずに、<英語→英語>が出来るようになった。まさに「英語漬け」の良さである。

 で、ついでに残りの半年のインターンによる実務経験だけじゃなくて、そのままアジアで就職してしまう、というテもあるのだ。

 そう、もう日本で東証一部上場企業の幹部候補という仕事ではなく、その他大勢になるのなら、逆にアジアで経験を積み、それを武器に日本へ切り込むってこともできるんだなあ。

『いちど経験を積めば、次からは転職になりますから、もう学歴やノースキルといったことは関係なくなります。自分の意思で、次の仕事を選べるようになります。
 海外で働いていたという経験は、いま、とても「売れる」スキルになっています。
 日本の会社はどこも海外に進出したいのですが、海外でゼロから事業を立ち上げたといった経験のある人材は足りておらず、まさに引っ張りだこです』

 うむ、『英語もできないノースキルの文系学生はこれからどうすべきか』って、結論がでているんですね。

 簡単じゃない!

 東南アジアならお金もかからないしね!

『英語もできないノースキルの文系はこれからどうすべきか』(大石哲之著/PHP新書/2015年1月8日刊)

2015年1月15日 (木)

トヨタ、燃料電池車「ミライ」の受注1500台 年間目標の4倍弱

 今日の日経速報版は『トヨタ、燃料電池車「ミライ」の受注1500台 年間目標の4倍弱』をクリップ。

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『トヨタ自動車15日、燃料電池車(FCV)「ミライ」の受注が発売からほぼ1カ月たった14日時点で約1500台に達したと発表した。ミライは世界初のFCVの市販車として14年12月15日に販売を開始。15年末に約400台としていた目標販売台数の4倍弱を既に受注したことになる。

 受注の内訳は官公庁や法人が約6割、富裕層などの個人客が約4割。地域別では東京都や神奈川県、愛知県や福岡県が中心という。15年は700台の生産を計画しており、今年中の納車は受注の一部にとどまる見通し。〔日経QUICKニュース(NQN)〕』

 まあ、このミライだけの売上げで、あの大トヨタがどうこうすることはないだろうけれども、一種のアーリーアダプターというのはどの世界にもあるだろうし、そうしたアーリーアダプターに受け入れられたということだけでも、トヨタとしては燃料電池車を早期に導入した効果はあるだろう。

 実際には、これを購入しても、まだまだ水素スタンドの数は少ないし、あまり意味はないけれどもね。

『「アメリカの時代」の終焉に生まれ変わる日本』というか、「生まれ変わらなければいけない」ってことなんだ

「おわりに」で『「これからアメリカの時代が終わるわけですけど」と、「そろそろ梅雨も明けますけど」とか、「めっきり春めいてまいりましたね」とかいう何気なさで言われると、あまりの自然さにギョッとする部分もあった半面、「そうか、そろそろ衣更えをしなくちゃな」的なことを考え始めている自分がいました』とあるのが面白い。

 そうか、もうそろそろ「アメリカの時代」は終わるというのが、共通認識になってきているのだな。

Photo_2 『「アメリカの時代」の終焉に生まれ変わる日本』(倉本圭造著/幻冬舎ルネッサンス新書/2012年12月5日刊)

 昨年の12月22日の私のブログ「『資本主義の終焉と歴史の危機』への期待」もそうだし、昨日の『アメリカはいつまで超大国でいられるか』もそうだが、基本的にアメリカのグローバリズムをベースとする資本主義は最早賞味期限を過ぎてしまい、しかし、まだその次が見えてこないという現状は人々を苛立たせているが、その鍵は実は日本が握っているというのが、本書の基本線なのである。

 つまり、倉本氏が自身のウェブサイトで書いている『「グローバリズムに対応しろ!」っていう流れが完全に日本社会に定着して、今度は「グローバリズム対応しろって言う流れの中でならどんなカスでも売れてしまうバブル」みたいな状況になった時に、やっとその「両者をうまくシナジーさせる統一的な見解」が必要とされる時代が来るだろう』ということなのだ。

 本書ではそれをついこないだまで「世界の警察」を自認していたアメリカを「先生さん」、それに対抗して「戦争につながるような国際対立」をもたらしてしまうタイプの国々を「ヤンキーさん」、そしてその「先生さん」と「ヤンキーさん」の間に立って両者の無駄な対立を止めようとする日本を「優等生くん」というアナロジーで論を進めている。

『今までは「アメリカ的なもの」に不満を持つ存在がいれば、アメリカが問答無用に爆撃して黙らせていました』

『ウクライナで、中東のイスラム諸国で、イスラエルで……そして中国とその周辺諸国との間で……実際に火を噴いて人が死ぬ戦争が次々と行われているのです』

『要するに、二つの「ものすごく極端な人たち」が「全力で否定し合っている」世界の中で、日本だけが実に日本らしく、「ナアナアになんとなく真ん中あたりでグズグズしてきた」というのが、この直近の20年だったのです』

『経済の世界における「先生さん」に当たるのは、いわゆる「グローバリズム」とか「市場原理主義」とかそういう言葉で表される仕組み、考え方、社会の運営方法のことです。
 アメリカをご本尊として、そして金融システムとIT技術を通じて、過去20年間に世界はものすごく緊密に結びつくことになりました』

『世界全体で見ても、市場的なものに対立する考えを持って動いている人たちはたくさんいる。東欧や中東での紛争は、深く深くたどっていけばそういう問題に対する考え方の違いに拠っているいる部分も大きいでしょう』

『アメリカや中国などのいろいろな意味でダイナミックな運営をしている国の貧富の格差というのはものすごい水準に達していて、日本なんかとは比べ物になりません。どの程度かはともかくとして、「あれ」はどう考えてもやりすぎだと思っている人も多いでしょう。
 しかし、アメリカの「金持ち」というのは桁違いすぎて、もう「普通の人たち」との連帯感も何もかもが消滅してしまっているんですよね。
 もう「完全に切断された自分たちの世界」を持っていて、その世界における自分のエゴをどこまでも追求していくことしか頭にない(ことが大半)ようになってしまっている』

『一方で、日本人の中の「富裕層」っていうのは、かなりまだ「みんなへの義理」を残しているんですよね。
 ある種の価値観からすれば「金の亡者」みたいな扱いの、例えば税金を逃れるためシンガポールに移住しちゃうような日本人富裕層でも、「そういう行動を起こすことで日本が経済活動に前向きになってほしい」的なモチベーションを、どの程度本当かはともかく、本人の自覚的には結構信じていたりするんですよ』

 で、大事なことは

『いわゆるグローバル資本主義的なものを全否定しないで深く受け入れてしまいながら、自分たちの「王道的な本当の良さ」によって包み込み、再構成し、そして「みんなのための適温のお湯」を生みだせる文化として提示していくこと。
 そのためには、グローバル資本主義的なものを全否定しないで、いろいろな新しい流れを受け入れ、咀嚼し、自分たちの特性と合わせていきながら、「一般論に飲み込まれない自分たちの個別解」を探し続ける必要があります』

 ということなんだけれども、実際にそれをやるのは難しそうだ。過去のバブル期に大きな失敗をしてしまった経験がある我々日本人は、アメリカ人のように過去を完全に忘れ去って前に進むということは、なかなか難しい。

『しかし、今大事なことは「王道さ」の中に「貪欲さ」を取り入れることことなんですね。それには国民全体のレベルの深いところの「価値感の転換」のようなものが必要なのです。
 そして、そこに必要なのが、いわば安倍政権が唱導していた「戦後レジームの総決算」といったような問題を、政府と関係ない民間の人たちのレベルで決着させることなんです』

『たとえ安倍政権が嫌いでも、というか嫌いだったら嫌いなればこそ、安倍政権じゃないやり方で、もっとあなたなりに納得できるやり方での「戦後レジームの総決算」が必要なんです』

『「アメリカ文明」が不可避的に押しつぶしてしまっているものを、「アメリカ文明」の内側に繰り込んでいく作業を、どこよりもうまくできるのがこれからの日本なんですよ』

『「アメリカ文明が知らずに踏みにじってしまったもの」が世界中で噴出している時代において、「国内だけにとどまらない世界的に喫緊の課題」でもあるし、「我々が世界で一番うまくできるはずの課題」でもあるんですよ。
 そういう、「新しいリベラル」を始めようじゃないですか。ネット右翼さんや安倍政権に文句言ってるだけじゃない、前向きなリベラルをね』

 なるほどなあ。確かにアメリカに寄り添って生きてきた戦後の日本である以上、そんな沈みゆく大国アメリカを救えるのは日本だけなのかも知れない。そして、「アメリカを救う」ということは、反アメリカ的な世界に生きる国々をも救うことになるだろう。

 益々、重大な責任が日本にはあるということですね。

『「アメリカの時代」の終焉に生まれ変わる日本』(倉本圭造著/幻冬舎ルネッサンス新書/2012年12月5日刊)

2015年1月14日 (水)

アメリカはいつまで超大国でいられるか

 それはソ連の崩壊によって明確な対立軸がなくなった時に始まっていたんではないだろうか。それまでソ連という明確な対立軸があって、その為に軍事費の増大という問題にたいしても国民の支持が得られたんだろうけれども、その後のアフガニスタンやイラクなど、それこそ超大国アメリカに比べればあまりにも小国でしかない国々では明確な対立軸にはならない訳で、そのような小国と対峙しなければならなくなってしまった時から。アメリカの存在感は小さくなってきたのである。

Photo 『アメリカはいつまで超大国でいられるか』(加瀬英明著/祥伝社新書/2014年12月10日刊)

 もともとアメリカには「モンロー主義」という考え方があって、特にヨーロッパには口出ししないものなのだが、一方で、やたら外国の国の主権を脅かす「お節介主義」というのもあって、特にアジアでは自分が盟主だと思っているアメリカはアジアには口出ししたがる傾向がある。

『第二次世界大戦後のオバマ大統領にいたるまでの一二人の大統領を、外へ向かって、積極的に立ち向かう政策をとるリーダーと、家に籠るリーダーに分けてもるとすれば、トルーマン、ケネディ、リンドン・ジョンソン、レーガン、ブッシュ(子)の六人が、前者のグループに分類されよう。
 後者の内へこもるタイプのなかに、アイゼンハワー、ニクソン、フォード、カーター、オバマの五人が入ろう。
 ブッシュ(父)と、クリントンの二人は、その中間になるだろうか』

 といっても、それはたまたまその人たちが政権を取った時代がそのような行動を取らなければならない時代的背景があったからだろう。

『オバマ大統領も、前任者が引き起こして、失敗した戦争の後始末を、委ねられている』

 と加瀬氏も書くように、そのような時代的背景の結果であって、もともとその政権が持っている性格というようなものではない。

『ソ連は、アメリカと真正面から対決する、強力な敵だった。
 米ソ間には、米中関係のように、経済的な相互依存関係が存在しなかったから、ソ連を敵として、はっきり見ることができた。
 ところが、いまでも、アメリカは中国が敵であるのか、友であるのか、決めることができかねている。
 そこで、このところ、アメリカのマスコミは中国を指して、「フレンド」(友)と「エネミー」(敵)の二つの言葉を合成して、「フレネミー」という言葉が造られて、しばしば用いられる』

 というけれども、アメリカにとって中国は少なくとも「友」ではないし、同時に「敵」でもないだろう。最近の中国は軍事費を急速に増大させているとはいっても、その軍事力はまだまだアメリカの足元にも及ばない。特に、軍事力のもととなるテクノロジーの部分において、まだまだ独自技術を持たない中国の軍事力というものは、アメリカには遠く及ばないし、「敵」となるにはまだまだ数十年はかかるだろうし、その数十年の内に中国の現体制が崩壊する可能性の方が高い。また、「友」としての中国も、やはり経済体度成長する中国の経済だが、日本がその後自らの技術力と開発力を獲得して先進国の仲間入りしたのと異なり、いまだにそうした先進国の仲間入りできる状況には未だ中国はなっていないし、そのまま、政治体制の崩壊と同時に、経済体制も一時的にかもしれないが崩壊する可能性もある。

『これからは、中国とインドがアジアの将来に、大きな影響を及ぼしてゆくこととなろう。
 私は中国の現体制が長く存続そることは、ないとみている。中国の現体制が崩壊する時に、アジアが大きく揺さぶられることになろう。
 私はこれからインドが大きく発展して、中国と入れ替わって、アジアの巨人経済になると思う。中国はきわめて脆弱な一党独裁体制のもとに置かれているが、対照的にインドは民主法治国家である。
 中国は先進諸国の企業の下請けとして、安価な消費財を製造することによって、経済が大きく発展してきたが、独自な科学技術に見るべきものがない。
 それに対して、インドには学問の自由があり、先進諸国とソフトウェアの分野で、肩を並べている』

 という見方には私も賛成だ。

 ところで、加瀬氏は「第8章 日本はいつまで、アメリカに国防を委ねるのか」で

『私は日本を再び独立国とするために、日米安保条約を対等な防衛条約に改めなければならないと、信じていた』

『二〇一四年七月に、集団的自衛権の行使について見直す閣議決定が、ようやく行われた』

 と書く。

 勿論、条約というものは基本的に「双務的条約」であるべきで「片務的条約」というのは、独立国家としてはあり得ないし、「安全保障条約」を結ぶ以上は「集団的自衛権」を行使する状況もあり得るだろう。

 オバマ大統領は2013年9月に「アメリカは世界の警察官ではない」と断言している以上、もはや他国から日本が攻撃を受けたときに、アメリカが一方的にそれから日本を守ってくれるということはないと考えるべきだろう。その為には日米安保条約を現在の片務的条約から双務的条約に改定することには意味があるだろう。

 同時に集団的自衛権も、それが国連憲章で保障されている権利である以上、認めない訳にはいかないだろう。しかし、これまで政府自身が日本国憲法第9条との齟齬があり、これを認めてこなかったという経緯がある。つまりそれは憲法解釈の問題であり、第9条がありながらも自衛隊を認めてきた日本政府と国民であるから、そうした憲法解釈があってもよいのだろうが、それが内閣だけで勝手に解釈を変えるというのはいかがなものだろうか。

 やはり、キチンと国会という開かれた場所で論議しつくした上で、憲法解釈を変更すべきなのではないだろうか。

 多分、現在それを拒む勢力はいなくなっている筈なんだけれどもなあ。 

『アメリカはいつまで超大国でいられるか』(加瀬英明著/祥伝社新書/2014年12月10日刊)

2015年1月13日 (火)

『マッキンゼー流 入社1年目 問題解決の教科書』って、もっと凄いのかと思ったら

「マッキンゼー流」というところに、なにか特別な違いがあるのかなと思って読んでみたんだが、実はそうではなくて、マッキンゼーは基本に忠実なだけなんだということに気づかされる。

 まあ、そういうことでマッキンゼーが特別なんじゃなくて、他の日本企業が基本を忘れてしまっているということなのかなあ。

Photoマッキンゼー流 入社1年目問題解決の教科書』(大嶋祥誉著/ソフトバンククリエイティブ/2013年10月1日刊)

 マッキンゼーと言えば大前研一氏や勝間和代氏、更に言えばあの匿名超有名ブロガーちきりんさんの中の人ではないかと言われている伊賀泰代さんの出身母体である。本書の著者の大嶋祥誉さんに言わせれば『平均3~5年。これはなんの数字かというと、世界最強のコンサルティングファームと称されるマッキンゼー社員について、まことしやかにささやかれている平均的な在籍年数です。私もそうですが、多くのマッキンゼー卒業生の実感値としては、そう外れていないでしょう。「え、そんなに短いの?」と驚かれるかもしれません。けれど、現実に入社3~5年もすれば、マッキンゼーを卒業して起業する人、さまざまな事業会社で経営やマネジメントに携わる人は珍しくはありません』ということなのだ。

 私も自分の実感からすれば、大体3~5年その会社に在籍すれば、会社経営の基本は見えてくるのだから、そこで起業したりするのは、今の時代ならなんとなく見えてくる可能性かなという気もする。私もその位の時期に(入社5~7年位かな)、今の会社を辞めて何か事業を興そうかなという気分になった時期があったことを、この本を読みながら思い出した。

 まあ、その位の時期って、誰しもそんな思いを持つ時期なんだろうなあというところで、では、そんなマッキンゼーの入社1年目の社員教育ってどんなものなのだろうか、という観点で読むと、意外とこれがそんな特別なものではなくて、普通なんだよな。ただし、その結果としての問題把握が普通じゃない。

『問題設定と解となる領域を決める→課題を整理し構造化する→情報収集を行う→仮説を立てる→仮説を検証する→解決策(打ち手)を考える→解決策を実行する』

『「問題を分解」する作業で大切なことは3つ。一つ目は「モレなくダブりなく」分解すること。

 二つ目は「事実(ファクト)ベースで行う」

 三つ目は「重要度の低いことは深く掘り下げない」 』

『問題解決をするときには現状から発想をするのではなく、あるべき姿、ありたい姿という高い視点から発想すべきです。

 問題解決をするには「ロジカルシンキング」が大事だということは、いろいろなところでよく言われています。

 問題解決のプロセスで遭遇する、いろいろな事象や要因、自分で考えた仮説を原因と結果がはっきり分かるスッキリしたものにすることが「ロジカルシンキング」だというように考えてみてください。

 そして「So What?(だから何?)」「Why So?(それは、なぜ?)」という自問自答をくりかえすことで、ロジックが磨かれ、強いものになっていきます。

 問題解決をとことん突き詰めていくと、「誰に、何を、どのように」してもらいたいのかというところに行き着きます』

 というこれらの論は特別なことではない。ただし、それらの基本に以下に忠実に従って行っていくのかとということになると、思わず間違った方向に向かって、「もぐら叩き」のように、問題に向き合ってしまうのである。

『マッキンゼーでは情報やデータを得るリサーチは「必ず原典にあたれ」「徹底して現場に出向いて確かめろ」ということを口酸っぱく言われました。

 白書をそのまま引用しただけのものであれば、マッキンゼーでは「情報」とは呼ばれません。もし、それらの情報を使いたいのであれば、「直接、その省庁に出向いて担当者にインタビューしなさい」というのがマッキンゼーの流儀。

 まるで警察の張り込みと聞き込みです。  警察も、ただ漠然とそうした仕事をするのではないでしょう。自分なりの捜査の仮説を立てて、聞き込みをするはずです。私が行ったのも、それと同じ。

 そこで収集したお客様のインサイト、そして接客しながら感じた感想という「一次情報」とアンケートデータを重ね合わせて、想定を超えるバリューを出すための仮説を立てて検証していきます。

 リサーチで原典にあたるということは、こんなふうに、ふつうに出回っている情報だけを見ていては気付かない「アラート」(注意深さ)を持つことでもあるのです。

 アナログな方法ですが、原典の情報を得るために、それがいちばん確実であると判断したときには、文字どおり「自分の足で稼ぐ」ということも躊躇しません』

 と、これらもまず「基本のキ」なんだが、ついついラクをしたくなってしまうのが私たちである。

 つまり、マッキンゼーで入社一年目に叩きこまれることは、「基本を大事にしろ」ということなんだなあ。私たちなんかは「要領」というものを教え込まれる。ここが一番違うところで、この泥臭いほどの「基本」というのがマッキンゼーなんだということがよくわかる。

 で、基本がキチンと出来ていれば、他の会社に移っても、起業しても、それは使える職業姿勢なんだということなんだろう。

 で

『マッキンゼーでのグループというのは、固定されたものではなく、プロジェクトごとにアサインされたメンバーが集まる〝期間限定″のチームであることが大きな特徴です』

 という点は、たとえばメーカーなんかではあり得ない、コンサルティングファームならではのグループ形成の考え方だ。

『まず、鍛えられるのは〝孤独耐性″かもしれません』

 ということが、マッキンゼーの在籍年数の短さということにもつながるのかも知れない。

 って、それが結論かよっ!

マッキンゼー流 入社1年目問題解決の教科書』(大島祥誉著/ソフトバンククリエイティブ/2013年10月1日刊)

2015年1月12日 (月)

しばられ地蔵尊

 東京メトロ丸ノ内線を茗荷谷駅で降りて、拓殖大学の方向に茗荷坂を下っていくと、ちょうど拓大の前に「曹洞宗林泉寺」というお寺があって、そこに「しばられ地蔵尊」というのがあります。

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 縄でぐるぐる巻きにされた、かなりMなお地蔵さんがいるわけなのですが。

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 ところが、この「しばられ地蔵」を解説する文京区教育委員会の碑文がちょっとおかしい。

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『人々が願いをかけるとき地蔵尊を縄でしまり願いが叶うと縄をほどくので、しばり地蔵といわれた。『江戸砂子』には小日向林泉寺の、しばり地蔵は大変有名であると記されている。
「昔、呉服屋の手代が地蔵さまの前で休み居眠りをしているうちに反物を盗まれてしまった。奉行は石地蔵が怪しと言って地蔵を荒縄でしばり奉行所に運んだので物見高い見物人が一緒に奉行所内に入ってしまった。許しもなく入った人々に罰として三日以内に反物を持参させた。その中に盗品があり犯人を検挙した。」この「大岡政談」の話しの地蔵尊は現在の葛飾区東水元(南蔵院)にあるが、「縛られ地蔵」として有名になったのもこの頃からと思われる』

 って、なんで小日向のしばられ地蔵の説明に水元のしばられ地蔵の話が出てくるんだろう。

 さらに、『「縛られ地蔵」として有名になったのもこの頃からと思われる』というのも、それは水元のしばられ地蔵であって、小日向のしばられ地蔵じゃないのではないか? と思えるんですね。

 そうじゃなくて、我々としては小日向のしばられ地蔵の由来を知りたいわけですよ。でも、ググッても出てくるのは水元のしばられ地蔵の話ばかりで、小日向のしばられ地蔵については、それを見に行った人の話ばかりで、その由来についてはどこにも触れていないのです。

 うう~ん、てことは初めからここ小日向のしばられ地蔵は、水元のしばられ地蔵のイミテーションってことだったんだろうか。

 こちらが葛飾区東水元にある天台宗業平山南蔵院におわします「元祖 しばられ地蔵」。

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 さすがに、本家本元だけあって、そのしばられ方は尋常じゃないですね。かろうじて顔が見えていた小日向に対して、こうですもんね。しばり縄、一本百円です。

Fujifilm X10 @Kohinata Bunkyo, Higashi Mizumoto Katsushika (c)tsunoken

2015年1月11日 (日)

神楽坂有情

 昨日は風もなく暖かい日だったので、神楽坂までお散歩を楽しんだのです。

 えっ? 駒込から神楽坂って遠いんでしょ? と思うでしょうが、実は駒込から小日向を通って神楽坂までは4~5km(一里)ということで、小一時間も歩けば着いてしまうのです。

 まあ、江戸のスケールなんてそんなもんです。っていうか、江戸時代の人なんてその位の距離は歩いて当然だったんですけれどもね。

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 で、まずは神楽坂といえば赤城神社でしょ。なんせ「赤城元町」というところにある由緒正しい神社なのです。皆さんも神楽坂に行ったら毘沙門天だけじゃなくて、この赤城神社にも詣でてくださいね。

 んで、次がここです。「鮎の天ぷら最中」で有名な梅花亭という和菓子屋さん。

 以前、池袋の山手線の陸橋を渡った先にあったんだけれども、そこがマンションになってしまって、店がなくなってしまったので心配(余計なお世話)していたんだけれども、ちゃんと神楽坂に移って(ないかもしれないが)お店をやっていて安心した記憶がある。神楽坂には、ここ坂上と坂下の二軒あります。

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 次に行ったのがここ「四代目 和のそうざい」っていう近江屋。実は、昨日やっていた関西テレビの「にじいろジーン」って番組で取材していたお店なんですね。

 なんだ「ネタ元はそっちかい!」と突っ込んでいただいても結構です。そうです、どうせそんなもんなんですよ。

 
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 で、まあせっかく神楽坂に来たので毘沙門天様にね。

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 で、毘沙門天の脇を入っていくと「見番横丁」なんてのがあるんだが、勿論、今や見番なんてものはないし、「一見さんお断り」なんて店もなくなっている神楽坂なのであります。

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 でもそこをもっと奥まで入っていくと、こんな「JNC神楽坂寮」なんてのがあります。JNC(元チッソ)が元新喜楽という料亭だったところを買い上げて、多分、最初は会社の接待用の施設かなにかで使っていたんだろうけれども、現在は普通に予約すれば食事を出したり、宴会をやったり出来るようですね。

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 さらに裏・神楽坂をぶ~らり。ぶ~らり行くと。

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 神楽坂若宮八幡神社に突然行きあたります。でも、この神社妙に狭いなと思ったら、神社の右側がマンションになっていて、マンションの前を行くと、1階の表札に「若宮」と書かれています。つまり、マンションの敷地は神社の敷地で、1階が神主さんの家兼社務所というマンションなんですな。

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 そのまま市ヶ谷砂土原町の方まで出てしまったので、向きを変えて再び神楽坂へ。

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 で、出版クラブのまえを通って、再び神楽坂へ至る。

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 で、神楽坂下の梅花亭の前を通って、外堀通りへ出れば神楽坂の旅は終わりです。

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Fujifilm X10 @Kagurazaka Shinjuku (c)tsunoken

2015年1月10日 (土)

『保守とは何だろうか』から読み取れる、国民国家崩壊の恐れ(というか希望)

 TPP猛反対の保守派ナショナリスト中野剛志氏の本である。

 どんなことが書いてあるのかな……、とワクワクドキドキしながら読んだのだった。

Photo 『保守とは何だろうか』(中野剛志著/NHK出版/2014年8月31日刊)

 が、しかし……

『冷戦期においては、資本主義を社会主義へと抜本的に改変しようとするのが「革新」であり、「革新」に対抗して資本主義体制を維持しようとするのが「保守」であった。しかし、資本主義それ自体が革新の運動であるのだから、資本主義体制を維持しようとする「保守」は、「革新を保守する」という自己矛盾に陥ってしまうのである』

『なぜ、保守は死んだのか。それは、「新自由主義」あるいは「市場原理主義」というイデオロギーと結びついたからであるとグレイは言う』

『ところが、奇妙なことに、一九九〇年代以降、冷戦が終結したにもかかわらず、保守は、新自由主義との結託を解消しなかった。それどころか、日本の保守勢力は、いっそう色濃く新自由主義に染まっていったのである』

『新自由主義がもたらしたものは、低成長と異常な格差の拡大、そして資本主義の不安定化であった。特に〇八年のリーマン・ショックは、資本主義それ自体を存続の危機へと陥れた。そして現在もなお、世界的な資本主義の危機が続いている。 こうして新自由主義に毒された「保守」は、自身の存立基盤である伝統的な生活様式や共同体、自国固有の文化などを破壊した挙句に、資本主義体制の維持にすら、失敗したのである』

 そう、今や、資本主義を倒して社会主義の国を作ろうと言っていた社民党(旧・社会党)や民主党が、既成の正規雇用労働者による労働組合をベースに依り立っているだけに、単なる既成の権利の旧守派になってしまい、逆に資本主義を守ろうとしていた自由民主党が、新自由主義経済でもって、それこそ資本主義を壊そうとしているという勢力になってしまっているということなのだ。

 マルクスが予言したとおり、資本主義が壊れて、そして次に現れてくる経済体制(政治体制)がどんなものなのかは、いまだに分からないままだ。しかし、マルクスが予言したとおりの共産主義体制ではないようだけれども、マルクスが予言した「資本主義体制の崩壊」というのだけは当たっているようだ。

 マルクスが予言した時期は今から167年前の1848年なんだから、今のように企業自体がグローバル化するなんてことは考えられなかった時代で(企業が海外進出することが当たり前になったのはレーニンの「国家と革命」の時代、つまり19世紀末の後のことだ)、まだ企業が国家の中に閉じ込められていた時代で、国家自体が海外に手を伸ばしていた時代だ。しかし、今や企業自体がグローバル化してきて、国境を易々と超え、国家がそんな企業の後を追えない時代になってしまった。もはや「国民国家」というものが成り立たない時代になってしまっているのだ。

 そんな時代に国家はどうやって国民の福祉を考えていけばいいのだろうか。

『普遍的な原則ではなく、便宜に基づく政治を重視するプラグマティックなコールリッジは、画一的でグローバルな世界よりも、国民国家から構成されるモザイク状のインターナショ ナルな世界を理想とするのである』

『ただし、コールリッジが理想とする国民国家は、当時のイギリスにおいて実現されたタイプのものである。それは、各個人が一つの国民へと組織され、統合されてはいるが、個人の自由が犠牲になっているわけではないような国家体制である』

『個人は国家の一部でありながら、同時に個人としても存在しうる。そういう個人が「国民」であり、そういう国家が「国民国家」なのである』

『国民国家とは、ナショナル・アイデンティティを自発的に選び取る人々の主体的・積極的な意識(ナショナリズム)を基盤とする国家形態である』

『国民国家を守ることはナショナル・アイデンティティを守ることであり、人間を守ることである』

『国家間の競合関係こそが、各国の独立を保つ』

『真のナショナリストであれば、無謀な野心に駆られた侵略や征服を企てたりはしない。真のナショナリストとは、便宜に基づく政治を行う現実主義的・実践的な政治家なのである』

『真のナショナリストは、現実主義的な政治判断に立ち、独立した国民国家から構成される多元的な国際社会を理想とする』

『アメリカという国には、各国の歴史や文化の多様性を一切顧みずに、自由や民主主義といった原理原則を世界に画一的に広めようとする一極主義(unilateralism)の傾向が色濃くある』

『理性が発見した抽象的な原理原則を掲げた急進的・抜本的な改革に対しては、徹底的に抵抗する。これこそ、保守主義の最大の特徴である』

 う~ん、やっぱり中野氏は「国民国家」というものをベースに置いてるんだなあ。この辺は、多分、中野氏とは意を同じくしない内田樹氏なんかと実は同じで、国民国家というものを破壊しかねない「グローバル企業」というものを批判しているのである。つまり、内田氏も今や「保守」ってことね。今や国民国家なんてことを語るのは「保守」ってことなのだ。最早、国民国家自体が崩壊してきているのだからね。

 今や「国民国家」というもの自体が、国民を拘束するだけのものでしかない、という認識を国民自身が持ってしまっている。それと同時に、国家が必ずしも国民を守ってはくれない時代になっているんだなあ。

 ということなので、問題は、今や「国民国家」というものを前提としてモノを語るのか、あるいは「グローバル」というものを前提としてモノを語るのかということなんだ。

 昔、高校生運動をやっていた立場から言えば、基本的に「国民国家」というものは「ありえない」というのが基本だ。勿論、それが共産主義運動の中で壊されるのが昔の理想だったんだけれども、もうそれが不可能になった段階では、別に「共産主義運動」でなくても、「資本主義の自壊」でもいいから、「資本主義」「国民国家」なんてものは崩壊して欲しい。

 つまり、これはアナーキズムなのかも知れない。でも、その位にこの国は進んできてしまっている。多分、我が国がお手本にしていた(はずの)アメリカ以上に進んでしまっているということなのではないか。

 う~ん、タマには保守派の本を読むのもいいなあ。逆のことを考えながら読めるっていう良さがありますね。

 やっぱり、ノンセクト・ラジカルの思想ってアナーキズムなのかなあ。まあ、基本的にはマルクシズムを標榜しながらも、結局はアナーキズムなんだろうなあ。

『保守とは何だろうか』(中野剛志著/NHK出版/2014年8月31日刊)前年の10月10日に刊行されたNHK出版新書の電子化なんだけど、もう紙版と電子版の同時出版も考えた方がいいんではないですかね、NHK出版さん。

2015年1月 9日 (金)

総事業費910億円、「首都高大改造」工事第一弾の全貌

 今日の日経新聞は『総事業費910億円、「首都高大改造」工事第一弾の全貌』をクリップ。

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 なにしろ50年前にできた道路だから、実際走って見るとかなり傷んでいるのも事実だ。

 特に一番古い羽田線や横羽線は道路も狭い。これが改善されればかなり走りやすい道になるだろう。

 ただし、お金も時間もかかるらしい。

千葉ニュータウンに行ってきた

 千葉ニュータウンに行ってきました。

 東京の多摩ニュータウン、横浜の港北ニュータウンに次ぐ大規模ニュータウンなのですが、先行する二つのニュータウンに比べると元気がないそうなのです。

 で、まずは北総鉄道千葉ニュータウン中央駅で降ります。

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 とりあえず北口方面へ行ってみましょうか。

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 千葉ニュータウンというのは、ここ千葉ニュータウン中央駅だけじゃなくて、西白井駅、白井駅、小室駅、印西牧の原駅、因幡日本医大駅そのそれぞれ周辺に展開している、東西18km、南北2~3kmに広がり、総面積は約1930haという巨大なエリアで、千葉県と独立行政法人都市再生機構(UR都市機構)が協同で開発しています。

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 北口は、まあちょっとは離れているけれども、駅までは歩いて行けるところに高層マンション群があります。

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 で、マンションの左側を見ると、ありますねえイオンがその存在感を示しています。

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 UR都市機構はこのエリアに15棟の賃貸マンションを作っていて、その存在感を示しています。

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 高層マンション群を抜けると公園があって、子どもたちが遊んでいます。

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 で、その公園を抜けるとこんな低層マンション群になります。

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 更に、低層マンション群を抜けると、やっと一戸建ての分譲住宅にたどり着きます。

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 まあ、この辺はニュータウンを作るときのお約束なんでしょうか、前に新浦安に行ったときもそうだったもんなあ。

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 で、再び駅に向かって歩いて行くと、なんと巨大な校庭を持った小学校が。鼠の額(猫の額より狭いですよね)みたいな文京区の小学校しか知らない私には、まさしく「信ジラレナ~イ」ですね。

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 ということで、今度は南口の方へいきます。

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 北口に比べると開発が後になったのか、まだまだ建設中のマンションがいくつかあります。

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 高層マンションの先にも、まだまだこれから開発なのか、そこでおしまいなのか、一戸建てみたいな感じの街はできていません。

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 おお! 独立行政法人都市再生機構千葉事業部の建物です。URで独立した建物になっているのは初めて見た!

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 で、まだまだ分譲中の土地がいっぱいあるんだなあ。

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 しかし、この街に住みますか? って聞かれたら、多分、私は住まないだろうなあ。都会の、ゴチャコチャチマチマした下町の、昔からある商店街のある町を愛する私としては、あまり住みたい街ではない。

 だって、千葉ニュータウン中央駅に関して言えば、日々の買い物をするところはイオンしかないんですよ、イオンしか。

 まさにイオンが街の人々の生活のためのインフラになっている訳で、私企業であるイオンなんだから倒産ってこともあるんですよね。とすると、その日からこの街の住民は電車に乗って隣の駅まで買い物に行かなければならなくなってしまう。

 う~ん、ちょっとなあ。

Fujifilm X10 @Chiba New Town Inzai (c)tsunoken

2015年1月 8日 (木)

『ヤングマガジン』電子版を読む

 1月5日のブログで『講談社・マガジン、ヤンマガの配信開始』と書いたので、早速買ってみた。『ヤングマガジン』

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 目次はこんな感じで、まんま『ヤンマガ』

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 中を見ると、コミックスだけでなくて文字ページもそのまま入っている。ただし、グラビア・ページはないです。

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 巻頭カラーは『GTO パラダイス・ロスト』

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 週刊誌サイズ(B5)なので、電子出版になると小さくて読めないかな? なんて考えたのだが、普通読んでいるコミックスだって新書判からの電子化ではあるが、それだって元々はB5判なんだから、普通に読めて当たり前なのであります。

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 見開きページはこうやってKindle Fireを横にして読みます。

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 私のオススメは『山賊ダイアリー』

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 って、あれ? 『山賊ダイアリー』は『イブニング』じゃなかったっけ?

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 実はコレ、『イブニング』の『山賊ダイアリー』の『ヤンマガ』スピン・オフ版なのでした。題して『山賊ダイアリー ××に泊まろうシリーズ』のサバイバルキャンプ編なのだ。

『山賊流キャンプ・9つの掟』っていうのがあって、これが面白い。

掟①キャンプは2泊以上する
掟②食料・水は現地調達
掟③道具はシチュエーションにより変更するが最低限に留める
掟④ひとりで行き、他人に話しかけない
掟⑤携帯は持たないが、思いで作りのためデジカメはOK
掟⑥キャンプ地を往復する以上の金銭を使わない
掟⑦法律・条例は緊急時をのぞき、守る
掟⑧ゴミは出さないで持ち帰る。たき火の跡、排泄物は埋める
掟⑨無理はしない

 って、岡本健太郎氏っていつもこんなキャンプをしているのか。

 凄いな。

2015年1月 7日 (水)

敏腕「ロボット記者」を現場歓迎 AP通信の実験

 今日の日経新聞は『敏腕「ロボット記者」を現場歓迎 AP通信の実験』をクリップ。

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『AP通信のロボット記者とは、編集オフィスで記事を書くヒト型ロボットではない。マネージング・エディター、ルー・フェラーラによると、社内で「決算原稿の自動化」と呼ばれているシステムのことだ。昨年7月に試験導入し、10月に正式に導入した。

 ロボット記者が執筆しているのは、米国企業の決算を伝えるニュース原稿。今は、決算の数字を中心とした300字以下の短い原稿だけだが、すばやく大量の原稿を執筆して出稿できる。

 この記事作成システムを説明すると、まず外部の米金融調査会社ザックス・インベストメント・リサーチが決算リリースから必要な数値を抜き出してデータ化。次に、それを米オートメーティッド・インサイツの文章作成ソフトが「AP通信風の決算記事」の形に整える』

 というもの、決算記事のようなある種定型的な原稿の場合、こうしたロボット化も可能ということなのだろう。AP通信の現場としては、これによって記者たちは本来の取材・原稿作成などに充てられるので、こうしたロボット化を歓迎しているという訳なのだ。

 逆に言うと、こうした定型的な文章しか書けない記者はクビになるってことなのだろう。

森山大道『遠野物語』から『遠野 2014』へ

『日本人の心の故郷ともいうべき“遠野郷”に行ってみたい、久しぶりに東北の山河を目にしてきたい、という思いが僕の気持ちのなかに萌(きざ)したのは今年初夏の頃であった。

 この一・二年、僕は国内外いくつもの都市の喧騒と混雑のさなかに身を置いて、ひたすら歩き写しつづけるばかりだったので、ほんのしばし日本の風土、懐かしき里山に触れ、目とそしてレンズを向けたくなったのだ。

“遠野郷”は、もう四十年も以前(まえ)、民俗学者・柳田國男氏が編んだ幻想に充ちあふれた民話集「遠野物語」の世界に惹かれて撮影に行き、後に東京で僕の初の写真個展を開催した遠い思い出の場所である。そのときの、こころよかった記憶のイメージの数々が、過日ふと僕の内部(なか)によみがえり、とにもかくにもカメラを手に現在(いま)の遠野へと出掛けてきたのだ。

 中秋の“遠野郷”は、丁度稲の刈り入れが始まったときで、町場に人影は薄かったが、野も山も河もたおやかで、しかし、したたかな時間と風景の広がりの中に在った。』

 というのが森山大道氏が自らの写真展『遠野 2014』に寄せたメッセージ。

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『そして、そんな場所への興味が尽きないなかでも、いつもどこか、僕の心の奥隅のほうでひっかかかっている場所として、つまり僕にとってたんに興味がある場所という以上に、もっと根深いこだわりと言わざるをえない「もうひとつの場所」として、遠野があったわけなのです』

 と、40年前に『遠野物語』を書きはじめ、

『いま僕は、ひとまずふるさとといった言葉やイメージからは遠ざかっていたいと思っています。けれどまたそれとは別の原景を追いかけて「もうひとつの国」を探しにいくことになるだろうと思っています。どうせふるさとなどありっこないのだし、心の内にあるばかりで、原景などというものは見つかりっこないのでしょうが、それでもやはりここではないどこかへ、イライラクヨクヨをつづけながら出かけていかざるをえないでしょうね。そして本当に何も言えなくなってしまったとき、つまり一切の問いかけがなくなってしまったとき、僕はもう一度「写真よさようなら」と言ってしまうかもしれません。いまの僕の状態は、出口がないのではなく入り口が見つからないのです。ツァラトゥストラの言う「これが人生か、よしもう一度」といったところです。遠野よしばしさようなら、です』

 で、『遠野物語』を締めた森山大道氏が、それから40年経って遠野に何を見ようとしたのか、そして何が見えたのか……。そんな興味からキャノンギャラリーSに行って、『森山大道 写真展:遠野 2014』を見てきたのだった。

Dscf58942(c)Daido Moriyama

 はたして、森山氏のカメラに映し出されて遠野は、40年前と寸分たがわぬ遠野であった(のではないのだろうか)。

 私も数年前までは毎年秋になると遠野に行っていた時期がある。そこで見た景色、街並み、風景、人びとの生活は、その時点でも森山大道氏が40年前に映し出した遠野と同じだった。

 勿論、人びとの生活は変わっているだろうし、そこに住む人々は40年前の人々と同じではない。40年の間のテクノロジーの変化は確実にあるし、昔はなかった道路に新しい店も出来ている。

 しかし、それらのものが森山大道氏のモノクロ写真になってしまうと、昔と寸分たがわぬ遠野になってしまうのだ。

『機材の準備といったって、僕の場合三五ミリのカメラ一台に二八ミリレンズをつけて別にマクロレンズを一本、あとはフィルムのみです』

 という35mmのカメラとはアサヒ・ペンタックスSPのことだろう。今回はキャノンがスポンサーなのでPowerShot G7とEOS 6Dを使用したそうだが、多分大半の写真はPowerShot G7のモノクロフィルターで撮っているようだ。だとすると、数少ないカラー写真がEOS 6D使用なのかな。

 まさしくブレない写真家、森山大道氏の姿をそこに見るのである。

Dscf58952(c)Daido Moriyama

『遠野 2014』は2月9日まで、品川のキャノンギャラリーSにて開催中。

公式サイトはコチラ

『遠野物語』(森山大道著/光文社文庫/2007年4月20日刊)

2015年1月 6日 (火)

米家電見本市「CES」開幕 ネット接続製品が脚光

 今日の日経新聞は『米家電見本市「CES」開幕 ネット接続製品が脚光』をクリップ。

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『世界最大の家電見本市「コンシューマー・エレクトロニクス・ショー(CES)」が6日、米ラスベガスで開幕する。今年の注目は、あらゆるモノがネットにつながる「インターネット・オブ・シングス(IoT)」と呼ばれる分野の製品や技術だ。自動車メーカーの出展も増え、トヨタ自動車や米フォード・モーターなど過去最多の10社が参加する。

 家電・自動車各社は開幕を前に記者会見し「スマートフォン(スマホ)の次」と期待される新市場をにらんだ製品やサービスを披露した。独アウディが自動運転技術のコンセプトカーを披露し、米ゼネラル・モーターズ(GM)は衛星を使った自動車向け情報サービス「オンスター」の新サービスを発表した。

 今年のCESには家電、IT(情報技術)、自動車など3600社以上が出展し、6日から9日までの会期中に15万人以上の来場を見込む。900社以上がIoT関連の製品やサービス、技術を展示する見込みで、主催する米家電協会は「過去最大のIoTの見本市」と位置づけている』

「ネットと繋がる」「ネットで繋がる」という世界に入ってしまうと、すべての製品が「家電化」するのだなあ。そういえば、日本のCEATECも最近は自動車メーカーの出展が積極的だ。

『電子書籍で1000万円儲かる方法』でも、基本は大事ってこと

 鈴木みそ氏って、そうかあの『限界集落』の著者だったのか。そういえば、私もKindleで読んだんだなあ。

1000 『電子書籍で1000万円儲かる方法』(鈴木みそ・小沢高広著/学研パブリッシング/2014年8月刊)

 面白いのが鈴木みそ氏のこの発言。

『「1000人の村説」っていうのは、自分と同じ考えをもっている人が、世界中を探せば1000人くらいはいるだろうな、っていう考え方。その人たちに向けて発信することができるような場所を作れば、濃く長く、作家活動を続けることができるんじゃないかと思っているんですよ。noteを使えば、かなりそれに近いことができるんですね。いわば『月刊鈴木みそ』みたいな、自分だけの月刊誌を出すことができちゃう。
   <中略>
「1000人の村説」っていうのは、必ずしも1000人でなくてもいいんですけど、自分にあった仲間の数を想定して、その人たちにあわせて動くっていう考え方でもあるんですよ』

 なるほどなあ、確かに確実に自分の電子版コミックスを読み続けてくれる読者が1000人いて、例えばその1000人が毎月300円位の課金をしてくれれば、毎月30万円の収入になって食べていける。それが紙版だと650円位のコミックスを月に4600冊、半年に一冊コミックスを出すとして28000冊を売らなければならない。結構これって大変そう。

 まさしくネットの時代の考え方であって、有料メルマガなんかをやっているブロガーの発想とよく似ている。

 で、その電子書籍コミックスで1000万円儲かる方法なんだが……

『売るための技術①「電子書籍ユーザー」の特性を理解する 
『現時点でのマーケティングっていうところだと、ウチやみそさんがウケたのは、我々の読者の多くが、ネットと相性がよいお客さんだったから、というのもあると思うんです。ガジェットだったり、テクノロジーだったり、ネットワークだったりに興味をもっている人が好みそうなテーマの作品を、僕らもみそさんもよく描いているわけですから』
『電子書籍のマーケティングやプロモーションにSNSが有効っていう話がありますけど、それもSNSやネットと相性が良い作家が、今の電子書籍市場で売れているということに過ぎないのかもしれない』

『売るための技術②電子書籍ならではの表紙デザイン
『誰でも共通するテクニックとしては、Amazonで電子書籍が売られる場合の〝見え方〟を意識するっていうのがありますね』

『売るための技術③適切なボリュームの設定
『感覚的には、シリーズ物の場合は四~五巻くらいのボリュームが、いちばん売りやすいし買いやすいかもしれない』
『僕は、電子書籍の場合は薄くて安いほうが売れる可能性があると思う。もっと巻数を短く、一巻を5分割で100円ずつとかにしたほうが、ユーザー的には買いやすくなるんじゃないかな。実際は割高になったとしても』

『売るための技術④パッケージの価値観を想定する
『電子書籍も、しっかりと独立したビジネスにしていくためには、紙の書籍とは違う、価値観のパッケージを確立させなければならない』
『そして、僕らには、そのパッケージをこれから創り出す自由があるわけです。ここが、既存の出版社が行っている電子書籍ビジネスとは違うところ。彼らは、どうしたって紙のパッケージから抜け出すことはできないだろうから』
『その可能性があるのって、出版契約の問題にも関係してきますよね。全三巻の本を、分割して売った場合って、別の本になっちゃうから出版契約書の枠から外れるんですよ。なので、それを編集部が止めることは、契約や法ではできない』
『マンガの場合、僕の感覚だと60ページくらいでもいいかな、という気もします。ちょうど物足りないくらいで』
『今度は月額いくらで読み放題みたいに、束ねたものを安く読めるようなしくみが登場しますよね』

『売るための技術⑤自分にあったキャラクター設定をする
 芸能人はコンテンツではなくてキャラクターを売っている商売である
 みそさんにとっては、それがセルフプロデュースになっている、ともいえますよね。キャラクターが強い人は、ネットに限らず有利ですね』

『売るための技術⑥SNS別の特性を理解する
『TwitterもFacebookも話題になってから結構時間が経っているので、なにかそろそろ次のツールが来る頃ですよね。それが、もしかしたらnoteかもしれない。LINEは、今のところ宣伝には向いていないですから』

売るための技術⑦フォロワー獲得の王道とは
『超基本的な答えになってしまうんですけど、インフラ作りの第一歩は、まず自分が描きたい作品を描いて発表し続けるということに尽きる気がする』
『面白い作品であれば、必ず誰かが見つけてくれるって言うと、ちょっときれいごとっぽくなっちゃいますけど、実は世の中、まだまだその程度には健全なんだと思います。僕だって、Webで描いていたマンガ家さんを、これまでに何人、編集さんに紹介したことか。そこからデビューした人もいっぱいいますしね』
『デビューまでは簡単なんですよ。読者のほうも、読んでからすぐにポイッと捨てるように、コンテンツを消費してきますからね。そこで、いかに消費されないような存在になるかというサバイバルが、現在の作家にとって重要な課題なんです。僕の場合は、自分の作品とキャラクターをセットにすることで、サバイバルを図っているわけですね』

『売るための技術⑦―2 パブリックなプロデュースを行う作家たち
『これからはマンガ家のタレント化が始まるってこと。みそさんみたいに、作品とキャラクターをセットにした生き方をする人が増えてくると考えていたんです』

『売るための技術⑧電子書籍に不向きなジャンルとは?
『少女マンガ系は不利なジャンルといえるんじゃないでしょうか』
『これも現時点では当然のことですが、子ども向けのマンガは難しいです』
『端末を持っている子どもの数が少ないだけでなく、子どもはクレジットカードを持ってないから、自分で電子書籍を買うことができない』

『売るための技術⑧―2「電子書籍はオタクに売れない」と思われる理由
『年齢層でいえば、現状では25歳から45歳くらいが電子書籍ユーザーの範囲でしょう。なので、その世代にマッチしている作品であれば、実はジャンルはそんなに関係ないとも言える』

『売るための技術⑨ジャンル分け、タグ付けを意識しない
『僕はそれでうまくいったことはないです。少なくとも効果を感じたことはない。ジャンル分けやタグ付けっていうのは、どちらかというとプラットフォーム側の都合ですから』

『売るための技術⑩ネット上の〝ノイズ〟を恐れるな
『大量の雑音の中に、役立つ意見や情報が隠れているっていうのが、ネット上でのリアクションでしょう。雑音も、基本的には酷いもののほうが圧倒的に多い。そこに直面しなければいけないのは、今の作家の宿命でしょうね。昔は出版社なり編集者なりが、ちゃんとフィルタリングをしてくれたわけですが。だからタフになれっていうことなんだけど、それも絶対条件ではないと思います』

 まあ、基本的にはブログなんかを運営する時の基本と同じなんだけれども、要はあまり〝ノイズ″を気にしても始まらないということ。あとは、やっぱり「マンガをビジネスにするための基本」(実はこれが一番大事、っていうかマンガを描く人はここが一番足りないところだからね)と、そして一番大事なのは「マンガを描く情熱」なんだなあ。

 基本は

『今も昔も基本的には、マンガ家を目指している人は、間違いなく純粋にマンガが好きな人。マンガを読むのも描くのも大好きで、まっすぐにマンガの世界を目指している人が大半でしょう』

 ってことですからね。

 まあ、本当の「基本の基」ですね。

 最後は「当たり前の結論」に行きつくって訳ですね。

『電子書籍で1000万円儲かる方法』(鈴木みそ・小沢高広著/学研パブリッシング/2014年8月刊)紙版はもうないようだ。電子のみ。

 こちらもどうぞ

結構、面白いですよ。

 

2015年1月 5日 (月)

講談社・マガジン、ヤンマガの配信開始

 12月24日のブログ『講談社 謎のサイトをオープン』で書いた謎がわかった。

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『週刊少年マガジン』『月間少年マガジン』『ヤングマガジン』の配信を開始。まず5日に『ヤンマガ』、6日に『月マガ』、7日に『週マガ』を順次配信していくというもの。

 まあ、あらかた予想はしていたんだが、やっぱりね。

新春の谷根千

 天気の良いお正月は谷根千(谷中・根津・千駄木)を散歩。

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 なかなかの賑わいを見せる谷根千だが……

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 まだ開いているお店はコロッケやメンチ、いか焼きなどを歩き食べするお店や、洋品店などで、市場から仕入れなければならない店はまだ開いていない。

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 で、谷根千と言えば「ネコ」でしょ。ということで、以下はネコの写真をお楽しみください。

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 ネコにもいろいろあるようで……。

 って、ちょっと手抜きだったかな。

Fujifilm X10 @Yanaka Taitou (c)tsunoken

2015年1月 4日 (日)

『やきとりと日本人』について、焼鳥を食して酒を飲みながらブログを書く

 ご自身のサイトを見ると、

『食に関する記者、編集者。食欲を象徴する蟹座生まれ。母からは「ホントによく食べる子ね」と褒められ、祖母からは「胃袋から生まれたんだよ」と言われて信じて育つ。大学まで食専門の学科を選び、卒業論文のテーマは「そうめんの組織学的研究」、修士論文のテーマは「牛肉の加熱による呈味性の変化」。卒業後は、食の専門誌を扱う出版社に入社。編集長を経験したことが自慢。短大で教えたことがあるのもプチ自慢。編書に『エルブジ至極のレシピ集(日本文芸社)』『ビアマニア(日之出出版)』『モツ・キュイジーヌ(柴田書店)』『イタリア料理の展開力(柴田書店)』があり、著書に『こだわりパン屋を開く(ぺりかん社)』日本イタリア料理事始め 堀川春子の90年(小学館)』があるが、もっと欲しい。「ニッポンを食で元気に!」をコンセプトにいたプロジェクト集団、クーカルのディレクターをつとめる』

 とある。

 そんな人が書いたやきとりに関する本なのである。これは読まなきゃ、ということで読んでみたのだが、私の愛する吉祥寺の「いせや」が109ページに、

『吉祥寺の「いせや総本店」は、1928(昭和3)年に精肉業者として創業したが、1958年(昭和33)年にやきとり屋に転換している。品書きに豚もつなどがあるのは精肉業からの流れだろうが、ブロイラーブームの兆しを感じとっていたかもしれない』

 というだけの記述だけというのもちょっと残念かな。

 というくらい、「やきとり」って個々人の思いのこもった食べ物なのかもしれない。

Photo 『やきとりと日本人 屋台から星付きまで』(土田美登世著/光文社新書/2014年12月15日刊)

 本書によれば日本中で「やきとり屋」というものは3万7000軒以上もあるそうだ。日本人3,000人に一人当たり位の割合で「やきとり屋」は存在することになる。

『あえて時代で切るならば、平成に入るまでのほとんどのやきとり屋は完全におじさんたちの聖地だった。黒やねずみ色のスーツを着たおじさんたちがモウモウと立つ煙のなかで、背中を丸め、口をイーの形にして串をすべらせ、ビールやコップ酒をあおっていた。一杯飲み屋でグイ飲みとやきとりというのもおじさんの世界だ。
 そこにいつの間にか女性たちが進出し、彼女たちはオヤジギャルと称された。しかしやきとり屋界では、ギャルがオヤジ化するよりも店のほうが早く女性たちに寄り添うようになったと思う。女性客を意識していなくても、時代が求める姿を追ったら結果的に女性が行きやすい店が増えたということなのだろう。
 モウモウの煙はいつの日か消え、店はきれいになった。レストランが食材にこだわるように、地鶏や銘柄鶏を串にさして焼き始められた。さらに野菜焼きが加わってヘルシーとなり、サラダやパテといった一品料理がメニューとして登場するようになった。横にはやっぱりワインかな。こうなると居酒屋というよりバルという言葉が似合う。やきとりのコースも一般的になった。
 やがてフランスから真っ赤なグルメ評価本『ミシュランガイド東京』が星ともに上陸した。日本料理はもちろん、各国の料理あり、専門店といったバラエティ豊かな東京の食をいったどう評価するのだろうかと話題になったが、初上陸の年からすし屋が三つ星をとり、3年後にはやきとり屋にも星付きが登場した。
 そして気がつけば、やきとり屋のなんと多様なことか。昭和のおじさんスタイルも消えることなく、ちゃんと残っている。なんとか横丁の赤ちょうちん、一杯飲み屋的なやきとり屋も連日にぎわっているし、そうした店は外国人にも「クールジャパン」として人気だ。
 おしゃれなやきとり屋、こだわりのやきとり屋――。このこだわりが、鶏の種類だったり、おいてある酒の種類だったり、個性的な一品料理だったり。それぞれのスタイルが混在して、客のニーズによって使い分けられている。最近では地方独自に花咲いたご当地やきとりにもスポットが当たっている』

 と前書きにも書く通り、まさにやきとり屋と言えば「百花繚乱」というところであるし、更に言ってしまえば、土田美登世さんという女性がやきとりについて書くということも、さすがに時代の流れではあるなあ、というところでもある。

 しかし、これだけのやきとり屋を紹介するのであるから、土田さんも相当にやきとりにお金をつぎ込んだことだろう。まあ、それを想像するほど、コチラは野暮じゃないけどね。

 で、本書の構成がどうなっているかと言えば、

第一章 やきとりの歴史学
 「神話に登場した鶏」に始まって、「江戸時代の卵ブーム」『「とり鍋」の登場』まで、つまり、本来はやきとりとは野鳥を焼いて食べていたものが、鶏を飼うようになって、最初は観賞用、次に闘鶏用、そして卵食用となって、江戸の後期になってやっと鶏を食べるようになったという話。

第二章 明治の鶏食文化学
 ここでは、何故「やきとり」と言いながら牛や豚の臓物、つまり「もつ焼き」もやきとり屋で出されるようになったのか。『鶏肉屋の肉は花街のしゃも鍋に、臓物は大衆の町のやきとりに』という流れのようで、その流れの中で牛や豚のもつもやきとり屋で出されるようになったのが、明治の終わりころ。さらに言ってしまうと、うなぎ屋でやきとりを出すようになったのも、この頃のようで『川魚は夏の商品なので、冬に売れるものとして鶏肉の販売も始めた……』ということなのだが。

第三章 昭和のやきとり老舗学
 ここでは、戦後のヤミ市とやきとりの関係から始まって、その流れとして、新橋、新宿西口思い手横丁(しょんべん横丁)、渋谷のんべい横丁、有楽町ガード下という、それこそ「おじさんたちの聖地」が紹介される。

第四章 やきとり社会学
 ここで、実はやきとり、つまり「もつ」じゃなくて「鶏肉」を焼いたのがやきとりだというのが、本格的になったのが実は1960年頃に始まったブロイラー・ブームだったというのである。
 んで、ここになってはじめて、上に書いた「吉祥寺いせや」が登場してくるわけですな。

第五章 やきとり名店学
 もうこうなると私の世界じゃない。勝手にやってくれってなもんですね。

第六章 やきとりご当地学
 ご当地やきとりなんてどうでもいい。東京のやきとり、大阪の串カツ、博多のもつ鍋……、てな具合にいろいろな地域で、いろいろな食べ物があればいいじゃないか……、ゆるキャラじゃないだから。

第七章 やきとりこだわり学
 う~ん、まあ焼いている方は結構こだわっているのだろうが、こちらは「昭和のおじさん」だから、全然こだわらない。旨いやきとりと旨い酒があればそれだけでいいのである。

第八章 やきとり調理科学
 もう、別に我々がやきとりをやくんじゃないから、もうろうれもいいのっ!

第九章 肉用鶏学
 ZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZ…………。

 ……オチがないって? もうそんなのどうでもいいけんね。

『やきとりと日本人 屋台から星付きまで』(土田美登世著/光文社新書/2014年12月15日刊)Kindle版はまだ出ていない。こうした本に出会えることが「リアル書店」のいいところだよなあ。

2015年1月 3日 (土)

新春の六義園・神田囃子と寿獅子

 昨日は新年早々尾籠なお話しですいやせんでした。

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 で、今日は六義園で行われた新春企画「神田囃子千四会による神田囃子と寿獅子」をお届けします。

 神田囃子千四会(せんよんかい)は足立区は千住氷川神社にある文化財保存の会。千住氷川神社は東京メトロ千代田線から神輿の宮入なんかが見れる神社なそうな。

 今年は見に行こう。

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 まずは神田囃子をご披露したあとは、獅子舞の登場です。

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 いろいろなもので遊んだりした獅子は、疲れたのか眠ってしまいます。

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 そこへ登場したのが「ひょっとこ」。なんか酔っぱらっていて、獅子にちょっかい出しちゃう。

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 目が覚めた獅子にひょっとこは追っぱわれてしまいます。

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 その後は、舞台を降りてご祝儀を頂いて、その代わりご祝儀を頂いた子の頭を噛んでくれます。獅子に噛まれた子は頭が良くなるそうな。

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 ご祝儀を頂いた後は「迎春 あけまして おめでとうございます」で幕。

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 で、獅子頭を取ると、出てきたのは、なんとまあこんなに美しい女性でした。

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 で、最後は江戸一本締め、シャン シャン シャン、シャン シャン シャン、シャン シャン  シャン、シャッ、でお開きでございます。

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 今日も六義園では午前10時30分と午後1時30分の二回、小金井市の無形文化財に指定されている「目黒流貫井囃子保存会による獅子舞と貫井囃子」のご披露があります。

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 以上、六義園から新春を寿ぎ、お送りしました。

 今日はライスボウルだっ! 関学勝てるかな? まあ、無理っぽいけどね。でも、今年は相手がオービック・シーガルズじゃなくてLIXILディアーズだから、どうかな?

RICHO GRDⅢ @Rikugien Bunkyo (c)tsunoken

2015年1月 2日 (金)

セックスぺディア

 まあ、アレだな。以前は女性はセックスのことを口にするのははばかられたものだったのが、最近はそんなに気にせずに口にできるようになったということなんだとは思うんだけど……。

 私の中央大学のゼミの後輩で、現在、宇都宮共和大学でジェンダーや民俗学などを教えている松田さおりさんという人がいるんだが、井上章一氏などとの共著で『性欲の文化史』なんていう本を出したりしているので、まあ、既にそんな風に普通にセックスのことを語るのは当たり前だとは思っていたりした。

Photo 『セックスペディア 平成女子性欲事典』(三浦ゆえ+平成女子性欲研究会著/文藝春秋/2014年4月20日刊)

 そうか、三浦ゆえさんは宋美玄さんと知り合って、『女医が教える本当に気持ちのいいセックス』シリーズの編集者をやっていたんだな。あの本は「男目線からセックスを語っていても、それは女性にとってはなんのタシにもならない」ってことを言っていた本で、その後宋美玄さんがブレークしたきっかけになった本でもある。

 うーん、三浦さんは結構いいところに目を付ける編集者でもあるなあ。

 しかし、この本は「事典」なのであまり「書評」にはそぐわない。なので、取り敢えず項目を並べてみようか。

『蒼井そら/一徹/ED/iroha/うしじまいい肉/裏アカウント/SM/LGBT/男の娘/乙女ゲーム/おねショタ/ガーリー/カリビアンコム/擬人化/キスフレ/クーパー靭帯/高齢処女/こじらせ女子/婚外恋愛/JK/熟年セックス/女女官/スマホエロ漫画/性教育/セカンドバージン/セックスカウンセリング/セックス特集/セックスワーカー/セルフプレジャー/男子/男性不妊/壇蜜/膣トレ/膣内射精障害/妻だけED/TL(ティーンズラブ)/デリケートゾーン/TENGA/妊娠テロ/布ナプキン/ハウツーセックス本/ハプニングバー/BL(ボーイズラブ)/PMDD(月経前不快気分障害)/ビッチ/美魔女/フェティシズム/婦人科形成/ブラジリアンワックス/ホルモン神話/マタハラ/街コン/峰なゆか/喪女/ラブグッズ/卵子凍結保存/リベンジポルノ/ルナルナ/レンタル彼氏』

 以上、全59項目。

 その他『今さら聞けない、身体をまもるための基礎知識』『STD(性感染症)に関する基礎知識』『避妊に関する基礎知識』『問い合わせ先一覧』がついて、電子版なら一冊499円って、オトクでしょ。って、なに宣伝してんだ。

 というか、全59項目で10項目以上知らない言葉が出てきた人、即購入ですね。私は15項目が知らなかった。ので、即購入。で、ふ~ん、なるほどなあ、でありました。

 面白かったのが「カリビアンコム」の項目。

『インターネット上には、びっくりするような動画がたくさんあります。無修正動画も数えきれないほど存在するし、出演している男性も女性も、何から何まで丸見え! モザイクで隠れていたほうが興奮するという人もいるでしょうが、視覚的なインパクトでこれを超えるものはありません。そうしたサイトのひとつ、「カリビアンコム」は、人気女優の無修正作品が見られるとあって人気です』

 っていう紹介なんだが、「カリビアンコム」は完全に男性向けのポルノ・サイトだと思っていたのだが、女性でもあのサイトを楽しんでいる人がいるんだってことに吃驚。

 それこそ女性は「一徹」の項目にあった、

『サイン会には装ったフツウのOLや主婦のファンが殺到し、本人が登場すると黄色い声があがる……。その熱狂の中心にいるのはAV男優。そんな光景を前にすると、時代は変わった! と痛感します。彼の名は、一徹。女性向けAVメーカー「SILK LABO」の作品に出演する男優=通称“〝エロメン”〟のなかでも絶大な人気を誇ります』

 と書かれている「SILK LABO」あたりがお勧めエロ・サイトなのかと思っていたんですがね。

 その他、「セルフプレジャー」とか、なんでオナニーとかマスタベーションじゃいけないの? とも考えるのだが、だって、やっていることは同じじゃん。

「キスフレ」という項目の内容も面白い。

『この背景にあるのは、男性の草食化? それとも、これまで男性のセックスファンタジーに振り回され続けてきた女性たちの、「セックスは面倒、ロマンチックな気分と安らぎだけがほしい」という意思表示? 今後「ハグフレ」「手つなぎフレ」と純愛少女漫画のような接触のみの“〝お友だちづき合い”〟が増えていくか否か……、要観察です』

 とか、「セックス特集」では、

『面白いのは、特集のタイトルにエクスキューズが多い点。若い女性の場合は「きれいになるセックス」、もうちょっと年齢がいくと、「いつまでもオンナでいるためのセックス」、さらに年齢がいくと、「健康でいるためのセックス」……。もっとシンプルに、ヤリたいからヤルでいいのでは!』

 と、本音が出ているところが面白い。

 とは言うものの、「PMDD(月経前不快気分障害)」の項目では

『一方で、PMDDはまだそれほど広まっていません。premenstrual dysphoric disorderの略で、日本語にすると「月経前不快気分障害」。字面の通り、PMSのなかでも特に強いイライラ、落ち込みなどの気分的な障害を指します。なかには攻撃的になって暴力の衝動を感じる人も……。海外ではうつ病のひとつに認定されている国もあるほど、重い症状です』

 というあたり、女性も独特の問題があって大変なんだなあとは思う。

 っていうか、正月も二日から『セックスペディア』って、どうよ。

 というけれども、別に私は女性がセックスのことをあけすけに話しても全然気にならないけどな。

『セックスペディア 平成女子性欲事典』(三浦ゆえ+平成女子性欲研究会著/文藝春秋/2014年4月20日刊)

2015年1月 1日 (木)

明けまして おめでとうございます

明けまして、おめでとうございます

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                  平成二十七年 元旦

 ということで、早速昨年のブログ総括。一昨年までは大晦日に一年を振り返って総括をしたのだが、実はそれだとまるまる一年間の振り返りじゃなくて、大晦日一日を残した総括になってしまうので、今年からは1月1日に前年を振り返ってという形で総括を行うことにしました。

 エントリー数はブログを始めてからの累計が1986本、昨年1年間では479本。

 内容は「本」の紹介が189本(一昨年は187本)でその内電子版が71本。

「映画」の紹介は14本(一昨年は20本)。

「写真及び写真展」は102本(一昨年は83本)。

「旅」については4本(一昨年は31本)。

「その他」が170本(一昨年は100本)。

 2014年の閲覧者数は237,709PV。ブログ開始からの累計閲覧者数は864,252PV。まあ、多分、今年中に100万PVは超えるだろう。

 前年の1日平均は651PV。

 閲覧者数については、2011年が111,075PV、2012年が190,399PV、2013年が302,641PVと順調に伸びてきたんだが、去年は一昨年を下回ってしまった。何故だろう、と考えるのだが、基本的にはブログのコンテンツの問題なんだろうなあ。要は、読んだ人が面白いので、他の人にも拡散しようという程のコンテンツを作れなかった、ということなんだろう。

 11月頃からその対策として1日のエントリー数を2~3にして読まれるようにしたのだが(その結果「その他」が昨年に比べて増えている)、あまりその成果は出ていない。まあ、オリジナル記事は1日1本だけで、あとは新聞やネットからの引用記事なので、それは仕方ないのかな。

 今年はオリジナル記事を増やすように心がけよう。

 旅費用は447,165円と昨年より30万円ほど少ない。まあ、これは7月に引っ越しをしたというのと、もうひとつ理由がある。その理由にすいては今は言えないが、いずれ語ることになるだろう。

 昨年はあまり旅をしていなかったので旅に関するエントリーが減ったのだ。映画についても一昨年の大晦日のエントリーで「来年は一週間に最低一作は、駄作でもよいから映画を観よう」なんて書いた割には14本と一昨年よりもかえって減っているのは残念。今年はもうちょっと増やして、一昨年の目標を達成したい。旅ももうちょっと出かけてね。

 本については、さすがに昨年は電子版(今はすべてKindle版)が増えていて、それは今年も更に増えていきそうな様子だ。なにしろAmazon Kindle HomeというサイトでYour Highlightsというアプリがあって、それを使うと本からの引用がコピペでできてしまうという便利な使い方が出来るからである。これは便利だ。

 ということで、今年も粛々とブログを更新していきます。

 今年もよろしくお願いいたします。

 なお、上の写真の六義園は1月2日から開園。

 1月2日は神田囃子と寿獅子、3日は獅子舞と貫井囃が披露されます。

 お正月の六義園はコチラ

Fujifilm X10 @Rikugien, Bunkyo (c)tsunoken

Photo

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