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2014年12月22日 (月)

『資本主義の終焉と歴史の危機』への期待

 昨日のブログを読んだ人は「ああ、次はこの本ね」ってバレてしまっているかも知れないが、その通りです。『資本主義の終焉と歴史の危機』です。

 まあ、そろそろ資本主義の終焉がくるってことは、なんとなく分かってはいるが、その後に来る世界がすでに失敗してしまった共産主義である訳はなく、じゃあどんな経済体制がくるんだってことは誰にも分からないってのは、ちょっと不安だよね。

 とは言うものの、昨日の二つ目のブログにも書いた通り、最早フロンティアはアフリカだけか、というものの、そのアフリカ自体がグローバル化しちゃったのならどうなるのよ、ってのがこの本の論点なのだ。

Photo『資本主義の終焉と歴史の危機』(水野和夫著/集英社新書/2014年3月19日刊)

『なぜ、利子率の低下がそれほどまでに重大事件なのかと言えば、金利はすなわち、資本利潤率とほぼ同じだと言えるからです。資本を投下し、利潤を得て資本を自己増殖させることが資本主義の基本的な性質なのですから、利潤率が極端に低いということは、すでに資本主義が資本主義として機能していないという兆候です』

 なるほどなあ、つまり超低金利が20年近く続いている日本は既に資本主義国ではないというのか。ところがアベノミクスでは「第一の矢、金融緩和によるデフレ脱却」「第二の矢、積極的な財政出動」「第三の矢、民間投資を喚起する成長戦略」という、これまでの経済政策と変わらない、まさに「資本主義国ならではのインフレ策」がとられている。

『経済学者の高橋伸彰は、『ケインズはこう言った』のなかで、金利を下げられない国も。金利が下がっても不平・不満がなくならない国も、どちらも文明が破綻するというケインズの指摘を紹介しています。
 欧州危機以降、ギリシャなどの南欧諸国は、国債金利を下げられません。国の信用が失われ、大幅に上乗せ(リスク・プレミアム)した金利でないと資金調達ができずに苦しんでいます。一方で、日米英独仏ら経済大国の国債金利は低下していますが、国内の不平・不満がなくなるどころか、ますます高まっています。
 私なりに解釈すれば、利子率の低下とは、資本主義の卒業証書のようなものです。したがって、金利を下げられない国は、まだ資本主義を卒業できていない状態にあり、金利が下がっても不平・不満がなくならない国は、卒業すべきなのに「卒業したくない」と駄々をこねている状態です』

 ということからすると、超低金利に対して大声で不平・不満を言わない我が国の人々は、まだ多少は緩やかに資本主義の終焉というものを受け入れようとしているということなのだろうか。

『資本主義を乗り越えるために日本がすべきことは、景気優先の成長主義から脱して、新しいシステムを構築することです。新しいシステムの具体像がみえないとき、財政でなすべきことは均衡させておくことです。実際に新しいシステムの方向性がみえてきたときに、巨額の赤字を抱えていたのでは、次の一歩が踏み出せないからです。それは単に増税・歳出カットで均衡財政を図ればいいということではなく、社会保障も含めてゼロ成長でも維持可能な財政制度を設計しなければいけない、ということです』

 う~ん、しかし、それは難しだろうな。少なくとも安倍首相が首相でいる限りは成長主義から脱することは難しいだろうし、財界もそれを許さないだろう。むしろ財界こそが成長主義を推し進めていて、短期的なことしか考えていないから、円安になって喜んでいたり(一方で、円安で困っている中小企業は無視して)、超低金利(というかマイナス金利になっていても)すらも受け入れているのである。どうせ内部留保しているから、銀行金利は関係ない、ってね。

『資本主義と一口に言っても、その時代時代に応じて、中身は異なります。資本主義が勃興する時代には重商主義でしたが、自国の工業力が他国を圧倒するようになると、自由貿易を主張し、他国が経済的に追随して自国を脅かすようになると植民地主義に代わり、IT技術と金融自由化が行き渡るとグローバリゼーションを推進したのです』

『マルクスの『共産党宣言』とは真逆に、現在は万国の資本家だけが団結して、国家も労働者も団結できすにいる状態です。労働者が連帯するのは現実的に難しい以上、国家が団結しなければ、資本主義にブレーキをかけることはできません』

 というか、グローバリズムでもって企業は易々と国境を超えてしまって、いまや「国民国家」なんて言葉は誰も信じやしない。

『資本主義の凶暴性に比べれば、市民社会や国民主権、民主主義といった理念は、軽々と手放すにはもったいないものです。実際、今すぐに革命や戦争を起こして市民社会を倒すべきだと主張する人はほとんどいないはずです。もちろん民主主義の空洞化は進んでいます。しかし、その機能不全を引き起こしているものが資本主義だとすれば、現在取りうる選択肢は、グローバル資本主義にブレーキをかけることしかありません』

 とはいうものの、グローバリズムは現在の社会の趨勢だから、それを押しとどめることは難しいだろう。だとすると、資本主義の終わり方は水野氏が期待する「ソフト・ランディング」にはならずに、中国バブルの崩壊が世界を揺るがすという「ハード・ランディング・シナリオ」になるだろう。

『バブルが弾け、経済が冷え込めば、国家債務は膨れ上がりますから、財政破綻に追い込まれる国も出てくるに違いありません。日本はその筆頭候補です。
 これまでの歴史では、国家債務が危機に瀕すると、国家は戦争とインフレで帳消しにしようとしました。つまり力づくで「周辺」をつくろうとしてきたわけです。
 しかし現代の戦争は、核兵器の使用まで想定されますから、国家間の大規模戦争というカードを切ることはおそらくないと思います、けれども、国内では、行き場を失った労働者の抵抗が高まり、内乱の様相を呈するかもしれない。資本家対労働者の暴力的な闘争、そして資本主義の終焉というマルクスの予言にも似た状況が生まれるのではないでしょうか』

 なるほどなあ、ということは、あと10年か20年後くらいにはまさしくマルクスの予言が当たるということなのかも知れない。う~む、それは楽しみだなあ。

 とは言うものの、日本ではそんな「資本家対労働者の暴力的な闘争」というものは起きないだろう。というか、日本にそんな労働者に敵対する「明確な」「分かりやすい」資本家なんていないものなあ。多分、日本ではもうちょっと緩やかな資本主義の終焉というものが起きるのではないかと予想するのだ。

『私がイメージする定常化社会、ゼロ成長社会は、貧困化社会とは異なります。拡大再生産のために「禁欲」し、余剰をストックし続けることに固執しない社会です。資本の蓄積と増殖のための「強欲」な資本主義を手放すことによって、人びとの豊かさを取り戻すプロセスでもあります』

 ということは、やはりそれは計画経済を行わなければ実現しないだろう。

 それが世界規模で行われたら、まさしくそれこそがマルクス、レーニン、トロツキーが夢見た世界なのかもしれない。

『資本主義の終焉と歴史の危機』(水野和夫著/集英社新書/2014年3月19日刊)Kindle版も出ていたんだ。そりゃ最初に紙版を刊行してから半年以上も経っているものなあ。

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