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2014年11月 8日 (土)

『ニンフォマニアック』って「鬱」どころか、コメディですよ、はっはっはっ。

う「ニンフォマニアック(NYMPH()MANIAC)」の真ん中の「()」って、どう見ても「ヴァギナ」だよな。だったら日本語表記も「ニンフ()マニアック」とすればよかったのにな。ああそうか日本にはあの有名なOmanko_marksvgマークがあるもんなあ。でも、それをポスターに入れる訳にはいかないってことで……。

 で、最後の方でネタバレがあります。その部分にはそう記しているので、取り敢えずは安心して読んでください。

Photo 『ニンフォマニアック』(脚本・監督:ラース・フォン・トリアー/製作:ルイーズ・ヴェス/2013年デンマーク・ドイツ・フランス・ベルギー・イギリス作品)

 インターナショナル・バージョンとか、ディレクターズカット・バージョンとかいろいろあるらしいこの映画、クロージング・クレジットを見ると「SEX DOUBLE」なんて役名で何人かがクレジットされているところを見ると、多分、それは性交(セクシュアル・インターコース)場面でのペニスをヴァギナに入れる結合アップのカットなんかがあるので、そのカットでのスタンドインの名前なんだろう。ということは、オリジナル・バージョンではキチンと「ハード・コア」なんだろうな。

 だが、残念ながらこの「文化低国」日本バージョンはそんな「SEX DOUBLE」の人たちの登場シーンは見事にボカシが入っていて、見ていても何をしているのかわからない、というような状況。なので、日本でこの映画を観ている私たちにとっては、別にハード・コアでもなんでもなくて、単なる「愛」と「性」についての、何だかわからない映画というものになってしまっている。まあね、インターネットに繋げれば何でもアリ、もっと凄い映像だって普通に見られてしまう状況の中で、何をやっているんだろうね、日本の警察と文科省は。

 と、文句を言っても始まらないので、何か映画評的なことを書かねば、ということなのだが。

 結局、そんな「ボカシ・バージョン」を観ている我々には、この映画は主人公のニンフォマニア=ジョー(シャルロット・ゲンズブール)が、瀕死の重傷を負って担ぎ込まれた独居老人セリグマン(ステラン・スカルスガルド)の家で、彼女のニンフォマニアックな人生を語り、一方のセリグマンはそれを静かに聴いてあげながら、彼がその一生で様々な本から得てきた知識でジョーに癒しの言葉を投げかける4時間という、「性愛」あるいは「性」と「愛」についての形而上学的映画である、と(実は誤って)認識させられるのである。

 ジャーがセリグマンのところに担ぎ込まれなければならない必然性は、まったくない。あるいは、ジョーがセリグマンの自分のニンフォマニアックな生を語らなければならない必然性も、これまたない。ジョーは何故この見ず知らずの男に、自分の生と性を語らなければならなかったのか。セリグマンの方は……、多分に興味があった……、おっと、ネタバレはもっと後の方で……。

 基本的に「性」と「愛」は何の関係もないものだ。愛のないセックスはそこいら中にいくらでも転がっている、別に何のてらいもなくある普通の「セックス」だ。一方、セックスのない「愛」だって十分に存在可能なものである。性的不能者だって愛を語ってはいけない理由はどこにもないし、同性愛の形にもセックスは伴わない者もあるだろう。

 では、何故、人は「愛」と「性」の狭間で悩むのだろうか。

 多分、それは「錯覚」というものがなせる業なのではないだろうか。愛し合っている夫婦が営むセックス。愛し合ってもいない男と娼婦の行きずりのセックス。それらがどう違うのかというのは、実は男と女の気持ちの中にある「これは愛しているが故の結果なのだ」という「錯覚」があるのか、ないのかの違いでしかない。勿論、『「これは愛しているが故の結果なのだ」という「錯覚」』が間違っている訳でもない。当然、愛し合っていない男女のセックスが間違っている訳でもない。

 まあ、「愛」と「性」なんてそういうものさ、と考えてしまえば実は「愛」と「性」なんて簡単なものなのだ、取りあえず切り分けて考えればいいというものなのだからね。

 ところが西欧キリスト教世界ではそうともいかないのかもしれない。

 つまり「愛」なき「性」に対する、徹底した分断攻撃がそこにはある。特にカトリックの総本山イタリアでは1970年代までは一度結婚したカップルの離婚が禁止ではなく、「あり得ない」のであった。現在でも離婚するにはかなりな決心と忍耐が必要だそうである。で、イタリア人のカップルはどうするか? って、別にどうもしないで勝手に別の男や女と付き合っちゃうんだそうだ。

 なんだ、それなら楽じゃんというのがラテン人の発想。

 ところがゲルマン系、特に北欧系のゲルマン人はそうではないようだ。

 で、彼らは「鬱」に逃げ込むんだよなあ。寒いしなあ。暗いしなあ。

 この映画もどちらかと言うと、ジョー自身が自らのニンフォマニアぶりに、自分がそれが嫌だというのもないのに、そんなニンフォマニアックな生活(性活)を送っていることに対して、どんどん自分を鬱のほうに押し出してしまっている。

 で、見も知らぬ老人セリグマンに自分の半生を語り始めるのだ。

<ここからネタバレ始まります>

 セリグマンはセラピストでもないのに、その話を全て聞き、そのひとつひとつに、彼が本で読んだことで解決を与えようとする。何故か……老セリグマンは童貞だったのだ。63歳にして。セリグマンの話はすべて本から得た知識。自ら経験して得た知識はひとつもない。

 で、最後には「お前はいろんな男とヤッてきたんだろ」なんて言って、半勃ちのペニスでジョーを犯そうとするんだが、哀れセリグマンは自ら本の知識でワルサーPPKの安全装置の外し方を教えたジョーに撃たれちゃうんだなあ。

 ねえねえ、セリグマンさん、何を血まどったかしらないが、そんな半勃ちのおチンチンじゃ女は姦れないよ。

 って、ラース・フォン・トリアーはこの映画「コメディ」として作ったんじゃないのか。

 なんか、このラスト見ると、やたら本の知識だけが沢山ある童貞独居老人が、たまたま自分の家に迷い込んできてしまった色情狂女にトチ狂って、今更できもしない「セックス」とやらにフニャチンで挑戦しようとして破滅してしまう映画、にしか見えないんだがなあ、私には。

 
『ニンフォマニアック』日本版公式サイトはコチ

ボカシが入っていない公式サイトはこちら

同監督の『メランコリア』『アンチクライスト』と本作で、「ラース・フォン・トリアーの『鬱三部作』」というそうだ。でも、見ている日本人には「何でそんなんで鬱」って気になるんですが。私の感受性不足かなあ。

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