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2014年11月 3日 (月)

東京ゲーテ記念館とゲーテの小径

 本郷通りが名前を北本通りに変える飛鳥山交差点の一つ手前が西ヶ原一里塚の交差点。そこから西ヶ原三丁目まで降りてくる緩やかな坂道の名前が「ゲーテの小径(こみち)」です。

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 えっ? 何で「ゲーテの小径」なんだろう? と周囲を見回しても、別にドイツっぽい雰囲気があるわけでもない。

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 ごく普通の日本の小径にすぎないのだが……

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 実は坂の中ほどに「東京ゲーテ記念館」という建物があります。つまり、それが「ゲーテの小径」の由来。

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「東京ゲーテ記念館」って何だ? とお思いでしょう。

 実は実業家の粉川忠という人が、1949年にゲーテの生誕200周年を記念して、「ゲーテの精神的遺産を継承発展するため」の研究機関・資料館として北区王子に「財団法人 東京ゲーテ協会」を設立、1952年、渋谷区上通りに移転して本格的な活動を始めます。1988年、現在地(東京都北区西ヶ原2丁目30番1号)に移転し新館を落成し、名前を「財団法人 東京ゲーテ記念館」と改めました。

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 東京ゲーテ記念館には、ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテの基本原典をはじめ、初訳本、研究書、雑誌、新聞切り抜きなど総資料数15万点を収蔵。専門家だけでなく、一般向けにはギャラリーで「ゲーテ入門」の一助として資料の一部を展示・紹介しています。

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 しかし、何でゲーテなの? という疑問が湧いてきます。

 つまり、ゲーテ記念館を作った粉川忠という人物なのですが、茨城県出身で、茨城師範学校(現在の茨城大学教育学部)在学中に「ファウスト」に感銘を受けて、ゲーテ関連の資料を収集し始めて、自宅にゲーテ文庫を作り始め、戦後になって「ゲーテ協会」を設立させ、その功をもって平成元年に吉川英治文化賞を受賞した人なのであります。

 まあ、戦前の旧制高校生あたりにはこうしたゲーテの「ファウスト」や、ヘーゲルやカントの哲学なんかの影響を受けた人が、結構沢山いたってことですね。

 ちなみに、映画評論家の粉川哲夫さんのお父さんが、この粉川忠氏であります。

 う~ん、戦前の実業家ってこうやってちゃんと事業で稼いだ分を社会に返してきてるんだなあ、としばし感心。

東京ゲーテ記念館の公式サイトはコチラ

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