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2014年10月25日 (土)

『憲法の「空語」を充たすために』というよりは「空語」である憲法を如何に守るか、だよな

 うっかりしていたらもう一週間も「本」について書いてない。

 ので、久々に本について書きます、って言ったって、この本は内田樹氏の講演を本にしたものなので、本来の「書かれた本」でありません。

 ま、でもいいか。

Photo_3『憲法の「空語」を充たすために』(内田樹著/かもがわ出版/2014年8月15日刊)

 この講演は2014年5月3日の憲法記念日に行われたものである。

 当時、安倍晋三氏は、本来の目的は憲法第9条「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」、第2項「前項の目的を達っするため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」というものを変えたかったわけなのだが、それを一気に変えるのは困難だと判断し、その前段階として、第96条「この憲法の改正は、各議院の総議員数の三分の二以上の賛成で、国会がこれを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行はれる投票において、その過半数の賛成を必要とする」の「各議院の総議員数の三分の二以上の賛成」を「二分の一」にしようと企んでいた。

 まあ、今すぐ戦争に参加しようなどという肝っ玉が安倍晋三氏にあるとは思えないが、第一次安倍政権の際にも憲法第9条を変えたいということを表明していた安倍晋三氏であるから、そのルサンチマンたるやさすがのものがある。

 で、結局その憲法第96条の改訂も難しい(というか日本国民の「正しい平和ボケ」も「さすがというべきか)ということになり、安倍政権は2014年7月1日に「集団的自衛権」を閣議決定してしまった。なんだ、憲法を改訂しなくても出来ちゃうじゃないか、というのがその感想ではあるが、まあ、憲法第9条がありながら自衛隊を持ってしまっている時点で、憲法なんてものは骨抜きになってしまっている訳で、今更、これを持って憲法が骨抜きになってしまった、と嘆くわけにもいくまい。

 内田氏は『憲法の「空語」を充たすために』というけれども、もともと憲法というのはある種の「空語」なのである。まあ、「空語」を「うそ」と読んでしまっては、それは意味は違うが、「中身のない言葉」という読み方をすれば、まさしく「憲法自体が空語」なのである。なので、その憲法の内実のない部分を様々な法律を作って実際に運用できるようにしている、というのが日本の「立憲主義」ではないのだろうか。

 日本は法治主義の国であると思われている。ところがこの「法治主義」にも「形式的法治主義」と「実質的法治主義」がある。

「形式的法治主義」とは、例えばヒトラー・ドイツのような「全権委任法」というようなとんでもない法律を作ってしまい、その法律に従って権力者が勝手なことが出来てしまうような法治主義のことだ。「実質的法治主義」は「形式的な法によって形式的に国家活動を縛るというだけでなく、法の内容や適用においても正義や合理性を要求する」(Wikipedia)というもので、例えば法の内容が正当であるかどうかを憲法に照らして確かめる違憲審査制などがその代表的なものである。

 内田氏は『今進められている解釈改憲の動きは「法治から人治へのシフト」のプロセスだと言ってよいと思います』と言っているが、まさにそれは「実質的法治主義」から「形式的法治主義」への動き以上に、問題のある動きであると言ってよいだろう。つまり、安倍政権はアドルフ・ヒトラー以上の動きをしようとしているということ。

 内田氏はこのトレンドを「国民国家の株式会社化」という表現で捉えている。ということであれば、まさしく今進みつつあるグローバル資本主義の説明がうまくいくだろう。

『グローバル化というのは最終的には国民国家という「ボーダー」の枠組みそのものを破壊しようとする。資本、商品、人間、情報が国境を越えて活発に移動することをグローバル資本主義は要請します。ですから、国民国家固有のもの、ボーダーコントロールだけでなく、その固有の国語や固有の法律や固有の通貨や固有の度量衡や固有の商習慣はすべて「非関税障壁」と見なされ、それを全廃することはグローバル企業の最優先課題になってきています。世界のどの場所においても、言語が同一で、度量衡が同一で、法律が同一であること、すべてがあらゆる障壁に妨げられることなく超高速で移動できるフラット化した世界こそグローバル企業の夢です。それが一番コストがかからず、一番ベネフィットの大きいビジネススタイルだからです』

 つまり、今の安倍政権はこうした「国民国家の解体過程」に向かって進んでいるというのだろうか。

 内田氏はそのような過程にあると言うのだが、物事はそう簡単にはいかないだろう。「国民国家の解体」というのは、まさしくマルクス、レーニン、トロツキーが望んでいたインターナショナリズムそのものであり、アメリカのネオコンがまさしくトロツキズムの影響下にあるという根拠でもあるのだが、そのようなトロツキズムと安倍政権にどのような共通性があるのだろうか。むしろ、強烈なナショナリストである安倍晋三氏が、最後には国民国家の解体から逆の方向に動くであろうことは明白である。

 安倍晋三氏の近隣諸国に対する姿勢は完全にナショナリズムそのものであるし、たびたび口にする「総理大臣が最終決定者である」という強権的体質なども典型的なナショナリストのそれである。

 それが国民国家の解体に向かっているというのであれば、それはアメリカに向かって開かれるのではなく、むしろアジアに向かって開かれているのではないだろうか。つまりその部分では中国と対立的・競争的ではある。

 要は「大東和共栄圏」の完成ではないか。実は、それこそ元満州国総務庁次長、東条英機内閣の商工大臣、蒋介石と共に勝共連合を作った、祖父岸信介のルサンチマンである。

 だからこその日本のシンガポール化であるし、グローバル化なのである。つまり、向かっているのは「完璧なグローバル化=国民国家の解体」ではなく、ある段階で限定化されたグローバル化であり、大東和共栄圏の実現であり、五族協和なのではないだろうか。って、褒め過ぎ?

『憲法の「空語」を充たすために』(内田樹著/かもがわ出版/2014年8月15日刊)

 まあ、やっぱりKndleにはなってないな。

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