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2014年10月23日 (木)

実は私、こう見えても(マンション・オーナーじゃなくて)会津が第二の故郷なんです

 実は私、会津が第二の故郷なんですって言っても、まあそれほど嘘ではないだろう。

 私の母方の祖先が会津藩の家老で、藩学校・日新館の教授をしていた嘉納家というのがその出自なのであります。まあ、家老と言っても「城代家老」みたいな偉い人ではなくて、一般の管理職という程度ではあったのかもしれないが……。

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 で、当然日新館と言えば白虎隊である。

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 で、白虎隊と言えば、その自刃の場所である飯盛山なのである。

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 で、当然白虎隊士十九人の墓には線香をあげてきたのである。

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 で、当然白虎隊士が鶴ヶ城(会津若松城)を望んでいる場所に行ったのである。

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 飯盛山から鶴ヶ城を望む。前方の緑の山のように見えるところが鶴ヶ城。このお城の周囲が燃え上っている様を見て、白虎隊士は最早会津は落ちたと考えて自刃したのである。

 若い隊士を自刃させてしまった日新館の教えは正しかったのか、という議論が今でもあるが、当時としては当たり前の考え方だったんだろうな。何しろ、会津藩自体が保守主義の塊みたいな藩だったんだから。

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 これが猪苗代湖から飯盛山に繋がる地下水路。ここを通って白虎隊士は飯盛山まで逃げてきたのであるが、嗚呼、会津城である。

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 もともと、京都守護職に松平容保を指名したのだって、会津藩の力を削ぐのが目的であり、別に朝廷と会津が親しかったからということではない。なので、会津藩内ではこの職に就くことについては、かなり意見が分かれたそうだ。でも、保守主義者・松平容保は朝廷から指名されたことに応えるのが保守主義の判断だと、指名を受け入れた。

 ところが戊辰戦争では賊軍扱いだ。

 会津戦争(戊辰戦争)では戦死者を墓に埋めることを官軍から許されずに、そのまま放っておかれたそうである。そんな扱いを長州軍にされた会津では、今でも「前の戦争」というと戊辰戦争だし、会津の女性を長州の男には絶対に嫁がせないそうだ。

 そんなことを言ったら、会津の血を引く私の妻は、母親が長州出身者だ。いやあ大変な裏切り者なだあ。

LEICA M6 ELMARIT 28mm/F2.8 @Aiduwakamatsu (c)tsunoken

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