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2014年9月 3日 (水)

『女子高生の裏社会』って、結局は大人の問題なのだ

 ポスト団塊世代が高校に在学していた1993年頃に「女子高生ブーム」というのがあって、「ブルセラショップ」なんていうものが流行った時期はある。それがいまやJKという呼び名にかわって「JKリフレ」「JKお散歩」なんていう一種の性風俗・疑似性風俗産業が生まれている訳である。しまいには「JC(女子中学生)」「JS(女子小学生)」なんて言葉も生まれて、さすがにJSがそんな性風俗・疑似性風俗にいることはあまりないだろうが、なんか怖くなりますね。

Photo『女子高生の裏社会 「関係性の貧困」に生きる少女たち』(仁藤夢乃著/光文社新書/2014年8月20日刊)

 大人になるちょっと前の女の子にはそれなりの輝きがあって、魅力的に写るということはある。作家の野坂昭如氏なんかも昔から制服の女子高生への憧れを言っていたしなあ。

 しかし、JKリフレとかJKお散歩とか、一種の疑似恋愛・疑似セックス(中には本当のセックスもあったりするようだが)というところまでいくと、単なる憧れとは違って、これは問題だ。

『「JK産業」で働く少女は、次の3つの層に分けられる。

①貧困層     貧困状態にあり、生活が困窮している層。

②不安定層   経済的困窮家庭の子ではないが、家庭や学校での関係性や健康・精神状態に不安や特別な事情を抱えている層。

③生活安定層 経済的にも家庭や学校における関係性にも困窮しておらず、その他特別な事情も抱えていない層。

 貧困層の子どもたちはいつの時代も、こうした現場に取り込まれやすかった。高校時代の私は「不安定層」だったが、家庭や学校に何の問題も抱えていない「生活安定層」は、当時の現場にはいなかった』

『こうした少女たちが売春や犯罪の入り口に立っていることは衝撃的だった。少なくともこの10年間、「貧困層」や「不安定層」の子どもがそちらの世界へ引っ張られていくのを社会は放置し、容認してきた。その間に、「生活安定層」の子どもたちまでもが入り口に立つようになったのだ』

『スマホやSNSが普及するとともに、店はそれらを用いて求人情報を流したり、少女たちに声をかけたりするようになった。それにより、「普通」の少女が介入するようになった』

『情報化によって敷居が低くなり、窓口は広がり、裏社会の入り口に立つ可能性が「普通」の少女にまで広がっている』

『家庭や学校に頼れず「関係性の貧困」の中にいる彼女たちに、裏社会は「居場所」や「関係性」も提供する。彼らは少女たちを引き止めるため、店を彼女たちの居場所にしていく。もちろん、少女たちは将来にわたって長く続けられる仕事ではないことを知っているが、働くうちに店に居心地の良さを感じ、そこでの関係や役割に精神的に依存する少女も多い。
 一見、「JK産業」が社会的擁護からもれた子どもたちのセーフティーネットになっているように見えるかもしれないが、少女たちは18歳を超えると次々と水商売や風俗などに斡旋され、いつの間にか抜けられなくなっている。
「JK産業」は系列風俗店への人材を確保するための、教育期間、教育機関のような役割を担っている』

 結局、スマホやSNSでリアルなつながりを持てなくなってしまった現代の少女たちは、逆にスマホやSNSなどで少女たちを誘い込む「JK産業」の前では無防備に、そんな「JK産業のお店」に引っかかってしまう。それも、そんな「JK産業のお店」がホームページを持っていれば「ちゃんとしたお店だから安心」という、いかにも現代社会における「情弱」な人たちの反応のまんまというのがちょっと気になる。

 別にサイトを開くのなんて簡単なことだし、そのサイトを見れば「これは如何にもヤバい」っていうことは、大人から見れば当たり前のことなのだけれども、やはり社会性に乏しい女の子たちにはその判断もつかずに、単に「サイトを開いていれば安心」という単純な理由で「JK産業」にいとも簡単に入っていってしまう。

 結局

『地縁も血縁も機能しない「無縁社会」といわれる今、子どもたちはそのしわ寄せを受けている。雇用制度も学歴の意味も、生活のあり方も変わり、地域や家族、職場の「縁」に支えられていることを前提として作られた社会保障は現状に追いついていない』

『少女たちに必要なのは、特別な支援ではなく、「困ったときに相談できる、信頼できる大人との関係性」である。少女たちは「縁」を、「出会い」を求めている。彼女たち一人ひとりの背景を知り、それぞれが自立して生きて行くための伴走を、大人がしなければならない』

 という結論が指し示すとおり、これまでそんな少女たちの存在に目をかけてこなかった大人が、ここはキチンと対処して、少女たち(っていうか自分の子どもたち)が困った時の相談相手になってあげなければならない、というごくそれまで以前の普通の状態に戻す必要があるということなのだろう。

 別に難しいことではないと思うのだ。これは大人自身が自分の子どもから何かサインが出たときに、そのサインを無視することなく、そのサインを拾い、キチンと前向きに対処していくことなのだ。

 それを多分、多くの大人たちはやってこなかった。自分の子どもが発するサインに気づかなかったのか、あるいは、そんなサインに気がついても、面倒なので気がつかないフリをして、見過ごしてきたのか。

 結局、子どもの問題は実は大人の問題である、というところに行きつく。

「関係性の貧困」って、そんな「大人と子どもの関係性」の貧困ということなのね。

 仁藤夢乃さんは「女子高校生サポートセンターColabo」という一般社団法人の主宰者として活動をしている。

 一度、サイトを覗いて見てください。

『女子高生の裏社会 「関係性の貧困」に生きる少女たち』(仁藤夢乃著/光文社新書/2014年8月20日刊)

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