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2014年9月 8日 (月)

『江戸の貧民』現代の貧民

『江戸の貧民』とはどういうものかと考えてみたら「士農工商穢多非人」という、現代では既に無くなってしまっている身分制度の最下層の人たちの出自は何なのか。で、それは一体何なのか、ということなのだが。

 つまりは江戸幕府にとっての民衆支配の方法の一つとしての、最下層民の存在を顕在化させ、それによって「士農工商」までの「普通の市井の人たち」の幕府への不満を抑え、同時に最下層民でも生活が出来るような「福祉策」の一つでもあったわけなのであるな。

Photo『江戸の貧民』(塩見鮮一郎著/文春新書/2014年8月20日刊)

 そもそも「穢多」とはどういう人たちだったのだろうか。そういう「出自」の人たちがいたんだろうか。

『裁判と刑の執行は権力者の大事な仕事だが、死穢にかかわる領域を、「身分外の身分」をつくって押しつける。かれらに美麗な服を着せて鴨川の河原で刑を執行させた。監督の検非違使はすこし離れた背後で見ていて、血にも死骸にもさわらない。
 処刑の実行隊を武士身分から切り離した。自分たちの外に穢れた者を作り出すことで、武士は穢れていないという詐術をおこなった。穢多というか非人というか、まだ未分化の身分は、武士階級の誕生にすこしおくれて制度化される。紀元千年のあたりでいいのではないか』

 つまり

『戦乱が起これば懸命に戦い、敵の首をいくつも取って報奨をうける。どんなに血に汚れても気にしないが、ひとたび平和な日がおとずれ、治者としての仕事に専念するときは、穢れを払拭した姿に戻らなければならない』

 人の命を取ってもまったく気にならない戦乱時の武士も、平和な時には「死」というものとは向き合わないようにするという、実は武士自身も人の死というものを忌み嫌った存在なのであったということなのだろう。

『穢れと清めについてここで触れたのは、いまなお部落を血筋のように思っている人がいるからだ。ながいこと解放運動をやっている人でもそういうことをいう。女性や黒人への差別は身体そのものをしるしにしているのだが、部落差別はそうではない。穢れという日本の社会の底を地下水のように流れている意識でもって蔑視が形成された』

『「賤民」とされた人たちは、「穢の空間」に閉じ込められているから差別されているので、肉体や遺伝子になにかが書きこまれているのわけではない。かつて部落の空間が「穢」とみなされたのは、そこで牛馬皮革や小動物の死体に日々接しているからで、穢れの時期が継続していると考えてであった。
 それが血統のように錯視されたのは、江戸期の攘夷思想と明治維新後のナショナリズムの悪意が合体した結果である。アジア蔑視の延長線上に部落を置いて、あたかも民族問題のように論ずる人がおおくいたからだ。自分たちは「天孫民族」だといばり、部落民を「異民族」の子孫だとでっちあげた。そんなことを戦前の学者はまじめに論じていたのである』

 となあ。

 なるほど、「士農工商」の身分制度に収まらず、また僧などの宗教職でもない芸能や、売春婦、祈禱師、放浪する行商人などのいわゆる「非人」たちとはまた違った意味で、「穢多」というものも、時代の要請によって生まれた、それもひとつの「職業」であったに過ぎない。しかし、それが永年に亘って同じ家が連綿と続けるという「職業選択の自由がなかった時代」では、結局それが差別の対象になり、いつの間にか、あたかもそれがその家の出自であるかのような錯視が生まれてしまったということなのであろう。

『維新政府は細分化された身分制社会をこわし、西欧をまねて個々人を独立させ、「国家」という抽象のもとに「全国」を一色でもって組織した。どのような職業につくのも自由だし、住みたい土地に行っていい。もちろん実行したひとはわずかで、大多数はこれまでの仕事をつづけ、先祖代々の家に住んだ』

 その結果、どうなったか

『江戸のころでは、やもお、やもめ、みなしご、ひとりは、不幸の四大記号であった。病老や不具、重篤な病気はどうしようもないが、右の四つの問題はみんなで努力すれば解消できる。家主や町名主や町年寄や町会所が救済の手をさしのべた。
 孤児の項は現代でも配慮されているが、配偶者がいない「やもお」「やもめ」はまるで問題にされない。老人のひとり暮らしは自分でえらんだ道として放置されている』

『死んでからやっと「孤老死」とか「孤独死」「孤立死」「独居死」と命名されて、社会にむすびつけられたが、当人にとってはなんの慰めにもならない。発見時に死後なん日が経過していたかという事務的な書類が作成されたが、みじめさを強調するだけだ。これらの人たちを「現代の貧民」といわずして、なんと呼びますか』

 う~む、「穢多」や「非人」の話から、現代の「孤独死」の問題にまで飛躍するのは、若干違和感がないわけではないけれども、結局、「孤老死」とか「孤独死」というのは、現代社会のひとつの問題ではあるし、それが江戸の頃のような、今からしてみれば「おせっかい社会」ではあり得なかったことであるならば、それはそれ、現代にも江戸のような「おせっかい社会」を取り戻す努力をしてもいいのではないかという気にもなる。

 まあ、今の若者たちが屯す「シェアハウス」なんてのも、そのひとつの解なのかもしれないが、それも孤独を愛する老人たちにとっては鬱陶しいものなのかもしれない。特に、今の老人たちは戦後の高度成長期に少年少女時代を過ごしてきた人たちだ。つまり、彼らはムラ社会からのくびきから切り離されて、一人ひとりが独立して生きることをよしとして育てられてきた人たちだ。

 とするならば、彼らが孤老死とか孤独死に遭遇してしまうのは、それも彼ら自身が選んだ道なのかもしれない。だとするならば、決してそれは「現代の貧民」という姿ではないだろう。むしろ、それは彼ら自身が雄々しく選んだ死に方なのである。

 ただし、自分が死んだ後のことまで考慮して、いろいろ死後に配慮してもいいのだけれどもなあ、と考えるだけである。

 勝手にひとりで死ぬんじゃねえよ、ということである。

『江戸の貧民』(塩見鮮一郎著/文春新書/2014年8月20日刊)文春新書はあまり電子化には熱心じゃないのかな?

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