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2014年9月25日 (木)

『宮本常一と写真』というか、アナログ写真とデジタル写真というか

 民俗学者の基本はフィールドワークである。なので、基本的にメモ代わりの写真というものは欠かせない。「写真以前」の時代、まあ柳田国男の時代はとにかく「書くこと」しかなかった訳だから、それはそれ、いかに「文字だけで」状況・様子を伝えるという難しさがあったのだが、写真が登場して、その苦労は少しはなくなった。

 だが、その分だけ取材の様子をそのまま伝える技術が落ちてきたということも言えるかもしれない。写真があるから、それなりにその場の雰囲気は伝わるんじゃないかという安心感というか、怠け心。なので、民俗学者の写真は、とにかくたくさん撮る。たくさん撮っておけば、それで何かが伝わるのではないだろうかという安心感。

 とは言うものの、宮本常一の場合はその写真の数が尋常じゃない。で、その写真の種類も民俗学の域を超えて、ほとんど記録のための写真なんじゃないかと思えるほどだ。

 要するに宮本常一は何のために写真を撮っていたのかっていうことなんだろう。

Photo『宮本常一と写真』(石川直樹・須藤功・赤城耕一・畑中章宏著/平凡社コロナ・ブックス/2014年8月25日刊)

『宮本のカメラ遍歴は最初はコダックのベスト判カメラ、次いでウェルターのブローニー判、戦後ではアサヒフレックスⅠ、ハーフサイズのオリンパスペンSという』(赤城耕一)

『宮本の愛機オリンパスペンSは初代のペン(一九五九年)の高級版という位置づけで一九六〇年(昭和三五)に発売されている。レンズは、名玉とほまれ高いDズイコー3cmF2.8。35mm判相当の画角では42mm相当になる。つまり標準50mmレンズよりもやや広角相当になるが、この画角は人間の視覚にもっとも近いものとされる』(赤城耕一)

 確かに旅する民俗学者にとっては、このオリンパスペンの小ささは大きな武器になる。それでいて、当時、オリンパスペンの描写の確かさは通常の35mmフルサイズにも匹敵するものだったという。現在の高度なフィルム性能では比較が難しいが、当時のフィルム性能ではこのオリンパスペンの的確な表現はさらに必要にして充分な性能だったと思える。まあ、現在ならばマイクロフォーサーズだろうがフルサイズだろうが、壁サイズ位に大きく引き伸ばさない限りは、ほとんど描写には差がないのと比べれば、なんとまあ時代の変化よ、とでも言いたくなる。

 ところが多分、宮本常一が現代に生きていたとしたら、現代のデジタルカメラでどんな写真を撮っていたかを想像すると楽しくなる。つまり、現代の高性能のデジタルカメラで撮ったとしたら、それは意外に面白くもない、何の変哲もない写真を撮っていたのではないだろうか。

 つまり、それはやはり撮影時の緊張感のあり方だろう。

 現代のデジカメで撮影する際にはまず感じることのない緊張感とは何か。ひとつは、撮影後すぐに撮影画像を見られないという緊張感。まあ、デジカメで撮影している人の大半は撮影直後に撮影画像を見ている。最近はプロカメラマンまでもが、そうやって撮影直後に撮影画像をチェックしているのだ。まあ、それ自体は間違った行為ではないわけであるのであるが、なんかなあ、プロがそんなことするなよ、という気にもなってくる。自分で撮影した画像には自信を持てよ……なんてね。

 もうひとつは、どんなに頑張ったって、フィルム1ロールで36カットしか撮れないフィルム撮影と、そりゃあ何十GBのSDカードを入れちゃえば何万カットでも撮れちゃう気軽さとの違いである。東京読売巨人軍のオフシャル・カメラマンの話を聞いたことがあるが、1試合で千カット以上の撮影をするらしい。当然、そこから使えるカットは数枚なわけで、でも、そのカット数であってもそれをパソコンに取り込んでしまえば、そのSDカードは消去してまた使えるし、お金は一切かからない。フィルムの場合は、仮に1イニングの裏表で1ロールづつ撮影したとして、18ロール648カットしかない。なおかつ、それを見るためには結構現像代がかかる訳で、我が家の近所のラボでは10,000円ほどかかってしまうことになってしまう。自分で現像しろよとおっしゃりたい方の気持ちは分かりますが、プロのように沢山撮影した時はそれは無理。1枚1枚丁寧に撮影して、それから自分で現像して、自分で焼いて、『アサヒカメラ』とか『日本カメラ』に投稿する人は別だが、そうじゃない「写真を業とする人」で自分で現像なんかする人は、今は(昔も)いないんじゃないだろうか。

 ということなので、当時の宮本常一は基本的には現代のシリアル・フォトグラファーと同じような気分で、基本的には「写真撮影は一期一会」という気構えで撮っていたのだろう。その気構えが撮っていた写真にも現れているので、その写真を単に一民俗学者が撮った写真としては捉えずに、まるで写真家が撮った写真のように、写真家たちが語るという現代の様相を示している訳なのである。

 まあ、民俗学という学問分野には定型がないので、どんなものでも民俗学の対象になり得るし、これは学問ではないとわれてしまうことは社会学と同じように、他学問分野からは種々言われてしまうものなのだが、その辺は民俗学者たちが「これは民俗学だ」と主張すればいいことなので、基本的には民俗学者たちの立ち位置だけの問題ではあるのであるが、民俗学の探索には今でも写真は使われているというか、今では基本的にビデオ撮影であると思われる。

 ビデオ撮影であれば、民俗の様相をそのまま動く映像として記録できる。祭りの様相も、普段の生活も、野良仕事のの様子も町生活の様相も、すべて動画で残しておける。ただし、それは「これからの生活」だけである。

 ということで、実は宮本常一の写真とういうのは、確かに民俗的資料としても重要なことはよくわかっているのだけれども、それ以上に、今や、写真資料としても重要になってしまっているのだ。

 多分、これから先、日本写真家協会と文部科学省の間で宮本常一の写真の帰属とか、所蔵を巡って争いが起きるかも知れない。

 それはそれで面白いことなんだけれども、私に言わせれば、どっちでもいいんじゃないか、ということなんだなあ。というかアナログな写真なんか、いまやどうでもいいのである。それがどこかでネットに上げられた日から以降は、その写真は世界中の人に共有されてしまい、多分、著作権なんてものも消滅してしまうのである。

 いいなあ、著作権が消滅する世界。

 ああ、私もオリンパスペンを抱えて周防大島に行ってみたくなった。ただし、私の場合、オリンパスペンSはなくて、オリンパスペンFTになりますがね。いいじゃないか、1960年代のマイクロ・フォーサーズ・システムですよ。

 果たしてそこ宮本常一を超える写真が撮れるのか? それは多分、無理…。だということは分かっていますが、まあ、取り敢えず宮本常一の生まれ故郷に行ってみたい、ということだけですがね。

『宮本常一と写真』(石川直樹・須藤功・赤城耕一・畑中章宏著/平凡社コロナ・ブックス/2014年8月25日刊)

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