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2014年7月29日 (火)

『悪の出世学』はちょっと無理筋? でも、まあ当たりではあるけどね

 しかし「ヒトラー、スターリン、毛沢東」の三人をいっしょくたにするっていうのはどうなんだろうか。ヒトラー、スターリンの二人は、彼らのやってきたことや、作り上げた国家体制などが既に国際的に否定されているのに対して、毛沢東はいまだに中国では認められているし、人気もあるのだしなあ。

 まあ、毛沢東の作り上げてきた政治体制を批判するのは中川氏の勝手ではあるけれども、他の二人と一緒に語るってのはなあ……。

Photo『悪の出世学 ヒトラー、スターリン、毛沢東』(中川右介著/幻冬舎新書/2014年3月30日刊)

 とは言うものの、この三者に共通する要素としての「叩き上げ」というところに注目したのは慧眼に値する。

『スターリン、ヒトラー、毛沢東は、いずれも世襲の王ではない。ヒトラーは政権を獲得した時点ではナチ党のトップだったが、ナチ党の創立者ではない。毛沢東も中国共産党の創立メンバーのひとりではあったが、最初からトップだったわけではない。スターリンもソヴィエト共産党の前身であるロシア社会民主労働党の活動家として人生を始めたが、トップに立つまでには時間がかかっている。
 三人は、党内での競争というか抗争に勝ち抜いて党権力を掌握したのである。王家に生まれ、生まれた時から権力が約束されていたわけでもなければ、カリスマ創業者だったわけでもない。組織の一員というポジションから叩き上げて、トップに上り詰めた。そして権力を握ると、反対する者を徹底的に粛清していった』

 さらに

『ヒトラーは革命政権の評議会委員になったのも、共産党の思想に共感したからではなく、単に「政権党」の一員になりたかっただけだ。それを裏切ったのも、思想信条からでも自らの信念でもなく、革命政権側が負けそうだと判断したからである。それも、政府軍についたのではなく、「中立」を呼びかけただけで、革命政権側が勝っても、言い逃れできる立場にあった。このあたりの身のこなしは、見事だ』

『カリスマ性のある者はその権威や人間的魅力によって組織の構成員の尊敬を集め、それによって権力を行使する。ヒトラーは、カリスマ性はあったのでナチスで権威を持てたが、スターリンにはない。カリスマ性があるのはレーニン、そしてトロツキーだった。
 スターリンのような学問も理論もなく、カリスマ性もない者は、どうしたらいいのか。えてしてカリスマ性と自分の才能に自信のある者は、退屈なルーティンワークを苦手とする。派手で目立つ仕事ばかりをしたがり、地道な仕事は蔑視しがちだ。
 したがって、スターリンは実務を引き受けることで党内の情報を掌握し、彼なしでは組織が動かない状況を作り上げていく。これまた権力の階段を登る、ひとつの道だった。業績などなくてもいいのだ。組織運営の根幹さえ掌握すればいい』

 という、ヒトラーとスターリンに共通する「思想なし、考え方の根本もなし」という部分に注目する。

 確かに、ナチ党の正式名称は「国家社会主義ドイツ労働者党」であり、『ナチスの綱領にある政策のなかには、労働者階層のための社会主義的政策も含まれている。たとえば、「労働によらないすべての収入は没収されなければならない」「すべての大企業トラストは国有化されなければならない」「すべての大企業における利益配分」「老齢者に対する十分な準備」bなどである』。とは言うものの、それは単に『左翼的・社会主義的政策を掲げて大衆の支持を得ることで党勢を拡大する。これにより、保守勢力にナチスの力を誇示し、大企業の国有化などの社会主義的政策を避けたければ、党に寄付しろと暗黙裡に脅迫するという戦略なのである』。

 つまり、ヒトラーにとっては社会主義的政策は『似たようなことを言っている共産党が強くなるよりは、ナチスが強くなったほうが財界や富裕層には得だ。だから共産党を強くさせないためにもナチスを支援しろ』という脅しにすぎない。ヒトラーにとって大事なのは、思想や政策ではなくて、単に国家権力だけである。なので、そのためにはどんな思想であっても、どんな政策であっても、利用できるものはすべて利用するというだけのこと。

 このことはスターリンにも言えることで

『ブハーリンはもともと左派で急進主義を主張し、カーメネフとジノヴィエフは最も穏健派で、たとえば一九一七年の革命時にも武装蜂起に反対したほどだ。それなのに。この時点では二人は左派なのだ。
 スターリンは。どっちでもよかった。この人には思想はない。レーニンが健在だった間はレーニンの言うことに従っていた。レーニンがいなくなったいまは、常に「多数派」に従うのが彼の流儀である。どちらにつくか、スターリンは党内の様子をじっとさぐっていた。
 やがてスターリンはブハーリンの主張を支持するようになる。二人は、ヨーロッパでの革命は遠のいたので、当分はソ連一国で社会主義に向かっていくべきだとの一国社会主義論でも一致した。トロツキーは永久革命論で、ヨーロッパ各国での革命運動を指導していくべきだというのが持論だ』
『そのうちに、ジノヴィエフの論調は過激になり、かつて自分が批判したトロツキーの主張に近くなってしまった。右派を攻撃していると左に寄ってしまうのだ。
 スターリンが危惧していたのは、カーメネフとジノヴィエフとが政策的に近くなったトロツキーと同盟を結ぶことだった。そこでスターリンは防戦に出る。
「敵の敵は味方」の法則は、単純であるがゆえに、簡単に成立する。それを阻止するためには、「敵の敵も敵」という、混乱状態に持っていくのが一番だ』

 という、そこにあるのは単なる権謀術数。別に、自ら信じる思想などそこにはなく、単なる権力を巡る闘争だけがある。

 そこにいくと、まだロシ・コミンテルンの指導方針に逆らって「農村が都市を包囲する」という中国独自の革命戦略を考え出した毛沢東はまだ「当たり前」の思想を持った革命家だったように見える。陳独秀というコミンテルンからの言いなりになっていた中国共産党の創設者は、逆にコミンテルンから「日和見主義」という批判を浴びて失脚するのであるが、実はコミンテルンの中国政策自体が日和見主義だったことを知り、それを批判していたトロツキーの存在を知り、トロツキーと近くなっていく。

 トロツキーというロシア革命に限定してみれば、実に有能な革命家であり、軍事戦略家であった存在であるが、やはりそれはヨーロッパの革命家であり、アジアの革命家ではない。ということなので、アジア革命はトロツキズムの陳独秀よりは、スターリニズムの毛沢東の方が向いていたということなのかも知れない。

 まあ、そんな毛沢東がやはり権謀術数的に優れていた人物であることは確かではあるが、やはり読了してみると「ヒトラー、スターリン、毛沢東」という具合に三人をいっしょくたにして語ることには、いまだに抵抗があるのは何故だろう。

『悪の出世学 ヒトラー、スターリン、毛沢東』(中川右介著/幻冬舎新書/2014年3月30日刊)Kindle版も出ている

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