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2014年7月24日 (木)

『縄文人からの伝言』のナルホド

 著者の岡村道雄氏は「杉並の縄文人」を自称していて、氏が関係している「みんなの縄文」というサイトを見に行ったら、なんとまあ沢山のひとが竪穴式住居を作ったり、縄文人的な生活を楽しんでいたりするもんだなあ、という新発見があった。

 なんで、みんなそんなに縄文人の生活に憧れるんだろうか。

Photo『縄文人からの伝言』(岡村道雄著/集英社新書/2014年7月22日刊)

『アフリカで新人段階に進化した人類は、今から約三~四万年前に世界各地に拡散し、日本列島にも新人の一派が到達しました。それ以来、人間の生態、知能、本性は、ほとんど進化していません。つまり同じ大きさの脳で、特に近年急速に複雑な政治経済情勢や社会環境、叛乱する情報などに翻弄されているのです。昭和三〇年代までは超自然現象、吉凶、作柄災害、病気、狐憑き、神隠しなどまで、占い、まじない、はらい、祈りが息づいていました。神社や民間の祈祷師・占い師が祈り、人びとは安産や乳が出るよう祈った絵馬や耳や目の健康を願ったまいない品を盛んに神社に奉納しました。
 先述したように、縄文時代後期の北海道南部・洞爺湖町の入江貝塚では、幼少時にポリオにかかり、手足が幼児と同程度の太さしかなく、立って生活できなかった女性が、家族・集落に助けられて二〇歳前後まで暮らし、丁寧に墓に埋葬されて見つかっています。また、栃木県の大谷寺洞穴遺跡や、岩手県中沢貝塚でもポリオにかかった遺骨の類似例が報告されています。つまり、縄文時代にもすでに立派な福祉が行われていたのです』

 つまり、縄文時代に既に我々は現代の生活と同じようなベースを獲得していたということになる。

『世界各地では、人びとが定住生活を始めて新石器時代を迎えました。「新石器革命」とも呼ばれる人類第一の画期です』

『縄文時代・縄文文化も、東アジアの東はずれにある列島のほぼ全体に広がった新石器文化のひとつでした。
 そして約二〇〇〇年前になると、九州から本州北端まで水田稲作農耕・弥生文化が伝わり、少なくとも北陸・関東までは各地に権力や階級が生まれ、政治経済を担う中核地域ができました。日本列島における第二の画期です』

『土地を造成して耕し、治水・灌漑も必要な水田耕作を主たる生業とし、やがて鉄が伝えられ、土地の獲得や水利権、米の増産などの競争も始まりました。村落共同体を、政治権力かが支配する構造が生まれたのです。その後、時代とともに権力の交代、強弱はありましたが、支配地域は北方へ拡大していきました。江戸時代には鎖国政策をとり、最も安定した政治・経済体制が二五〇年余り続きましたが、やがて開国、明治維新を迎えると急激な近代化が始まりました。そして、第二次世界大戦の敗戦からの復興、昭和三〇年頃からの高度経済成長へと向かった日本は、大きな転換期・画期を迎えたのです。これは世界各地の先進国でも同じように迎えた、将来・未来が見通せない第三の大きな画期だったのではないでしょうか』

 というのが縄文時代をベースにした日本の歴史の大展望である。説明の文章が長くなればなるほど、実はその間に流れていた時間は短くなる。そう、人類悠久の歴史から見れば、近・現代人の歴史なんてごくごく短いものでしかない。ただし、その変化の度合いは逆に時代が現代に近づけば近づくほど、急激になり、大きくなってくる。

『世界の食糧採集民における女性の役割を見ると、子育て・調理以外には、水くみや運搬、木の実や山菜とり、イモ掘り、貝や海藻の磯物とり、土器やカゴ作り、機織りや衣服作り・繕い、洗濯などに精を出していたようです。他方、男性は、狩り、魚とり、鉱物の採集、樹皮加工、舟や石器作りを担当しています。彼らの一日の労働は、平均四時間程度です。特に暇にして、おしゃべりなどにうつつを抜かしていたのは男性のようですが、いずれにせよ、縄文人は私たちと違って、おおらかにのんびりと暮らしていたようです』

 とまあ、なんと皮肉なことに昔の人たちはのんびりくらしていたものだろう。

 早朝から深夜まで、残業代もなしに一日中働いている現代人。女性だって男性と同じ仕事をしなければならない現代人。こんな生活を続けていては、現代人は縄文人の「いろいろなものが不足している生活」にすらも追いつけない、苦しい生活を送らなければならないということになる。

『人として生まれた以上、誕生、教育、日常生活、医療、福祉、死亡(埋葬)など、人の一生にかかわる基本を歴史に照らし、基本的権利(人権)を護り、必要な事柄については公的支援、一定の保障が必要だと考えます。これら公的支援の分野・程度、労働時間・賃金、自分のための時間について、その必要性・あり方、分担・分配を決め、ともに働くことが必要です。そして、収入・賃金の格差を小さくして、社会貢献、全体の幸福に向けての労働貢献の観点に立てば、個人的な競争や過労も緩和されるでしょう。
 また、人びとのつながり、相互扶助・助け合い、教育者を含めて競争のためでない教育、地域・生活環境の保全と愛着などの倫理、精神、道徳を高めることによって、私たちは幸福に向かうことができるでしょう。私たちの祖先、縄文人に笑われるようでは情けないです。いずれにしても主体は私たちであり、家族を核とした地域社会でのつながりと地域特性を踏まえて、私たちのために、私たちがどうあるべきか、どうすればいいのかを、互いに認めて信じ合い、大いに議論し実践することが大切です』

 じゃあ、とりあえず遮光器土偶のレプリカでも買おうかな。

 ってことじゃないんだよな。

 というか、この本に「中里貝塚」というのが出ていた。家から近いので早速行ってみよう。

『縄文人からの伝言』(岡村道雄著/集英社新書/2014年7月22日刊)

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