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2014年5月25日 (日)

『カニバル(CANNIBAL)』エグくないエグさについて

 R18+のカンニバリズム映画なので、かなりエグい演出の映画なのかと予想したのだが、全然そうじゃなくて、むしろ撮影はいかに華麗にして物静かに撮ることに集中している。さすがに、ゴヤ賞撮影監督賞を獲得しただけのことはある。

 この物静かに撮る、ということが却って主人公の犯罪を描く際にエグい演出になっているのだ。

2『カニバル(CANNIBAL)』(監督:マヌエル・マルティン・クエンカ/脚本:アレハンドロ・エルナンデス・ディアス、マヌエル・メルティン・クエンカ/製作:マヌエル・マルティン・クエンカ、フェルナンド・ボバイラ、シモン・デ・サンティアゴ、アレハンドロ・エルナンデス・ディアス)

 夜の闇の中に浮かび上がるガソリンスタンド。遠景で車がスタートする。画面右から左へ横切る車。するとそれまで画面上に写されていた映像が、実は別の車に乗った人の見た目の映像であることが分かる。別の車もエンジンをかけ、その車を追い始める。その車の内部。女が寝ている。別の車がその車の中を確認するように並走すると、追い越していく。少し行くと前からこちらに向かってくる車。どんどん近づいてくる。まるでこの車を狙っているようだ。「何をする気だ!」と叫ぶドライバーの男。たまらずハンドルを切ると、崖下に転落して天井を下にして落ちる。ぶつかりそうになった車が止まって、ドライバーが降りてくると、崖下に落ちた車から女を引っ張り出して崖の上まで引きづり上げる。道路には血の跡。

 場所は変わって、山の中の隠れ家のような家。車が止まる。玄関から女性を引きづり込むシーンを暗い小屋の中から捉える。木製の手術台のような台の上に裸にした女性を乗せ、壁にかかった包丁や鉈などを選ぶ男。女性の足の大写し。ドンッ! ドンッ! という音の度に跳ね上がる足。流れてくる血。

 ここまでのコンテは見事! まったく台詞のない芝居で設定を完璧に語っている。

 大きなカバンを持って街に帰って来る男。カバンからビニール袋に入った肉片を冷蔵庫に入れる男。

 ある晩、家に帰って来た男(カルロス/アントニオ・デ・ラ・トーレ)は、冷蔵庫から肉片を選ぶと調味料を擦り込んで味付けをし、肉片をコンロにかける。食事はこの肉とワインだけ。無言で食べる男。別に満足げにしているわけではない。マズそうに食べている訳でもない、ただ淡々と肉だけをワインで食べている。

 女人肉食はウマイのか?

 パリ人肉事件の佐川一成氏は「まったりとしてウマい」と言ったそうだが、ああ、あれは生肉か。

 ある日、やはり人肉食をしたくなったのか、カルロスは海辺のレストランで戯れる男と女を発見。裸になって海に入った男女を見定めると男の車を発進させ、あわてて取り返す男を轢き殺し、海にいる女を追い詰める。この時は残念! 女は溺死してしまい、食べることは叶わなかった。

 それまで、身元を知らない無関係の女性ばかり食べてきたカルロスがした最大の失敗は、多少なりとも知ってしまった上の階に引っ越してきたルーマニアの美しい女・アレクサンドラ(オリンピア・メリンテ)を食べてしまったことだったのではないか。

 自宅で指圧マッサージの仕事で生計をたてているアレクサンドラは、何故かカルロスに興味を持ち、何かと思わせぶりな仕草で言い寄ってくるそぶりである。別に「女」に対しては性欲はなく食欲しか興味のないカルロスは、ある日、男と揉め事をおこしたアレクサンドラを警察に連れて行ってやると告げ、車に誘い込む。勿論、食べちゃったんだろう。

 ここから話が捻じれてくるのだ。

 数日後、アレクサンドラを訪ねて双生児の姉ニーナ(オリンピア・メリンテ/2役)がやってくるのだが、アレクサンドラの恋人ボグダンがやってきて警察に届け出たりして、警察が動き出したりする。自分の部屋にニーナを匿うカルロス。

 するとカルロスが仕事から帰って来ると夕食の支度をして待っていたニーナ。メニューはパスタだ。しかし、まったく口にしないカルロス。そりゃそうだ。

 やっぱりカルロスにとっては女人肉食しか口に入らない。そんなに女人肉食はウマイのか?

 ニーナはカルロスを疑うことを知らない。

 しかし、カルロスは「家族はいない。女性と付き合ったことも一度もない。独りが好きだから、べつにそれで困らない」という。そんなカルロスに対してニーナが持つのは憐憫なのだろうか、あるいは愛なのか?

 もはや街にいることができなくなってしまったニーナとカルロスは山の隠れ家に行く。眠るニーナを一度は裸にして手術台の上に置くカルロス。壁に掛けた包丁を手にするカルロスだが……。

 翌朝、ソファで目覚めたニーナは自分が裸になっていることを知り、カルロスを抱きしめる。そこには愛はないはずだが、ニーナは錯覚をし、カルロスが自分を愛していると思ってしまうし、カルロスももしかしたら自分はニーナを愛しているのではないかと考えてしまう。

 愛を錯覚したカルロスは告白してしまう。アレクサンドラを殺して、食べた、と。

 街へ帰る車を運転するカルロス。こういう時はお約束の「無言」。

 突如、カルロスの握るハンドルに手を出すニーナ。揉み合う二人。車は崖下に。車から這い出すカルロス。車から放り出された死んでしまったニーナを抱きしめる。

 街にもどったカルロスは、職場の仕立て屋の窓から教会の行列を眺めている。

 ということはニーナも食べちゃったんだろうか。

 多分……。それが一番いい解決方法だから……。

 と、ここまで書いてきて気になったこと。

 例えば、パリ人肉事件の佐川一成氏は、知り合いのオランダ娘が自分の部屋を訪ねて来たときに、カービン銃で射殺し屍姦の後、生のまま胸の肉などを食べ、解体し写真に撮り、今度はストーブで焼いて食べたという。佐川氏はそれ以前にもに肉食目的でドイツ人に近づいて逮捕され、示談金を払った経験がある。現在は「もう白人女性は卒業しした。今は日本人女性に、特に沖縄の女性、ちゅらさん。食欲を感じます」というそうだが、結局それは何らかの形で自分とつながりがある女性を、ある種の変態性欲として食肉するのである。

 カルロスみたいに、まったく自分と関係のない女性を食べちゃうっていうのは、まるで牛や豚を食べるのと、それほど変わらない感覚なのではないだろうか。それこそ「食べちゃいたいくらい可愛い」という比喩にもある通り、自分がよく知っている人に対する気持ちの表徴としての「食欲」なのであって、いわばそれは形を変えた性欲であるはずなのだ。

 カルロスのような性欲を伴わない人肉食欲っていうのは、本当にあるのだろうか、という気分になってくる。更に、結局カルロスが崩壊するのは、「自分が知っている人を食べちゃったから」というのは実際にあることなのだろうか。

 しかし、こればかりは実際に試してみることが出来ないので、困ったことだ。

映画『カニバル』の公式サイトはコチラ

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