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2014年5月27日 (火)

『「ストーカー」は何を考えているか』というよりも「人は何故ストーキングするのか」ということ

 基本的には「何も考えていな」くて、単に男女間の関係の中で、「惚れた」「別れた」という関係変化を、普通の関係変化として捉えられなくて、その関係変化が「相手」によって強制的にもたらされたものだと考えて、相手に対して「加害的」行動を起こしながら、実は自分では「被害者感情」を持っている、というややこしい感情が「ストーカー」なんだろうな。

_edited1『「ストーカー」は何を考えているのか』(小早川明子著/新潮新書/2014年4月20日刊)

 ポイントは「人は何故ストーキングするのか」ということなんだけれども

『私の会った被害者も。そして加害者も、「こんな自分は本当の自分ではない」と悩んでいました。特に加害者は、「世間並みに成功していない自分など、本来の自分ではない」と考えます。「成功しそうにない」という焦り、「成功しているのに」という不満や疑念が抑えられなくなると自暴自棄になるのです。
 自分が「成長」することに対しては関心も意欲もない。「成功」への露骨なこだわりがあるだけで、しかもその成功とは非常に個人的なもので、仕事やお金、恋愛や結婚はあくまで「自分が世間並みになる」、「ほめられる」ための手段としてしか考えられません。
 それが得られないと、「自分も他人も信じられない、誰も自分を分かってくれない」という被害者意識を持つ。ストーキングの心理的背景には、必ず被害者意識があります』

『私はこれまで大手企業の社員、教員や公務員のストーカーにはたくさん会いましたが、自然相手の職業(農業者など)に就いているストーカーは不思議といない。安心や快適にとらわれずに生きる人は、ストーキングに縁遠いのかも知れません』

 という書き方を読んでみると、結局ストーカー、ストーキングという行為も現代社会ならではのいびつな「成功意識」がその背景にあるのかも知れない。

 ストーキング加害者の特徴

『①確固たる心理的動機があり、正当性を妄想的に信じ込んでいる。
②相手を一方的に追い詰め、迷惑をかけて苦しめることを自覚しながらも、相手に好意を持たれる望みをかけている。
③その望みが絶たれた時、心のバランスは憎しみに反転し、自殺または相手を殺害することもある』

 と、まあ殆ど自分の妄想に基づく、勝手な思い込みだけでしかなくて、まことにもって相手の迷惑だけでしかないのだ。

『ストーカーは相手に対して「疑問」や「疑念」、「要求」を抱いていて、その回答を相手から直接得ようとして「追及」(seeking)している。その現れがストーキング行為であるように私には見えます。
 回答が得られないかぎり、ストーキングは継続します。渇いた人間が水以外のことを考えられなくなるように、周囲の一般的な正論、「一般解」には見向きもしない。「もっといい人を探したら」、「過去を忘れて前向きに生きれば」などとアドバイスしても意味がありません。彼(彼女)らが渇望しているのは、相手からの個別で具体的な回答、つまり「特殊解」なのです』

 しかし、そんな「特殊解」なんて、ひとつひとつの事例に見ないとあり得ないだろう。なので、それらの事例を扱う小早川明子さんのような「カウンセラー」でないと解決できないことなのだろう。まさしく、ストーカー規制法や警察では何も解決できないのかもしれない。むしろ、ひとつひとつの事例ごとにその解決にあたる専門家やカウンセラーによる、「ストーカー問題解決支援センター」のような組織が必要なのかもしれない。

 気になるのは『私はこれまで大手企業の社員、教員や公務員のストーカーにはたくさん会いましたが』という部分。

 つまり、そんな人たちは「大手企業の社員」だったり「教員や公務員」というのは、彼らに「自分は社会的な成功者だ」という意識があるのだろうか。その辺に彼らの社会認識の薄っぺらさがあるわけ、別に「大手企業の社員」だからといって、彼らが何を成し遂げたわけでもない。人は彼がどんな組織にいるのか、どんな立場にいるのか、どんな存在なのかによって、社会的な成功者かどうかなんてことには関心はない。問題は「何を成し遂げた」のかというところなのだろう。何か優れたことを成し遂げた時、初めて他人は彼を何らかの社会的存在として認めるのであって、それ以外ではない。ところが自分が「大手企業の社員、教員や公務員」「である」ことをもって、自分が社会的成功者だと思ってしまうことこそが、彼は「そこまでの人」であるにすぎないことを自ら証明しているようなもので、そんな彼(彼女)を愛してしまった彼女(彼)も、それは同罪なのかもしれない。

 つまり、相手をストーカーにしてしまった人にも、そこにあるのは「ストーカーを生み出してしまった罪(実際の罪ではないが)」というのがあるのだろう。

 なので、そこには尚更ストーカー事案の解決を難しくさせる理由があるのだろう。

 問題は犯罪の加害者ばかりでなく、被害者にも加害者と同等の罪がある、ということになってしまえば、それは一般犯罪の場合には当てはまらないが、ストーカー犯罪というものの特殊性なのかもしれない。

『「ストーカー」は何を考えているのか』(小早川明子著/新潮新書/2014年4月20日刊)Kindle版は出ていない。新潮新書はあまり電子化に熱心ではないのだろうか。

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