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2014年5月 9日 (金)

『1000年の山古志』を買おう。山古志村への支援になるからね。

 山古志闘牛場で牛の角突きを観た日に買ってきたDVDだ。定価¥10,000(高い!)のところ「被災地限定特別価格¥2,000(安い!)ということで、思わず。

1000『1000年の山古志』(プロデューサー:武重邦夫/監督:橋本信一)

 2004年10月23日(土)17時56分に中越大地震は起こった。震源は小千谷市。しかし、より大きな被害を受けたのは、急峻な山地である旧古志郡山古志村(現在は長岡市山古志地域)だった。

 私が初めて長岡市山古志の虫亀闘牛場に行ったのは2009年のことであり、最初の頃は中越大地震のことはまったく意識していなかった。ただ単に日本式の牛と牛が闘う闘牛というものに興味を持ち、それが意外と東京から近いところで開催されているということを知ったからなのだった。むしろそれから山古志のことをいろいろ調べていくようになった。

 山古志村は民俗学者の宮本常一氏が手伝って村おこしを行った、錦鯉と棚田を牛の角突きの村だ。この山古志地区は隆起した海底がそのまま山になった地域で、その急峻な地形なるが故の美しい棚田や錦鯉の養殖池が有名な地区である。人が住み着いて約1,000年になるという。

 牛の角突きが何年前から行われていたのか記録はないが、元々岩手から牛に荷物を載せてやって来た人たちが、そのまま牛を山古志村で売ってしまって岩手に帰ったところから、山古志の牛の歴史が始まる。同時に、多分岩手の人たちは闘牛文化ももたらしただろうから、人が入植してからかなり早い時期から牛の角突きが行われていたとされている。つまり、牛の角突きも約1,000年の歴史があるという人もいるのだ。

 そんな急峻な地形であるため、中越地震の際にはかなりの地域で山崩れがおこり、道路は寸断され、山古志村は孤立状態になった。全村民2,167名は自衛隊のヘリコプターで長岡市に非難した。死者が2名というのは、それだけ大きな被害が出た割には、まあ少なかったということだろう。10月の17時56分に起きた地震なので多くの人が家の外にいたためだろうか、もしこれが夜中にでも起きたとしたら全壊した家の中で押しつぶされた人が相当出たのではないだろうか。

 映画は農家の上田照枝さん、錦鯉養殖農家の石原正博さん、タカノファームで畜産業の松井浩二さんにフォーカスを当てて、取材する。

 上田さんは7人姉妹の長女として山古志に生まれた。結婚したのかどうかは触れていないが、今でも90歳を過ぎた母親と一緒に暮らしているということは、未婚なのか婿を貰って夫を早く亡くしてしまったんだろう。

 当然、その上田さんの田圃も「棚田」である。なので、なくしてしまった棚田の代わりに国からもらったのも当然「棚田」なのである。まあ、山間の地域であるからそんな棚田しかできないのは無理はない。

 で、そんな棚田だから重機は入れないので、水を引き入れることができない。

 ところが、上田さんは山の上の方の水源から自らホースを引いて田圃に水を引いてしまうのだ。すごいな、このサバイバルは。まあ、こうやって山古志の人たちは、自然からどうやってそれを克服し、自分たちの生活に役立つ方法はないだろうかという、昔からのやり方を身に着けている、本来的な「サバイバルの達人」なんだろうな。

 その辺は、錦鯉の石原正博さんや、タカノファームで畜産業の松井浩二さんなんかも、同じなんだろう。基本的に「山の生活」である山古志に関しては、「人に頼らず自分でやる」という山の生活の基本が出来ている人たちなんだろう。

 勿論、タカノファームは肉牛だけじゃなくて闘牛用の牛も飼っている訳で、その辺でお気楽に闘牛を見物しに行っている私のような人間にとっても近しい存在なんだけれども、でも気になるのは「肉牛」と「闘牛」の分け方なんだよなあ。どうやって、肉牛と闘牛用の牛を分けているのだろうか。どうやって肉牛と闘牛に対する愛情のかけ方を変えているのだろうか。その辺が、私たちのような「串焼きの牛肉を食べながら闘牛を見ている単なる観客」には理解(理会)できないところなのだ。

 東日本大震災でもそうなのだけれども、被災者の大変さは分かるけれども、ある時を過ぎたら被災者の復興を助けるべく動く必要があるだろう。もう「同情」の時期は過ぎたのだ。そこで他の土地からの人間は何をすべきかは最早自明である。被災者たちがやろうとしているイベントや、被災者たちがやっている事業に積極的に参加することである。

 ということで、私も積極的に山古志と小千谷の牛の角突きを見に行って、出来るだけ山古志にお金を落とすようには心がけているんだがなあ。どうでしょうか?

 映画の最後は「古志の火祭り」である。

 まあ、それが最後になることは予想通りなのであるが、それでもパターンを見せられたという気にはならない。何故か、多分、そこまでの部分で山古志復興に賭ける様々な人たちの思いを見せてくれたからなのだろう。

 ともあれ、毎年何度も山古志・小千谷に通っている私としては、再度この「中越地震」というものを思い来させてくれる映画だったし、ある意味で「中越地震」を再認識させてくれる映画でもある。

 最後に、私が山古志闘牛を見に行ったころは虫亀闘牛場で山古志闘牛が行われていたわけなのだが、本来の山古志闘牛は山古志闘牛場で行われていたらしい。が、その頃は山古志闘牛場は改築途中で、その変わりとして虫亀闘牛場で山古志闘牛が行われていたというのが正しい解釈のようだ。

 で、その改築前の山古志闘牛場での神事には「あっちゃん」がいるんですね、まあ、当然ではあるんだけれども、やっぱり、自分が知っている人が映像に写っているというのを見るって言うのも楽しいもんで……。

 なんか、素人っぽい感想ではありました。

Amazonの扱いはないようなので、欲しい人はコチラから

中越大地震をテーマにした映画は、こういうのもある。私は見てないけどね。

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